表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

開幕 表 1

6月18日 大幅修正しました。



――



「……、……、…………」

 かすかなざわめき、何かが不規則にこすれるような音が、風に乗って運ばれてくる。


「うっ、何だ」

 その音で、俺は目が覚めた。


「頭が――痛い。俺は眠っていたのか」

 今ひとつ思考がまとまらないのは、随分と長く寝ていたせいだろうか。


「…………夜、星がたくさん見える、随分と良い景色だ。――だが、ここはどこだ?」

目が覚めて、最初に真正面にあったのは、無数の星が輝く、雲一つ無い夜空だった。 


「草原みたいだな。それにしても……いつからここで眠っていたんだよ」

 どうやら俺は、夜景の見える草原の上で眠り込んでいたようだ。首を動かし、横になっていた体を起こしながら辺りを見渡す。目の前には、星明かりの下にどこまでも続く、夜の闇が広がっていた。


「なにもわからない。……ふう、一旦落ち着かないと話にならないな」

 少しの間、現状を考察してみたが、この場に至る経過は何一つ思い出せなかった。どうやら寝ぼけている頭で、いくら考えても答えは出そうもないようだ。 



――



「……、……、…………」


「この音、さっきから聞こえていたが、――なるほど風のせいか」

 現状について、不明確に考えを巡らせていると、先ほどから耳に届いているかすかな音に気づいた。音の正体は草原に生えている草の葉が、風によってこすれていた音だった


「良い風だな。それにしても、この辺りにはやっぱり見覚えはないな」

 心地の良い風に誘われ、もう一度辺りをよく見てみる。そこには相変わらず、見覚えのない草原が広がっているだけだった。


「ちょっと待て、見覚えがない、夜の草原にいる。それって、まずくないか?」

 その景色を見続けていた俺は、自分が見知らぬ場所にいることを、やっと理解した。


「――……現状はかなりまずい。人の気配が全くしないし、何より草原の果てが見えない」

 何も分からない見知らぬ土地に自分一人、しかも、辺りに人影はない。少し考えがいけば、危機意識などすぐに生まれる。生きる助けとなるものが何も見当たらないのだから。


「どうやら、寝ぼけている場合じゃなさそうだ」

 寝ぼけていた思考は、この事態でたたき起こされた。


「現状は全くもって不明。うへぇ、問題はいっぱいあるな」

 この場所に危険は無いのか、なぜこの場所にいるのか、この先どうなるのか、自分に解決策はあるのか。いくつもの問題が頭をよぎり、俺を思考の渦に落とした。



――――



「……駄目だ、何も思いつかない」

 少しの間、現状について考察してみたが、思うようにはいかなかった。そのため、自身を取り巻く状況に変化はなかった。


「本当に、どうしたもんか。うん、いきなり風が強く、これは上から吹き付けているのか、空で何かが起こっている。…………これは、一体何事だ!?」

 考えが上手くいかない現状に変化をもたらしたのは、一陣の風だった。遥か上空から来るその風は、やがて草原を吹き付ける風となり、状況の変化を俺に伝えた。見上げた夜空に映っているのは、先ほどまでにはなかった光景だった。


「あれは――太陽!? 風はあれからきてるっ、こっちに向かって落ちてくる!?」

 俺が見たその光景は、巨大な光の塊が夜空に突然出現し、ゆっくりと降下し始めている所だった。辺りは夜だというのに、真昼のように照らされ、直視すると眩しすぎるそれは、真っ白な輝きを放つ太陽のようだった。風の大本の流れは、どうやらこの光が原因らしい。


「羽の音が聞こえる。それじゃこの音、――くっ、風も結構強くなってきやがった!」

 光が草原に近づくに連れ、輝きが強まると同時に、辺りには羽ばたきのような音が聞こえだした。その直後、風が激しさを増し、草原の草の葉たちが五月蠅いほどざわめきだした。


「やっぱ鳥だったのか。それにしても、かなりでかい!」

 光の塊は俺から少し離れた位置に降り立ち、着地した光は、徐々に輝きが収まっていき、次第に現れてきた姿は、光り輝く巨大な鳥だった。羽ばたきからなんとなくそんな気がしていたが、予想外だったのは、その大きさが小山ほどあったことだった。


