第01話 失意と旅
今回から第一章の始まりです。やっとこさ異世界冒険ものらしくなるかな?
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かつて、神々と竜種が激しく争い、イデニオンを混乱と荒廃に陥れた戦争。その終わり、イデニオンという世界の守護者『守護神 アラストス』と、すべての竜達の母たるもの『竜の始祖』との決戦から数百年の月日が流れ、世界は、あの戦いから大きく変化を迎えた。
神々は人の元から距離を置き、逆に竜種は人との距離を縮め、人は神々と精霊達の加護の元、自らの手足で世界にその足跡を刻むようになった。
世には、世界を股にかけ自らの道を己が足で歩み、その胸に宿した夢をその手に掴むべく、旅するものが数多く出てきた。その旅人達は、強大な存在に挑み自身の可能性を試すもの、巨万の富を求め世界に眠る財宝を探し求めるもの、自身や種族の誇りにかけ旅という試練に打ち勝ち誉れを得ようとするもの、身のうちにある欲望に忠実に行動するものなど様々。
イデニオンの今という瞬間は、そんな旅人達からなら無数の思惑が交錯する時。そして、その時のまっただ中、イデニオンの辺境にある村の一つに住む、とある少し特殊な生い立ちの青年が、一つの夢を抱き、身に宿る相棒たる意思とともに世界に羽ばたこうとしています。
神々と精霊、人と竜、輝かしい夢と儚き現実、すべてが等しくイデニオンには存在する中、青年と相棒の旅路にあるのは、大望たる夢を叶えた明るい未来か、無残にも夢破れ朽ちた結果か。
その結末、今から始る物語で、ごゆっくりとご確認ください。
それでは、『イデニオン~竜の秘宝編~』の始まり~
……
…………
………………
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暖かな日差しの中、心地のよい涼しげな風が、新芽の出だした木々の隙間を吹き抜ける。その風は、木漏れ日に照らされながら木に背中を預け眠っている、若草色の髪をした青年の顔をなで上げ、春の昼下がりを実感させる。
「ふぁ~あ、良い風だ。――……もう日は真上か、寝すぎたみたいだ」
その柔らかな風は、浅い眠りについていた彼を優しく揺り起こし、太陽の位置は、今がいつ頃なのかを把握させた。
この青年の名は『ロイ』、大人と言うには若すぎ、少年と言うには体格が大きすぎて似合わない。今年で17歳となる彼は、ちょうど大人と子供の中間にいる年頃である。
「…………」
寝ぼけているのか、少しのあいだ微動だにせずじっと座っていたロイは、何かを考えるようなそぶりで空を見上げていた。辺りには先ほどの微風が吹き続け、風に揺れた木の葉たちが、ざわめきたてている。ざわめきの中で、空を見上げ思案する姿は、どこか悩んでいるように見える。果ての見えない広大な空に、何を求めているのか、空を凝視し続ける緑色の両目に映るものはなかった。
≪…………≫
実のところ、ロイは朝日が昇り出した頃からここにいる。今日この日この場所で、ロイは重大な選択について悩んでいるのだ。俺は、その近くで答えを出すのをただ見守っているだけの見届け人。まあ、ロイの守護霊みたいなもんだ。
――
「決めた。…………旅に出よう!」
虚空に向かって決意を言い放ち、ロイは勢いよく立ち上がった後、背を預けていた木の幹に向かって駆け出した。そして、木の幹を蹴上がり頂上に向かって駆け上がりだした。その重さを感じさせない、素早い身のこなしからは、彼が優秀な身体能力を持っていることがうかがえる。
「やっぱ、でっかいなヴァルターは。普通に昇るのはしんどすぎる。――でも、今日の俺はいつもと違うぜ!」
ロイが背を預けていた木は、幹だけでも大人の両腕が4人分あっても囲みきれない太さで、高さは周りに生えているほかの木々と比べても頭3つは飛び抜けている巨木だった。
