15 告白とかラブレターだとか(4)
その後、昼食を終えて三年の教室に移動した一行。
そんなにのんびりしてきたわけではないものの、壁を見上げて時計を気にしながら山原が重々しく口を開く。
「さて、昼休みも残すところわずかとなってきたところで、僕らは学食から教室へと戻ってきたわけだけど……。みんなには早速話し合ってもらいたいと思うんだ」
「ああ、オレに任せろ。かしこま!」
「それより議長が山原で大丈夫か?」
「時間があまり残っちゃいないんだ。さっさとはじめるぞ。ほら」
船頭が一人でも山に登ってしまいそうな議論を前にして、これほんとに大丈夫かと心配がっている佐波たちを横目に、すでに会議に乗り気の千藤は山原を促した。
もちろん、背中を押された山原は前のめりになる。
「うん。では、真由ちゃんの告白応援大作戦、第一回作戦会議を始めよう! 真由ちゃんの思いを伝える、最もいい手段をみんなで考えるよ!」
いつもは聞き役ばかりで珍しく進行役になれたのが嬉しいのか、わざわざ教室前方の教壇に立っている山原は何も書いていない黒板をバンバン叩く。
とりあえず議論を始める前に、気になることを確認しておくことにしたリオが手を上げる。
「その真由ちゃんがいないけどいいの? 私たちが勝手に話し合っても平気なの?」
「おおっと、駄目だよ、リオちゃん。こういうのはみんなで陰ながら全力で応援してあげるべきなんだからね!」
「陰ながら全力? それっていわゆる余計なお世話ってやつじゃ……」
「なわぁ! そ、それを言っちゃ駄目だよ、宗谷! 馬鹿丸出しじゃないかな!」
「そうだぜ、宗谷。余計なお世話だからこそ、陰ながら応援するんじゃないか」
「しかも全力で、だぞ。サバイバルでも日常生活でも、何事も中途半端なのが一番いけない」
「なにより応援してやりたいだろ、やっぱ! がんばれ! がんばれ!」
議長のサポート役に付いている千藤に続いて佐波や朽木までが山原を支持するので、あまりに劣勢な宗谷はノリのいい四人に身を任せると決めた。
「まあ、俺だって元気が出るように励ましてはやりたいけどさ」
「よかった。じゃあ、宗谷も議論に参加だね」
「へいよ」
「へ、へいよっ?」
もう、返事がいい加減だよ! と、議論を円滑に進めるべき議長の立場で山原が宗谷に怒っていると、エミが遅れて教室に入ってきた。
「みなさん、遅れてすみません」
「あ、エミちゃん。真由ちゃんは?」
「はい、真由なら女子トイレの個室に閉じ込めてきたので安心してください」
と言うので、すんなり受け止められず彼女の言葉に引っかかった宗谷が首をかしげる。
「それ大丈夫か? それ聞いて安心できるか? 友達だろ?」
「ええ友達ですよ。閉じ込めるといっても昼休みの間だけですし、場所が女子トイレだから安心です。あれとかそれとか、個室なら真由も無事だと思います」
「あれとかそれって?」
「サバイバル生活でも、割と優先度の高い問題のことだ。デリカシーのない似非不良だから無理もないんだろうが、朽木、あまり女子に振っていい話題じゃないぞ」
「ですね、そうしていただけると助かります」
「なるほど、わからん」
朽木が理解を諦めたところで、いよいよ山原が議論に入る。
「じゃあ、早速みんなで最高の告白を提案していこう。これいいんじゃないかって思いついた人から実演してみようか」
「なあ、山原。告白だからって変なことやらずにさ、普通に好きですって言えばいいんじゃないのか?」
と、まさに奇をてらわず普通のことを言えば、ぷりぷりと山原が怒った。
「ほんっと、今日は馬鹿丸出しっぱなしだね、宗谷は!」
「しまえよ! さっさと馬鹿をしまえよ! お前の馬鹿エッセンスは四次元ポケットにも入らないくらい、いっぱいなのか! バカスギーボールでゲットだぜ、しとけ!」
「サバイバルで勝ち残った馬鹿たちで運営するバカイバル同好会の会長か!」
「頭使え」
「ちょっと待とうぜ! そんなに馬鹿な話でもないだろ? 俺だって自分がいざ告白するとなったら、普通に好きだって直接言ってやるぜ?」
「へー」
「リオ、お前が興味なさそうなのは地味に傷つく」
なんで? と聞き返さないのが優しさ。
こほん、と千藤が仕切り直し。
「そもそも、お前と真由は根底からして違う人間なんだ。お前のやり方が普遍的に通用すると思うんじゃない」
「はい、却下~」
