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開幕 裏 1

――★★★★――



「……、……、――――!」


 遠くから、目覚ましにしては騒がしい音が鳴り渡る。まだ寝かせてくれ、と夢の中から浮上した意識を、再び底に沈めようとしたその時、辺りに透き通った声が響き渡った。


「本日は『充実した人生には、素敵な落とし穴をプレゼント』が心情の、私たち悪戯コンビが主催した、この場に御来場どうもありがとう!」


(……何事?)



――



「本日の主催の一人、いたずら妖精ことみんなのアイドル。『ウェンス』のシルフィちゃんです!」

陽気で甲高い声が聞こえた。声色と台詞から、少女を連想させる声だった。


「お寝坊さん、そろそろ本日の劇場を始めたいので、さっさと起きてね! 準備は良い? ……答えは聞いてない! では『第4回イデニオン劇場』、開幕! とりあえず、目の前に映し出される映像に注目していてね~」


 余りに突然な話で、俺は夢のなかのできごとのように思ったが、周りから流麗な音楽が聞こえだし、開幕のベルが慌ただしく鳴り響くおかげで、これが夢では無いことを実感し飛び起きた。


「……チョッ! 何事だ!?」

 お寝坊さんとは俺の事かと思い、慌てて目を覚まし辺りを見渡してみると、俺は本当に劇場の中にいるようだった。


「ここ、どこだ!?」

 なぜこの場所にいるのかわからず、一体何が起きているのかもわからない。わかったのは現状がわからない事尽くし、ということだった。


「……本当に始まった」

 疑問に答えをだそうとすると、目の前の鮮やかな装飾がされた赤色の幕が上がりだした。


「これは、一体? 映画か何かなのか?」

 幕が上がった後には、何もない舞台が現れた。正確には、そこには先の見えない暗闇があり、その闇の中に光が集まると。不思議なことに、何かの映像が現れ始めた。これが先ほど注目を促された映像なのだろうか?


「……草原? これは夜の草原みたいだな」

 そこに映し出されたのは、夜空に星々が輝く、果ての見えない、広大な草原の景色だった。


「あれは、……男か?」

 その映像の中には、草原の上で、一人の男が寝転がっている。男は、半袖のカジュアルな黒シャツに、紺色のジーパンを身につけた、黒髪の青年だった。胸が上下に動いてることから、どうやら眠っているようだ。


「この映像、何がしたいのか訳が分からない。……うん、今何か聞こえたな」

 俺は、理解の及ばない出来事から少し目を離した、その直後、何かの音が聞こえてきた。


『うっ、何だ』

 驚いたことに、この映像には声もついているようだ。草原で眠っていた青年は、少し目を離した隙に、起き上がりしゃべり出した。


「なんだかよく分からんが、この映画みたいなのを見ていろってことなのか?」

 現状では、何をすべきかよく分からなかった俺は、ひとまず目の前に映し出されている、男の動向を伺ってから自身のことを探ろうと思った。



――◇◇◇◇――



『なにもわからない。……ふう、一旦落ち着かないと話にならないな』

「俺も、全く訳が分からん」

どうやら、こいつは俺と似た境遇のようだな。



――



『ちょっと待てよ、……見覚えがない、夜の草原にいる? それって、まずくないか?』

「かなりまずいだろうよ」

 普通に考えれば遭難、良ければ迷子、最悪の場合死亡に向かって一直線だろうな。夜の草原って、どうやって生きていけば良いのか想像も付かんな。



――



『現状は全くもって不明。うへぇ、……問題がいっぱいあるな』

「……俺もだよ」

 問題の多さだったら、俺も負けてねえよ。しかも俺の場合、誰の意図かは知らないが、無理やりこの場でこの映像を見せられている。何がしたいのか分からんが、俺なんか捕まえて、どうするつもりなのやら。