「いやっほぉぉぉぉい! 体が軽い、どこまででも飛べそうだ、これがギフト!」
そういってロイは、巨木の枝を足場に一気に跳躍し、今までの数倍の高さで飛び上がった。彼のその跳躍は、普通の一般人にはとうてい出来ないもので、そんなことが可能である理由は、彼を中心としてできている風の渦にあった。ロイには、風を僅かにだが操れる術があった。
――それは『ギフト』と呼ばれる、この世界のどこかに住む神々が人族に贈る、思いを実現させる力。
「この力があれば、きっと新しい何かが見えるはず――まずは手始めに、子供の頃からの目標だったヴァルターの頂上制覇、やってやる!」
ロイは、子供の頃の目標を達成させることで自らの進歩を確認する気なのだ。そうして、新しい一歩を踏み出す資格が自身にあるのかを知るため、己が全ての力を持ってこの巨木を駆け上がっているのだ。
≪旅……か、まさかこんな日が来るとはな、何が起きるか分からないものだな≫
俺は、ロイが駆け上がるのを遠くから眺めながら、今日という日のきっかけである、つい先日のことを思い返した。その日、ロイは失意の中からギフトを手にした。その失意が、新しい道を決意させた。住み慣れた土地から離れ、それまでの自分と別れを告げるため旅、ロイはその道を行く決意を今日この場でしたのだ。
――
「よしっ、絶好調! 聞いてたよりもギフトって使いやすいな。それにしても――ここがヴァルターの頂上か、こんなに高いところから景色を眺めるなんて初めてだ!」
しばらくの間、自らのギフトを使用するため、集中し無言になって巨木を駆け上がっていたロイは、頂上にある木の枝を足場にし、辺りを見渡しながら感想を口にだした。普段からは見られない景色にせいか、ギフトを使用したあとの高揚感か、いつにも増してはしゃいでいる。
≪確かに――良い景色だ≫
俺は、ロイの後を追って同じ高さまで付いてきて、ロイが足場にしている枝と違った場所で、あぐらを組みながら感想を内心に思い浮かべた。
「さすが春光の森で最年長、と噂されるだけあるな。周りに景色を遮るものが何もない」
『春光の森』とは、年中春の日のような日差しに恵まれる、この辺り一体の森林地帯を指す。ロイの登った巨木は相当の年月を重ね成長し、その大きさは辺りの木々では見当たらず、遠くの方に見える山々しか勝てるものはいなかった。その大きさを含め、老い木というにはどこか荘厳で、年月を重ねたものが持つ特有の迫力があるこの木は、辺りに住む者たちから尊敬の念を込め、神々の言葉で森の番人という意味の、『ヴァルター』と呼ばれている。
「……あっちの方に小さく見えてるの、ルト姉ちゃんが出稼ぎにいってる町だったかな。旅って言ってもお目当てが見つからないと意味ないよな。あの町はルト姉ちゃんがいるから、めぼしいところは全部持って行ってるんだろうな」
ヴァルターの上で周囲を眺めていると、森から離れた平地に町の外壁が見え、そこに出稼ぎに出ている知り合いがいることを思い出し、旅の最初の行き先にしようとしたらしいが、その町では旅の目的を果たせそうにないことに気づく。
「それにしても何でこうなったんだろうな。よく考えてみると、ルト姉ちゃんがそもそもの問題と言えばそうだけど、……まあ、悪意があっての事でもないし、あれで本人も苦労してるからいいか。――やっぱりどう考えても、結局はあいつのせいだ!」
≪……また始まったか≫
ロイには夢があった。
「思い出したら、また腹が立ってきた。こんな事になったのも、全部あの野郎のせいだ、あいつがミル姉と結婚したから。くそっ……俺がミル姉と一緒になるつもりだったのに」
ロイは好きな女性が一人いた。ミル姉という愛称の彼女の本名は『ミルヴァ』、ロイの二つ上の幼なじみで、ロイにとっての初恋の人だった。ロイの夢は彼女と結婚し、幸せな家庭を築くことだった。しかしその夢は、他の者に持って行かれることとなる。
