焼け野原の拾われた少女 ~ 愛するものの為ならば全てを焼き尽くす
「お前が、スティーナ・ヴィルタランタか? 聞いてた以上に子供じゃないか。こんな奴と婚約なんて冗談じゃない」
私より少し背が高い小太りの少年が、私を見てそう言い放った。
子供? あなたも子供じゃない。
出そうになった言葉を飲み込み、私はテーブル越しに座る相手に作り笑みを見せた。
スティーナ・ヴィルタランタ、子爵家に次女として生まれ――早7年。
生まれた時からの記憶があるのは、私に前世の記憶があるからだと思う。
前世は確か……誰も居ない小さな個人水族館で。
一匹の金魚と毎日を過ごしていた気がする。
その先は何故か――思い出せない。
だから私が、何でこの世界に来たのかも、前世の最期も、どうして金魚が水族館に居たのかも分からない事ばかりだ。
けれど、今はハッキリしている事がある。
「おい、聞いてるのか! この間抜け面!」
ちなみに私は、贔屓目に見ても可愛い……筈だ。
自分の言うのも何だけど、見てそう思ったのだから仕方ない。
「はい。聞いております。何でしょうか、マルクス・プルクネンさん」
「様だ、様! マルクス様と呼べ」
そうこれこそが問題だった。
「あの……失礼ですが、私は伯爵家の令嬢。そして、プルクネン家の男爵。例え親同士が決めた婚約があるとは言え、現状は私の方が上の筈ですが」
それに年上とは言っても、マルクスは11歳だ。
そんな子を私が様呼びする理由はなかった。
「そんなのもの知るかッ、俺がそう呼べと言ったら、そう呼べば良いんだよッ」
「……」
余りにも横暴過ぎる。
これが時期当主なのだから、プルクネン家の未来は――そう明るくないのかもしれない。
だから私がお払い箱ついでに、来たのかもしれないけど。
プルクネン家は男爵家でありながら、未開の山脈と少しばかり広い森林地帯を領地に持つ。その反対側に魔物の領土があるなんて事はないけど、とにかく手つかずで国内でも優先順位が低く、他で資源が足りてるため今は現状維持となってはいる。
しかし、いつ鉄などの需要が上がり、新たに資源を集めよ。
なんて無茶な王令が出されないとも言えず、我がヴィルタランタ伯爵家は、その可能性を秘めているこの地を手に入れておきたかったのだろうと私は考えていた。
そもそも、7歳の子にそんな事を言う筈もなく。
家での私の扱いは最小限で、会話すら殆ど禁じられていた。
それは――私が拾い子だからだ。
書類上だけでなく、家以外の者に対しては私は実の子となっている。
しかし、実際には先代のヴィルタランタ様が私を拾って来て、実の子である現当主の子として処理させていた。今更、そんな事を公表すればヴィルタランタ家の問題にもなるからか、先代が亡くなってからは風当たりが強く、私の事を好んでくれる人なんていなかった。
聞いた話だと、私は焼け野原で拾われた子だ。
どうしてそんな所に居たのかは、私にも分からない。
「だいだい、お前みたいな得体のしれない奴となんて、気持ち悪くて無理に決まってるだろ」
「それはどういう意味ですか?」
「何だお前、知らないのか? お前が拾われた子だからって事だよ。それに、魔力を持っているのに使えないとは、更に気色悪いじゃないか。――な、何がおかしいんだよ!」
高らかにそう話すマルクスを見て、私は少し笑ってしまう。
魔力と呼ばれるものは持っていても、私にはそれが扱えない。
どこの者かも分からないだけでなく、何かを抱えているのだ。
気味が悪いと思うのも、少しは理解出来る。
だけど、こんな扱いを受ける覚えはなかった。
「いえ、存じ上げているのですね」
少し顔は下げたまま、マルクスを見返していた。
「なっ、何だよ! 気持ち悪い。もう良い、俺は外に行くッ、お前は大人しく此処で待ってろ! 良いか、屋敷から出るんじゃないぞ!」
こうして私は、今日もまた――何も変わらない日々を過ごしていた。
***
マルクス男爵家に来てから二ヶ月。
毎週、必ず一回は昼にマルクスと同じ部屋で顔を合わせる。
けれど――「あぁクソつまんねぇ、早くこの部屋から出てぇ~」
例え形だけであっても両家の取り決めを破れば、余計な問題を増やすなと、プルクネン家の現当主に怒られるのはマルクスの方だ。