――



『…………なんなんだ、この鳥は?」

「でっかい鳥だな。見た目は……鷲に似ている。光沢感がある白い羽が、際立ってるな」


『なんだ、この光はって、嘘だろ。…………鳥が人になった!?』

「おいおい、マジか」


『ありえねえ、こいつは本当に夢だろう』

「……その気持、分かる。夢なら、さっさとさめてほしいな」

 正直、俺も現状についてはこの男と同感だ。もう夢で済ませたい。


「……それにしてもこの銀髪の女、どこかで見たのか、何となく見覚えがある気がする」

 鳥だった女性は、誰かに似ている気がするのだが、誰のことなのか、どんなとこが似ているのか、はっきりとは分からない。ただ、どこかで見た気がするのだ。



――



『あっ、動き出した。……うん、これって色々とチャンスか?』

『え~と、いきなりで申し訳ないのだが、少しお話させてもらって大丈夫だろうか?』

『お~い、真剣に困ってるんだ。少しで良い、話を聞いてくれないかって、――えっ!?』

『……何これ、どうなってるんだよ。本気でわからない』


「これは酷い。とりあえず、さっきのあれはないわ~」

 俺には、銀髪の女が男をすり抜けた事実より、男の下心の透けて見える表情と、急にかしこまった誘いかけが、見ていてあまりにも恥ずかしかった。シンパシーを感じている対象の男が行うということが、自分がやったかのように連想させ、俺は落ち込んだ。



――



『……まだ、夢を見ておられるのですね。あなたが眠ってから、もう随分と時が進みましたよ。 地上の者たちは、もうそろそろ私達が手を出す必要もなくなり、一人で歩いて行けるでしょう。ふふっ、……あなたはいつまで眠り続けるのですか? これだけ寝てしまっては、もう私の事をお寝坊さんとはいえませんよ?』


『病気か、何かで眠ってるのか? ……聞く限り、もう随分眠り続けているみたいだな』


「そうだ、この顔だ。……俺はこの顔を知っている。だが、どこで見たんだ?」

場面は、先のコメディな雰囲気から一変して、シリアスな展開へと移行した。その中で俺は、銀髪の女と白髪の少女の二人、両者の似通った顔立ちに見覚えがあった。俺には、映像よりも、その表情をどこで見たかの方が重要になり、映像から目を離し考え没頭した。しかしそれは、のどに引っかかった小骨のように、なかなかな出てこなかった。



――



『チッ、なんだこれは! 見ていてこんなに胸くそが悪いのは、……頼むから泣くなよ!?』

「……確かに、これはきついな」

 いくら考えても出てこなかった答えに対し、ついに思案を諦めた俺が、再び映像に注意を向けたとき、画面に映っていたのは、銀髪の女性が切なげな表情で泣きそうになっている場面。傍らで聞こえる男の叫びは必死で、なぜかそれは俺の心と一致した。俺もまた彼女の泣き顔を見たくないと思った。その時、この感情は自らの内からも湧いてくるものだとを理解した。


『えっ、この思念は、――もしかして。……いえ、違う。この感じは一体誰が、いえ誰であろうとこの場に私以外がいる、ということがすでに異常。そこですね、こちらを覗き見している不届き者がいるのは』


『へっ?』

「あっ」

 奇しくも、またしても、俺と男の考えは一致したようだ。


『ちょっと待てよ、今の俺ってもしかしてかなり駄目な奴じゃ』

「あれだな、――のぞき魔? プライバシー的にいえば、明らかに盗み聞きでアウトだ」

 なんというか、俺も似たようなもんだが、現行犯でやってるものと、それを違った場所で聞いてるのとでは訳が違う。あの男の現況だと、何されても良いわけが出来そうにない気がする。


『ここは聖域、私以外誰一人として、この場にいることは許しません。早々に立ち去りなさい!』

『本気で空気読めなくて、すいま、せんしたー!』

「……南無。お前の場合、空気は読めてたよ。ただ、――運が悪かった。それだけだ」

 なんというか、ご愁傷様といいたくもなるが、謎の光と爆風でぶっ飛んだ男は、叫び声と共に星なる勢いで、夜空の向こうへ旅立った。あれは死んでも可笑しくはないスピードと高さだった。……とりあえず俺は、あいつの冥福を祈りつつ、あいつの言葉に返事を送った。色々と思うところはあるが、死人に鞭をうつ気にはならず、簡素な言葉で締めた。



