第03話 出発準備と旅立ち
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「準備確認! 荷物は食料(干し肉)・水袋(両拳ほどの大きさのが三つ)・火打石・調理器具(鍋)・短剣・紐と布・替えの服。ついでに医療品として親父の奴の棚から秘蔵の酒(昔旅の中で手に入れた奴らしい)を少々。……うむ、完璧だなっ!」
俺は旅立ちの日の朝、出発前の最後の確認を玄関前で行っていた。長期になる旅路の支度というものは初めてだったが、急造の割にはましな方だろう。最低限の準備は整った、これで今日はいつでも出発出来るだろう。
「……また俺の棚に置いてあった酒を勝手に持っていったな、ロイ。――まあいい、もう準備は良いのか?」
俺が荷物を背負った後、親父の奴が玄関の扉を開け、するりと姿を見せながら俺の勝手な行為に愚痴をこぼしながら、諦めの言葉と確認の問いを向けた。
「おうよ! とりあえず旅に必要そうなのはあらかたこの袋の中に入れておいたぜ」
そう言って俺は背を向け、片一方の肩に紐でつり下がっていた布袋を親父に見せつけた。それはつい先ほど確認した荷物が全て入った、俺の新しい旅のお供である。
「朝っぱらから元気なことだ。――そのはしゃぎ様、まるで昔の母さんを思い出すな。どれ、中身を確認してやろう」
「母さんと俺が似ているのは今更のことだろ! 行くぜ、親父――とりゃっ!」
そう言って俺は、背負っていた袋を、丸ごと親父に投げ渡した。
「まったく、横着なのもそっくりだよ。――……ふむ、中身は一通り揃っているか。少し食料が少なめなのが気になるぐらいか。ロイ、食料はどうするつもりだ。この量だともって3日が良いところだぞ?」
「非常食だしそれぐらいでいいよ、基本はその日の狩りで手に入れるし、身軽な方が楽じゃん。俺的にはそれでも多いぐらいだぜ」
「……俺たちも似たようなこと言っていたな。ロイ、経験者の忠告だ。場所によっては1日かけてもろくな食料がとれない場合もある。序盤の旅なら、春光の森付近になる分食料は多少は何とかなるだろう。だが、不慣れな土地である南部や北部、それに海沿いを旅する時は、平時とは違って何が起きるかも分からんから、普段よりもしっかり考えて買い込んでおくんだぞ」
「なんか偉く具体的じゃないか、親父……なんか悲惨な事でもあった?」
親父の忠告はなにやら非常に重々しくあり、出来れば聞きたくないような、しかし今後の旅路で不安を持ったままというのは、いささか趣味ではないので、俺は親父に何があったのか率直に聞いてみた。
「…………北の方では、寒い分いつにも増して食欲が出た母さんが、うっかり非常食を食い過ぎて俺の分がなくなった。南の方では荷物の中の食料が熱や湿気にやられて普段以上に傷みやすくそれを喰った俺は腹を壊してさらに食糧難、母さんはその時俺で様子見していた。海の場合は食料はある程度まかなえるが、水不足が顕著だったな。――この時ばかりはかなり追い込まれ、そのせいで母さんの思考がぶっとんで、何を思ったか俺の中から水分を取ろうと…………」
「ちょっ、まっ、はぁっ!? 何それ詳しく、最後の所を是非詳しく、それってやばかったの、それともいけない意味で、ですか先生!」
両親の身に何があったのか、息子として是非聞かねばなるまい。親父の話を途中までは真面目に聞いていた俺だったが、親父が口にしなかった部分が大変気になり、ついつい親父の事を間違って先生といってしまった俺だった。
「誰が先生だ! …………ふう、とりあえず、詳しく聞くなとだけ言っておこう。ただ、これだけは言っておく、やばくなったら血をすするというのも一つの手だと、俺は母さんから身をもって理解させられた、この首筋の傷が確か当時の分だったな。ふっ、懐かしい」
俺は、その傷を見てどちらが搾取された側か一瞬で理解した。そして、昔を懐かしんだ親父の顔はあまりにも不憫で、この先一生忘れそうになかった。先ほどまで高揚した気分も冷や水を掛けられたかのごとく治まった。……母さん、さすがに相方の襲うのはどうかと思うです。この時に一体何があったのか――ボクソウゾウシタクナイナ。
「トウサン、ボクソロソロイクヨ。コノママハナシヲキイテタラ、ココロガオレソウ」
「ロイ、片言になってるぞ、戻ってこい。……ふんっ!」
「いたっ! いやさすがに冗談だってば、頭を叩くことないじゃん」