「…………なんなんだこの鳥は」

 その鳥は光を放ち、詳細な姿は分からないものの、どこか美しさがあった。俺はその光景に目を引きつけられ、今まで考えてたことが一瞬で霧散していた。


「うわっ、いきなりなんだ、まぶしっ」

 そして鳥のことを注目していた俺は、突如強まった光に驚き、つい叫び声を上げてしまった。


「なんだ、この光はって、嘘だろ。…………鳥が人になった!?」

 その光の中、鳥の形は次第に変化していき、徐々にその身を縮めていった。鳥が変化しきると、そこには光沢のある銀の長い髪を風になびかせた、白いワンピース姿の女性がいた。


「ありえねえ、こいつは本当に夢だろう」

 俺は、今この瞬間に起きている全てが、まるで夢のように思えた。見知らぬ土地に知らぬ間におり、さらには馬鹿げた大きさの鳥が目の前に現れ、そいつが人に変身する、俺の頭はすでに、いっぱいいっぱいの状態だった。



――――



「あっ、動き出した。……うん、これって色々とチャンスか?」

 彼女は少しの間、目を瞑ってじっとしていたが、不意に目を開け、俺のいる方に向かって歩き出した。その行動を見て、正気に戻った俺は、とりあえず現状打破のためにも、彼女に声をかけて見ようと思った。本音は、少しでも情報を得よう、と考えつつ、彼女の事が気になってしょうがなかった俺だった。


「え~と、いきなりで申し訳ないのだが、少しお話させてもらって大丈夫だろうか?」

 できの悪い軟派のような声かけに、少し恥ずかしくなった俺は、この手の誘い文句は苦手、と言うことを実感した。そんな事を考えていると、彼女は目の前までやってきた。しかし、彼女の様子はどこか変だった。まるで俺の声、いや俺の存在自体に気づいてないように、ずっと俺の背後を寂しげに見つめていた。


「お~い、真剣に困ってるんだ。少しで良い、話を聞いてくれないかって、――えっ!?」

 もう一度彼女に声を掛けたのだが、反応は無く、聞こえてないのか無視なのか、と判断が付かなかった矢先、なんと彼女は俺の体を通り過ぎ、背後に向かって直進していった。それは、俺の体などここには存在しないかのようにまっすぐ、俺の体をきれいに突き抜けて行った。


「……何これ、どうなってるんだよ。本気でわからない」

そうつぶやくと、彼女の足取りがとまった。一瞬声が聞こえたのかとも思ったが、どうやら違うようだ。彼女は俺の背後の方、少し離れた辺りで一度足を止め、虚空に手をかざし、払うような動作を行った。


 そうすると、小さな旋風が彼女の正面に、草の葉を巻きながら一瞬だけ起こった。旋風の起きた場所には、夜空と同じ色のベールが闇夜に隠れながら存在していた。そして、その中に一つのベッドが姿を現した。そのベッドは、四隅から伸びる柱があり、病院で見かけるような、清潔感のある真っ白いシーツで整えられていた。


 彼女は、ベッドの端に腰を乗せ、目の前で横になっている何かをじっと見つめていた。そのまなざしは、どこか親とはぐれた迷子のように弱々しく、整った彼女の顔が悲愴な表情で歪んでいると、それはまるで芸術品のような、見る者の心に何かを訴えかけてくる存在感に思えた。 


「おいおい、なんで泣きそうな顔をしてるんだ?」

 俺はその表情を見たくない、不意にそう思った。そして彼女が一体何を見て悲しんでるのか気になり、視線の先に注目してみる。


「……子共、それも女の子か」

 そこには、一人の少女が眠っていた。幻想的で儚い輝きを放っている少女は、全身よりも長く伸びている白い絹糸のような髪に、銀髪の女性が着ている白いワンピースと似たものを着ている。