――◇◇◇◇――



「これでおわりか?」

 男がぶっ飛んでいったと同時に、映像は途切れ、薄暗いは劇場の中は、光源がなくなり、辺りは暗闇の中に落ちた。


「――クスッ」

 物静かな劇場の中に、微かな笑い声が響いた。


「うん?」

 そうすると、誰かの気配を近くに感じた。


「クスクス、――アハッ、もう駄目、『すいま、せんしたー!』だって! アハハッ、アハハハハハハッ!」

「何事、というか誰だ一体!?」

 その気配の持ち主は、突如おおきな笑い声を上げた。話し方や声の高さから女性のようだが。


「……さっきの映像のことで笑ってるのか。舞台の方から聞こえてくるみたいだが」

 映像が流れていた目の前の舞台へと視線を向けると、いつのまにか舞台上には、木製の椅子が左端に1席だけ置いてあった。


「本当に、……誰だ?」

 その椅子には、笑顔を思わせる表情をした、白い模様のある仮面を目元に付けた人物が座っていた。


「おっ光が、…………へっ!?」

 舞台に光が付くと、その人物の容姿が分かった。腰辺りまで伸びた、真冬の銀世界を連想させる、長い白銀の髪をしており、露出している部分から、透き通るように白く美しい肌が見え隠れしている。顔つきは仮面で隠れているものの、頬には左右で違う模様のペイントがなされ、唇はワインレッドのルージュ、耳には落涙を模したイヤリングを付けている。体つきは起伏に富んでいて、肩と胸元が開けた白地のドレスに、青色の装飾をしたペンダントをして、彼女の女性的な魅力を前面に押し出している。仮面さえなければ、物語に登場するようなお姫様や女神、と言っても過言ではない。しかし、顔に付けた仮面のせいで、彼女の雰囲気は少し印象が変わる。俺は、彼女の姿を見て声も無く凝視することになった。

 

「なんで、仮面なんか」

 仮面は、どこか笑顔を模しており、お祭りやパーティに出席した時に趣向として使われるタイプのものに似ていた。太陽と風の模様が描かれ、側面には羽根飾りが付いていたその仮面、それと彼女の持つ雰囲気は、互いに違った存在感を出している。仮面はどこか、道化師を連想させる造りで、付けている人物は、物語に登場してくるような美女。これだけで、なぜ彼女が仮面をして出てきたのか、その理由に興味が出てくる。


(いまだ、自身のことはほとんど分からないのに、どうやら俺は、先に他人のことの方が気になるらしい、……俺という人間は、美女優先の女好きなのか?)

 そんな、自身の気の迷いを考えていると、不意に舞台からかすかな笑い声がこぼれ、先ほどの少女の声とは異なる、どこか気品のある女性の声が、物音なかった空間を染め上げた。


「イデニオン劇場にようこそ。私はもう一人の主催者、『ルードス』のアリーゼといいます。……突然のことで驚かれたでしょうが、まずは私のような者に、興味を持ってもらえたようで光栄です。これはめかし込んできた甲斐がありました」

 そう言って、どこかうれしげに彼女、アリーゼは椅子から立ち上がり、舞台の前方へと進みだし、意気揚々と両手を広げ話し出した。


 挿絵(By みてみん)


 それは、どこか優美で、一挙一動から品格の高さが見て取れた。『ルードス』というのはどういった存在なのか分からないが、アリーゼという女性はただ者ではない、ということがわかった。


「そう堅くならないでください。私はしがない語り手、大した者ではありませんし、今いるこの舞台では、お客様を退屈させないための道化にすぎません」

 それでは、やはりあの仮面は道化を意識した物なのか、と勝手に納得した後でアリーゼのセリフを思い返すと、先ほどの疑問に加えさらに幾つか気になりだした。この場所は何なのか、舞台といったが何が始まるのか、お客様とは自分のことなのか? ついでに、さっきの笑い声についても聞いてみたい。