だからと言って、私がこの時間を拒否するという選択肢は初めから存在しない。
この二ヶ月。
私がマルクス以外と話をするといえば、一人だけいるメイドさんだ。
けれど、その人も最低限の衣類や食事を運んで来てくれるだけで、私と会話らしい話をしてくれないだけじゃなくて、汚れている子を見る様な視線を向けて来る。
「ほんと、救いようがありませんね」
「何だと!? それはどういう意味だ!」
「この本の話です。世界は、誰か一人が回すと壊れ始める。という事ですよ」
「おっ、おう。って何の話だよ!」
「だからこの本の話です。マルクス様も読みますか?」
私はマルクスの事を、様と呼ぶようにしていた。
面倒な言い合いを避けた結果だ。
「誰がそんなもの読むか!」
マルクスが叫んで直ぐに、屋敷内の時計から鐘の音が聞こえて来る。
「よしっ! あいつらと遊んでくる、お前はここに居ろよな!」
この時間になると互いに部屋から出る事を許され、マルクスは私に挨拶するでもなく外に飛び出して、いつも待っている子分の元へ走っていた。
男爵家の者でも、村の子達からしたら立派な貴族にあたる。
だから、マルクスにも媚を売って近づく子がいるのだろうと考えていた。
それにこの辺りの森は、比較的魔物が少なく遭遇する事が珍しいとの事。
だからこそ私も、この屋敷に居心地の良さなんて微塵も感じていないのだから、自然と森で過ごす時間も増えていた。
抜け出すなと毎回言われるけど、関係ない。
マルクスも気づいているのか分からないし、屋敷の人も誰もとめなかった。
どうせ皆、私を視界にすら入れたくないのだと思う。
「私も行かなきゃ」
用意されていた焼き菓子を布で包み込んで、私も部屋を出る。
***
高い木の葉の間から差し込む陽の光。
涼しい風が流れる森は、今日も気持ち良かった。
屋敷なんかとは比べ物にならない。
「ラムー! おいで」
人も動物も居ない森で私は叫んでいた。
何も起きず、流れた風が私の髪をただ靡かせてくれる。
「もぉ! ラムーったら! お菓子あげないよ?」
そこまで私が言い終えると、木の枝から水色の丸い何かが見え始めた。
――まるっとした柔らかい丸み。
そこに白い小さな点が二つだけあって、それが目になる。
可愛い可愛いスライム。
スライムからとって、ラムーと私は呼んでいる。
私にとって、大切な友達だ。
「ほら、おいで」
少し高い枝の下に私が行き、両手を広げた。
するっと落ちたラムーが、自然と飛び込んで来てくれる。
「よしっ――今日も、受け止められた」
両手で抱きかかえ、ゆっくりと地面に下ろした。
最初の頃は、受け止めようとしても、顔にぶつかったり、手から滑り落ちちゃってた。
私も頑張ったけどそれでも地面に激突して、ラムーがぽこぽこと小さな頭突きをしてきたりもあったかな。
ラムーの体には、目を凝らさないと見えない小さな丸い物がある。
きっと魔核と呼ばれるものだと思うけど、あまり気にはならない。
だって今は仲良しなんだから、他の事はどうでも良かった。
「今日も、おやつ持って来たよ」
屋敷から持ち出した焼き菓子を、ラムーの前に置いた。
ラムーが体を動かして、焼き菓子の上に乗る。
体がお菓子を取り込み、炭酸みたいにしゅわしゅわさせながらお菓子がゆっくりと溶けていく。
「いつみても凄いよね」
人間のお腹も、こんな風に消化されているのかと気になってしまう。
けれど、そんな事は知る事もできない。
「美味しい?」
「ラっ、ムー」
「美味しそうで良かったよ、良かった。次は何を持ってこれるかな?」
「ラム、ラ、ラムっー!」
「何、もしかして前に食べた、ケーキ?」
「ラム!」
「無理だよ、それは前に一回だけ。それにあれ、私の分だったから、少ししかなかったでしょ?」
来て一ヶ月が経った頃に出されたケーキ。
けれどそれは、私の為というよりは、ただマルクスが食べたいから出している様なものだった。
実際に、私に渡された量なんて……たかがしれている。
甘い物を嫌う大人が、一口だけ食べるような分と余り大差がない。
「ごめんね……私が選べたりしないからさ」
「ラムッ!? ラ、ムムっ……」
ラムーが私にすり寄り、冷たいような暖かい不思議な体温が伝わって来る。
