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ルームシェア  作者: 響子
5/10

05

今週は平日休み。カオルが、女の子と遊ぼうと言って連れ出してくれた。ちょっと嬉しいチカだったが、衝撃の事実を知ってしまう。

 翌週は水曜が休み。寝起きのぼさぼさ頭のまま、俺がキッチンで水を飲んでいたら、カオルが部屋から出てきた。

「おはよ」

「おう。お前も休みだったのか。死んだように寝てんだな、音もしないから、いないのかと」

「うっせえ。出かけんのか?」

 大した格好ではないが、いつものTシャツと短パンではない。カオルは頷いて、腕の時計を見た。

「まだ間に合うな。おい、お前も一緒に行くぞ」

「何だよ。どこに」

「同期の女たちと、映画見に行くんだよ。ほら早く、顔洗え」

「えー」

 とはいえ、別に嫌ではなかった。こうして誘ってくれるのも、有難いくらいだ。言われた通りに着替え、適当に髪を撫でつけていたら、カオルが誰かに電話をしている。

「もう一人連れてく。いいだろ? 誰って、チカだよ。チカ。知らねえ? ……あー? 何言ってんだよ、そんなんじゃねえって」

 多分、女性だと勘違いされたんだろうな。だいたい、推測はできる。


 集合場所には、派手な格好に濃い化粧の女の子が集まっていた。華やか、というか、怖い。

「チカを連れて行くってカオルが嬉しそうに言うから、いつの間に彼女ができたのかと思ったのに」

「ねー」

 俺は非常にびびっていた。環さんが厚化粧だと思っていた頃が、いっそ懐かしい。

「大人しいのね」

「怖いんだろ。恐ろしい女たちに囲まれて」

「ひどーい」

 カオルは愛嬌があるし性格が明るいから、女性には人気があるようだ。


 レディスデーってこともあって、映画はおごらされた。

「男一人じゃなくて、助かった」

「俺はお前の財布じゃないぞ」

 女の子たちはけらけら笑い、お茶しに行こうと言い出す。

「飲み食いした分は、自分で払えよ? だいたい、貰ってる給料は同じじゃねえか」

 小洒落たフルーツパーラーに入り、少々高めのメニューに困りつつも 、無難に生ジュースを頼んでみる。その頃には雰囲気も解れて、普通に彼女たちと話ができるようになっていた。