「あ~、ちょっと聞きたいんだが、「申し訳ありません」……あ、はい」

 名乗りもせずに会話の切り出しに質問というのはどうかと思うが、お客様とか言ってたので、遠慮せずに軽い気持ちで彼女に尋ねてみようと思い声を出そうとした矢先、アリーゼに機先を制された。


「きっと質問は沢山お有りでしょうが、本日はあまり時間が無いようですので、映像の続きを先にご覧ください」

 そういって、ほほ笑みかけてきたアリーゼは、どこか有無を言わさない感じを含んでおり、彼女の造りの整った顔を直視したせいで、仮面越にでも分かる、美人特有の魅力に、不意をつかれる形で一瞬見とれてしまった俺は、つい彼女の言に対し無言の形を取ることで肯定の意を示してしまった。


(……どうやら俺は、女好きと言うには、随分と初心な男のようだ)

 美人の笑顔に押し切られた自分が、少し情けなくなった反面、彼女のほほ笑みを見られたことに満足もしている。とてもじゃないが、女慣れしている人間の心情ではないだろう。


「有り難う御座います。それでは、続かせていただきます。舞台の中央に再び映像が流れるので、もう一度ご覧になってください」

 彼女がそういった後、再び舞台の光は消え、中央には光が集まりだした。そうなると劇場は再び薄暗さに包まれた。


「分からないことは沢山お有りでしょう。詳しい説明は、――そうですね。序章が一段落付いた時にでも。少々不都合がお有りでしょうが、その時までしばしお待ちください」

 彼女の姿は再び見えなくなったが、その声は舞台の端の方から聞こえてくる。


「……ああ、分かった。とりあえず、見させてもらうわ。また後でいくつかまとめて聞くが、かまわないか?」

俺は、彼女のいわれるがままの進行に、身をゆだねるようにした。どうやら、全部見れば質問には答えてくれるようなので、不満は色々とあるが主導権を取られたため、後手に回ることにした。


「はい。――それでは、そろそろ始めるとしましょうか」

 彼女が言い切ると、映像は真昼の砂漠の景色が浮かび上がった。そこには、先ほどの男が砂漠の上であぐらを組んでいた。……よく生きていたなあいつ。



――◇◇◇◇――



『こうなった理由、そういやあの銀髪の人に飛ばされたのか。うわ~思い出したら、なんか死にたくなったきた』

「いきなり自殺宣言か。まあ、分からなくもないが、それにしてもさっきとは全然違う場所だな」

 先の不憫な事態の顛末に落ち込んでいるこの男は、あの出来事の後どれほど飛ばされたのだろうか。周囲の景色に、先の草原は全く見当たらない。


『つうか、何これ。太陽がこんなに元気よく働いているのに、なんで暑さを感じないんだ、やっぱ夢か。…………でもなぁ、やけにリアルな景色なんだよな』

「暑さを感じない?」

 この男についての感想なんだが、もう幽霊とかじゃないかと思う。よく見ると体も透けてるし、正直、ぶっ飛んだ時を見た俺にとっては、あの男はもう死んでいても全然おかしくはないと思う。普通の人間があの高さまで吹っ飛んで、こんなとこまで飛ぶようなこと事態に耐えられるとは、とてもじゃないが思えない。



――



『それにしてもさっきの俺、間違いなく犯罪者だったな。本当にありえねえ。マジで空気を読めよ俺、最後の謝罪も最悪、というか無様な過ぎだ。俺ってこんなに情けなかったか、というかそもそも、あんな聖域とかいう場所に俺なんかがいたんだよ』