少しの間、片言で喋っていた俺は親父の手痛い一撃で元に戻った。ただ片言で言った台詞については本心だ。そろそろ親父との話も切り上げようと思う。この後、村の幾人かには別れを告げたい者もいる。それに出来たらディーニャが昨日の疲れで眠っている内に出発したいのだ。前回ディーニャが泣いた後、2日ほど眠り込んでいたので、今回も早めに見積もっても、今日の夜までには村から離れておきたいのだ。そんなわけで、まだ朝方だから余裕はあるものの、急げるところは急いで行きたいのだ。
「まあ、俺の話はここら辺で終わっておくか。さて、最後に選別を渡そうか。昨日言っていた俺と母さんの装備をいくつか見繕っているんだ。もう少しだけかかりそうだから、そこで待っていてくれ」
どうやら親父も、俺の意図を察してくれたようだ。最後に出発の祝いを俺にくれるようだ。まあ、時間的にもまだ問題はないので、俺は素直に待つことにした。何が渡されるのか知らされていない俺にとっては、この出発の品は少し興味がそそられる。
――☆☆☆☆――
「(お~い相棒、まだ眠ってるのか? 起きろー、ちょいと暇になったから話そうぜ)」
眠っていた俺の意識に、非常に迷惑な睡眠妨害の声が鳴り響く。
「(……やかましい。俺が朝苦手なのは知ってるだろ。ついでに安眠を邪魔されるのが嫌いなのも――ロイ、もう少し寝かせやがれ)」
ロイからの、無遠慮な目覚めを促す声かけで、僅かだが意識が眠りの淵から覚め始めた俺は、浮いたような意識で、ロイに対し抗議の声を伝えた。
「(そんなこというなってば、タクミちゃ~ん! もうすぐ出発だぜぇ、親父様から俺らの旅に餞別品くれるらしいんだが、相棒はなんだと思う?)」
ロイは、餞別の品に興味があるのか、ずいぶんと浮かれていた。そのせいか、いつにも増して馴れ馴れしい口調で、俺に問いを投げかけてきた。
「(そんなことで起こすな。――……大方、昔使っていたの武具とか防具なんかじゃないのか? 一応旅路に欠かせないものだろう。二人は昔随分と危険なところへ出向いていたらしいから、それなりのものは期待できるだろうよ)」
「(いやいや、素っ気ないながらも、律儀に答えてくれるタクミちゃんに感謝だぜ。――そっかそっか、武具と防具辺りか、確かにありそうだ。だけど個人的には、そんな重苦しい物よりかは、お小遣いをいくらか欲しいところだぜ。今の手持ち、正直、どっかの町に着いて数日分ぐらいしか無いからなあ~)」
「(メディルだと、普段は物々交換で、金銭なんて滅多に使わないからな。――……そういえば。ロイ、確かお前は村に来る旅商人と、よくやり取りしていただろう、その時いくらかばかり金銭も手にしてなかったか?)」
メディル村には、町に比べては少ないが、近隣にある村に比べたらまだ来る方だ。ロイは旅商人が来ると、よく顔を見せに出向き、独自に入手した物品を金銭と交換していたはずだ。
「(……ああ、確かにいくらか貯蓄があったな。――そんな貯蓄分、今ではもうすっからかんだけどな!)」
「(ふう、何を買ったんだ?)」
個人が持つ金銭としてはたかが知れているものの、ロイは自分の欲求を満たすためだと意外と勤勉なのである。そんなこいつが、わざわざ貯蓄までして買ったものというはいかなものだろう。俺が眠っている内にこっそり買ったようなので、俺はその件については全く知らない。個人的にこの馬鹿のことだ、問題物を密かに入手していてもおかしくない。念のため確認しておこうと思った俺は、ロイに買った物の説明を求めた。
「(…………べっ、別に良いだろ、何を買っただなんて! はい、この話終了)さ~て、親父の奴まだかな、ちょっと様子見てこようっと」
「(待て、ロイ。先に答えてから行け。その反応、なんかいつもの誤魔化しと違う。いつもなら堂々としらばっくれるくせに、今回はやけに困ってるじゃないか、)」
案の定知られたくないのか、ロイは俺の質問に答えず済まそうとした。ロイの反応は、なんとなくうろたえているようで、俺は今後の旅路の中で、俺が主導権を取りたいと思った時に上手く事を進めれるよう、ロイの弱みを掴んで置こうと思い、追求の意思を伝えた。
「……あぁ、うるせぇ! ここぞとばかりに聞いてきやがって、こうなったら絶対に相棒にはいわん! 別に俺が何を買おうと、相棒にわざわざ教えてやる必要なんてないね。……それに、もう使う予定もないしな」
≪――ッチ、開き直りやがったか。だが、使う予定がないとは変な話だ。何のために買ったんだ?)≫
ロイの奴は自棄になったのか、大声で抗議の声を上げた。どうやら何を買ったか、俺には一切教える気はないようだ。俺は、胸中で不満を表した。そして、ロイが溢した言葉に、使い道がなくなったという意味が、気になるようになった。