「わかったよ。けど根底からして、は言い過ぎだろ。あと山原は楽しそうに却下すんな。じゃあよ、他のやつはいい案でもあるのか?」
自分の提案が却下されてしまった宗谷はツッコミ、あるいはダメ出しの準備に入る。どうせこいつらのことだから名案が出てくるとは思っていない。
しかし自信があるのは朽木だ。
「むしろオレにはいい案しかないぜ。自分の才能が恐ろしい。超高校生級だな。次の銀河大統領に選ばれるかもしれん」
「では朽木君、告白してよ!」
「ほんの出来心だったんだ……」
「それは罪の告白だろ。自白してどうする」
別にルールが決められているわけでもないが、議長である山原よりも先に意見する宗谷。
お前がそう言うならと、対抗意識を燃やした朽木は宗谷に体の向きを変えて告白を続ける。
「ちょっと、あなたのこと大好きなんだけど! どうして盗んだままなのさ、一刻も早く私の心を返してよ! もちろん、あなたの愛でね(はーと)」
「いらないって冷たく返されたらどうするんだよ。斬新な告白だけども!」
「僕は死にま~す! あなたが好きだから、振られたら死にまーす!」
「脅迫やめろ!」
「なあ、これからキミに愛の告白をするから、ここでオレと一緒に伝説の木を植えようぜ」
「それがどんな伝説になるか、最初の挑戦者であるお前の責任重大だぞ!」
叫び合ったからか、ハアハアと二人は息を切らせる。
ちょっと休憩する時間があって、佐波が朽木に指をさす。
「……朽木、お前は駄目だな。告白に関しちゃ、まるで素人だぞ」
「それよりふざけすぎだろ。相手をした俺も悪いけど、楽しくなってんじゃん」
「はい、却下~」
「当然だな。これは楽しそうに却下していい」
そう断言する佐波に朽木が匙を向ける。
「おい佐波、そう言うお前はどうなんだよ? ちゃんと考えがあるんだろうな?」
「よく聞いてくれた。告白なんてものも、突き詰めればサバイバル術に通じるのさ」
「そうか?」
「そうだぜ、宗谷。つまり告白を実行する前に相手を罠にかければいいのだ」
議長の山原も反応に困って首をかしげる。
「え、何、トラップってこと?」
「ああ。人はそれをサプライズという」
「それは大きな勘違いよ、佐波……」
「まあまあ、リオ。とにかく参考までに聞いておこう」
議長を補佐する千藤がリオをなだめて、佐波に話を促す。
佐波は至極真面目な顔をして言う。
「いいか? たとえばの話、相手の意表をついて自分の気持ちを一方的に伝えるんだろ? それってやばくね?」
つっこむか黙って聞き流すかどちらにしようか迷って、適度に同意を示した宗谷は普通に相手をすることにする。
「佐波の言っていることはともかく、好きじゃないやつからサプライズで告白されてもトラップだと思えなくもないな。頑張ってる分だけ余計に気まずいし。断るのも大変だろ」
「そういう意味では佐波も正しいのかもしれないが」
「少なくとも、真由ちゃんの告白の参考にはならないわね」
「はい、却下~」
「む、無念」
ガクッと机に突っ伏す佐波。大げさである。
この時点までほとんど発言せず、オブザーバーとして議論に参加していたエミが悩ましげにうなる。
「うーん、さすがにこれは難しい問題なのでしょうか」
「というか、議題がなんであれ、このメンバーに聞いちゃ駄目でしょ」
あながち否定はできない。
自覚がある山原は議長として落第点を与えられてしまう前に、ここまで案を一つも出していないリオに問いかけることにした。
「あのさ、そう言うリオちゃんは何かいい案ないの?」
「私は……普通にラブレターとか、どうかなー? とか」
「ラブレター! いいね、それ!」
「奥手な真由にもぴったりですよ、リオさん。さすがです」
手紙を書くなんてリオにしては意外に思えた宗谷が興味深そうにする。
「なんだ? リオは告白にはラブレター使うタイプなのか?」
「はっ? だ、出すわけないじゃん、バーカ!」
「ば、馬鹿って……」
ちょっぴりショックを受けて言葉を失った宗谷。
途端に静かになった教室で、山原がぼそりとつぶやく。
「でも僕、リオちゃんからラブレターもらえたら嬉しいな」
「な……!」
「うん、考えれば考えるほどリオちゃんの案がよく思えてくるね! はい、採用~」
一人で納得を深めて勝手に採用まで決めてしまった山原。
とてもじゃないが議長には向いていない。
抗議する意図はなく、純粋に疑問に思ってエミが挙手をする。
「ですが、ラブレターの文面は? まさか白紙で出すわけにもいきませんよね」