「自覚はあったのか。まあ、――ご愁傷様だな」

 唯一の救いは、被害者に本気でぶっ飛ばされた所か、あれを弱みにされたりしないだけましだろうさ。



――



『いや、あの様子じゃどっちにしろ無理か。逆鱗に触れたかのような急変ぶりだったもんな。それだけ、あのベッドに寝ていた子のことが大事だったのかね?』

「確かにあの表情の変わりようは、そんな感じだったな」

 あの二人の女性の関係は結局分からなかったが、銀髪の女性が本気で排除しようとしていた点からも、眠っていた少女のことを、いかに大事にしていたかが分かる。


『あの顔で見つめられると、なんていうかその、まじでへこむ。……はあ、随分と昔だったかな、寝ているとこに虫を見かけて、全力で排除しようとしてた、嫌悪感むき出しだった、あの馬鹿の顔を思い出した。あ~俺って害虫レベルかよ、本気で最悪の気分、鬱だ死のう』

「害虫駆除か、そのまんまだが、妙にしっくりくる」

俺もまた、そのイメージが当てはまり納得した。この男は何というか、哀れみを誘うほど不憫だと感じた



――



『すいません、ごめんなさい、生きてて申し訳ありません。なんか、もう本当に存在していてごめんなさい』

「うぜぇ、……分からなくもないが、さすがに落ち込みすぎだ」

 正直な所、俺があいつの立場だった同じように落ち込みそうだが、見ているだけの俺にとってこの場面は、非常に面白くない。


『うん、あの馬鹿って誰だ?』

「あぁ、そういやさっきそんなことも呟いてたな」

 どうやらあいつの方は、何か引っかかるものがあったらしい。


『そもそも俺って、そういやさっきの場所じゃ、ほとんど疑問が解決してねえな。…………OK、OK。彼女のことは一旦保留だ、考えていたらいろんな意味で駄目になる。ちょっと少しずつ分かる範囲で、現状を把握し、その後、事態を好転させていこう。――良くなるよな、なんかまたも嫌な予感がする』

「嫌な予感ね。――たぶん当たってるんだろうよ」

 俺は、この男の不遇は、どこでも変わらない気がしてしょうがなかった。自身のことも一緒に振り返ろうとしたが、この男の自爆を先に見てからでも良いだろう、と思い後回した。



――



『俺の名前は、フクチ・タクミ…………』

「……フクチ・タクミ?」

 俺はその名を聞き、何かが引っかかった。俺にとってこの名前は何かの意味があるのかもしれない。



――



『おっ、あれは蛇か。しかも白蛇って凄い珍しいもん見たな! ――てっ、違う違う』

「うん、確かに珍しいな。白蛇って、ほとんどいないじゃなかったっけ。……まあ、そんなことはいいか。それにしても――俺の方は全然駄目だ、なんにも思い出せなかった」

 野郎の自己紹介など興味がなかった俺は、話を無視し、先の名前について思い当たることを記憶の中から引っ張り出そうとしたが、どうにも上手くいかない。そうして、奴の驚きで意識が剃れた俺は、映像の中の珍獣に対する感想を口にした。 



――



『相も変わらず、ここいらは砂ばっかりで最初の草原は面影も一切ない、どこにいるか全く不明っと。もう少しなんか情報ないのかよ、まいったな』

「こっちなんて、寝ているところを知らない誰かにたたき起こされて、気がつくと劇場の中にいて、へんな映像を見せられてるんだ。情報が多すぎるぐらいだよ、一向に整理が追いつかん」

 立場は違えど、俺とタクミは、似たように愚痴をこぼした。


『――うん、なんか違和感ある石だな。この石、こいつだけここら辺のものと少し様子がちがう? 俺の足下にあるし、もしかしてあの時、俺と一緒に吹き飛ばされてきたのか?』