――
「うん、なにやら騒がしいな。どうしたんだロイ、またタクミと喧嘩でもしてるのか?」
「遅いつうの、親父! ――それと、別に何でもないよ。それより親父、餞別って何をくれるんだよ!?」
≪――完全流されたか、この調子だと答えは分からずじまいか……残念≫
俺は、先ほどまであった、話の流れが変わったことを悟り、気になる気持を残しながら追求を諦めることにした。
「――……ふむ、まあいいか? そら、これが餞別の品々だ」
「……なんだこれ、偉くボロボロな布と、その中にあるのは手袋か?」
「(武具や防具ではなく、軽く身にまとえる、利便性の高いこの二つできたのか)」
ロイの父親が持ってきた二つは、見た感じだいぶ使い込まれているようだが、どちらも材質や造りからして良質であるように見て取れる。
「その二つは昔、俺が身につけていたやつだ。今渡した分だと、あと2つあるはずだ、よく調べて見ろ」
「うん、この小袋か? どれどれ中身は……って指輪と変な棒だけか」
「(……この棒は、たぶん字を書くときに使われる奴だな)」
小袋に入っていた方は、指輪については詳しく分からなかったが、ロイが変な棒といったのは、俺からしてみると見覚えのある、万年筆のようなものだった。
「それらは普通の品じゃない、すべてが理術を組み込まれているもので、それぞれ『暖気の外套』『防熱の手袋』『浄水の指輪』『万字の硬筆』というものだ。どれも旅の共にかなり役立つ特級品だ」
「特級品ね、こんなのが旅人の間じゃ役立つのか?」
「……まったく、世間の旅人からしたらよだれものの道具なんだぞ。それは、俺と母さんが二人して彼方此方の職人にわざわざ作ってもらったやつで、その暖気の外套なんかは、外套の内に暖かな空気を留めることができて、寝袋の変わりもなるし、雪山で遭難したときなんかはかなり助かるぞ」
「へぇ~、結構便利だな。うんじゃ他の奴は?」
「その防熱の手袋は、火の中に手を突っ込んでも大丈夫で、頑丈な素材でできてるからそこら辺にある安物の刃だったら受け止めれる。浄水の指輪は、水の中の異物や有害なものを除去して安全な飲み水にしてくれる。万字の硬筆は……ロイにはあまり必要ないかも知れないが、何の塗料もいらずに、至る所に文字が書ける。このすごさはタクミならわかるだろう」
「(――……どれも素晴らしいな。これはかなりの値がするだろう)」
普通に考えて、そのどれもが有用だ。外套があればどこでも暖をとれ眠れるし、防熱の手袋は見かけは普通の手袋だが、話を聞く限り、その丈夫さからいろいろなものを触るときに安全を保証してくれそうだ。浄水の指輪に至っては、そもそも旅路で飲み水の確保は最重要といっても過言ではないのに、その効果のがあれば、大幅に難易度が下がるだろう。万字の硬筆は、習字を修めていないものには必要ないかも知れないが、簡単に使おうとすれば道に迷ったときのマーカーとしてでも使えるものだといえる。そのどれもの利便性が簡単に分かるし、今言った以外の使い道もあるやも知れない点から、俺はこの餞別はとても過剰な品であると思った。
「なんか、どれも絶賛って感じだな。なんかかなり高いんじゃないのか、とかいってるんだけど。実際の所、この道具達は高いのか、親父?」
「……勉強不足だな、ロイ。基本的に理術の込められた物品は、そのほとんどが高価なものだ。特にこいつらはどれも亜人の人々、アミューマ達の手作りだ、市場では出回ることもない品だから、値段は付けられるものじゃないないな。……まあ、売れば一財産か」
「おいおいおい、それって本気かよ! これってそんなに貴重なのかよ、……一個ぐらい売って旅の資金にしていい?」
「(なんてもったいない事を、この道具の価値を全く分かってないなこいつ。それにしても、まさか、アミューマの品が出てくるとは思わなかった)」
アミューマは、人の身に精霊の特性を宿した種族で、所謂亜人に分類され、正式には『精霊族 アミューマ』と呼ばれている。彼等は森や海に山といった場所を住居にしており、それぞれ出稼ぎに出てくるもの以外、住居を離れることをしない種族で、彼等の作った物品は、一般の人の職人が逆立ちしても作ることができない品々とされる。そもそも、交流できる機会は出稼ぎの精霊族に気に入らなければならないらしく、彼等に直接作ってもらった品というだけでも稀少なのだ。どれも素晴らしく旅の役に立つものばかり、それがこの旅人が蔓延している世に出回ったとすると、巨万の富となってもおかしくない。
