第2章「配信という選択」
3社目の面接。ハローワークの紹介で訪れた小規模ギルドの事務所。机を挟んで向かい合う面接官は、リョウの履歴書を一瞥しただけで眉をひそめた。
「ギルドサポート3年……戦闘経験は?」
「ありません。デバッグ専門で」
面接官は露骨に笑った。
「それで3年? 使えないね、はっきり言って」
リョウは何も言えなかった。
「不採用です。お疲れ様」
その場で告げられる。椅子から立ち上がり、頭を下げて部屋を出た。
帰り道、自動販売機の前で足を止める。缶コーヒー、120円。財布の中身を確認する。千円札が1枚と、小銭が少し。
リョウはボタンを押した。温かい缶が出てくる。これが今日、自分に許せる唯一の贅沢だった。
ネットカフェに入る。3時間パック、980円。個室ブースに座り、パソコンを起動する。求人サイトを開くが、目がすぐに疲れた。
おすすめ動画の一覧が画面の端に表示されている。その中に、見覚えのあるサムネイル。銀髪の少女。
「【初見歓迎】みんなで冒険しよう!」
アリアの配信動画だった。
リョウはクリックした。
動画が始まる。ダンジョン「水晶の洞窟」を攻略する様子。アリアの動きは優雅で完璧だった。敵の攻撃を紙一重で避け、最適なタイミングで反撃する。でも、喋り方は親しみやすい。
「あ、危なかった! みんな、今の見た? ギリギリだったよね」
コメント欄が流れる。
「アリアちゃん上手すぎ」
「天使か」
「癒やされる」
アリアは笑う。
「ありがとう! でもね、居場所ってね、自分で作るんだよ。待ってるだけじゃダメ。一歩踏み出そう」
リョウは画面に見入った。
一歩踏み出す。
自分も、踏み出せるだろうか。
動画を最後まで見終えた。コメント欄の温かさ。視聴者とアリアの交流。そこには確かに、居場所があった。
リョウは決意した。
「俺も……やってみる」
ネットカフェを出て、中古ショップを回った。配信用の機材。マイクとウェブカメラ。
店員は若い女性だった。
「配信用マイク、5千円です。このウェブカメラは8千円ですね」
リョウは財布を開けた。残金を計算する。ギリギリ足りる。
「両方ください」
「配信始めるんですか? 頑張ってくださいね」
店員は笑顔で言った。
初めて、誰かに応援された気がした。リョウは照れくさそうに頷いた。
「ありがとうございます」
帰り道、コンビニに寄る。おにぎり1個、128円。今日の夕食。残金は1万9千450円になった。
アパートに戻り、機材をセットアップする。マイクをパソコンに繋ぐ。ウェブカメラを設置する。不器用な作業。何度もやり直した。
配信プラットフォーム「ダンジョンライブ」にアカウント登録。ユーザー名を考える。何度も入力しては消した。
最終的に決めた。「Debugger_Ryo」。
配信タイトルを入力する。
「【初配信】デバッグスキルの可能性検証」
サムネイル画像を自作する。デザインは不器用だった。それでも、自分なりに頑張った。
リョウは深呼吸を3回繰り返した。手が震える。マウスカーソルが、配信開始ボタンの上で揺れている。
「いきます……」
クリック。
画面が切り替わる。配信開始。
視聴者数の表示が現れた。
0人。
リョウは喋り始めた。
「えっと、こんばんは。初配信です。デバッグっていうスキルを持ってるんですけど……システムエラーを可視化できるスキルで……」
声が虚しく部屋に響く。コメント欄は真っ白。誰もいない。
「今日は、このスキルの可能性について、検証していきたいと思います」
視聴者数は変わらない。0のまま。
30分が経過した。リョウは画面を見つめ続けた。
「誰か……いませんか」
問いかけても、答えはない。沈黙だけが返ってくる。
1時間が経った。リョウの声は掠れていた。
「そうだよな……俺なんか」
配信終了ボタンを押した。
画面がオフになる。部屋に静寂が戻る。
リョウは椅子から立ち上がれなかった。脱力感。空虚感。
でも。
「もう一回やろう」
小さく呟いた。
アリアの言葉を思い出す。一歩踏み出そう。
リョウは配信プラットフォームの画面を開き、明日の配信予約を設定した。時刻、19時。タイトルは同じ。
小さな決意。それだけが、今の自分にできること。
画面を閉じ、ベッドに横になる。天井を見つめた。
明日も、やる。誰も見ていなくても。
リョウは目を閉じた。