「少し似た雰囲気だな。顔立ちも似通っている部分が多い」

 両者は見た目から服装や雰囲気などがよく似通っており、そこから、彼女たちが近しい関係であることが見て取れた。


 銀髪の女性は少しの間、少女を相も変わらず、悲しげな眼差しで見つめた後、眠っている少女の、絹糸のような白色の髪を丁寧に触れ、今度は愛おしい者をみるように、その顔を覗き込みながら静かに呟きはじめた。

「まだ、夢を見ておられるのですね。あなたが眠ってから、もう随分と時が進みましたよ。 地上の者たちは、もうそろそろ私達が手を出す必要もなくなり、一人で歩いて行けるでしょう。ふふっ、あなたはいつまで眠り続けるのですか、これだけ寝てしまっては、もう私の事をお寝坊さんとはいえませんよ」


「……聞く限り、もう随分眠り続けているみたいだな」

 彼女の台詞の端々で分かったのは、白の髪の少女は随分と長い間目覚めていない、ということだった。


銀髪の女性は、悲しさで顔を歪めながら、少女の眠るベッドのシーツを握りしめながら、悲痛な思いを感じさせながら語り続ける。

「こんなにも私が近くにいるのに、今のあなたは私のことすら見てくれない。いくら呼びかけても起きてはくれないのですね。どうしたらもう一度、あなたの心が私達に向くのか、夢の中で見続ける世界から、あなたと私達が愛し続けたこの世界へ、振り向かせるにはどうしたらいいのですか。……私は今寂しいです。あなたの声が聞きたい、もう一度笑顔で私のことをよくできた、といって褒めてほしいです」



――



「この二人の関係、いまいち掴みきれないな」

 彼女の顔は先ほどからずっと、どこか幼さを感じさせながら、眠っている少女のことを眺めている。俺は見た目から、銀髪の女性が母親か姉のどっちかで、白い髪の少女が子供か妹かと判断していたが、どうもそれが正しいとは思えなくなってきた。悲しんでいた理由も、病気か何かで眠っているため相手を思ってのことだと考えていたが、呼びかけて起きないところを見るとなにやら複雑な事情がありそうだ。


「チッ、なんだよこれ、見ていてこんなに胸くそ悪いのは、頼むから泣くなよ!?」

 この時、俺の中で何かが揺れ起き。その心のまま叫んだ。それは使命感、『彼女を泣かしてはいけない』という、どこか必死なものだった。


「くそっ、なんなだよ。この気持ち悪さ!」

 何故そんな感情にとらわれたのか分からないが、俺は慌てて考え始めた。それがいけなかったのか、少女を見ていた彼女が、驚いたかのように顔を上げ、辺りを見渡しだした。


「えっ、この思念は、――もしかして。……いえ、違う。この感じは一体誰が、いえ誰であろうとこの場に私以外がいる、ということがすでに異常。そこですね、こちらを覗き見している不届き者がいるのは」


「へっ?」

 なんとなく嫌な予感がした。彼女の泣き顔をどうにかしよう、と考えに没頭していた俺は、彼女の声を聞き、今の状況を把握し直し、間抜けな声で返事をした。


「ちょっと待てよ、今の俺ってもしかしてかなり駄目な奴じゃ」

 警戒しながらこちらの方を向きながら呟いた彼女の顔つきは、なんとなしに苛ついているように見える。よく考えれば、二人だけの空間というか、こういう場に、よそ者がいる状況はまずい。今の俺は明らかな邪魔者で、この場で故意じゃなくとも、まるで覗き見や盗み聞きしていては、彼女らにとって不快感を伴う異物以外にの何者にもならないように思える。 


 彼女は俺のいる方に向かって両手を向けた。直後、こちらに一直線に目を焼き尽くす勢いの光と、邪魔者はさっさと出て行け、と言わんばかりの爆風が吹き荒れた。

「ここは聖域、私以外誰一人として、この場にいることは許しません。早々に立ち去りなさい!」

 その一喝ともに、そして聖域と言われ、自分が先ほど考えていたことが、正しいと肯定された。俺は大声で「本気で空気読めなくて、すいま、せんしたー!」と、心に降って湧いてきた謝罪の意をそのまま叫び、自分のいた辺り一帯が、まとめてぶっ飛ばされるのを感じた後、次第に意識が遠のいていった。