「その石、……何でだ? どこか見覚えがある…………」

 俺にはその石に見覚えがあった。俺は、再び自身のことを思い返し、その石の出所を探った。



――



『さっきの白蛇。……いつの間にか、こんな近くに来ていたんだな』

「……蛇? ああ、さっきの白蛇のことか」

 またしても、記憶を思い出せないまま時は過ぎ、今度はタクミの出した疑問の声で、再び映像に注目することになる。そこに映っていたのは先ほど登場した白蛇だった。


『俺のことは見えてもないのに、お前はなんでこっちにきたんだ。ああ、この足下の石か。それにしても、こんな石ころをどうする気だ?』

「蛇は石なんかに興味はないだろう、さすがに食べるわけもないし『あっ、食べた!?』って、食べるのかよ!?」

 白蛇の行動が、ある意味予想的中だったため、つい叫び声を上げてしまった俺だった。


『まあこんな砂漠だ、腹が減ったら何でも良いから食べたくなるのかねぇ。――だからと言って、そんな石ころを喰うと腹を壊すぞ』

「まさか丸呑みとは……消化できるのか? あ~、せっかくなんか思いだしそうだったのに、驚きすぎて、考えがどっかにいっちまった」

 さすがに鉱物を食べ物にする蛇というのには覚えがない。石については、あまりの顛末で、さすがに考える気力がなくなった俺だった。


『ついでにさらば、ぶっ飛ばされ仲間かもしれない石よ、俺は無力だ。だって触れもしないんだから、どうしようもない、ハハッ…………』

「こっちも諦めが出てきたな」

 タクミもまた、俺と似たように気力がなくなってきてるようだ。笑い声に力がなくなっている。


『まあ、知ったことじゃねえか。石よ、お前には妙な親近感がわいていたが、食われちまったらもう手の施しようがない。せめて、消化されないことを祈ってるぜ。――……あれ?』

「……これは?」

 タクミと一緒に、白蛇と石の別離を見送っていると、事態に変化が起きた。


『なんか引っ張られている、というか引きずられてる。これ、白蛇のやつが移動するにつれて微妙に俺も勝手に動いてる、というか太ももから下が足じゃなくなってる。ついでに、そこからなんかに引っ張られている感じが、……足がなくなる俺って、やっぱし幽霊!?』

「これはもう確定だな。……見た感じでも、まんま幽霊だわ」

 タクミ幽霊説に否定ができなくなったこの場面、傍目からは蛇という小さなサイズのものに無理やり引きずられる成人男性、というものは笑いを通り越し、哀れさが見て取れるようになった。


『現状を解析するとだ。もし俺が幽霊だとする、そしてあの石と離れられない。それじゃあ、俺って浮遊霊か地縛霊辺りで、あの石に取り憑いてている。な~んって、そんなわけないか! …………違うよな?』

「……たぶん、その想像通りだ」

 タクミの方も、大体の予想は立っているようだが、奴は現実逃避に走りかけているようだ。すでに理解していることを、わざわざ口にしてまで、淡い希望にすがりだした。


『……どうしたもんか。うん、あれって』

「まだ続きそうだな」

 この男の不憫、どこまで行くのだろうか。


『蛇なやつ、大丈夫だよな、上になんか鳥みたいなのいるぞって、全く気づいてない!?』

「さすがに、白蛇の視線は上に向いてないな、……これはいったな」

 俺には、この先の展開が読めた。


『頼む、気付いてくれ。このまま行くと、もしかして俺は、あっ!』

「……瞬殺か」

 蛇は、空から舞い降りた影によって、一瞬にして捕獲された。


『――ああ、見事に捕まった。行ってる傍からこれだよ、……はいはい、読めてました。この展開、俺は読めてたよ』

「……そうか」

『俺はあの白蛇に引っ張られるように自動的に動いてる。すなわち、あいつが捕獲され、大空に上昇すると、……やっぱりか!?』

「はい、予想的中おめでとう。大空への旅へいってらっしゃい」

 タクミは取り憑き先の依り代と思われる石を、丸呑みした白蛇にくっついていないといけないようで、白蛇が空に連れ攫われ、その後を引きずられながら追いかけていく羽目となった。予想通りの事態だったため、どこか事務的にタクミの旅路を見送った。