「それはやめておけ、作ってくれた奴らが激怒して、物を回収しかねん。あいつ等にこれの制作を依頼したときはどれも意味合いが強かったからな、恩を売ったお返しだったり、厄介払いの手土産だったり、親愛の品だったり、無理やりしつけられたりしたこともあったな。……全部が全部母さんのおかげでもあるし」
「……親父、母さんの奴、何をやったんだよ。さすがにちょっと気になったぜ」
「(……同じく、少しこの品々の利便性からすると、並大抵の事でもらえるものと思えん。何があったし)」
「――聞きたいか? 俺の苦労を、馬鹿みたいな喧嘩の仲裁に、怒り狂ったドラゴン相手に逃げ回った事、異常にべたべたしてくる奴らから母さんを死守した事、いちいち苛々させる小言をいう話の長い奴らが満足するまで相手した事など、そんな俺の話を……」
「…………ごめんやっぱいい」
「(人に歴史ありか……これは触れないでおこう)」
「――……そうか、なら簡単に使い方を教えて話を終わっておこうか。さっきいったとおり、この道具達は理術をもって作られた品だ。それぞれの効果を発動させるには、人の意思が必要なんだ。大まかにいえば、理術の品は精霊と呼ばれる存在の中でも、意思のない微精霊達を集め、それらが大気中にあるアストリオンを原動力にして、道具に刻まれた理術の効果を発揮する。簡単にいえば、理術の品々は特定の効果を発揮するためだけの精霊を集める道具なんだ。集まった微精霊達が使用者の大まかな意思を察知するから、ようはしっかりとその道具を使うという意思を込め、道具の利用方法に乗っ取ったことを想像をすれば、後は勝手にやってくれるということだな」
「そんなのでいいのか、使い方はギフトの使い方と似ているんだな」
「そういった事も勉強しておけ、たぶん皆がしってるはずの常識だ。理術とギフトは、人か道具かの違いぐらいで、やってることは大まかにいえば一緒だ。ロイ、いってしまえば、お前は精霊の代わりに大気中のアストリオンを使用して、ギフトの恩恵で決まった現象をおこしてるんだ」
「……あぁ、勉強めんどくさい。こんな時までそんな話はいいってば! なんとなくは分かってるから良いよ」
「困ったものだ。……そんなめんどくさがりに、俺からあと二つ贈り物があるんだが、先にこっちを渡しておこうか」
「……一体何だよこの袋は。――うはー! 嘘だろ、このお金は何の冗談だよ親父!」
「俺がいままでお前の仕事分からさっ引いっておいた貯蓄分、それが俺からの最後の餞別だ。残念ながら俺は、子供の懐事情を知らない親ではないからな。さすがに資金も待たさず旅路に出す気にはなれん」
「なんか知らんうちにかってに金をへそくられていたみたいだけど、この際くれるってんなら喜んで受け取るぜ! いや~金欠だったんで本気で助かるよ親父」
「そうかそうか、まあ、仕方あるないだろうな、あんなものを最近手に入れたばっかなんだからな」
「……えっ!?」
「(おっと、これはもしや)」
その時ロイの父親は、何時もの真面目な雰囲気を、どこか微笑ましそうなものに変え、口元をにやけながら気になる事を話題にした。ロイの奴はなにやら異変を察知したのか、先ほどまで小遣いをもらってはしゃいでいた子供が、急にその小遣いの対価を求められたように、嫌な顔をしている。
「ほら、お前の部屋にこっそり隠してったあったこいつも持っていけ、未練があるならどこか余所で売って旅の資金に出もするんだな。ははっ」
「あ~、親父それは! この間俺が買って、部屋にしまっておいたはずのやつ!」
「(ほほう、まさか、その話がこのタイミングで来るとは、中々に興味深いな)」
どうやら、少し前に完全に流されたと思っていた話題が、再び息を返したようで、俺としては是非何を買ったかの答えを聞きたいところである。
「まさか……ロイにこんな純情なところがあったとはな。まあ、贈られる相手がミルヴァちゃんだとしたら、これほど空しいものはないが」
「このくそ親父、中身見やがったな! 勝手に人の部屋あさってんじゃねぇ!」
「まあそういうな、中々に素敵な贈り物じゃないか父さんは感動したよ。この――二つの指輪、高かっただろう? メディルでは、特に結婚の時に何か贈り合う風習はないが、今の都会の方では、結婚するもの同士で指輪を贈り合うらしいじゃないか、どこでその話を知ったか知らないが、ロイもミルヴァちゃん相手に贈って、あわよくば彼女は俺のもだ、とか言うつもりだったんだろう。でも、贈る前に赤ちゃんが発覚して、それもできずに終了。そのため贈り物であるこの指輪は、お蔵入りになったというわけだ」