――◇◇◇◇――



 先の出来事からどれほど経ったのか、詳しい時間は吹き飛ばされたときに気絶していたため分からなかった。しかし、またしても随分と長い間、眠っていたようだ。なぜなら、辺りが夜の草原から、大きく変容した昼の砂漠に移行してるのだから。


「砂漠って、なんでこうなったんだよ」

 俺は一体どれほどの間ぶっ飛んでいたのだろうか。ここまで状況が一変すると予想すら立たない勢いで飛んできたのだろう。


「こうなった理由、そういやあの銀髪の人に飛ばされたのか。うわ~思い出したら、なんか死にたくなったきた」

俺のが吐いたいきなりの自殺発言は、先ほどの空気の読めてなかった自分を消し去りたい一心でのことであった。他人のプライベートに無断侵入したような、そんな言われもない罪悪感が今の自分に襲いかかっているのだ。


「つうか、何これ。太陽がこんなに元気よく働いているのに、なんで暑さを感じないんだ、やっぱ夢か。…………でもなぁ、やけにリアルな景色なんだよな」

 意識が目覚めた後、目の前に広がっていた景色は、砂、砂、砂に、暑苦しい太陽だった。しかし、不思議なことに暑くはない、この現状が余計に俺の頭を混乱させる。


「俺はさっきまで夜の草原にいたと思っていたんだが、ここって間違いなく砂漠だよな。俺、どれだけ飛ばされたんだ。これはもう気候が変わった、というかもう別世界。さっきの場所の面影なんて一つもないぞ」

 状況があまりにも一変したせいか、現実として素直に受け入れられなかった。


「――夢ならそれでもいい、早く起こしてくれ。俺はどうなってんだよ、むしろどうなるんだよ、クソッタレ。……もう俺の頭じゃ考えきれねえ、つ~か分かるか!」

 俺はその事実を不確かさのせいか、夢であって欲しいとさえ思い始めた。そして、目の前にある、馬鹿みたいに広大な砂漠の、遥か彼方にむかって叫び声を上げた。声に出しているのは、ある種の虚しさを振り払おうという意味もあったが、余計に空しくなる一方である。それにしても、いくら考えても答えは出てこない。



――



「はぁ、すっきりしねえ。……もういい、後回しだ、情報がないと話にならん」

 とりあえず、ぶっ飛んだ間のことや、自身の体のことなど、答えの出ないことは考えないようにした。


「それにしてもさっきの俺、間違いなく犯罪者だったな。本当にありえねえ。マジで空気を読めよ俺、最後の謝罪も最悪、というか無様な過ぎだ。俺ってこんなに情けなかったか、というかそもそも、あんな聖域とかいう場所に俺なんかがいたんだよ」

 彼女とのやりとりを思い出し、何か悪意を持って彼女たちに害をなしたわけではないが、先ほどの現場を考えると、関係者以外立ち入り禁止の場所に、誤って踏み込んでしまった悪漢、という立場だ。言ってみれば覗きだ、女性相手にそれをやってしまうと、手を出されても仕方ない話だ。


「くそっ、思念とかいってたから、なにかは伝わってたんだろうに、せめてもう少し早く頭が回っていれば、彼女にその事を含め、色々質問できたかもしれないのに。あぁ、俺ってやつは間抜けすぎるだろう!」

 せめて言い訳でもいい、いくつか言葉が伝わったらもう少しはましだったろうに、何も出来なかった自分が恨めしい。



――



「いや、あの様子じゃどっちにしろ無理か。逆鱗に触れたかのような急変ぶりだったもんな。それだけ、あのベッドに寝ていた子のことが大事だったのかね?」

 次第に落ち着き、冷静さを取り戻した俺は、銀髪の女性のこと思い返した。彼女の対応は、白い髪の少女と俺とでは、ほとんど真逆のものだった。少女には慈愛と悲しみの表情を、俺には嫌悪と怒りの表情を向けた彼女の変わり様は、今でもはっきりと思い浮かぶ。


「あの顔で見つめられると、なんていうかその、まじでへこむ。……はあ、随分と昔だったかな、寝ているとこに虫を見かけて、全力で排除しようとしてた、嫌悪感むき出しだった、あの馬鹿の顔を思い出した。あ~俺って害虫レベルかよ、本気で最悪の気分、鬱だ死のう」

