いい人だけど、60歳近いおじさまとの婚約はごめん被ります!!
なんてことない日になるはずだった。
今日もあの人に魔法の教えを乞う予定だった。
なのに、なのに兄さんときたら!!!
「ついた〜、ありがと兄さん、わざわざ送ってくれて。」
「いいんだ、どうせ公爵様に渡す書類があったし、話をする予定だから。あ、そうだ、言い忘れてたけど、客間じゃなくてテラスに行くようにしてね。」
「え?なんで?いつもみたいに客間で待ってた方がいいでしょ??」
いつも客間に案内され、少しお茶をした後に訓練場へ移動するのだ。
「いや、今日はセレのお見合いをしにきたんだから、景色いい場所の方がいいでしょうよ。」
「え?」
「ん?」
「いや聞いてないが??」
「ん?」
「聞こえないふりすんなし?」
「こーら、そんな言葉遣いしないの。」
「いやふざけんな?」
「ほら、お手をどう」
「逃げるしかないだろ!!!」
「…あ〜、やっぱりこうなる??ふふ、妹と追いかけっこだなんて、久しぶりで腕がなるなぁ。ふんふんふ〜ん、」
妹の背中を見ながら、彼は呑気に鼻歌を歌っていた。
私が日本のごく普通な一般ピーポーから、獣人、妖精、魔法のあるファンタジー世界の、いわゆるお嬢さまに生まれ変わって、はや18年。
「ねぇ、そこのお嬢さん。うちのセレを見なかったか?」
「ひゃっ!も、申し訳ありませんが、私はお見かけしておりません…」
「やれやれ、今日はお見合いだって伝えたのに。ワガママな妹だ。彼のどこが不満なんだろうなぁ?」
侍女はぽーっと兄のことを見つめている。
(ゲッ、兄さん!!まぁた侍女のことを誘惑して。顔だけはいいんだから。全く。)
妹の私から見ても、兄はかなり整った顔をしている。しかも体格も悪くはない。有事の際に動けるくらいには鍛えてるから。しかも、頭がいい。
け、れ、ど。今回の件はまた別だ。
確かに公爵様のことは尊敬してる。とってもいい人だ。
私はヒョウの獣人の家系に生まれたのだが、家族のようにふさふさな耳と尻尾がない。
ご先祖様が過去に獣人ではなく、人と結婚したことがあるらしく。私はいわゆる先祖返りというやつで、獣人の特徴を持たない、普通の人として生まれた。
そのせいで、いじめられたり、爪弾きにされたり。まぁ色々な目にあった。
そんな私があるお茶会に参加したときの話だ。5、6歳だっただろうか。きっとそこに、私が気に食わないやつがいたんだろう。
なにも見えない、暗い部屋に閉じ込められたことがあった。
その頃の私は、家族と見た目が違うことをすごく気にしている時期で。魔法が発現したばかりで、まだ魔力の操作も上手くできず。
『あぁ、またか。また私は。こんな私なんか、』
そうして、自分の魔力が暴走する直前。
「大丈夫かい、リトルレディ?」
そう言って跪き、私に手を差し伸べてくれたのが、公爵様であるイグニス様だった。
そんな素晴らしい人であるし、もちろん大好きなのだが。
あの人もう60近いじゃん!!亡くなった奥さん一筋じゃん!!
ていうか、もはや親戚のおじさんみたいな人なのに、なんで急にそんな人とお見合いセッティングしたわけ!!???
気まずいにも程がある!!!
しかも公爵家に着いてから言ってくるなんて!!!こんっの卑怯者め〜!!!
