26 夜灯匁・冽 その3
私の勝利を示すチャイムが鳴り終わると、すり傷に塗れた匁がその場にへたり込んだ。
「うっ……うぅぅぁわああぁぁぁ!」
すると、匁は恥も外見もなく、大口を開いて泣き叫び始めた。
「どうして泣く?」
「だってぇ、だってぇ! お姉ちゃんのお願いってぇ……わたしをっ、わたしを……結城君って呼ぶんだもん! そんなのっ! ねぇ! 嫌嫌嫌! わたしはお姉ちゃんの妹だもん」
あれほど望んだ匁の歪む顔を見ることができたのに、込み上がるものはない。
勝利の余韻が過去の私を慰めてくれている。
「……確かに、私の願いは似たようなものだ」
やっと、この思いを告げられる。
私が持つには重荷すぎた、この思いを。
「結城君、今度は妹ではなく、私の伴侶として同じ苗字になってくれ」
「……どういうこと?」
泣き止まない匁の涙を人差し指で拭い、キスをする。
「私も会いたかったんだよ、匁」
「それって……」
困惑を隠せない匁に手を差し伸べる。
「答えを聞かせてくれ」
匁は私の手を掴もうと手を伸ばすも、途中で手を胸の位置まで折り曲げて、俯く。
「……伴侶に、なってもいいの? お姉ちゃん、わたしのことが嫌いなんじゃないの?」
そう思われても仕方がないことをしたが、匁を傷つけなければ勝利は叶わなかった。
はたから見れば歪んでいるかもしれないが、匁を愛する気持ちは本物だ。
「私は匁に恋をしている」
「わたしも恋してるの!」
匁は食い気味に答え、私に抱きついてきた。
いくつもの傷を与えてしまったせいで、強く抱き返すことができない。
「くしゅんっ」
「いくら七夕とはいえ、その格好は寒いだろう。一緒にシャワーでも浴びよう」
匁の震える腰に手を添えるも、匁は地面に根を張ったかのように動こうとしない。
顔を覗き込むと、少し、顔を赤らめていた。
「抱っこして……」
金門君によく言われた台詞を匁に言われ、つい、笑ってしまう。
「あっ、お姉ちゃん、わたしのこと幽みたいって思ったでしょ!?」
「悪い悪い、ほら、足をあげて……持ち上げるぞ」
軽くて冷たい匁をお姫様抱っこして、シャワールームへ歩く。
一歩、また一歩と、グラウンドに私だけの足跡を残して歩く。
私は人でいい。
匁とは違う存在でいい。
一緒にいれたら、それでいい。
「また遊ぼうね、お姉ちゃん」
「……ああ、また遊ぼう」
それを聞いた匁の目は、希望を膨らませる少女の色をしていた。
――半年後。
『皆さまご起立ください。只今より、令和七年度、私立清廉女子高等学校の入学式を始めます。一同、礼』
雨月ホールにマイク音が響いたのを皮切りに、校長先生や理事長の祝辞、来賓の紹介が始まった。起立、礼、着席を度々。
そして、
「誓いの言葉。新入生を代表して、金門幽さんが誓いの言葉を述べます」
去年と変わらない風景。
少し違うのはわたしの居場所が二階だってことと、壇上へ向かうのが幽の役目なことだ。
幽はリハーサル通り交互に足を踏み出す。その歩き姿は手本になる程、誇らしい。
ライトの灯りが壇上へ上がった幽を照らすと、斑目さんとしたライブを思い出す。
今は落戸さんが専属のスタイリストとして、一緒に全国ツアーを回っている最中だ。
関係者席を用意してもらう約束をしているので、来週が楽しみ。
「……匁、金門君の出番は?」
「今からだよっ。もー、お姉ちゃんったら何してたの?」
「高校生になった金門君の最初の晴れ舞台を撮るために、良いカメラを探していてな」
晴れ舞台と言われると、去年の自分の行動により罪悪感を覚えてしまうが、もう終わったことだと首を振って、幽を見る。
「暖かな春風は、私たち新入生の入学を温かく迎え入れてくれているように感じます。これから始まる高校生活では――――、を誓いの言葉とさせていただきます。令和七年、四月八日。新入生代表、金門幽」
――、礼。
誓いの言葉を終えた幽は、清々しい顔をして、二階を見上げる。
ふふん、と鼻を鳴らす、すっかり絆されてしまったその笑みに、私とお姉ちゃんは手を振って返答すると、理事長席にいるお母さんとも目が合ったので、お母さんにも手を振ってから、二人で雨月ホールを後にする。
「私はパンケーキを食べたら家に帰るが、匁はどうする?」
「屋上庭園に戻るよ。だって、今年からわたしが幽霊部の部長でしょ?」
「……私が卒業するからといって、わざわざ幽霊部に残る必要はないんだぞ」
「面倒だなんて思ってないよ。お母さんには言ったけど、わたしはお姉ちゃんの足跡をなぞりたいの。それに……」
もったいぶったかのように間を取ってから、
「この学校にはわたしたちみたいな悪い人をまとめる人が必要でしょ」
自覚のあるお姉ちゃんは苦笑し、頷いた。
わたしは先を歩くお姉ちゃんの腕をぎゅっと抱きしめて、体温をじっくりと味わう。
目線を上げると、微笑むお姉ちゃんと目が合った。