「一年も前の話だってのに、いまだにミル姉の結婚式の光景が目に浮かぶ、……あんなに幸せそうな顔、そう簡単に忘れられるかよ」
その夢は、1年前にミルヴァが『ダン』という同い年の青年と結婚しことで泡まつの思いとなったのだ。ちなみにダンは、ロイの兄貴分兼悪友で、二歳上の幼なじみだ。
≪これについては、何ともいえんな≫
ロイたちが住む村、『メディル』は人口およそ100にも満たない数の村で、今は若手が半数を超えている若い村だ。村では一時期、ロイが生まれる少し前に計画的な人口増加のため、子供を同時期に身ごもった女性が多く、今の若手の世代はほとんど年齢差がない。ロイの年齢がちょうど真ん中の頃で、上下でみられる差は2歳ほどしかない。そのため年が近いものたちは自然と家族のように一緒に成長してきたのだ。今回結婚したミルとダンは、現在の若手組で初の結婚と言うこともあり、大人たちにとっては喜ばしいことだったが、ロイを含め村の若い男子にとっては悲劇だった。
「ミル姉が、俺の……俺たちの理想が、ダンなんかの手に汚されるなんて!」
≪まあ、素直に祝福できたら世話はないが、さすがにダンが不憫だな≫
ミルヴァは村の若い男子にとって、理想の女性であり、唯一の希望だった。
「ルト姉ちゃんのせいで、年頃の女の人は、ほとんど俺たちを見てくれなくなった。俺たちに残されたのはミル姉だけだった、ミル姉だけが希望だったんだ! 俺たちが愛せる女性はもうミル姉しかいなかったのに、なんであんな馬鹿と結婚するんだよ……」
≪確かに、今回の件については、大本たる原因はルトヴィアにあるな。……まあ、彼女が悪いわけではないが、原因が原因だ。……村の外部に知られたら、失笑ものの恥、長老も頭を悩ませているだろうに≫
メディル村には、よそ様にはいえない恥部がいくつかあった。そのほとんどは、村の若者たちに関する問題で、今し方ロイが言ったルトヴィアについては、その内の2つが上げられる。その恥部とは、『女性陣のいきすぎた同性愛』と『男性陣の巨乳信仰』が関連する。
前者は、ルト姉ちゃんとロイに呼ばれている女性、『ルトヴィア・メディル』が引き起こしたもので、村の若い女性が、同性にしか興味を持たなくなったという話だ。彼女は昔から村の人気者だった。物事をはっきりという性格の彼女は、嘘やごまかしをせず、誰に対しても正直だった。そういった所が周りからの信頼へとつながり、一を知れば十を知る彼女は、様々な知識を持っており頼りがいもあった。また欠点も、どこか抜けている、という天然な仕草が少し問題に上がる程度で、見方によっては微笑ましいとさえ取られるため、彼女の魅力を欠く事はなかった。
「ルト姉ちゃんは、確かに才色兼備の魅力的な女性だから仕方ないよな。次期村長になるぐらい優秀だし、俺たちが逆立ちしても適いやしない」
≪あれは、天才という奴なのだろうな≫
成長して行くに連れ彼女は、現在の村長のお婆、通称『長老』から薬学に関する知識を学び、狩りでは自然と大人顔負けの弓術を修めるなどで、その才覚を遺憾なく発揮しだした。その頃には、長老から直々に村の名前を授けられ、次期村長と言われたほどだった。ルトヴィアが村の名前を襲名した後、村の多くの者から頼られるようになった。村の女性達は彼女に頼っていく中で、男性よりも頼りがいのある存在に引きつけられ魅了された結果、百合の道へと落ちたのだった。
「本人は女性より男性に興味があるから、とかいって村から逃げるように出稼ぎに行ったけど、あれだけ慕われていたらルト姉ちゃんが村にいなくなったって、俺たち男の出番なんかないじゃないか」
≪村の若い女性陣は、確かに凄まじい熱意があったな。一種の崇拝信仰といっても過言ではなかったな。しかし、実際の所こういった事態は割と頻繁にあるらしいな≫
