2.新しいお客さん
ユナが常連になってから、カフェは少し賑やかになった。
「ナギ!今日のスイーツなに!?」
扉を開けるなり、ユナが叫ぶ。
「まだ開店してないわよ」
「知ってる!でも気になる!」
「落ち着きなさい」
私はため息をつきながら、焼き上がったパンを棚に並べた。
カウンターでは、例の常連がのんびりお茶を飲んでいる。
開店してないんだってば。
当然彼も元日本人だ。
ユナはその隣に座ると、すぐに話を始めた。
「ねえねえ、昨日思い出したんだけどね!」
「はいはい」
「私、日本でコンビニめちゃくちゃ好きだったの!」
「ほう」
「だって夜中でもスイーツ買えるのよ!?夢じゃない!?」
常連は笑った。
「分かる」
「でしょ!?」
「おれエナドリ飲みたいもん。」
「私プリンとマカロンとロールケーキ!!」
私はお皿を並べながら、二人の会話を聞き流す。
このカフェでは、こういう会話がよく起きる。
前世の話。
日本の話。
そして時々、異世界の人がそれを不思議そうに聞く。
そんな平和な昼下がりだった。
そのとき。
カラン、と扉のベルが鳴った。
新しいお客さんだ。
私は顔を上げる。
入ってきたのは、若い男性だった。
落ち着いた服装だけれど、仕立てがいい。
背筋もまっすぐで、どこか品がある。
……街の人じゃないかもしれない。
そう思った瞬間。
胸の奥が、ぽうっと温かくなった。
私は一瞬だけ目を瞬く。
(あ)
この感覚。
私はカウンターから出る。
「いらっしゃい」
男性は軽く頭を下げた。
「こんにちは」
声も落ち着いている。
私は席を指さした。
「好きなところにどうぞ」
男性は窓際の席に座った。
メニューを見て、少し考える。
「……では、本日のスープというものを」
「はい」
私はスープをよそいながら、ちらりと彼を見る。
胸の温かさは消えていない。
間違いない。
(この人もだ)
私はスープを運ぶ。
「どうぞ」
「ありがとう」
彼がスプーンを持つ。
その瞬間、私は小さくスキルを使った。
男性の動きが、ぴたりと止まる。
「……あ」
少し沈黙。
そして、彼はぽつりと言った。
「……俺、日本人だった気がする」
ユナが椅子から立ち上がった。
「やっぱり!!」
男性は驚いた顔でユナを見る。
「え?」
ユナは身を乗り出す。
「あなたも絶対そうよ!」
常連も笑っている。
「ユナちゃんは日本好きなオタクのアメリカ人だったんだってさ」
男性はユナを見た。
それから、小さく息を吐く。
「……なるほど」
私は肩をすくめる。
「ここ、元日本人が、なぜか集まってくるみたい」
男性は少し笑った。
そして言った。
「面白い店だ」
ユナは腕を組む。
「で?前世なにしてたの?」
「……会社員」
「社畜!!」
「そこまでではない」
常連が吹き出す。
私はカップを並べながら聞いた。
「名前は?」
男性は答える。
「ルーク」
そして少しだけ迷ってから続けた。
「……この街の領主の息子です」
一瞬、店が静かになる。
ユナが固まる。
常連も目を丸くする。
私は少しだけ驚いたけれど、すぐにうなずいた。
「そう」
ユナが小声で言う。
「ナギ」
「なに」
「とんでもない人来た」
「そうね」
私はスープを指さした。
「冷めるわよ」
ルークは少し笑った。
それからスープを飲む。
一口。
二口。
そして言った。
「……美味しい」
私は肩をすくめる。
「普通のスープよ」
「いや、なんか醤油っぽい味がする。」
「…よく気づいたわね。」
「この世界にあったんだ、醤油…。」
「…似たものを見つけたのよ。」
ルークはカップを置いた。
「ここ、落ち着く」
ユナがニヤニヤする。
常連も笑っている。
私は小さくため息をついた。
どうやらまた一人、常連が増えそうだ。
それも。
とびきり身分の高い常連が。




