第3章「最初のバグ」
翌日の昼過ぎ、リョウは低ランクダンジョン「廃工場跡」の入口に立っていた。
ランクF、初心者向け。入場料は500円。財布から小銭を取り出す。受付の機械に投入すると、入場証が発行された。
配信を開始する。視聴者数の表示、0人。
「えっと、今日も……やります」
誰もいない画面に向かって、リョウは話しかけた。
ダンジョン内部は薄暗かった。錆びた機械が散乱し、天井からは水が滴る音が響く。足元には割れたガラス。リョウは慎重に歩を進めた。
【デバッグ】スキルを発動する。
視界が変わった。
空間に浮かぶ赤い文字列。
「#ERR_TREASURE_01 - DROP_RATE:0.1%」
リョウは息を呑んだ。これがエラーコード。宝箱のドロップ率を示しているのか。0.1パーセント。ほぼ出現しない設定になっている。
普通のプレイヤーには見えないはずのシステム情報だ。
リョウは恐る恐る、文字列に手を伸ばした。指先が触れる。
新しいウィンドウが出現した。
【修正モード】 パラメータ編集 実行 キャンセル
リョウは固まった。
「まさか……修正できる?」
心臓が早鐘を打つ。これは、ただエラーを見るだけのスキルじゃない。直せる。システムを書き換えられる。
でも。
「これ、規約違反かも」
葛藤。ルールを破ることへの恐れ。でも、試してみたい衝動。
リョウは周囲を見回した。誰もいない。配信の視聴者も0人。誰も見ていない。
「一回だけ……」
震える指で、パラメータ編集を選択する。
ドロップ率の数値が編集可能になった。0.1%の表示。リョウはそれを100%に書き換えた。
実行ボタンを押す。
システムメッセージが表示される。
「修正完了」
目の前の空間が歪んだ。何もなかった場所に、宝箱が出現する。木製の、小さな箱。光を放っている。
リョウは駆け寄った。蓋を開ける。
中には、青白く光る石が10個入っていた。
「精霊石……」
レアアイテム。市場価値は1個5万円前後。リョウは手を震わせながら、それを拾い上げた。
「嘘だろ……」
信じられない。本当に修正できた。エラーを直すだけじゃない。システムそのものを書き換えられる。
リョウはステータス画面を確認した。新しい表示が追加されていた。
エラーコード接触回数:1回
これが、未解放機能の条件。あと99回。
興奮が収まらなかった。リョウは次のエラーコードを探した。
「#ERR_MONSTER_AI」
敵モンスターのAIに関するエラー。リョウは修正を実行する。
目の前に現れたスライム型モンスターが、突然動きを止めた。そして、自分で壁に激突して消滅する。
「すごい……」
さらに進む。
「#ERR_WALL_COLLISION」
壁の当たり判定エラー。修正すると、壁が消えて隠し通路が現れた。
リョウは夢中でダンジョンを探索した。エラーコードを見つけては修正する。宝箱が次々と出現し、敵は自滅し、隠し部屋が開かれる。
30分後。
ダンジョンクリア。通常なら2時間かかる場所を、リョウは圧倒的な速さで突破していた。
獲得アイテムを確認する。
精霊石50個。レア武器3本。市場価値、推定50万円。
リョウの手が震えた。
「これ……俺のスキル、最強じゃないか」
でも次の瞬間、不安が襲う。
ダンジョンの出口まで戻る道すがら、リョウは葛藤していた。
これはバグ利用だ。システムの脆弱性を突いている。でも、修正だとも言える。エラーを正常化しているだけ。
「でも結果的に、得してる」
自分に都合のいい解釈かもしれない。リョウは唇を噛んだ。
ダンジョンを出る。夕暮れの街。配信をまだ続けていたが、視聴者は結局0人のままだった。
配信を終了する。
アパートに戻り、リョウはパソコンの前に座った。
獲得したアイテムをどうするか。売却すれば金になる。でも、これを配信で公開すべきか。
悩んだ末、リョウは決めた。
「もう少し、検証してから」
アイテム売却サイトにアクセスする。精霊石50個と、レア武器3本を出品した。
翌日、売却完了の通知がスマホに届いた。
振込額、487,000円。
リョウは銀行に向かい、通帳記帳をした。
残高、506,450円。
数字を見つめる。涙が溢れた。
「初めて……報われた」
声が震える。3年間、ギルドで働いて貯めた金額を、たった30分で超えた。
リョウはスマホでステータス画面を確認した。
エラーコード接触回数:32/100
あと68回。
「あと68回……」
小さく呟く。
希望が、確かにそこにあった。