現在の彼女は、先ほど登場した近くにある町で、何でも屋をして出稼ぎしている。建前は出稼ぎであるが、本音は同性愛思想の沈静化を促すため、一時的に避難しているというのだから、いまだメディル村で百合の花を思うものは少なくない。そもそも、一般的にも優秀な女性に憧れを持つというのは、社会的にも男女問わず見られるらしい。こんな常識、俺としてはかなりのカルチャーショックだった。
「ああ、それにしてもミル姉の胸、他とは比べものにならないよな。なんていっても村一番の大きさ、あれは良いものだ!」
≪……女性陣も確かに重傷だが、男の方も大概酷いもんだ≫
後者の問題は、前者の問題が飛び火した結果でもある。村の女性の多くが一人の女性に夢中になれば、その分割りを喰らうのが男性である。ルトヴィアに好意を向けようにも、周りの女性達から強烈な敵意を向けられ撃沈する。それなら他の女性ならと思えば、皆がルトヴィアに夢中になっている。簡単に言えば、男性に目を向けるものが、ミルヴァ以外いなくなったのだ。
≪確かに、ミルヴァはルトヴィアと同格の器量良しの美人で、よくルトヴィアの隣にいるのだから、男性陣の目が彼女に行くのは必然といえるだろう、だけどな……ロイ。お前の、お前たち村の若い男性陣全員、その馬鹿みたいな熱意はどこから来るんだ?≫
彼女はルトヴィアとは生まれた頃から親友だったため、夢中にならず普通に接していた、男性からしたら唯一こちらに振り向いてくれる可能性があったわけだ。それに加えミルヴァは女性的な体つきで、その胸の巨峰は多くの男達を魅了することになる。このために、男達が魅力的だと思える女性の基準が彼女で固定され、それ以下の者達、すなわちミルヴァの胸と大きな差がある女性を異性として認識しなくなるほど、巨乳に対して信仰心を高め上げたのだ。
「巨乳、最高! 大きくたわわに実ったあの胸は、禁断の果実と言っても過言ではない、俺はあれのためなら全てをかけて、死ねる!」
≪本当にこいつら、底なしの馬鹿だ≫
現在、村の若い男たちは、全員が巨乳好きとなっている。メディル村では、女は異性に興味がないという事態で、男は容姿にうるさく、一定状の胸がなければ異性とすら認識しないのだ。そのため、現在、男女間の関係はとても難しいものとなっている。今後、村の存続は一体どうなるのか、年配の者たちは大層懸念しているらしい。然もありなん。
――
「はぁ、ミル姉。俺はこんなにも本気なのに、なんでこんなことになったんだ。ガキの頃から俺の事がずっと好きだって言ってたのに、だからダンとの結婚も一時の気の迷いだと思ってた。…………だけど、子供ができたら認めるしか、諦めるしかないじゃんかよ。もう、あの胸は手が届かない所に行くのか――ダンの奴せいで! ちくしょう、チクショウ、畜生ぉぉぉぉぉぉ!」
あれから少しの間、胸の大きさについてくだらない妄言をあげ、日々の信仰を全うしたロイは、話をもどしミルヴァの結婚を思い返した。そして、ミルヴァとダンの間に子供が出来たという事実に、血涙を流すかのごとく悲しみを言葉にし、男の空しい嫉妬と怨嗟を込め、無慈悲な事実に対し大声で吠え失意の叫びを上げた。
≪そりゃ、健全な夫婦の間に何もないほうがおかしいだろう、お前等の頭はどれだけ都合の良い考えをしてんだよ≫
話は数日前に遡る。ミルヴァとダンの結婚式からちょうど1年がたった先日、男達の失意の日がとうとうやってきた。ミルヴァが子供を授かったという事実が突然判明したのだ。
――☆☆☆☆――
「赤ちゃん、できちゃった!」
普段と変わらない明るい調子で、夫の働く職場の休憩所にひょっこりと現れ衝撃の事実をぶちまける妻、ミルヴァ。
「えっ、…………本当か!?」
それを聞いた夫、ダンは、呆然とした後その事実を飲み込み喜びを表した。
「とうとう俺にも子供が、やべぇ、なんか嬉しすぎて叫びてぇ!」
ダンには、ミルヴァとの子供ができたことには二つの喜びがあった。