そうやって、前を見ないで廊下を走っていたことがよくなかったのだろう。
「ブッ、」
「アァ”?」
曲がり角、真正面から誰かとぶつかった。
おしりと地面がこんにちはするなコレ、と思ったがそんなことはなく。
私が突進してしまった相手が、サッと腰の辺りを支えてくれた。
え、たいかんつっよ、かなり、いや、かなりどころじゃないな、私、全力で走ってたのに。
「ぶつかってしまってすみません、あり」
「ん??向こうからセレの声がした気がするなぁ。君、引きとどめてすまなかったね。セレ〜、観念して出てこ〜い、」
「ッ、」
心中、何であんな小声でバレんのよ、と兄に文句を言う。
父も母も兄も、私には聞こえない音を拾うことのできる素晴らしい耳を持っている。
私だけ、獣人じゃないから。普通の人だから。みんなに聞こえる音が、私には聞こえない。
仕方のないことだと理解しているが。それでも、寂しいと思ってしまうことはある。
「…………ハァ。」
衝突した男のため息で現実に戻る。顔を上げると目の前にいたのは、彫刻のように整った顔。緑の瞳を持つ、トラの獣人。
「っ!?」
急に肩を引き寄せられ、トン、と目の前の男の胸に収まる。
「シーッ、」
耳に触れる吐息、軽く肩に触れる腕、優しく漂う魔法の香り。
漏れそうになった悲鳴を、咄嗟に押さえる。
コツ、コツと近づく靴の音。
(く、来る!!)
逃げなくちゃ、と彼の顔を見上げると、
(失礼する。)
そう動かされた口元。
ポカン、としているうちに恭しく持ち上げられ、彼は兄とは逆方向へ。
「おや、ここに居ないのか。ふぅん?ふふ、」
(…………うちの可愛いレディをよろしくお願いします。ね、オルガ様。)
ピルピル、と彼の耳が動く。
コツコツという靴の音はもう聞こえない。
「………もういいか。」
そう呟いた彼に丁寧に地面へと下される。
「…………オルガ第二王子殿下、」
「そう畏まらなくていい。たまたま居合わせただけだ。」
「…あの、先ほどはぶつかってしまい大変申し訳ありませんでした。それから、倒れないように支えてくださり、誠にありがとうございました。それに、その、…兄から逃がしてくださって、本当にありがとうございます。」
「なに、失礼をしたのは俺の方さ。許可もなく抱き上げてすまなかった。麗しいレディ、私の無礼をお許しくださいますか?」
「!そ、そんな!!無礼だなんて、…」
腰を折ったままジッと見つめてくる彼の耳がペタンと伏せられる。
なんとなく、探られているような。
「ッ、その、本当に気にしておりません。許します、許しますから、」
「ありがとう、レディ。」
フワリと造られた笑みに安堵する。
「ふふ、感謝するのは私の方です。ありがとう、オルガ様。」
キラキラ、金色の珍しい瞳。まるで太陽で、まるで月。
「コイツが、ねェ…………」
「え?」
「……感謝してくださるのなら、私に貴女の名を呼ぶ栄誉を与えてはくれないか?」
「!もちろんです。申し遅れました、私の名はセレスティア。セレスティア・ラウナーと申します。どうぞセレスティアとお呼びください。」
「ありがとう、セレスティア。」
はわ、かっこよいな…
「それでは、セレスティア。私に貴女をエスコートする栄誉を。」
「あ、…」
キョロキョロと辺りを見回し、人がいないことを確認する。
彼女、コレでも一応、この公爵家にはお見合いに来ているのだが。
兄とかくれ鬼しに来たわけじゃないのだが。
「ククッ、」
「?オルガ様??」
「さぁ、お手をどうぞ?」
ふわり。暖かな風が抜ける。
「ありがとうございます、オルガ様。」
「なに、感謝には及ばない。俺はセレスティアと話がしたかったからなァ?」
こてん、と傾げられる首。その表情から、『なぜ自分と???』と心底不思議がっているのが見て取れる。
「お前、今日は何しにここに来た。」
「えっ、と、兄がセッティングしたお見合いをしに…」
「その相手はだれだ。」
「イグニ、っと、公爵様です、…ん??」
私、着いた途端に今日は見合いをするぞ、って言われただけで、相手がイグニス様だ、とは言われてないな?
え、まさか、イグニス様は場所だけ提供してるってこと??
待って、そうすると、
サァーっと血の気が引いていくのがわかる。
まさか。
「なるほどなァ、自分の見合い相手の情報は何一つとして知らなかったわけか。」
「………まさか、私のお見合いのお相手って、オルガさま、なの???」
「…俺じゃ不満か?」
「そんなまさか、え、じゃあ別に兄さんから逃げる必要なかったじゃない………」
いつもそうやってイジワルするんだから!兄さんのバカ!!逃げ損だ逃げ損!!!
そうブツブツと呟くヒトは、可愛らしく彼の手を握りしめていた。