「うぎぎっ!」
「(なるほどな、折角こつこつと準備していたものが、いざ渡そうとする前に、それが渡す意味合いを無くすというのはきつい話だな。ロイもそんな間抜けな様を知られたくなかったから俺に隠し事をしたのか)」
てっきりまたくだらないものに散財したと思っていたが、どうやら俺はロイは予想外にまともだったらしい。だが、折角買ったプロポーズの指輪も、渡す相手が人妻で子持ちになる相手だと、それはそれで駄目である。こういった所は相変わらず変わらないのだろうか。
「別に部屋をあさったわけじゃないさ、むしろ部屋に転がっていたの拾ってやっただけだぞ。大方渡せなくて、そのままほっぽり出して忘れてたんだろう」
「……くそう、その通りな気がする。ちゃんとしまった覚えがない」
「とまあ、知ってしまったからには持ち主の元に返してやるのがこいつのためだろう。こんな物が家くすぶっているのは、個人的に気になってよろしくないのでな、わざわざ直接渡してやったんだ。どう処分するかはお前次第……たまには粋な事でもしてみたらどうだ?」
「――これは返してもらう! 後、もう出発する、あばよ、くそ親父!」
「(やれやれ、もう少しちゃんと別れを言えないのか?)」
ロイは、父親から指輪の入った小箱を勢いよくひったくり、そのまま背を向けて歩き始めた。どうやら、いたたまれなくなったようで、その足で出発するようだ。
「――ああ、行ってこい、どら息子。帰ってきたら、俺の秘蔵の酒と餞別分ぐらいの土産話を期待しているぞ。精々やんちゃできるだけしてこい!」
「――うるせいやい、余計なお世話だっつうの! とりあえず、色々と餞別あんがと。まあ、適当に期待してろよ」
「(なんだかんだで仲の良い親子だ)」
いきなり出発とのことで、次第に離れていく二人の距離、台詞だけ見ればどこか険悪だが、二人の顔はどこかほころんでいるせいで、俺には二人の別れはこんな物で良い気がした。
――◇◇◇◇――
「……う~し、とりあえず水くみも終わったし、親父から渡された分も身につけた。後は村を出るだけだな」
「(意外と似合ってるじゃないかその格好)」
自宅から離れ、村の中央にある井戸の周りで一時再準備を行ったロイは、先ほどまでの格好と変わり、いかにも旅人らしい装いになっていた。若草色の髪をしているロイによく似合う、同系色な暖気の外套。肌色の布地でできた防熱の手袋。小粒の青い宝石が取り付けられた浄水の指輪を左手の人差し指に付け。万字の硬筆やそのほかの旅の道具を入れてある、背にある肩紐つり下がっている茶色い布袋。つい先ほど補給が終わった、黒い革でできてる水袋の一つを腰にぶら下げた姿は、いかにも旅をしていますといった格好である。
「そうか? う~むそう言われるとそんな気がしてきた、俺って今良い感じじゃね?」
「(良い感じかどうかしらないが、まあまともだ……「あぁ! ロイの兄貴が変な格好してる! おーい、みんな見て見ろよ!」……とおもったが、どうやら子供には変に映ったようだな)」
俺が、素直にロイの格好の感想を告げようとした矢先、朝早くに起きてるのは珍しい村のちびっ子達が、ロイの旅の装いを的確に突っ込んだ。……普段見慣れていないという点からすれば、この格好が変であるのは間違いないだろう。
「うわ~本当だ。ロイ兄ちゃん何だか見慣れない格好。変だ~」
「ほんとほんと! 何だよロイにい、どっかにでかけるのか?」
「あれ、怠け者のロイお兄ちゃん、もしかして今日のお姉ちゃん達の狩りについて行くの?」
「――うげっ、ちみっこ共め、なんでこんな時間に起きてるんだ!? いつもならもう少し寝ている頃だろう」
≪何時も思うのだが、ロイの奴はやけに子供から人気あるな≫
ロイが聞くと、そんなの全然嬉しくないとか言われそうなことだが、ロイは村の年下からは意外と人気がある。今回遭遇した子供達4人は、今村で一番若い年齢層の子供達で、最初に声かけをした男の子を筆頭に男3人、最後の狩りについて質問してきた子が女の子という、比較的女性が多いイデニオンでは珍しい構成のグループだ。何時も彼等は、ロイを見かけるとちょっかいをかけて、遊んでくれとせがむのだ。この理由は、先の怠け者発言と狩りも関係しており、ようは普段のロイはあまり活発に仕事をしていないため、大人達から子供の世話を頻繁に任されているのだ。そのせいで、子供達からはあんまり働いてなくて、よく遊んでくれるお兄ちゃんという認識なのだ。