「ミルヴァとの子供、可愛いい子なんだろうな、すごく楽しみだ! それに……」
それは、家族の幸福と家庭の安全、恐怖からの解放だ。
村ではルトヴィアが出稼ぎのため、彼女を慕う女性陣はなりを潜めている。しかし、結局の所、村では異性に興味がなくなった女性の方がいまだ多く、結婚しても変わらずミルヴァは男性陣に慕われている。彼等は、虎視眈々とダンがミルヴァと不仲になった瞬間、その間に自分達が割り込むことを諦めずにずっと狙っていた。男たちの執念はしつこく、区切りを付けるために長老は、二人の間に子供ができるまでは注意はする、しかし、一応見逃すとのことで、子供が出来たらすっぱりと諦めること、と村全体の取り決めとして定めたのだ。
そうして、ミルヴァに子供が出来たことで、ダンはようやく幸福の絶頂にたどり着けることになるのだ。彼にとってはミルヴァとの結婚は最高だったが、男達の反感は非常に高く、日常の裏側で、常に狙われており、家庭崩壊の可能性という危機感を覚えていたため、幸福をかみしめる機会が中々とれていなかった。
「これで――あいつ等の影をおびえる日々から解放だ!」
幸福の影には、いつもそれを不幸に思う者達もいる。
「嘘だ…………嘘だと言ってくれよ、ミルヴァ!」
そう、彼等巨乳信仰の使徒たちが、この重大な事実を見逃すはずはなかった。
――◇◇◇◇――
「みんなよく集まってくれた。今回、俺からみんなに悲しい知らせがある、よく聞いてしっかりとその事実を受け止めて欲しい」
先ほどの話を近くで聞いていたダンの同僚は、自体を把握した直後に行動し、村の広場で同士たちに集合の意を伝え、数分後には、村の若い男性陣のほとんどが集合していた。
「――……あの糞野郎、ダンが俺達のミルヴァさんに、手を出すだけでは飽き足らず、……子供まで作りやがった!」
そして彼は、先に確認した悪夢を村中の同士に広めた。
「……なん…だと…!」
「…………嘘だ!」
「ははっ、そんな訳……ないに決まってるだろう。幻聴さ」
「ソウソウ、ソンナワケ、アッテ、タマルカ」
彼等は一同に、衝撃の事実を受け止めきれず、信じたくない真実から目を背けた。
「…………事実だ」
「「「!?」」」
話し手の真剣な物言いに、全てを悟った男達は絶望に飲まれ暗黒面に落ちた。次々に発狂する者たちは、片言になったり、思考をやめたり、現実から逃避する者など様々だ。一時混沌と化したが、やがて幾人かが落ち着きを取り戻し、しだいに静かになっていった。
「「「奴を、…………血祭りに上げろぉぉぉぉぉぉ!」」」
彼等は、自らの取るべき行動に気づいたのだ、そして、八つ当たりともいえる粛正の決意を叫びあげた後、彼等はダンを求め動き出した。
この事実は、当時その光景を見ていた村の既婚者達や年配の方々によって村中に広まり、現在ではこの時を『巨乳信仰の落日』と呼んでいる。信者達にとっては『失意の日』というわけだ。
――◇◇◇◇――
「あっ、やべっ!」
ダンは、この場に現れた集団を目にし、背後に見えずとも存在する禍々しい深い闇を、長年の経験から悟った。そして現状が、いかに危うい状況か気づいた。
「「「…………」」」
男たちは、無言でダンの目前に立ち止まり、血走った目で彼を凝視していた。
「……頼むからそんな目でこっちを見るな。知ってるんだよな? ……ほらもう出来ちゃったわけだし、約束だろ? だか「「「あぁん!?」」」ですよね。そんなの、今この瞬間には意味ないですよね~。……ミルヴァ、俺、死んだかも?」
ダンに向かって無言で凝視してくる彼等の姿から、自らの死期をさとり妻に向かって助けをもとめる夫。
「えっ、死んじゃうの? う~ん、赤ちゃんのためにも、ちょっとは頑張ってよね!」
妻は、いつものことと言わんばかりにほほ笑みながら、明るい笑顔で夫を見送った。
「…………おう、これで最後だしな、頑張るぜ! ――よっしゃこいやっ、俺は生きて絶対ミルヴァと添い「「「いちゃついてんじゃねえぇぇぇ!」」」あぎゃぁぁああぁぁ!」