「こんな風に、みんなでよく遊んでんの?」

「そうでもないわ。でも、学生のときの友達とか、休みが合わないもん」

「カオルは安全だしね」

「……どういうこと? 女の子の方が、数が多いから?」

 訊き返したら、彼女たちは顔を見合わせた。カオルが急に、口を挟んでくる。

「チカは耐性がないんだから、余計なこと言うなよ?」

「余計なことって、何だよ」

「当のカオルが余計なこと、言ってるんじゃない。それに、チカちゃんも同じ部屋に住んでるんでしょ」

 俺は、『チカちゃん』じゃない。いや、それより。

「訳わかんね。知らないのって、俺だけってこと?」

「ほらあ。怒らせちゃったわよ」

 カオルが黙り込んだので、別の女の子が口を開く。

「カオルって、ユキと付き合ってるらしいの。だから、女の子には興味ないって訳。でも、チカりんには秘密だったのね」

 『チカりん』でもない。

「っていうか、鈍くない? 何で気づかないの?」

「大きなお世話だよ。それより、本当なのか? カオル」

 問い詰めている口調が、自分でも嫌だ。カオルのやつが返事をしないから、女の子たちが取り成すように、口々に話し出す。

「いいじゃない。私たちがいるんだから」

「チカは、女の子の方がいいんでしょ?」

 やっと、『チカ』になった。せめてこれで、固定してくれと思う。

「……あ、うん。でも、何も知らなかったと思ったら、腹が立ってさ。ごめん」

 一応、謝ったら、彼女たちはほっとしたような顔になった。何も女の子が悪いわけじゃないのに、気を遣わせて済まなかったと思う。

「また、チカが水曜休みのときに、誘うわ。みんなで遊びましょうよ」

「うん」

「悪い。帰る」

 いきなりカオルが立ち上がり、俺の腕を引っ張った。

「な、なんで俺も……」

 帰る場所は、同じだけどさ。

「ちゃんと話して、仲直りするからさ。次も、俺も混ざっていいだろ?」

「チカが、いいって言ったらね」

「それは大丈夫」

 カオルが自信ありげに言うと、彼女たちは重々しく返してくる。

「身体で説得なんか、するんじゃないわよ?」

 ……やっぱり、女は怖い。何てことを言うんだろう……。


 俺たちはほぼ無言で、部屋に戻った。カオルがまた俺の腕を引っ張って、テーブルにつかせる。振り払ったが、それでも、座ることは座る。やつは俺の正面に回り、まっすぐにこっちを見た。

「黙ってて悪かった。言い出せなくて」

「……いや、いいよ。カオルには、何をされた訳でもない。逆に、親切にしてもらってる。でも、何なら……、出ていくけど」

「止めてくれ! おれは……、おれたちは、お前が好きなんだよ。えっと……、色んな意味で。おれなんか実際、お前を抱こうとは思わな、」

 最後まで聞きたくなくて、素早く耳を塞いだ。感じのいい兄貴分だと、思っていたのに。

「俺に直接、害がない限り、誰が誰と付き合おうが興味ないし、偏見もないつもりだけどさ。どいつもこいつも、俺にはちゃんと教えてくれないんだと思ったら、詰まんなくなっただけだよ。それじゃ」