「へっへーん。今日は俺たち、お寝坊なディーニャの奴の代わりにお手伝いを任されたんだ!」
「僕たち即戦力だもんね~」
「そうそう! 働き者のディーニャねえが珍しくお寝坊さんみたいで、その分僕らがかり出されたんだよ」
「そうなの、ディーニャお姉ちゃんがしんどそうだったから、私がお手伝いさせてっていったら、お水を汲んでくるようにいわれたの」
「――なるほど、ディーニャの奴、まだ疲れが抜けてないみたいだな。この様子だともう少し余裕があるかな?」
≪どうやら、昨日のギフトの反動で、まだ数時間は寝込んでそうだな≫
俺とロイは、昨日の一件が予想通りの結果になったことに納得し、まだ出発までには余裕があることを悟った。
「なあ、ロイの兄貴は何でそんな格好してるんだよ? 狩りにしては必須な弓と矢を持ってないし、それだと、まるで旅にでも行くみたいな格好じゃん」
「おうよその通り、よく分かったな。俺は今日から、ちょっとばかし出かけるのさ」
「ええ~、何だよそれ~、きいてないぞ~!」
「そうだそうだ! この野郎め!」
「「「この野郎め~!」」」
「こらっ、いてっ、やめろってばおまえら! あっ外套引っ張るな、荷物あさくるな!」
「……ロイお兄ちゃん、相変わらず気ままだね。そんなんじゃ、いい大人になれないよ?」
≪こんな小さな少女に正論いわれるとは……情けない≫
男の子3人に、よってたかっていじられていたロイは、そちらの対処で忙しかったのか、少女の言葉は聞こえず、まるで同年代の子供のように子供達と戯れていた。
――
「それじゃ、ロイの兄貴、俺たちはもう行くぜ。どこに旅に行くか知らないけど、さっさと帰ってこいよな!」
「そうだよ~、ロイ兄ちゃんがいないとつまんないもん」
「全くだ全くだ! ロイにいほど俺たちと付き合って遊んでくれる奴、今のメディルにはいないし」
「うん、それにロイお兄ちゃんがいないと、みんな寂しがるよ。だから早く帰ってきてね?」
「「「「「またね~!」」」」
「おう、またな~。…………やれやれ、やっといったか、あのがきんちょ共め」
「(随分とお疲れだな、ロイ)」
ロイが子供達と格闘し始めてから一刻後、当初の目的を思い出した彼等は、ちゃっかり、ロイを使って水くみをしていき、上手く使われたロイは、彼等に別れを告げた後、悪態をついた。
「あぁもう、外套がくちゃくちゃだ、ただでさえボロいってのに、大丈夫かな?」
「(さすがにアミューマの職人が作った物だ、そう簡単には駄目になる造りはしてないだろう)」
ロイは、引っ張り回された外套に不備がないか確かめ、愚痴をこぼした。
「――……あれあれ、そこにいるのは、ヘタレな負け犬のロイじゃないのかな? 何その格好、駄目駄目ロイのくせにいっぱしの冒険者気取り?」
「本当ね、負け犬さんがいるわ。見た目からぼろ犬でも良いのかしら?」
「ぼろ犬って、例えられた犬が可愛そうよ」
「…………次から次へと。今度はうぜぇ、女共かよ」
≪なかなか、出発にこぎ着けない辺り、お前の普段の行いというもがいかに足を引っ張るのか理解できるだろうに、これを機に、普段の態度をもう少しきっちりして欲しいもんだ≫
子供達の次に現れた、この三人組の女性は、ロイの3つしたの年齢層で、こちらは基本的に互いが敵視し合っている中である。彼女らは、よくロイとぶつかる者達で、その理由は……。
「本当に負け犬って惨めね、ロイ。そのくせそんな奴が、ルトヴィア様の弟分だなんて」
「なんであんたなんかが、あの御方と親密な関係なのか、そんな関係にした運命を呪いたくなるわね」
「全くよ! あぁ、私もルトヴィアお姉様の妹分として親密になりたい!」
「…………またそれかよ、俺にいったってしょうがないだろうが、胸に行く栄養がなけりゃ頭に行く栄養もないってか、この貧乳年下女共が」
「あんっ、何つった、このくそ巨乳信者の年上好きが!」
「何、自殺希望者なの? そんなに私達の矢で射殺されたい?」
「というか、惨めにミルヴァさんに振られた負け犬が調子に乗るなっての!」
「――テメエッ、最後の! わざわざ詳細に語ってんじゃねえよ! 上等だこのあばずれ百合女ども、まとめてその無い胸をひっぱたいて、なけなしにでも大きくしてやんよ、覚悟しやがれ!」
「「「覚悟するのはそっちよ!」」」
≪やれやれ、また始まったか、毎回しょうも無い争いだ≫