「ありがとう、ラムー。貴方は、優しいね」
「ラムっ!」
「次は、私の分も、ケーキ残してよね……」
「ラム……」
素直なラムーが小さな目を違う方に向けていた。
本当に正直な子だと思う。
自分の事しか考えてないマルクスとは大違いだ。
「貴方のそれが、少しだけでもマルクスに渡せたら良かったのにね」
「ラム?」
何の事だと体を動かすラムーに、笑いかけるように私は話し続ける。
「でも、それじゃマルクスが青い、良く分かんない人になっちゃうかもね」
「ラムっ?」
「違う違う、ラムーが青いのは良いけど。マルクスが青いのは可愛くないから駄目って事」
「ラムム」
納得してくれたのか、ラムーが満足気だった。
そんなラムーを抱えたまま、私は涼しい森に寝そべる。
「帰りたくないな……このまま、森で……暮らせたら良いのに……」
本当に暮らせるかは分かんない。
けど、あの屋敷にも帰りたいとも思えなかった。
あの屋敷に居続けたら、いずれ私は壊れてしまう。
そんな気がして、ならなかった。
***
「おい! お前、いつもいつも本ばっかり読んでないで、俺様の相手ぐらいしたらどうなんだ!」
今日も変わらず、訳の分からない事を言い出すマルクス。
「相手? 相手とは、どういう事を言っているのですか?」
「それはだな……あぁ、あれだ!」
何かを言おうとしたマルクスが、焦って誤魔化し始める。
「一緒に遊ぶとかだな、とにかく! あるだろ!」
何を求めているのかまるで分からない。
「何ですか、一緒に遊びたいんですか?」
「誰がそんな事言った! ふざけるのもいい加減にしろよな!」
遊びたいと言ったのはマルクスなのに……。
本当に面倒な人だ。
恥ずかしがったり、照れ隠しでもないのが更に面倒。
一緒に遊べ。
つまりは、俺様の言う通りに動く駒になれ。
という事なのだろう。
当然、従う気はないのだけれど。
――やがて時計から鐘の音が聞こえてくる。
マルクスはいつもの様に、外で待っているであろう子分達を連れて、どこに走っていく。
「私も、ラムーの所に行かなきゃ」
いつもの様に残っていた焼き菓子を包んで、森へ向かう。
**
――いつもならラムーが居る場所。
そこで、人の声が聞こえて来た。
「何で……」
誰も来る筈のない場所。
誰も近寄らない場所。
それなのに――誰かがいる。
「ざーこ」
「こいつよぇー」
そんな声が聞こえ、私は自然と駆け出していた。
森の木々を突き抜け、小さな人影を目にする。
三人の子供が――ラムーを囲んでいた。
その一人は、見間違う筈もないマルクスだった。
「何してるの!」
「ぁあ? 誰だお前、ここはなマルクス様の森なんだよ」
「そうだ! そうだ!」
窓から何度か見たことのある子が、私に向かってそんな言葉を投げかける。
そしてマルクスが、遅れて私に気づいていた。
「何でお前が、屋敷に居ろって言っただろ!」
「えっ、ってことはあいつがマルクス様の婚約者の」
「馬鹿、お前、あいつとか言うなよ。マルクス様の婚約者だぞ」
「そんな事はどうでも良いから、ラムーから離れてッ!」
ひそひそと話す奴等に呆れてしまう。
そんな奴等がラムーをいじめてたと思うと、もっと嫌になる。
「ラムー? お前、スライムに名前なんてつけてるのか? やばっ――」
マルクスが吹き出したかの様に笑い、逃げようとするラムーを足で抑えていた。
「止めてよ!」
急いで駆け寄り、私はラムーを助けようとした。
「抑えろ」
「えっ?」
「良いんですか?」
「早くしろ!」
「「はいっ」」
近づく私を二人の子供が抑えようとしてくる。
「邪魔!」
私はその一人を突き飛ばして近づこうとするも、もう一人に手首を掴まれてしまう。必死に離そうとしても、同じ子供なのに力で敵わず抜け出せない。
私が暴れている内に、もう一人が起き上がって私の腕にしがみついていた。
「離して! 止めてよッ!」
手首を掴んでいた子の腕に噛みついて、一瞬だけ離れてくれる。
だから私は、起き上がった子を今度は殴っていた。
「離してッ!」
言葉で言っても聞かないんだから、仕方がない。
こんな奴等に好き勝手されてたまるか。
走り出して、マルクスの顔を思いっきり殴ろうとする。
けれど進もうとした足首を今度は掴まれ、私の身体は気がついたら倒れていた。