愛する妻の応援に、僅かな勇気と気合いを得たダンは、彼等と、最後に決着を付ける気になる。そして無駄に格好を付けようと、自分を奮い立たせる言葉を言い出したものの、最後まで言い切る前に、男達の思いの丈を盛大にぶつけられ、幸せな思いと共に悲痛な叫び声を村に轟かせた。
――☆☆☆☆――
≪あの時のダン、…………無茶しやがって≫
ちなみにロイもあの場にいた。そのため、俺も一部始終を見させてもらっていた。当初、ロイが気まぐれに辺りを散策しようかとした矢先、普段に比べどこか嬉しげなミルヴァに、ダンの所へ一緒に行かないか誘われる所からだ。気になる人と一緒、という話に気分良くしたロイは、何も考えず即決で同行を受け入れた。そして、到着後ダンと一言も話すことのないまま、ミルヴァの言い放った事実を理解したことにより、思考停止に陥り棒立ちとなる。その後、ミルヴァとダンは二人の世界を形成し、ロイは空気となっていた。
≪ミルヴァは、何を考えてあの場にロイを連れて行ったのやら≫
ロイは、ダンを襲う集団が現れたことにより意識が戻った。その後、事実をもう一度しっかり確認した後に暴走を開始。感情の臨界点を超え、愛と怒りと悲しみを全身に漲らせながら、「嬉しすぎて叫びてえ、だと? ――上等だ、死ぬほど叫ばしてやる!」といって闘争の現場に乱入し、ダンを殴りとばすこととなる。ロイはこの時、ギフトに目覚めた。
≪あの時のロイ、神ってのも屠れそうな勢いだったな≫
ダンを殴りかかるロイの姿は愛に狂った修羅のごとく、壮大に暴れることになった。ロイの拳がダンの顔面に直撃したとき、辺りには、全てを吹き飛ばすような爆風が起き、中心には天に昇るかのような竜巻が一時的に出現した。その周辺にいた男共とダンは、その場で、人が宙に舞い踊る地獄を見ることとなる。ダンに至っては、直前の乱闘で半場気絶している状態だったこともあり、ロイの一撃でとどめとなり気絶。その後、大空高くに舞い上がり、超高度から落下するという、まさに泣きっ面に蜂という、不運に見舞われた。もちろん死んではいない。
≪あの失恋のおかげでロイはギフトに目覚めたが、あの目覚め方ついては、なんといっていいか分からん≫
失意の底に沈んでいたロイは、夢を失った代わりに新しい可能性を手にしたのだ。ギフトは皆の中に必ずあるものだが、目覚めを自覚しなければ、一生知らずに過ごすこともある。そう言った意味で、ロイにとってはこの日は、新しい道のりのきっかけとなったのかもしれない。
≪よくよく考えると、直撃を受けていたのが、ダンでなかったらきっと人死にが出ていただろうに≫
ダンもまたギフトを持っている一人で、ダンは『身体強化のギフト』の上級者である。ダンは、早い内にその力に目覚め、ミルヴァと付き合いだしてからは、何度も嫉妬による襲撃があったせいで、常に体が丈夫になるよう使用していた。そのため、いつのまにか村の中でも有数のギフト使いになったのだ。いまでは、ダンがギフトを使用するときに傷つけられる者はほとんどおらず、年配のギフト使いから村の外でも通用するほどの使い手と評されている一人だ。
≪ギフトか、こうやって考えると、なかなかに凄いもんだ≫
思いを実現させる力、ただの生存本能を向上させる望みですら当てはまる、人の理解を超えた理によって作られているギフトは、様々な種類がある。ダンはこのギフトのおかげで生き残ってきた。村では、少数だがギフトの使い手がいる。大抵は大人で、若い内にギフトに目覚めているものは珍しい。今回のロイの目覚めによって、村の若い者で使い手として知られるようになったのは3人、ダンとロイにあと一人、『水を操るギフト』を持つ少女がいる。
――――
「ダンの糞野郎ぉぉぉぉぉぉ! なんでなんだぁぁぁぁぁぁ!」
「おぉ……ぃ、ねぇ~……てば」