彼女たちは、ルトヴィアを崇拝している者達で、所謂百合だ。彼女たちと巨乳信者でもあり、ルトヴィアと親しいロイは、このようなくだらないきっかけでいざこざを起こす。まあ、大抵は……。
「オラッ、この貧乳共が……「ビュン!」――って本気で頭狙いやがった! あの矢、本気で殺しに来ていたぞ!?」
「……死ね、この負け犬」
「とりあえず、生きたまま穴だらけにしてあげる」
「――また貧乳っていった。そろそろ本気で命いらないって事だよね」
「やべ、なんか昨日のが過ぎったぞ…………おいおい! ちょっ、まって、ごめんなさい! 本気で少し待って――って、うげ、外套に刺さったぞ「動きが止まった今よ! ボコボコにしてやる!」――アギャ、グゲッ、グフォ!」
≪何時もこの落ちなのに、よくやるなロイ≫
そう、基本的に彼等の争いは一方的に終わる。彼女らは村の狩人として活躍する者達で、その弓の腕もさることながら、腕っ節もなかなかのものである。また……ロイもよく分からん理念の元、女に手を出すのを良しとせず、攻めてとなるのはセクハラまがいのくだらない攻撃のため、どちらが勝者になるかなど始まる前から明白なのだ。
――
「はあ、はあ、はあ――いい加減これで懲りたかしら?」
「止め刺しましょうよ、今すぐ」
「……それは全力でしたいけど、こんな奴でもそれなりに人気あるから、迂闊なまねはできないよ」
「――グフッ…………」
≪無残な、争いの醜さという物がよく分かる光景だ。――……うん、あれは?≫
ロイがフルボッコされって早数分。そこには数刻前の旅路に期待を膨らませた青年の面影はなく、惨めに大地とキスする様に俯せになっている、見た目からしてボロくずのような残骸があるだけだった。その様子を見ていた俺は、ロイに襲い掛かっていた3人組の後方に、一つの人影が忍び寄るように近づいてくるのが見えた。
「…………今じゃ! 奥義、『季節外れのお茶目な風』ぞ~い!」
「「「えっ、きゃぁぁぁあああぁぁぁ!?」」」」
「……うお、この風は!」
≪あ~あ、出やがったよ≫
彼女たちの背後に登場した人影は、そこら辺にいそうな後頭部のはげた、白いひげを伸ばしているじいさんだ。その爺さんが、手慣れた手つきで虚空を撫でると、ピンポイントで彼女たちの足下から上昇気流がおき、身につけているスカートをめくり上げた。個人的にこの人物はロイの輪をかけて問題な人物であるため。できたら違った人物であって欲しかったが、どうやら俺の望みは叶わなかったようだ。……というかロイ、あれだけ痛み付けられても、こういうときは異常に元気だな、おい。
「うむうむ、眼福眼福。しかし、欲をいえばもう少し豊満な体つきだとよかったんじゃがな」
「――出たわね、この諸悪の根源!」
「最悪、いっぺん死んでみますか?」
「うぅ、もうやだ~!」
「…………師匠! お助け感謝です。それにしてもその手際、いつ見てもお見事の一言。さすがで御座います!」
≪これがお見事とか、賛辞の対象とは――ロイの神経は相変わらずどうしようもないな≫
ロイが師匠と呼ぶこの老人は、メディル村では元長老のお婆についで二番目の年長者で、ロイより年長の風のギフトを所持するただ一人の人物だ。また、この村の男性陣に巨乳信仰を広げた大本である。そしてこの無駄に際立った手際のセクハラ行為、こんなのが村の男性達に憧れの対象となっているのだから、彼女たちの一人が諸悪の根源と言うのもうなずけるはなしである。
「二人とも、ここは退くわよ。こんな変態二人も相手にしてられないわ!」
「……ッチ! ロイ、次は覚えてなさい」
「もう早く行こうよ、あのお爺ちゃん苦手だよ~!」
「……へんっ、誰がおぼえておくかっての! 二度とくんな。――……あっ、巨乳になったら、みんないつでも俺の胸に飛び込んで来ていいぜ!「「「死ね!」」」――おわっと、ひゅう危ない危ない」
「カカッ、相も変わらずおなご達と仲良くやってるようじゃのロイよ」
≪どこをどう見たらこの人にはこいつらが仲が良いように見えるのだろうか?≫
3人組の彼女たちは、この老人の登場で不利を悟ったのか、見事な引きざまで、退却していった。余計な言葉を言い放ったロイに対し、別れ際の一発も忘れず、三人同時に行う彼女らのやり口は、ある意味こちらの方が見事といえる。
――
「……ふ~むロイよ、お主なにやら懐かしい物を出してきておるな。どこかに旅にでもゆくつもりかのう?」
「おぉ、師匠その通りです。不肖ながらの弟子でありますが、俺は今日から少しメディルを離れ見聞の旅に出ようと思っております」
