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8 斑目臥煙その1

 市バスの始発よりも早い時間に、学校までお手伝いさんに送迎してもらった。昨日は部室に入れる雰囲気でもなく、どこかの教室で夜を明かそうにも、溜まったタスクがそれを許してくれなかった。


 車を降りた瞬間からスカートが靡くのを躊躇わずに廊下、階段をひた走る。あっという間に屋上庭園に到着。乱れた制服と髪を正し、冷たいドアノブを回すと、花園の匂いが出迎えてくれた。


 四月の早朝は肌寒く、熱った体の温度が低下してゆく。


 お姉ちゃんの布団に忍び込んであったまりたいな。


 部活の鍵を握りながら歩くと、ベンチに座ってけん玉をしている金門さんと、灰色のメッシュに肩まで伸ばしたウルフカット、第二ボタンまで開けられている黒色のワイシャツに、着崩した制服、いわゆる不良に分類される姿をした女性が雑談をしていた。


 あの顔と制服……もう一人の幽霊部、斑目臥煙まだらめがえんだ。


 二人を見ると、なぜか、彼女のぶっきらぼうな所作の一つ一つに釘付けになる。けん玉を教えているだけなのに、静かに談笑しているだけなのに、その表情が、その優しい目線がわたしの目を掴んで離そうとしてくれない。


 冷静になれ。こんな人に一瞬でも魅了されたなんて、お姉ちゃんに知られたくない。


「あっ! 匁ちゃんだ! みっ、見ててね、ユウね」


 気配を殺していたはずのわたしに気づいた金門さんはベンチから降りようとしたが、斑目さんが金門さんの体を片手で押さえて、ベンチから降りられないようにした。


「幽霊部じゃねーやつに話しかけんな、……迷惑だろ。なぁあんた、うちのが悪かったな。……今のことは忘れてくれ」


 斑目さんは軽く目配せをしてきた。

 恐らく、金門さんと関わることでわたしに発生する不利益を思ってのことだろう。


 この学校の幽霊部に対する偏見はわたしですら度が過ぎていると感じられるほど、狂っている。幽霊部とたった一言会話しただけで停学になった生徒や、いじめの対象になった生徒が過去にいたらしい。詳しい詳細までは隠されていたが、事実無根の話ではない。


 もっとも、同じ幽霊部であるわたしにはなんら関係のない話だ。


「申し遅れました。昨日付で特待生になりました。夜灯匁です」


 軽く自己紹介をするも、反応は芳しくない。


「特待生じゃねー、あたしらは幽霊部だ。そこんとこ、……履き違えんな」


 射殺すような鋭い眼光。特待生が幽霊部と呼ばれることに好印象を抱いているどころの話ではない。誇りを抱いている。


「わたしの配慮が至らず、申し訳ございません。ところで、斑目さんが幽霊部へ入部することになった過程をわたしに教えてはいただけませんか? 困り事があるようでしたら、お力添えになりたく」


「パス。取引のことも知ってっから気にすんな。あたしは帰るから幽の世話、よろしく」


「お姉ちゃんに嘘を吐かれては困ります」


「過去を詮索されたら、あたしが困るんだ」


 斑目さんはだらりと力なく歩き、わたしの横を過ぎ去った。追いかけようにも、金門さんがわたしのスカートを握って離してくれない。


 信頼をゼロから構築するのは容易だが、失った信頼を取り戻すのは困難である。この場合は金門さんを優先すべきだ。


 さっきまで斑目さんが座っていた位置に、スカートを敷いて座る。


「斑目さんは金門さんの後輩ですか?」


「ううん……違う、よ。ユウが入部したのはね、去年の文化祭だけどね、臥煙ちゃんはもういたもん。臥煙ちゃん、いっつもお菓子とかおもちゃくれてね。とっても優しいの!」


「そのけん玉も斑目さんにいただいたのですか?」


「うん! あっ、見ててね。ユウ、さっきね、この棒に玉を入れれたの! やるよ、やるから見ててね。……ほっ」


 金門さんはわたしの目の前に立ち、玉を垂直に垂らす。膝をぐっと沈めて、伸び上げた。反動で玉が滑らかに上昇、けん先に刺さる。


 金門さんは凄いでしょ、と言わんばかりに鼻息を鳴らす。


「匁ちゃん、これできる?」


 と言って、けん玉を手渡された。持ち手は木製、玉にはコーティングが施されている。実物を触るのは初めてで、意外と安っぽくはないのだと感心をした。


 観察していたら、まだかまだかと、金門さんがわたしの膝を叩いてきた。

 金門さんはこんな要領で……。


『カンッ!』


 できた。


「……う、うそ、ユウは一時間もかかったのに」


「初級の技なので偶然ですよ」


「で、でも。……ユウ、頑張ったのに」


 こんなことで拗ねられていては先が思いやられるが、慣れるしかない。ここは金門さんの興味をけん玉から外させて、涙を引っ込ませよう。


「ところで、金門さんは朝食を済ませましたか? まだでしたら、昨日と同じパンケーキを作ってあげましょうか?」


「パッ! パンケーキッ! まっ、まだだよ! ユウね、まだ朝ごはん食べてない!」


 沈んでいた表情がパンケーキというワードで切り替わった。それほど気に入ってくれたなら、振る舞った甲斐がある。


 お姉ちゃんの寝顔と温もりを諦めることになるが、金門さんとの信頼を構築するためにはしばらくの間、わたしの欲望を犠牲にするしかない。


「でしたら、家庭科室へ移動しましょうか」


「うん!」


 元気に返事をして、両手を広げてきた金門さんを抱き抱える。ベンチにけん玉を置いたままだが、盗られはしないだろう。


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