23 斑目臥煙その4
清廉祭、当日。
「……よしっ、ざっとこんなもんかなー」
あたしのメイクが終えたころもはパンパンと手をはたいて数歩後ろに下がり、あたしの立ち姿を頭から爪先、爪先から頭へと視線を動かす。
「やっぱ臥煙にはかっこいい系が似合うねー」
「はっ、あたしに似合わねーのはスカートぐれーだ」
あたしの衣装は黒を基調したスリットの入ったロングスカートに片袖のないコンプレッション。上下ともにチェーンとブローチが飾られている。靴は底が大きい黒の厚底ブーツ。いわゆる日本のほわほわとした可愛げのあるアイドル衣装ではなく、韓国系のバッチリとしたアイドル衣装だ。もちろん、化粧も全体的に暗色のものを使っている。
匁は対照的に白を基調としたショートパンツにヘソ出しのサイバーパンク系。他は大体一緒だ。
「どこ行くの?」
「あ? 匁を呼びに行くンだよ。どうせ部室で幽と遊んでるはずだ。……終わってないとこでもあったのか?」
「……うん、あるよ」
ころもはどこか照れくさそうに顔を背ける。
「しょうがないやつだな、ころもは。……ほら、キスしてやるからこっちにこい」
あたしは少しずつ近づいてくるころもを焦ったく思い、体を強引に抱き寄せる。上目遣いのこともから吐く息が首に当たる。じっところもを見つめていると、ころもはつま先立ちになって唇をとんがらせる。
「んんー、ころもぉ……」
唇に当たる感触は慣れ親しんでいた抱き枕だった。
「クソッ、夢のあたしめ! ころもとキスしやがって……あたしもまだなのに!」
抱きしめていた抱き枕をベッドに叩きつける。
夢は夢でも、清廉祭が今日なのは変わらない。あたしらの出番は閉会式の直前なので昼寝をしていた。時間を見ようとスマホを開くと、そこには夥しい数の不在着信と、夕方の五時を回る時刻が表示されていた。
そこからのあたしの行動は早かった。
制服で寝ていたから服はこのままでいい。メイク道具や衣装は全部ころもが持っているし、財布さえ持っていればなんとかなる。
こういうことなら、朝にころもと一緒に学校に行っておくべきだった、と後悔しても遅い。ころもに電話を掛けて、駅まで走る。幸い、ワンコールで繋がった。
「すまんころも! そっちの状況はどうなってる?」
「もー! 遅すぎ! 臥煙、今どこにいるの?」
「さっき家を出たとこだ。六分後の電車には乗れるから三十分には着く」
「ならギリギリ間に合うってとこかなー」
「……部長は何か言ってるか?」
「なーんも、とにかく雨月ホールの控え室に特急で来てよー」
「ンなこと分かってるっつの!」
乱暴に電話を切り、走る。走る。ひた走る。
電車を乗って、降りて、人で賑わっている清廉祭の校門を通過。グラウンド、プールを突っ切って、あとは雨月ホールまで無事に行ければ……。
「…………ままぁ」
子供の小さな声が人混みをかき分けて聞こえてきた。
四歳? いや、三歳か? ……ああ、もう! ンなこと考えたって仕方ねーだろ。あたしはすぐにでも雨月ホールに行かないと間に合わなねーンだよ。
近くに任せられる先生はいないし、校門にある受付まで連れて行こうものなら、絶対に間に合わない。ころもに嫉妬してもらう機会がなくなる。幽に見直してもらう機会がなくなる。せっかく部長が作ってくれた、あたしがアイドルに復帰できる機会がなくなる。
だから――――。
「受付の! ……はぁ、はぁ。この子、迷子だ。あとは、頼んだ」
「はい。……え? 幽霊部……」
「ちっ、うっせーな。渡したからな。おいっ、お前も迷子になんじゃねーぞ。じゃあな」
ああ、クソッ。クソッ!