 あの表情で見つめられることは、俺にとって、いや、男性全般で見てもきついだろう。誰だって、異性から嫌悪の表情を向けられることになれている奴は、一部の奇特な奴ぐらいだ。残念ながら俺にそんな趣向はなく、まさに急所をえぐるかのように、精神に大ダメージを受けた俺は、一時本気で落ち込み続けることとなった。



――



「すいません、ごめんなさい、生きてて申し訳ありません。なんか、もう本当に存在していてごめんなさい」

 少しの間、彼女の顔つきの変化が何度も頭の中で繰り返されていくにつれ、なんとなく、生きていてはいけないように思え、心の奥底で支えとなっている細長い芯が、小気味の良い音と共にきれいに二つに折れるのがイメージできた。


「うん、あの馬鹿って誰だ?」

 あと少しでいろんなものが、まとめてぶち折れそうになる直前、俺は自分の台詞に奇妙な点があることに気づいた。


「そもそも俺って、そういやさっきの場所じゃ、ほとんど疑問が解決してねえな。…………OK、OK。彼女のことは一旦保留だ、考えていたらいろんな意味で駄目になる。ちょっと少しずつ分かる範囲で、現状を把握し、その後、事態を好転させていこう。――良くなるよな、なんかまたも嫌な予感がする」  



――



「俺の名前は、フクチ・タクミ。たしか大学の卒業を、後少しに控える、22歳の男。特技は、強いていうなら喧嘩か? まあ、これはどっちかっていう、荒事に経験があるだけ。頑丈で、病気や怪我に強いってことが長所かな。それだと短所は、視野が狭く向こう見ずなとこ、そのせいでけっこう痛い目を見てるせいで、周りから感情的になるなってよく怒られる。……ここらへんはどうでもいいか」

 俺は、誰もいない砂漠で一人寂しく、自分の事を自己紹介風に思い返しはじめた。口に出してるのは、なんとなく訪れはじめていた寂寥感を紛らわさせるためだ。


「おっ、あれは蛇か。しかも白蛇って凄い珍しいもん見たな! ――てっ、違う違う」 

 寂しいとか考えてたら、遠くの方で動くものが目に付いた。それが、生き物だと気づき俺は寂寥感から僅かに脱した。しかも、それは生まれて一度も見たこともない白蛇ということで、俺は子供のように無邪気に興奮してしまった。その直後、話がそれた事に気づき、話題を慌てて戻した。


「とりあえず、蛇なんかはほとんど見ない、都会育ち。え~自分の事、自分の事。――……それじゃあここ最近の出来事で、卒業間近で話題性のある大学のことから遡ってくか」

 俺は、まだ記憶がはっきりしている、大学での近況から思い出していくことにした。


「大学で学んできたこと、それは…………、『長いものに巻かれても、ろくなことにはならない』という無情な現実だった」

蛇の長い胴を見たせいか、大学で学んだことを思い返すと真っ先に自身のトラウマが強烈に思い起こされた。


「巻かれたまんま、誰かのいいなりになって流されるだけじゃ、酷使され苦労するだけの立場になる、ということを身をもって学べた」

 長いものには巻かれろだと「――誰だこんなこと言った奴、そんな事したら思うつぼだ。長いものからは全力で逃げ出せ、が正しい。じゃないとじわじわと絞め殺しにされるようなもんだ、それは真綿で首を絞めるようにな。長いものに巻かれるなんて事は、冗談じゃない!」っと、つい興奮して考えが漏れた。


