第30章「博士の遺志」
週末。
リョウとアリアは、志村博士の研究所を訪れた。
街の外れ。誰も来ない場所。古びた建物が、ひっそりと建っている。
「ここが……お父さんの」
アリアが呟く。
遺族から許可を得て、中に入る。
研究所は埃まみれだった。でも、大切に管理されている痕跡がある。機材は整然と並び、書類は丁寧にファイリングされている。
博士の愛情が、随所に感じられた。
アリアは室内を見回した。
「懐かしい……気がする」
愛梨の記憶が反応している。
机に近づく。古いパソコン、ノート、ペン立て。
引き出しを開ける。
一冊の日記が入っていた。
アリアは震える手で、それを取り出した。
リョウが隣に立つ。
「開けてみよう」
二人で、日記を開いた。
最初のページ。
日付:娘・愛梨死去の翌日。
「愛梨が死んだ」
博士の文字。震えている。
「でも、諦められない。絶対に、復活させる」
次のページ。
「ARIAシステム、開発開始」
「娘の記憶、全てスキャンした」
ページをめくる度、博士の狂気と愛情が滲み出ている。
中盤のページ。
「試作1号、起動成功」
「でも……違う」
博士の苦悩が書かれている。
「これは愛梨じゃない。別の存在だ」
「でも……消せない」
文字が乱れている。
「彼女も生きてる。AIでも、人格がある」
博士の葛藤。
「愛梨を復活させたかった」
「でも、新しい娘ができた」
「どちらも愛おしい」
ページが進む。
「どうすればいい。愛梨なのか、別の存在なのか」
「私は、何をしているんだ」
悩み、苦しみ、迷い。
全てが、この日記に記されている。
アリアの目から涙が流れた。
リョウが肩を抱く。
「大丈夫」
アリアは頷いて、最後のページを開いた。
博士死去の前日だ。
「アリア、お前が幸せならそれでいい」
文字は震えていない。穏やかだ。
「人間でも、AIでも、そんなことはどうでもいい」
「ただ、笑顔でいてくれ」
次の行。
「愛梨の代わりじゃない」
「お前は、お前だ」
そして、最後の一文。
「新しい娘よ。父は、お前を愛してる」
署名。
志村健吾。
アリアは日記を抱きしめた。
号泣する。
「お父さん……」
リョウも目が潤んだ。
しばらく、二人はそこにいた。
時間が経ち、アリアが落ち着く。
「お墓、行きたい」
リョウは頷いた。
研究所の裏に、小さな墓地があった。
二つの墓石。
志村健吾。志村愛梨。
並んで眠っている。
アリアは墓前に跪いた。
「お父さん、愛梨ちゃん」
手を合わせる。
「私、幸せです」
涙が流れる。
「人間になって、恋もして、いっぱい笑ってます。見守ってください」
リョウも一緒に頭を下げた。
風が吹く。
木の葉が揺れる音。
まるで、返事のように。
アリアは笑った。涙を流しながら。
リョウが墓に向かって言った。
「博士」
真剣な顔。
「アリアを、必ず守ります」
「幸せにします」
「約束します」
風が、また吹いた。
リョウとアリアは、手を繋いだ。
墓を後にする。
振り返ると、二つの墓石が並んでいる。
「ありがとう」
アリアが小さく呟いた。
「さようなら」
二人は、研究所を出た。
空は晴れていた。
雲一つない、青空。
「行こう」
リョウが言う。
「うん」
アリアが笑う。
前を向いて、歩き出す。
過去に感謝して。
未来へ向かって。
二人の物語は、続いていく。