あたしは馬鹿だ。大馬鹿だ。今日に限って、あたしが出演するステージに寝過ごしたり、知らねー迷子のガキを助けたり……自業自得だが、助けない選択肢はなかった。
あたしがいないせいでライブが失敗する。閉会式が終わってからじゃ、部長に悪い。最高のシチュエーションを作るためには、六時半までに匁を解放しなきゃいけないっつーのに。
雨月ホールの玄関に入るも、音が漏れ出していない。滞りなけば、もう閉会式は始まっている時間だ。けれど、確かめないといけない。重厚な扉を開けて、現実を見る。すると、甲高い声が質量を持って体に降り注いだ。
あたしが入ってきたことにも気づかず、周りの人らはペンライトを持って壇上を見上げている。目線の先を追うと、匁ところもがそこにいた。
常設されている席はもちろんのこと、通路も人が歩けるスペースがないほど観客で埋もれ、あたしの背後の扉からも人がどんどんと入ってきている。
ころもがあたしの代役としてステージの上に立っている。曲は……二曲目のラスサビ。ころもがアイドルの道へ戻ってきたんだと感嘆の息が漏れるも、あたしの本能が訴えてくる。
血眼で踊るころもを客席から見るよりも、光輝く匁の横で踊りたい、と。あたしを見ずに興奮するこいつらを魅了したい、と。
すると、立ち止まっていた足が動き出した。ネクタイを外して、ワイシャツのボタンを外して、真っ白なローファーを脱ぎ捨てながら控え室に向かう。
控え室に入ると、待っていた衣服部の部員がいた。あたしは下着も含めた衣服を全て脱ぎ、衣服部の連中に任せる。
テキパキと動く衣服部の手際はころもより劣るも、三人がかりで進め、四曲目に入る直前に着替えとメイクが完了した。
イヤモニを耳につけて、舞台裏を駆ける。七段の階段を飛ばして上がり、暗転したステージの上で息を切らし、虚ろな目をしたころもに近づき、叫ぶ。
「どけっ! ころも! そこはあたしの居場所だ!」
ころもは上を向き、にーっと微笑む。
「……うん、あーしは帰る。でもね、ずっと臥煙の側は離れないから、安心して突っ走って」
熱のこもったマイクを手渡され、ぎゅっと抱きしめられる。
そうだよ。あたしはそれを言って欲しかったんだ。
舞台裏へ捌ける匁の背中を見送って、あたしの足元にライトの焦点。
「シュライン、冷徹担当……斑目臥煙。ここに復活」
文字に起こせない絶叫が気持ちを昂らせる。
ステージの上から見える暗闇に光る星々が、あたしの誕生を祝うように軌跡を描く。
曲は……『魁け』。
慣れ親しんだリズムにステップ。
タン、タン、タターン。
タッタラ、タッ。
タタタン、タッタ。……ターン。
怒涛のアンコールには答えず、控え室に戻る。
颯爽と衣装を脱ぎ、普通の制服に着替える匁。
「お疲れ様でした。落戸さんから連絡がつかないと聞いた時は焦りましたよ」
「……色々あったンだよ」
「そうですか」
相変わらず淡白な返答。
謝ろうとしたが、ふと、あの言葉を思い出した。
「ところでよ、匁。楽しかったか?」
ころもと、匁と、あたししかいない控え室に静かな静寂が訪れた。
「正直に言えば、楽しかったです」
「……疲れたか?」
「いいえ、これっぽっちも」
あたしところもはお互いに目を合わせ、甲高い声で笑う。
「そうか。じゃあこれからもっと楽しくて、もっと疲れちまうようなことが待ってるから、今すぐ屋上庭園に行け。てめーが恋して恋してやまない部長が待ってる」
すると、イヤモニとマイクを机に置いた匁は、あたしを崇めるファンのように目を輝かせて、身震いする。
「本当ですか?」
「……嘘は吐かねーよ」
そう言うと、匁は控室を飛び出て行った。
「ったく、あいつは急ぎすぎなンだよ」
「それほど会いたかったってことでしょー」
ころもはあたしの背中に倒れてきて、体重を乗せてきた。
「あたし……匁よりも魅力的だったか?」
「当ったり前じゃん」
「ころもは、あたしに付いてきてくれるんだろうな」
「臥煙が死んだら、奈落に飛び込んでも追いかけるよ」
「ころもは……」
「臥煙のことを愛してるよ」
「……あたしもだ」
振り向いた。
唇に当たる感触は慣れ親しんでいるも、初々しい衣のような唇だった。




