第1章「無能の烙印」
フロンティアギルド本部の会議室は、神崎リョウが3年間所属してきたどの場所よりも豪華だった。大理石の床、革張りの椅子、壁一面のガラス窓から見える街の夕景。だが今日、その美しさは彼の胸を締め付けるだけだった。
リョウは一人、長いテーブルの端に座っていた。緊張で喉が渇く。目の前に浮かぶステータス画面を見つめた。
【デバッグLv.1】 説明:システムエラーを可視化する
たったこれだけのスキル。3年間、これだけだった。
扉が開く音。ギルドマスターの高峰が入ってきた。40代半ば、鋭い目つき、一切の感情を排した表情。リョウの方を一瞥して、正面の席に座る。
「神崎リョウ。君のスキルについて、3年間検証を続けてきたが」
高峰は書類をテーブルに置いた。
「結論として、無意味だ」
リョウの体が強張る。
「そんな……まだ研究の余地が。修正方法を見つければ、きっと」
「我々に必要なのは即戦力だ。お前のスキルは、エラーが見えるだけで何もできない。それは足手まといと言うんだよ」
高峰は立ち上がり、一枚の紙を机に叩きつけた。
追放通知書。
その文字が、リョウの視界を埋め尽くす。
「今日をもって、君を除籍とする。異論は認めない」
リョウは何か言おうとしたが、言葉が出なかった。
会議室の扉が再び開いた。他のギルドメンバーたちが入ってくる。8人。いつも一緒にダンジョンに潜った仲間たち。その中に、桐谷の姿もあった。
「桐谷……」
リョウは親友の名を呼んだ。桐谷は目を合わせない。俯いたまま、壁際に立つ。
「お前まで……」
リョウの声は震えた。
「だよな。デバッグなんてスキル、誰が使うんだよ」
メンバーの一人が笑った。
「デバッグ(笑) 見えるだけとか、マジ無能」
「3年もよく我慢したよな、マスター」
笑い声。嘲笑。リョウは椅子から立ち上がった。足が震える。でも歩き出す。
「荷物は後日送る。今日中に出ていけ」
高峰の声が背中に刺さる。
会議室を出る。誰も見送らない。廊下を歩く。背後から声が聞こえた。
「やっと厄介払いできたな」
「ほんとそれ」
扉が閉まる音。笑い声が遮断される。
リョウは廊下で立ち尽くした。
夜の街を一人歩く。駅までの道のり。いつもは仲間と一緒だった。今日は一人だ。
コンビニのATMで通帳記帳。残高、32,450円。貯金はほとんどない。ギルドの給料は安かった。それでも、居場所があると思っていた。
スマホが震える。通知。フロンティアギルドの公式SNSアカウントからの投稿だ。
「本日付で、メンバー整理を行いました。今後ともフロンティアギルドをよろしくお願いします」
コメント欄を開く。
「メンバー整理って誰?」
「知らん。雑魚でも切ったんじゃね」
「リョウって奴らしいよ」
「誰それ」
スマホの画面が滲む。涙が落ちた。慌てて拭う。
安アパートに着く。築30年、6畳一間、家賃4万5千円。鍵を開けて中に入る。狭い部屋。ベッドと机と、小さなキッチン。それだけ。
リョウはベッドに倒れ込んだ。
「俺、何のために……」
声が部屋に響く。誰も答えない。
眠れなかった。天井を見つめる。時計は午前2時を指している。
リョウはステータス画面を再度開いた。何度も見た画面。でも今日は違う。詳細タブ。今まで開いたことがなかった。
タップする。
新しい表示が現れた。
【未解放機能:システム介入】 解放条件:エラーコードに直接接触×100回
リョウは息を呑んだ。
「これ……今まで気づかなかった」
システム介入。それはつまり、エラーの修正ができるということか。ただ見るだけじゃない。直せる。
でも、もう遅い。誰も必要としてくれない。条件を満たすためのダンジョンにも、一人では潜れない。
窓の外を見る。夜空に、流れ星。一瞬の光。
「せめて……居場所が欲しい」
リョウは小さく呟いた。
翌朝。リョウはハローワークに向かった。求人誌を手に取る。ダンジョン関連の仕事。攻略組、サポート、アイテム鑑定。
「ギルドサポート経験者優遇」の文字。でも、応募資格の欄を見て、リョウは目を逸らした。戦闘経験必須。リョウにはない。
1時間、求人誌を眺め続けた。該当する仕事はなかった。
帰り道、スマホで求人サイトを見る。偶然、広告が目に入った。
「配信者募集! 誰でも始められる。君の居場所はここに」
配信者。リョウは広告をタップした。
動画が再生される。銀髪の少女が笑っている。透明感のある声。
「みんなこんにちは! アリアです!」
人気配信者、アリア。登録者数120万人。
動画の中で、彼女は言う。
「居場所ってね、誰かに与えられるものじゃないの。自分で作るんだよ」
リョウは画面を見つめた。
「俺も……できるかな」
小さく、とても小さく、呟いた。
その声は、誰にも届かない。でも、確かにそこにあった。