「そっか。それはあとでちゃんと考えよう」
大仕事を終えたみたいに達成感と満足感を漂わせ始めた山原に対して、まだ肝心の話が残っているだろうと宗谷が指摘する。
「それより、大事なことを確認していないぞ。ラブレターってのはいいけどよ、そもそも相手は誰なんだ?」
「あ、そういえば聞いていませんでしたね」
「んー、僕が思うに、宗谷じゃない事ははっきりしているけど……」
「俺もそう思うが、その言い方は聞き逃しがたいぜ。そもそも、あの場にいた俺たちが相手じゃないことは確かだろう。でないと、真由が悩みを打ち明けるとは考えにくいからな」
「いや、待てよ。オレだという線はあるぞ?」
「おー、それ一番ないと思ってた。これから物資が限られたサバイバル生活を始めるって状況でも一番最初に捨ててる」
まあ、佐波も宗谷もないだろうがな――と心の中で思いつつ、千藤。
「俺はこの中では、たぶん山原なら可能性があると思うが」
「えー? 僕?」
「そうね。好きかどうかはともかく、山原のことを嫌いって女子はいないわね」
「ん? その言い方だとまるで、オレを含めた他の男子のことは嫌っている女子が存在するみたいじゃないか」
「……女子みんなに好かれているって自信がある人いる?」
あまりに端的なリオの質問に誰も答えられず、男子は黙り込んだ。
「ま、そゆこと」
悲しいかな、それが現実である。
何も言えなくなった男子たちの代表として、唯一被害を免れた山原が彼らの反応に気づかず話を続ける。
「でも、宗谷がさっき言っていた通り、僕らの中に真由ちゃんの相手がいるってことはないと思うな。あのときの真由ちゃん、どこか遠いところを見ていたもん」
それを聞いて千藤が難しい顔をする。
「おいおい、遠いところって、もし雲の上とかだったらどうすんだよ? 俺たちにはどうしようもないぜ?」
「いや、伝えたいって言うくらいだから、もうちょっと近いと思うよ」
もうちょっと近い存在……というわけでもないが、リオはまず最初に思いつく人物の名前を上げることにした。
「んー。……あ、リーダーじゃない?」
それを聞いた宗谷が完全にではないが否定する。
「リーダーか。いや、それはありえすぎて逆にありえないぜ」
「だな。みんなリーダーのことは好きだからな」
同意した千藤に続いて佐波も共感する。
「ここにいるってことが何よりの証拠になっているから、わざわざ気持ちを伝える必要もないだろう。リーダーが嫌いなやつは最初からこんなところにいないぜ」
じゃあ他の誰かだろうな、と全員が思った瞬間、名乗り出た人間がいた。
「ということは、やはりオレか?」
「だからどうしてそうなる」
「いやほら、オレ、不良だし。真由みたいなおとなしい女の子がさ、悪くてかっこいいオレに憧れてるかもしれねえじゃん」
「お前は不良って感じがもうしねぇよ。不良っていったら、この学校には綺羅富士くらいなもんで……って、もしかして!」
口には出さなかった宗谷のひらめきに、山原が追従する。
「もしかして真由ちゃんの告白したい相手って、綺羅富士君?」
「ま、まさか……と思いたいけど」
「だが最近、綺羅富士の奴は妙に真由に優しいしなぁ……」
「ありえる、ありえるぞ」
「さすがの綺羅富士さんですね……。まさか、あの真由が……」
リオ、朽木、千藤、エミと、真由が綺羅富士に好意を寄せるなんて信じられないと思いつつも可能性がゼロではないことを確信する。
同室の綺羅富士を警戒している佐波も無言ではあるが肯定のうなずきを見せた。
山原は相手が綺羅富士であると想定してラブレター計画を進めることを脳内で決定した。
教壇の机をバン! と叩いて宣言する。
「もしかしてこれってさ、真由ちゃんの告白を応援する計画であると同時に、サボりまくりの綺羅富士君をクラスに呼び戻すためのチャンスでもあるんじゃないかな!」
「なんてこった……。ラブレター作戦、責任重大だぜ」
宗谷はガクガクと手を震わせる。やる気がみなぎってきたようだ。
このまま議論が白熱していきそうな雰囲気はあったけれど、急に冷静になったエミが壁にかかっている時計を見上げる。
「ですが、もう昼休みも時間がありませんね。私は真由を女子トイレに救出しに行きます」
「うん、この話の続きは放課後だね。各自、ラブレター案を考えて置くように!」
その山原の言葉で議会はいったん解散することとなった。