「この! ふざけんなよ!」
「いたっ――」
掴まれた足を、もう片方の足で蹴って離そうとするも直ぐに、そっちも掴まれてしまう。
一度で相手を倒せない非力さが、こんなにも嫌になるとは思ってもいなかった。
「調子にのりやがって!」
「いっ――」
うつ伏せになっていた私にもう一人の子が飛び込み、背中の上に乗った。そして直ぐに、足首を掴んでいた手が私の膝裏まで上がって、ふくらはぎにもう一人が座り込んでしまう。
足をばたばたとさせる事も出来ず、片手は私の身体の下に挟まれ、残った方を動かしても背中に座る子には殆ど届かない。
「どいて! どいてよ! この野蛮人! 変態!」
「何だと!」
「おい、止めろ!」
背中に乗っていた子が私を殴ろうとして、マルクスがそれを止めていた。
「ねぇマルクス、止めさせてよ! 良いのこんな事して! 何が楽しいのさ!」
「何言ってだお前、楽しいのはこれからだろうがッ!」
マルクスがラムーを蹴り飛ばし、近くの木の幹に勢いよくぶつかった。
まんまるっとしていた体が不自然に凹み、弱々しく動こうとする。
「止めてよ! 死んじゃう! お願いだから!」
「なんだって? 聞こえないな!」
近づいたマルクスがラムを踏みつけ、体の一部が吹き飛んでいた。
止めて「止めて」止めて「止めて」やめて「止めて」止めて「止めて」止めてっ「止めてッ!」
それでもマルクスは止まってくれず、ラムーの身体がどんどん汚れ、体の一部が欠け、酷い状態になっていく。
「お願いだから止めてよ! ねぇ! 何したら良いの! 遊んであげるから!」
「だから今、遊んでるだろ!」
また、ラムーが蹴り飛ばされてしまう。
あぁだめだめだめだめだめだめだめだめ。
死んじゃう死んじゃう、ラムーが死んじゃう。
「このッどけ! どけって! お前らッ! 絶対に許さないからな!」
「へっ何も出来ねぇ奴がなんか言ってるよ」
「だっせぇ~そんなに助けたいなら、自分で抜け出してみろよ」
「ぁあああああああああああああああ」
必死に腕を後ろにまわして、乗っかっていた奴の唇を掴んだ。
そのまま引っ張ろうとするも、直ぐに手で払われてしまう。
「この! ふざけんじゃねぇぞ!」
「うぁっ――」
頭叩かれ、地面に押しつけられる。
余りにも無力だ。
こんな奴等を退かせないなんて……。
何で……、
どうしてこんなに力がないのよ……。
「お願い離して……お願いだから……」
私にはどうする事も出来ない。
こんな奴等もどかせない。
ラムーを助ける事も出来ない。
もう何も出来ない……。
「お願いマルクス。離して……何でも言うこと、聞くから……」
だから私はマルクスに言葉を投げかけていた。
「今、なんて言った?」
「言う事、聞くから……」
「聞いたか? お前ら、こいつ俺様の言う事を聞くってよ」
「だから、ラムーを離してっ……!」
顔を必死に上げ、私はマルクスの目を見ていた。
楽しそうにしていたマルクスの表情が変わる。
けれどそれは、謝罪や冷静になるといったものではない。
――人でありながら人とは思えない、とても楽しそうな醜い表情だった。
「そうか、なら仕方ないな」
足を上げたマルクスが、ラムーを踏み潰そうとする。
「止めてッ――!」
私の叫び声を上書きする様に、マルクスから怒鳴り声が発せられた。
「お前が、俺様の言う事を聞くのは、当たり前なんだよッ!」
「あぁっ――」
ラムーと最期に目が合った。
助ける求める様に私を見ていた。
なのに私は……動くことも、近づく事も、出来ない。
――ただ、マルクスに踏まれ、バラバラとなっていくラムーを見ているだけだった。
「あぁあぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ――」
何で、何で、何で――。
何で、そんな事が――。
「良くも良くも! 許さない! 許さない!」
「うるさい! 静かにしてろ」
頭を地面に抑えられ、開いた口に土が入り込んで来る。
「よくぅも、よくぅもぉ……」
許さない、許さない。
絶対に――許さない。
何で、こんな奴等が生きてて。
ラムーが生きられないのか。
ラムーは何もしてない。
子供の私すら殺せないほどに、無害だ。
それなのに――何で!