『グリフォンって、そんなのありか。速いし高いし、俺は元々ジェットコースター系の乗り物嫌いなんだよ。さっきから何でこんなに訳分からんことに巻き込まれてんだ。我慢するにも限度があるわ、クソッタレ、コンチクショー! なんだ、俺は自分の意思以外であちこち飛ばされたり、引っぱりまわされる運命なのかよ。俺をどこに連れていけば満足するんだ。――……うがあああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!』

「…………乙!」

 なぜだろう、この言葉に全ての感情が込めれた気がする。……それにしてもグリフォンか、まんまファンタジーな感じのがやっと登場したな。だが、こいつに引きずられるような経験は死んでもごめんだ。



――◇◇◇◇――



「ここまで来ると、もう一種の才能よね。こんなもの見せられたら笑うしかないわよ。アハハッ、アハハハハハハハッ!」

 先ほど現れた女性の笑い声が聞こえてくると同時に。またしても映像が途切れた。


「本気で爆笑してるな、――さっきの笑いもあんたなんだろ?」

 俺が、事実確認を求めると、舞台に光が付き、舞台の左端に椅子と人影が再び現れた。


「ええ、その通りよ。あ~あ、せっかく上手に流せてたのに、つい我慢しきれず笑っちゃった」

 その人影は立ち上がり、姿を明かりの下にさらした。現れた女性は、さっきと同じで、目元に仮面をつけた銀髪の女性だった。先と違う点は、どこか陽気な雰囲気であることだ。


「さっきからの映像が何回か途切れてるの、もしかして全部笑いを我慢しきれなかったあんたが中断しているんじゃないか?」

 その予想はどこか確信があり、ストレートに質問してみた。


「やっぱり、わかっちゃったか。ええ、実はその通りなの、いや~ごめんなさいね。そのせいか予定の半分も進んでないのよね。本当に申し訳ないわ」

 予想は大正解だった。おまけに本人は謝罪しているようで、どこかおもしろがっているように思える。


「あんた、さっきの雰囲気と随分違うな。……猫を被ってた?」

 勘だが、この女の本性はこちらの陽気な感じの方が正しい気がする。


「う~ん、……猫を被ってたといえば、そうなのかな。まあ、何となく真面目路線で行ったほうがいいかな、と思ってやってただけなんだけどね。それと、気軽にアリーゼで良いわよ」

 この女、アリーゼは何を考えてるかは俺には分からなかったが、何となくこいつには愉快犯の気配がする。


「ふう、わかった。……アリーゼ。これで良いか?」

 この女の機嫌を損ねてはいけない、数回の会話で俺はこの女に対する警戒心は大幅に上昇した。この手の女は、自分の思い通りにいかなかったら、意地でもそれを強要してくる。そんな敵に回すとやっかいなタイプだ。とりあえずは、素直にいうことを聞いて、流していこう。


「ふふっ、ありがとう。さて、そろそろ続きに移りましょうか」

 そう言った彼女は舞台に戻りだし、背を向けながら進行を進めることを伝えてきた。


「――続きね。まだ、半分もいってないんだよな。いつまで続くんだこの映像?」


「う~ん、今でおおよそ半分なんだけど、この調子だと全部は無理かな? ……まあ、それならそれでいいかな?」


「良いのかよ! 適当だな本当に」


「ごめんなさいね。……とりあえず、次の話に行きましょ!」


「自由すぎるだろう、……まったく」

 アリーゼの調子はどこかつかみづらい。彼女の台詞には、どこかこちらの反応を楽しんでいる節があり、突っかかろうとするだけ、彼女を喜ばせる気がしてうまくいかない。


「ではでは、先程グリフォンちゃんに連れてかれた、彼等の話に移りましょう! まずはごゆっくり、映像の中の彼等を楽しんでください」

 彼女は台詞を言い切ると再び姿を消し、舞台は無人となり、そこにはまたしても映像が

映し出され始めた。


「こいつは、……雪山か?」

 俺の目に飛び込んできたものは、日の光のない雪山だった。



――◇◇◇◇――



 ※ 挿絵は友人に描いていただきました。



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