「……まあ、結局は気づけて振り切ることが出来たからいいけどな」

 ここら辺の記憶は他にも複数あるが、あまり思い出さないでおこう。


「特技も追加だ、――縄抜けや縄の扱い、料理に盛られている薬物の見極め方、善良な顔して平気で騙してくるやつの見破り方など、大学ではこんな事ばかりが身についたよ」

 そのどれもが、日常生活でほとんど必要としたくないものばかりだったが、薬物や嘘の見極めは、なければ本当に危なかったと思う。


「この特技は、全部あの馬鹿のせいで覚えたんだよな。ああ、あの馬鹿か。……うげっ、嫌な奴のこと思い出しちまった……」

 自分の事を思い出すに連れ、余計なものが蘇ってきた。先ほどの嫌な予感は、これだったのかと今更ながらに自分の勘が正しかった、と後悔した。


「苦手なものは、ドS、金持ち、嘘つき、上から目線の女性、大学の知り合い。後、好みのものは癒やされるもの全般と、安眠、安息できる場所。特にいいのは見てて癒やされる動物と戯れること」

 苦手なものの共通点は全部、あの馬鹿のもっているステータスだ。好みのものについては、ストレスから癒やされたかった結果行き着いたものだ。



――――



「とりあえず、少しは地に足がついてきたな。今ひとつ思い出せきれなかったこともいっぱいあったが、大体は、あの馬鹿のせいだ……もういい」

ぶつくさと、砂漠の上に座り込んで、独り言を虚空に向かって投げかけていた、傍目変人にしか見えない状態で行っていた回想も、一応だがまとまった。あんまり、いいことばかりではなかったが、とりあえず良しとしておこう。


「それにしても、変に強烈な印象が先行して、あの馬鹿のことはすぐに思い出せたが、他の人間の詳しい情報が出てこないな」

 そう、大学での出来事はトラウマのように覚えてるが、どこどこの誰々といった知り合いの詳しい人物像はおぼろげにしか思い出せなかった。


「唯一しっかり思い返せたのはあの馬鹿ぐらいか。――……俺の知り合いって、あいつだけじゃないよな?」

 確か友人の中に、よく大学で俺と連んでいた奴もいたはずだ。何となくだが誰かと一緒に、男二人の学食をよくしていた気がするのだが、そいつの顔が出てこない。


「あれ、変だな。…………友人、大学の先輩後輩、バイトでよくしてもらった人たち。近所に住んでる人たち。住んでいた町も名前も思い出せない。――おいおい、マジか」

 今の俺は、いわゆる記憶喪失とかいう状態なのかもしれない。頭の中に霞が掛かったように詳細な情報が出てこなかった。


「そういや、俺ってあの草原で目覚める前は何していたんだっけ?」

 よく考えてみると、草原で目を覚ます直前のことは一向に思い出せない。自分自身の事細かなことなど、ほとんど覚えていない。


「やべえ、……大学入学以前がほとんど出てこない――かなり重傷のようだ。しかも、中途半端に記憶があるせいで余計に不安になる」

 これは本格的に記憶に欠陥があるようだ。自分が忘れっぽい奴だとしたら別だが、さすがにそれはないと信じたい。


「こんな状況でも覚えてるのか、あの馬鹿のこと、どれだけ俺の中に根付いてるんだよ。思い出したきっかけが強烈な印象のせいで色々と台無しだったが、実際の所ここまでくると大したもんだ。……『純』本当に恐ろしい女だ」

 あの馬鹿こと純。正しくは『日野 純子』は、自称『所有者』とかいって、俺のことを振り回していた長いもの、すなわち権力者様だ。俺の何に魅力を感じたのか、あいつは確か大学入学前に俺と知り合い。それ以降、俺を散々いいように使ってきたが、ある時分より、我慢の限界に達した俺は、あいつのことをずっと拒み続けるようになったのだ。それを気に入らなかったあいつは、再び俺を手元に置こうと、躍起になって捕獲しようとしていたのだ。


「確かあいつ曰く『二度と逆らえないよう、私という人間がどういうものか刻み込んであげる!』だったかな」

 その台詞は純がよく言っていたもので、そのせいでかしらないが、他のことは色々と忘れているくせにあいつのことは大まかに覚えている。それは、あいつがしでかしたせいで刻まれた、俺の数々のトラウマが原因かもしれないが、十分に記憶にあいつのことが刻まれているようだ。ここまで来るとあいつの執着はしっかりと実を結んでいるのかもしれない。