「このっ、こぉのっ――」
こいつらが生きて、生きて、何で生きてるんだ。
死ぬなら、お前らが死ねが良いんだ。
いつだってそうだ――――。
お前ら人間は、祭りで集めていた金魚すら、その辺に捨てて殺そうとする。
だから私は、前世でも助ける為に世話をしていた。
――なのに。
そうだ――前世でも結局は――無駄だったんだ。
思い出してしまった。
私といっしょに居た金魚達は、勝手に入ってきた連中に何かの洗剤を入れられ殺された。
金魚だから? 私が水族館を手放さなかったから?
そんなのはどうでも良い――。
お前らみたいな、連中が居るから、おかしくなるんだ。
命を奪って良い理由には、ならない。
奪って良いのは、誰かの命を奪った――奴だ。
「死ね」
「こえぇ~」
「マルクス様、こいつ本当に婚約者なんですか? その、すごく口が悪いんですけど」
私の上に乗り続ける二人が、げらげらと笑っていた。
ラムーが死んだ事なんて、まるで覚えてないみたいだった。
「口が悪くても喋るだけ良いんじゃないか? いつもは本ばっか読んでて、つまんねぇんだよ」
「そうだったんですね。なら、もっと何かしたら話すんじゃないですか?」
「服とか取ってみるか?」
「おい、それはマルクス様が許さねぇだろ」
私の足側に乗っている奴が、手を動かしていた。
嫌だ、嫌だ。
気持ち悪い。
「良いんじゃないか? 別にこいつの事、好きでもねぇし」
この場所に来て、唯一関わる事のあった者からの最後の言葉。
形だけでも、こいつが人だと思っていた私がおかしかったのかもしれない。
「ほんとですか?」
「でもこんなガキ、何も面白くねぇだろ。どうするよ?」
「川に放り投げるとか? そしたら、少しは面白いんじゃね?」
「良いなそれ、マルクス様、それで良いですかぁあ?」
もうお前らなんて――人じゃない。
「死んじゃえ」
周囲から音が消え、視界に見えていた色が消えていく。
訳も分からないまま、背後で燃えた炎だけが灰色の世界を照らしてくれる。
「うぁあああああああ、何だよこれ――火がッ――あああああああああああああああ」
「熱い熱い熱いッ――マルクス様! 水をぉおぉぉ――」
背中が一瞬にして軽くなり、
身体を起こす頃には、火だるまが二つ――地面でのたうち回り、転がっていた。
そこだけが赤く燃え盛り、溢れ出る血が更に赤く見えている。
「あぁ――綺麗な血の色。人だったんだ――」
立ち上がりマルクスの方を向いた。
既に、腰を抜かし後ずさろうとした身体が木の幹にぶつかっている。
その木は――ラムーがいつも隠れている木だった。
「マルクス。あんたが、あんたが……悪いんだからね」
「止めろ、止めろ! 止めろって言ってるだろ! 俺様の言う事を聞くんじゃなかったのか!」
何を言っているのか。
やっぱり私には――人じゃない奴の言葉は理解出来なかった。
「お願いってのは、頼んでするものなのよ。私は、何度も頼んだよね」
近づいた私が屈み、マルクスと目線を合わせ――ゆっくりと手を伸ばした。
「何だよその目、何で赤いんだよ!」
「今の私は赤い瞳をしているのね。教えてくれてありがとう」
そして私は、そのままマルクスへと近づいた。
両頬に手を当てるように、ただまっすぐと。
「お願いマルクス。せめてあの世で、ラムーに謝って――」
手が触れた瞬間にマルクスが炎で包まれた。
「うぁああああああああああああああああああああああああああッ――」
どうする事も出来ないままマルクスがのたうち回るも、火が消える事はない。
やがて炎が木に移り、辺り一面を赤く灯火で輝かせてくれる。
「ごめんね、ラムー」
そして私は、粉々となったラムーの魔核を拾い上げ、そっと握りしめた。
燃えて消える事もなく、ただ手の中で熱され皮膚を壊し始める。
やがてそれが――私の小さな手の平に埋め込まれる形でめり込んでくれる。
「ずっと一緒だからね」
痛みは不思議となかった。
ラムーが私を守ってくれたのか。
それとも、この炎は私を苦しめないのかは分からない。
けれど、もう良いんだ。
何も残さない。
ラムーとの思い出の森も、屋敷も全部。
私が焼き尽くす。
だからね、ラムー。
これからもずっと、一緒にいようね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