≪うん、この声は……≫
ロイがヴァルターの上で、叫び声を上げ続ける中、遠くから微かにだが声が聞こえ出す。ロイは叫ぶことに夢中になっており、それにきづいてなかった。俺はその声を聞き、いち早く誰がきたのかが判別できた。この声は、つい先ほど例に挙げた3人目、水を操る少女に違いなかった。
「俺もミル姉と……嫌それはさっき旅に出ると決めた時に踏ん切りを付けた。ミル姉のことはとりあえず置いとく! この際ミル姉に似た胸を持つ、美人なお姉様なら誰でも構わない、むしろ、いろんなお姉様と仲良くなって、いちゃいちゃしてやる。……俺はそのために、旅に出るぞぉぉぉぉぉぉ!」
ロイが今日悩んでいたの重大な選択とは、夢――すなわちミルヴァのことに諦めを付けることだった。しかし、そんなことを考えていると余計苦しくなったのか、途中で思考するのをやめ、ヴァルターの傍で惰眠をむさぼっていたのだ。風に起こされたあと、大空を眺め何を考えていたのかと思ったが、結局の所良い方向に変わったとは、とてもじゃないがいえそうもない。
≪まあ、そんなことだろうとは思っていたが、こんな時にそれを叫ぶとは、運にも見放されているな≫
俺は、ロイの叫びを聞き。こいつの性格なら、旅に出る理由も、女がらみだろうと思ってた。こいつは根っこから美女好きだから。せめて、旅に出るならもう少しましな理由があって欲しかった。それは、まわりに説得しやすいからでもある。だが、この場でロイがあんなことを叫んだ時点で、説得はもう不可能だと思った。なぜなら、ロイの女好きに大層不満を持っている人物が、旅の理由をばっちり聞いてしまったのだから。これでは、どんな言い訳をしても、彼女は旅に出ることに対し反対し続けるだろう。
「!?」
≪やっぱり聞こえてたか≫
その叫びを聞いていた、先ほどの声の持ち主は、自身のギフト、水を操る力を解放し、手の平の上に水球を出現させ、遥か頭上にいるロイにめがけ、それを全力で投げつけた。見事な投球である、その時の表情は、夫の浮気を見つけた嫁のような、凄惨な未来を予見させる激しい怒りに満ちた顔つきだった。
「まだ見ぬお姉さん、待っててねぇぇぇ「(おい、後ろ後ろ)」……へ、何だって後ろってなんだよって、いて! しまっ――……!?」
今後の旅路で出会う人たちに思いを馳せながら声を上げていたロイは、俺が不意に伝えた、ロイだけが聞こえる心の声に疑問を返した後、後頭部に予想外の衝撃を受け、木の枝から足を滑らせる落下し始めた。
≪上手い使い方だ、よくこんな高さまでコントロールして、ロイにぶつけられたな≫
その水球は、一定の勢いでヴァルターの幹に添いながら真っ直ぐ上昇し、次第にその姿を槍のように長細い形状に変化させ、頂上の高さまで到達すると、突然、蛇のように体を曲げ、ロイの後頭部めがけて飛びかかった。直前にだが、軽い意思をもって状況をロイに伝えたが、残念ながら回避することは出来なかったようだ。そして、その様子を見ていた俺は、水の使い手の技量に感心し感嘆の念を抱いていた。
「やば、落ちる、落ちる、これ本気でやばい! ちょっと待った、ギフトぉぉぉ、止まれぇぇぇぇぇぇ! ――くそっ駄目だ、集中できないせいか、全然力が足らん!?」
≪こんなに慌てていたら、使えるものも使えんよ≫
ギフトを使い、落下を止めようとするロイだが、平時の時ならいざ知らず、いまだ目覚めて間もない彼には、今のような緊急事態では、満足に使用することなど出来ないのだ。ギフトは確かに願望を叶える素晴らしい力だが、基本しっかり意識を集中しないとほとんど効果が出ないものなのだ。
「無理無理、これ、死んだ。絶対死んだぞ! 見てるなら何とかしやがれ相棒!」
「(……まあ知らない中ではあるまいし、そんな薄情なつもりでもないから、助けないつもりはないが……とりあえず、その必要はないようだな。――下を見ろ、ロイ)」