「これこれ、そこまでかしこまらなくても良いよ、いつも通り普通に喋りなさい。……それにしてもやはりのう」
「――失礼、いや~師匠に見事な手際で助けられたせいで感服して、ついつい口調が畏まっちゃいましたよ。……そうそう、ちょっと旅に出ようかなっと思ったんですが、懐かしい物って、もしかしてこの外套とかですか?」
「――うむ、それはお主の両親が、この村から旅立って帰ってきたときに身につけてきたものでの、両親二人して、よく自慢げに話しておった。そうやってお主が来ていると、昔の二人によく似ていて懐かしいわい」
≪……これらはロイの母親の分もあったのか、なんと豪勢なことで≫
一つでも稀少だというのに、それが数種類、2個ずつとは驚きの事実である。
「そっか、そうだったんだな。……あれそれじゃあ、もう一人分はどこにあるんだ?」
「これこれ、まだ若いのにもうボケとるのか? 片一方はルトヴィアの奴が出稼ぎに行ったとき身につけておったじゃろう。多分他の道具も一式あやつがもっておろうに」
「……なるほど、そういやそんなこと言われてみると、なんか着てたなルト姉ちゃんも。あれがこいつと一緒の奴なのか」
≪そう言われてみると、確かに似ているな≫
ルトヴィアの方が出稼ぎに村から旅立った時、確かに彼女は少し古めの外套を着ていた覚えがある。今にしてみればあれが、ロイの身につけている外套とよく似ている。ただ……何となくあちらの方がこぎれいだった気がする。性格上物の扱いを踏まえ、もしやこちらが母親の方じゃないのか?
「どれ、旅に出るというなら、今一度師匠として愛弟子にいくつか教えを施そうかのう。ロイよ、お主まだ出発まで時間はあるか?」
「多分、昼過ぎまでは大丈夫だ師匠。ちょっといざこざがあって、めんどくさい事が起きる前に村を出たいんだが、今から話すぐらいなら全然問題ないぜ!」
「――よしきた! それじゃ、儂の家で話すとしようかの。ついてこい、ロイよ!」
「――はいっ、師匠!」
≪……ふむ、少し話し込みそうな様子だが、こんな調子で大丈夫か≫
二人の師弟は、意気揚々と足を進め、いつも以上に元気な二人だった。……俺は正直この時点で、嫌な予感がしており、この後その予感は見事的中することになる。
――◇◇◇◇――
「いや~、いい話が聞けたな! さすが師匠、世を見渡し多くの女性を追い続けてきた経験の持ち主、その慧眼な視点から得た情報は、並の物じゃなかったぜ。旅先に予定もいくつかこのおかげで決まったし、中々に順調な出だしだ」
「(順調ね、もうとっくに夕方頃なのに、よくそんな口が聞けるな)」
今俺たちは、夕暮れ頃の春光の森入り口付近を歩いている真っ最中だ。何故夕方になっているかというと、この馬鹿が、世にいる女性情報を師匠から入手することに躍起になって、長い間熱弁をやる取りした結果、かなり無駄な時間をくったためだ。
「まあまあ、その分重要な話もいくつか聞けたし、ギフトのこつなんかも聞けたから良しとしようぜ」
「(……確かにそう言った話は無駄と切って捨てるものではなかったが、それでもこの時間の浪費は痛いぞ?)」
「大丈夫だってば、今頃ディーニャは起きてるかも知れないけど、さすがに起きてすぐ俺の居場所なんか分かんないし、追いかけるにしても情報や支度に時間がかかるだろう。それにもうすぐヴァルターが見えてくるはずだ。そしてら、すぐに師匠から教わったあの技で一気の距離を稼いで、それでもう追っ手の心配は無いさ!」
「(そう上手くいく――……事は無かったな)」
「へっ?」
「(前を見ろ、前を)」
「前って一体何だよ、ってあれ? 何で二人がこんなとこにいるんだよ『ダン』『ミル姉』!?」
「やっほーロイ君!」
「――たくっ、だいぶ遅かったじゃねえかロイ」
≪あ~あ、ちんたらしてるから、なんか起きた≫
そう、ヴァルターの周辺には、何故か昨日別れを告げた、ダンとミルヴァがいたのだ。個人的に、彼等の顔つきは、妙に嫌な予感を思わせる。特にミルヴァのニコニコとした様子は、個人的な話、もうかなり昔から引きずっている俺の中に刻まれた波乱の象徴『純』の奴を彷彿させ、その数々のトラウマが呼び起こされるほどのものだ。女があの手の笑顔を向けるときっていうのは、向けられた側にとっては、マジでやばい時だ……こいつは悪い予感は当たったな。
――◇◇◇◇――
ここにて一旦大まかなストック終了。今後は少し定期的な更新が厳しくなります。一応もう少しだけ書き残しがあるので、次ぐらいは3日以内にあげれるかな?