「さて、そろそろここら辺で、現状について考えるとしようか!」

 俺は純に対し呆れながら、そろそろ過去の回想を切り上げ、身近にある今後の方針という問題を解決しようと気合いを入れ直し声を張り上げた。たぶん、この時からもう既に前をしっかり見据えるようになっていたと思う。



――――



「う~ん。自分の事は分かったが、現状についてはさっぱりだ」

あれから、少しは頭を働かせたが、やはり現在の状況はそう簡単に改善できなかった。


「相も変わらず、ここいらは砂ばっかりで最初の草原は面影も一切ない、どこにいるか全く不明っと。もう少しなんか情報ないのかよ、まいったな」

辺りの景色を見回しても、砂漠と砂塵が吹き上がっているだけで、何も目新しいものがなかった事にがっかりした俺は地面にうつむけた。


「――うん、なんか違和感ある石だな。この石、こいつだけここら辺のものと少し様子がちがう? 俺の足下にあるし、もしかしてあの時、俺と一緒に吹き飛ばされてきたのか?」

 その時、不意に足下に刺さり埋もれている石に目が付いた。それは、手のひらに収まるほどの大きさで、どこか加工されひし形になっていたその石は、角度によって七色の光を楽しませる漆黒色の石で、それは砂ばかりの土地にあることが不自然に思えた。見た感じ、上から落ちてきたように、砂地に突き刺さっていたことから、俺は不確かな予想を、思いついたまま口にした。


「まあそんなことよりなんか気になるな。どれどれ?」

 その石の光が気になった俺は、手を伸ばし拾おうとした。


「あれっ? ……ああ、そういえばそうだった。俺は触れられることできなきゃ、触れることも出来ないのか」

 俺は、先の出来事を思い出す。ものに触れられない、という事実を。草原での出来事の中で、銀の髪の女性が俺を通り抜けたように、今度は、触れようとした手は、何もつかめずに石を通り抜けた。まるで、自分が実体のない、幽霊の存在ようになった気分だった。


「やっぱし何にも触れない、何が地に足が着いたんだよ、完全に浮いてるよ。もう訳が分からん夢の中なのかそれとも、俺って実は死んでいて浮遊霊だったりして。ははっ、な~んてな!」

 自分が座ってる地面すら触れないことに気づき、どうにも俺は微妙に浮いているという事実が発覚した。このせいで、夢か現実か、生きているのか死んでいるのか、余計分からないことが増えた。


「……もう今更考えても無駄だ。なんもわからん。どうにでもしやがれ」

 意識ははっきりしているのに、世界はまるで夢の中、俺に起こっている事態は非現実的、それぐらい今の俺でも十分理解できる。そして出た結論は、完全にお手上げだ。もう、夢でも現実でも構わなくなってしまった。



――――



「うん、さっきの白蛇。……いつの間にか、こんな近くに来ていたんだな」

 現状を受け入れきれず、思考を放棄していた俺の近くに、つい先ほど見えた白蛇が現れた。今の俺には、自分以外の生き物の様子はとても興味深く。つい、目がいった。


「お前、もしかして俺の事が見えてる、なんてことはないよな」

 もしかしたら、と思いつつ、白蛇に触れてみたが、相も変わらず、触れられず、俺に変化は起きていない。あり得ないと思っても、淡い希望についすがりたくなるほど、俺の精神はノックアウト寸前だった。


「俺のことは見えてないのに、お前はなんでこっちにきたんだ。ああ、この足下の石か。それにしても、こんな石ころをどうする気だ?」 

に話しかけるかのように、独り言を呟いていた俺は、白蛇の視線の先に、先ほどの石があることに気づく。


「あっ、食べた!?」 

 蛇の考えていることを当てようかと思った矢先、蛇は突如口を大きく開け、足下に埋まっていた石を砂ごと丸呑みした。 


「まあこんな砂漠だ、腹が減ったら何でも良いから食べたくなるのかねぇ。――だからと言って、そんな石ころを喰うと腹を壊すぞ」

様子を見ていたら、白蛇の行動は大体理解した。あいつは石を、餌かなんかと間違えて、丸呑みしただけだった。それを見て俺は、なんとなく蛇の消化不良を危惧した。


「ついでにさらば、ぶっ飛ばされ仲間かもしれない石よ、俺は無力だ。だって触れもしないんだから、どうしようもない、ハハッ…………」

 また、ここまでぶっ飛ばされてきたかもしれない、同士の損失に何も出来ない自分の無力感が妙に可笑しく思えた俺は、空しい笑いを吐いた。


「まあ、知ったことじゃねえか。石よ、お前には妙な親近感がわいていたが、食われちまったらもう手の施しようがない。せめて、消化されないことを祈ってるぜ。――……あれ?」