風をまともに操れないロイは、とりあえず身近にいた俺に助けを求めたようで、随分と慌てている意思が俺に伝わってきた。しかし、何とかしろといっても、いかんせんなぜこうなったかを最初から見ている俺には、いまさら俺が何かする必要などどこにもないことを理解していた。それを裏づけるように、下ではすでに次の行動として、空中に大きな水球が形成されていた、どうやらあれが落下を止める策らしい。
「はぁ、下見ろって? なんだあれ――水たまり、というかでかっ! 何で空中にそんなもんがまさか、これは……ぶはぁ!?」
ロイが、地面に目を向けると、そこには大きな水たまりが目前に迫っていた。そして、この事態を引き起こした人物の予想がついた思われる直後、ロイは水たまりに不時着する事となる。その水たまりは、どこか受け止めるかのようにロイを包み込み、地面との熱い抱擁という死因から遠ざける結果となる。
「――もう、少しは頭は冷えた? まだろくにギフトも使えないのに、ヴァルターの上みたいな高い場所にいて、危険だよ。しかも、変なこと叫んでるし、私が声かけても無視するし、気づいてなかったの」
≪いやいや、つい先ほど、そんな高いところから落としたことも、かなり危ないぞ≫
ロイを墜落させた人物は、落下してきた彼をギフトによって集めた巨大な水球で受け止め、その後、彼を地面に解放しながら、子供に注意する保護者のように、説教を口にしながら、ロイの前に歩いてきた。
「……本気で死ぬかと思ったぞ、ディーニャ。――なんでこんな事しやがった!」
ロイは、水の中から解放され、生死の狭間を体感したこと思い返し、事の発端となった人物をにらみつけながら不満を訴えた。
「馬鹿なこと叫んでいるし、声かけても聞いてないからだよ」
≪本当にこいつら、やることがが過激だ、ロイの周りに普通のはいないのか?≫
ロイには、村で特に仲の良い四人の友人がいる。兄貴分のダンに、ルトヴィアとミルヴァという二人の姉貴分。それに加えもう一人、妹分の『ディーニャ』を交えた五人は家族や兄妹のように育ってきたのだ。正直、こいつ等は全員、普通という範囲から大きく逸脱しているグループだ。ましなのは、ダンとディーニャぐらいだと思っていたが、どうやらディーニャについては修正が必要なようだ。まあ、これがロイ限定の行動であるのが唯一の救いか。
「いきなり恥ずかしいこと叫び出すし、あんなの大声で叫ぶなんて村の恥をまた増やす気なの、自業自得なんだから!」
ディーニャは、ロイの眼前で憤慨する様を見せつけるよう、人差し指を立て、幼い子を注意するかのように手を忙しく動かし、ロイの馬鹿な行動に対し糾弾した。
「何が自業自得だよ、はぁ~水浸しだ。せっかくやる気出てたのに」
ロイは、ディーニャの水球によって水浸しになった上着を脱ぎ、上半身を裸にしながら返事を返した。
「――わっ、もういきなり脱がないでよ、本当にロイは駄目なんだから! …………そうだよ、ロイは本当に駄目駄目なんだから、絶対旅なんかに行かせられないよ」
その様子に、慌てて目をそらしたディーニャは、ロイの無神経さに嘆きながら、小さな声で、旅路に対する反対意思を口にした。
「うん――今なんか言ったか?」
「何でもない!」
「?」
≪やっぱ、旅については反対か……≫
ディーニャがいった後半部分は、ロイには聞こえなかったようだが、俺に確かに聞こえた。まあ、予想通りそう簡単に旅立ちすることは難しいようだ。どうやらロイの旅は、出発の前から先行きの不安なものになりそうだ。
――――
登場人物が一気に登場し、かなりややこしくなりました。今のところ、紹介のまとめを投稿するのは少し先になりそうなんですが、要望があれば早い内に投稿しようかと思います。
相変わらずわかり難い文章で申し訳ありません。誤字脱字、変な文章などについての報告、いつでも歓迎しているので、良ければ声かけてもらえると助かります。