あいつの秘密とあたしの事情(3)
「ねぇ松尾さん」
「な、何?」
「松尾さんってさ、ここに一人で住んでるの?」
うわっ、きた!
「そ、そうだけど……」
「何で?」
ちょこんと首をかしげ、遠藤君は訊いてきた。確かに女子高生が独り暮らしって、よほどの理由がなきゃしないものね。あたしが彼だったら、やっぱり不思議に思うもの。
「あー、ちょっと訳があってですね、まぁ、家を出たのですよ。ここは母方の叔父の部屋で、海外赴任している間、あたしが使わせてもらってるの。まあ、留守番みたいなものよ」
「ふぅん……留守番ね。あ、ねぇ、ここって間取り、結構あるよね?」
そう言って、遠藤君はにっこり笑った。うわああああっ、何考えてるのかめっちゃ分かるんですけどー!!
「そ、そうでもない……」
「あるよね、間取り」
立ち上がり、テーブル越しにあたしの両肩をがしっと掴んで、遠藤君はさらに笑みを深くした。綺麗なんだけど、めっちゃくちゃ怖い。怖いんだよ、本当に。
「さ、んえ、る、でぃーけーデス」
正確にはそれプラス納戸だ。元々四LDKだった間取りを改装し、主寝室と書斎をその分広くした。だから家族向けではない。叔父は結婚する気がなく、生涯独身でいるつもりだから、自分が過ごしやすいように改装したのだ。
かっこいいのに、独身主義ってもったいない――と、あたしはもう一人の叔父――母のすぐ下の弟・月哉――に言ったことがある。それを聞いて月哉叔父は、一瞬目を丸くしたが、すぐににっこりと笑って、その時がきたら結婚するから大丈夫だと言った。
その時って、どんな時なのか……分からない。でもまぁ、月哉叔父が言うのだから、する時がきたらするのだろう。
海外赴任には、必要な物しか持っていっておらず、当然家具は全てマンションに置いたままだ。だからあたしが自宅から持ってきたのは、叔父同様必要な物だけだったりする。
「部屋、余ってるよね?」
ううっ、確かに一部屋余ってます。
「な、何でそんなコト訊くのよ」
「俺、ここに住んでみたいなぁ~って」
「や、ちょっと遠藤君。それは……」
「っていうか、是非住みたいんですけど俺、ここに。ほら、ルームシェアってやつ? 今流行の」
ちゃんと家賃もいれるから――と、遠藤君は上目遣いにあたしを見る。あうううっ、可愛過ぎて鼻血がでそうだってーの!
もうダメ。
ダメよ。
そんな縋るような目であたしを見ないで。
見ちゃ嫌だってーの!
神様アンタ、ホントは悪魔でしょ。
「ねぇ、遠藤君」
「ん?」
「もう一回確認するけど、きみ、女の子ダメなんだよね?」
「うん。ダメだよ。まるっきり反応なし」
なにもそんなきっぱり言い切らなくたっていいじゃないのよ。それはそれで寂しいんですけど。でもまぁ、部屋は余ってるし、いつ帰っても真っ暗な部屋ってのも正直寂しかったし、遠藤君にも何やら複雑な事情がありそうだし、ルームシェアするもの良いかもしれない。
「いいよ。住んでも」
「本当っ! ありがとう松尾さん」
「ん。あ、家賃は要らないけど、生活費はちょうだいね」
「え? 家賃要らないの?」
「いいよ。元々、ここ分譲で完済してるし」
叔父に無理矢理家賃を受け取ってもらっているのを彼に言うと、なんだか面倒な事になりそうなので言わなかった。
「光熱費と食費とで……これくらい入れられる?」
あたしが指を立てて示した数に、遠藤君はそれだけでいいのかと不満顔だ。
今まで一人だったから、それが二人になったらどれくらいかかるのかが分からない。しかも家計簿なんてつけてないから、一ヶ月どれくらいかかっているのか正直分からなかった。
「プラスもう一万だよ。で、暫く様子をみよう」
「うん。分かった」
「じゃあ、今日からよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた遠藤君につられ、あたしも「こちらこそ」と頭を下げた。
こうしてあたしと彼の共同生活が、サクッと決まったというわけだ。
この夜、お客さん用の布団がないので、あたしのベッドで遠藤君も寝ることになった。
もちろんこれも叔父の使っていた物で……ダブルベッドだったりする。
越してきた当初、これを使うのはちょっと抵抗があった。
どうしてかって?
叔父は独身主義だけど、常に恋人はいた。しかも美人ばっか。当然、この部屋で、恋人と何度も夜を過ごしている。
分かるでしょ? この意味。
叔父が恋人とムニャムニャしていたベッドを、抵抗なく使えるわけないでしょ。色々想像しちゃうってーの。
だけど布団を敷いて寝るのも面倒なので、寝具類(ベッドパッドやシーツ等)を全て新しくすることで乗り切ったのだ。
そして現在に至ってしまう訳でして……あたしは遠藤君に朝チューを強請られ、そして向かい合って朝食を食べているのですよ。
「あ、そうだ。荷物どうする? 取りに行かないとマズイでしょ。っていうか、制服どうるす気? 無いと学校行けないでしょ」
昨日は日曜日で、当然遠藤君は私服だった。
「あー……忘れてた」
カフェオレのはいったマグを持つ手が止まり、遠藤君は目を見開いた。そして困ったように笑った。
「やだな……今行ったら、眞人と鉢合わせするかも」
「でも、学校行かないとマズイんでしょ?」
「うん。マズイよ」
どうしよう――と、眉宇に皺をつくって考え込んでいる遠藤君は、本当に、その相手に会いたくないようで……ここはあたしが取りに行ってあげるのがいいだろうと思った。けど、ある事を思い出した。
「そうだ、雪ちゃんのがあった!!」
「ゆきちゃん?」
「倉科 雪耶、あたしの叔父さんで、この部屋の持ち主で、ウチの学園の卒業生なの。あ、担任の忠坊はね、叔父さんの同級生で親友なんだ」
「へぇ、そうなんだ。世間って狭いんだね」
「だね」
あたしは残っていた朝食を急いで平らげると、納戸へと向かった。そこには叔父の残していった衣類がしまってある。おそらく、几帳面なあの叔父のことだから、制服をとってあるんじゃないかと思うんだよね。
「えっとぉ……」
がさごそと、綺麗にたたまれ整頓されている衣類を掻き分け、あたしは目的の物を探した。
ブレザーとスラックスは、案の定というか、ハンガーに掛けてあったので、すぐに見つけることができたけど、学校指定のYシャツが見当たらない。雪ちゃんの会社用のワイシャツならあった。けど、これじゃあ違いすぎてダメなのよね。
「あ、こっちのなら、なんとか誤魔化せるかも」
私学なので、校則はけして緩くはない。毎週月曜日は服装チェックがあるけど、まあ、このワイシャツなら大丈夫だろう。
「遠藤君、ちょっとこれ着てみてー」
あたしは雪ちゃんの制服を持って、遠藤君のいるリビングへ急いで戻った。