 変に上がってきたテンションが最高潮に高まった俺は馬鹿みたいに明るく、石との別れを口にした。しかし、その少し後で、自身に起きた異変に気づく。


「なんか引っ張られている、というか引きずられてる。これ、白蛇のやつが移動するにつれて微妙に俺も勝手に動いてる、というか太ももから下が足じゃなくなってる。ついでに、そこからなんかに引っ張られている感じが、……足がなくなる俺って、やっぱし幽霊!?」

 どうやら、俺の体は普通ではないらしい。この結果から、自身の幽霊説が強まることになった。


「現状を解析するとだ。もし俺が幽霊だとする、そしてあの石と離れられない。それじゃあ、俺って浮遊霊か地縛霊辺りで、あの石に取り憑いてている。な~んって、そんなわけないか! …………違うよな?」

 俺はその時、嫌な予感がまたしても到来したことに気づく、現状では、その予感だけが嫌に当たっており、今後の展開に不安になった。



――――



「どうしたもんかな。――……うん、あれって?」

しばらく蛇の後に引きずられながら、今後の考察をしていると、上空の方に一つの物影が見えた。


「げっ、もしかしてあれ、蛇のことをねらってないか」

羽を広げたようなシルエットの物影。それは、蛇のちょうど真上の方におり、明らかに蛇を狙っているように思えた。


「蛇のやつ大丈夫だよな、上になんか鳥みたいなのいるぞって――全く気づいてない!?」

 蛇はそれに気づかず、暢気に砂の上を、大きくなった胴体を引きずりながら、どこかに向かって進んでいる。


「頼む、気付いてくれ。このまま行くと、もしかして俺は!」

何となく展開が読めてきた。


「――――ああ、見事に捕まった。行ってる傍からこれだよ、はいはい、読めてました。この展開、俺は読めてたよ」

俺の嫌な予感というのは、確実に当たる。これだけはよく分かった。


「俺はあの白蛇に引っ張られるように自動的に動いてる。すなわち、あいつが捕獲され、大空に上昇すると、……やっぱりか!?」

 そして予想通り、大空への旅が始まった。嫌、正確には予想以上に酷い、空中ジョットコースターだった。鳥だと思っていた物影は、なんと羽の生えた別の生き物、ライオンの胴体に猛禽類の上半身と翼を備える、ファンタジー世界の有名どころの一つ、『グリフォン』だった。そのスピ―ドは、昔に乗った新幹線を思い起こすほど早く景色が、どんどん変わっていくのが分かった。しかも、その時の状況は、グリフォンに捕まった白蛇から、俺の両足の変化したひものようなものが垂れ下がっていて、宙ぶらりんの格好で大空を堪能することになった。 


「グリフォンって、そんなのありか。速いし高いし、俺は元々ジェットコースター系の乗り物嫌いなんだよ。さっきから何でこんなに訳分からんことに巻き込まれてんだ。我慢するにも限度があるわ、クソッタレ、コンチクショー! なんだ、俺は自分の意思以外であちこち飛ばされたり、引っぱりまわされる運命なのかよ。俺をどこに連れていけば満足するんだ。――……うがあああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!」

 今まで、散々つもりに積もった、おれの鬱憤。大学の思い出から、今に至るまでのその全てが、この時に爆発した。そして俺は、その後数分間に渡り、大空を飛行というなの、引きずり回しを喰らいながら、腹の底にあるわだかまりを、すべてはき出すかのごとく狂った雄叫びを上げ続けるのだった。



――◇◇◇◇――



誤字脱字の報告はいつでも大歓迎です。


※初投稿です。色々と失敗するかもしれませんが、生暖かい目で見守っていてください。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