対峙(1)※
インターフォンが鳴り、侑は読んでいた雑誌を閉じると、それをソファーの座面に置いて立ち上がる。リビングドアの前まで行くと、誰が来たのかを画面で確認した。
「え?」
画面には、今まで一度も見たことのない少年が映っていた。年の頃は自分と同じか、少し下だろう……幼さが残るものの、なかなかシャープな顔立ちをしている。
部屋を間違えたのだろうか?――そう思ったものの、彼はもうもう一度この部屋の番号を入力し、呼び出し音を鳴らした。やはり間違ってはいないようで、彼はこの部屋に用があってやってきたようだ。ここを訪ねるということは、莉奈に関係しているとしか思えない。侑は自分が何処に住んでいるのか、誰にも教えていないのだから。
どうしたものか――と、侑は小さく首を捻る。出るべきか……それとも居留守を使うべきか……いつもの彼ならば、ここは絶対に後者を選択する。だが、相手のどこか思いつめたような顔つきから、もしかしたら急用かもしれないと思い、躊躇いはあったものの受話器を取った。
「はい。どちらさまですか?」
その瞬間、画面の中の少年の顔が歪む。
「えっと、きみ……誰かな?」
この地点で侑は、先日美智が言っていた莉奈の弟のことなどすっかり忘れていた。覚えていれば絶対に対応はしなかったと断言できる。
「お前こそ誰だよ? そこは俺の姉さんの部屋だぞ!!」
バン――と、何かを叩いた大きな音が聞こえた。
――そこは俺の姉さんの部屋だぞ
その言葉でようやく、彼が“東吾”であると理解した。これ拙いかもしれない――と、背中に冷たい汗がたらりと流れる。
「おいお前、誰なんだよ! 何で姉さんの部屋にいるんだ? 不法侵入者か? 警察に突き出してやる!!」
侑は一瞬迷ったが、玄関ホールのドアウィンドウを開けた。これ以上騒がれたら堪らないからだ。彼ではなく、他の住人が警察に通報してしまうかもしれない。そうなると大事になり、莉奈に迷惑をかけてしまう。
もしもそんな事になったら、侑はもうここに居られなくなる可能性が高い。それだけは絶対に嫌だった。
どうしてか?
そんなものは決まっている。
溜息を一つ落とし、侑は諦めたように開閉ボタンを押した。
「どうぞ」
素っ気無くそう言って、受話器を置くと、彼を迎え入れるために玄関の鍵を開けにリビングを出た。ここまで来るのに、そう時間はかからないだろう。
「いきなり殴ってきたりして」
それだけは勘弁してくれと、侑は表情を引き締める。殴るのも殴られるのも痛い。相手が見ず知らずの、まったく知らない他人であれば、遠慮なくこちらもできる。けれど困ったことに彼は莉奈の弟だ。大人しくやられっぱなしなのも癪だが、下手に反撃しない方が後々いいような気がする。
鍵を開け、壁によりかかり、心の中で数を数えながら相手を待つ。子供の頃から侑は、気持ちを落ち着かせたい時に数を数えてるのが癖だった。
幾つまで数えたのか……ガチャンと音がして、ドアが勢い良く引き開けられた。
「こんにちは、松尾 東吾君」
にっこりと笑った侑に、東吾の眉根がきつく寄せられ、敵を見るような目で睨みつける。目で人を殺せるのなら、確実に自分はやられていただろうなぁと、侑のやんわりと上がった頬が少し引き攣った。
「お前、誰だよ?」
腹の底から呻くような声で、東吾は侑を睨みながらそう問う。
「俺? 俺は遠藤 侑」
「何でここにいるんだ? 姉さんはどうした?」
「俺がここにいるのは、ここに住んでいるから。で、きみの姉さんは、今バイト中」
「住んでるって……それって」
目を瞠る東吾に「立ち話もなんだし、上がったら?」と、侑は右手を少し上げて彼を招き入れる仕草をすると、踵を返しリビングへと向かった。
ばたばたと音がし、東吾が後についてくるのが分かる。これからどうしようかと思案しながら、侑はゆっくりと廊下を歩いた。が、背後からビシビシ感じる殺気に、おもわず苦笑しそうになる。ここで笑うわけにはいかず、口許を覆うことでどうにかこうにかそれを堪えた。
「何か飲む?」
「要らない。さっさと答えろよ。何でお前がここに住んでるんだ? 姉さんとはどういう関係なんだよ!!」
ちらりと見れば、握った両の拳にかなり力が入っている。これは絶対に殴られるなぁと思いながら、彼を挑発するように目を細めると、誤解するようにわざと意味ありげな笑みを浮かべた。案の定、まだ何も言っていないのに、東吾の頬にカッと熱が集まる。
「関係ねぇ……言わないと、分からないのかな?」
「っ!!」
ぶるぶると体が震え、わなわなと唇が戦慄いている東吾の様子を、侑は冷ややかな目で見ていた。本当はいつ殴りかかられるかと、心臓が飛び出しそうなくらいバクバクしているのだが、それが表にでていないので東吾には分からない。彼にしてみれば侑の態度は、自分を酷くバカにしているようにしか見えないのだ。
「男と女が一緒に住むっていうのは、そう言う事なんだよ」
うっとりとした笑みを浮かべれば、それが彼の中の何かをぶち切ったようで、奥歯をぎりっと噛み締めた東吾の握った右手が上がる。それは躊躇うことなく真っ直ぐに、侑の顔をめがけて繰り出された。