 言い捨てて立ち上がったが、カオルが追いすがってきて簡単に捕まり、抱きしめられる。ユキとは違って、直接的に、力が強い。

「放せよ」

「頼む。許してくれ。そうじゃなかったら、おれ……」

 あんまり口調が弱々しいから見上げたら、心底、辛そうな表情だった。

「何て顔、してんだよ。カオル」

「そう……か?」

「俺が泣かせたみたいじゃないか。こないだの理屈じゃ、俺が悪いのか?」

 わざと軽く言ったら、カオルはほっとしたように見えた。

「……機嫌、直してくれたのか?」

「その、痴話げんかみたいな表現は止めろ」


「ただいま」

 ドアが開き、ユキが姿を見せた。リビングで立ったまま、二人が抱き合っている姿が目に入れば、普通は驚くだろう。

「……お邪魔、だったかな」

 逆に、恐ろしいほど冷たく落ち着いた声は、内心どんなに怒っているのだろうと……、分かってしまう自分も、少々情けない。

「ユキ。チカにばれた。おれたちの関係」

「……で? 無理に抱いて、こっちに引きずり込もうと? そういうやり方は許せないって、カオル自身がそう言っただろう?」

「あ、いや……、これは……、チカが怒って出てくって言うから、それは力ずくでも止めたくて。えっと、深い意味はない、から……」

 それこそカオルはユキが怖いらしく、慌てて俺を放す。

「やましい気持ちがあったら、僕を見た途端に放して、言い訳を始めるだろうからね。カオルを疑ってはいないよ」

「そ、そうか」

 全身でほっとしている様子が見て取れて、いっそ微笑ましいくらいだ。

「じゃ。ほんとに落ち着かないから、部屋引っ込むんで。あとは二人で好きなように過ごしてくれ。あんまり……大きい声とか、出さないでくれると有難い」

 言い捨てて部屋に入ろうとしたが、ユキが決めつける。

「心配しなくても大丈夫だよ。今までだって、チカは気づかなかったんだもの。鈍いのかも知れないけど」

「おいユキ、言い過ぎだぞ。チカがまたへそ曲げたら、どうすんだよ」

 もう、十分に曲がってるよ。

「悪かったね」

「僕の真剣な気持ちも、全然分かってくれてないし。それなのに、次々に他の男にも好かれちゃって。致命的な鈍さだね」

「そういうのって、鈍い方がいいような気がするぞ?」

 言い返したが、ユキは首を振った。

「初めて会ったとき、チカはすぐに出て行ったからさ……。僕たち、バルコニーから君を見送ってたんだ。そしたら、一度も振り向かないどころか、腕時計ばかり気にして……」

「そうそう。それからユキが機嫌悪くって、困ったっけ」

 カオルが相槌を打つ。

「何の言いがかりだよ。それに、こっち側にバルコニーがあるなんて、ついこの前まで知らなかったっての」

「そのときの相手が、あの彼でしょ? まさか、もう逢ってないよね」

 ユキの真剣そうな眼差しに、射すくめられそうだった。

「あ、あ、逢うって表現は、ちょっと……。でも、電話かかってきてグダグダいうから、会社の寮なんだって説明はした」

「どうしてそんなに、八方美人なんだよ! 誰からも好かれたいのか? 少しは自覚を持ちなよ。危なっかしすぎる。……ねえ、カオル。やっぱり、僕が教えた方がいいかな?」

 急に激したと思ったら、カオルを振り返って問いかける。カオルは何度か空咳をしたが、それでも喉に引っかかったような声で答えた。

「……う、うん。ユキがそう考えるんなら。おれも、チカを他の男には取られたくない」

「何で、男限定なんだ! 今日会った連中でもいいだろ?」

「今日?」

 ユキが聞きとがめ、カオルが説明した。

「会社の女子。映画行くってことになってて、出がけにチカが起きてきたから連れてった」

「そう。でもチカも、僕たちと同じ匂いがするから……、もう、無理じゃない?」

 ゆっくり歩いてくるのがどうにも恐ろしくて、ずるずると後ずさる。どんだけ素早かったら、捕まる前に部屋に逃げ込んで、鍵をかけれるんだろう? そのとき、俺の携帯が鳴った。誰でもいい、いっそ助けを求めてしまおうかとまで思う。

「出なよ。隙をついて襲ったりはしない」

 ユキの言葉は全く信用できないが、取り出してみる。画面にはあまり見覚えのない、女の名前……、ああ、そうだ。今日、番号を交換したんだった。

『チカ、大丈夫? カオルと仲直りした? っていうか、襲われてない?』

「サンキュ。ユキも帰ってきて、三人で喋ってたとこ。雰囲気が微妙なんで逃げようと思ってんだけど、俺が明日ケツを押さえてたら、同情してくれる?」

 電話の向こうには他の子もいるらしく、けらけら笑う声が響く。

『頑張ってね。おやすみー』

「うん。おやす……み」

 電話は、切ってしまった。いつの間にか目の前に、ユキが立ってる。俺の背後にはカオルがいて、逃げ場はない。どっちも俺より背は高いし、力でも技でも敵わないのはもう知ってる。今の話が事実になりそうで、非常に拙い状況だ。

「悪い、ユキ。俺には無理だ。こいつ、震えてる」

 カオルが、ぼそっと呟く。ユキも、視線が柔らかくなった。

「……そうだね。時期を待とう。チカが自分から、僕の腕の中に飛び込んでくるのも、そんなに先のことじゃないよ」

「絶対にねーよ」

「意地っ張りだね。僕が心理的に無理なら、カオルにだったら抱きついてもいいよ。カオルはそっち側だから、キスくらいはするかもしれないけど、それ以上の行為には及ばないだろうし」

「わかんね。チカは可愛いから」

 カオルが恐ろしいことを言い出して、俺はまた震えが来る。

「おやおや。僕たちを二人とも振り回すのか。悪い子だね……、チカの魔性は、美佐緒の比じゃないな」

「だって美佐緒は、ユキの影響だろ? チカは天然だもん」

「ひとに、変な属性をつけるな!」

「仕方ないよ。真実だから」

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