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2  幽霊部

 新入生の最初の晴れ舞台とも取れる入学式に私情を挟んだがお咎めはなく、他の生徒と共に雨月ホールから退場し、教師に先導されて教室へと案内された。


 黒板に描かれた『ようこそ新入生』という字と、デフォルメされた動物に迎え入れられる。


 自席に座ると、担任から明日以降のカリキュラムを説明された後に解散となったが、今時の女子高生が早々と帰宅することはなく、連絡先の交換や、加工アプリの撮影などで賑やかにしていた。廊下から聞こえる声のテンション的に、他のクラスも同じようだ。


 わたしは十五年間生きてきて、脈絡のない会話をする友人はできたことがないし、必要だと思ったこともない。

 同年代と関われば、感性が育つとよく聞くが、女子高生と仲良くしても妬み嫉みがわたしを口汚く口撃してくるだけで、面倒だったことしかない。裏側で口撃されれば、表側でしかコミュニケーションを取れないわたしに打つ手はないのだから。


 その理由に加えて、お姉ちゃんに友人はいなかった。つまり、友人という存在は労力をかけて作るモノではないということだ。

 いくつかのグループが結成したのを確認してから、一人静かに教室を去る。


「失礼します」


 理事長室。ノックをし、入室。

 扉を閉め終わると同時に、ソファに座っていたお義母さんが口を開く。


「毎年、受験で首席だった人に誓いの言葉を任せているけど、今年だけは次席の人にするべきだったわ」


 お義母さんは、ぱさんと、手に持っていた資料を机に散らす。


「入学式を台無しにしても……幽霊部へは入部させてくれないのですか?」


「幽霊部……ね。あの部活動はただの噂よ」


「ここまで来て、嘘を吐くのはやめてください。お姉ちゃんについて全て調べました。この黒のワイシャツ……お姉ちゃんのですよね」


 学生鞄からあの日、高瀬さんから譲り受けた黒のワイシャツを取り出す。


「はぁ、……あなたが私に黙ってこの高校を受験したのを知った日から、そうじゃないかと思っていたわ」


 お義母さんは深くソファに座り込み、左手で目を覆う。空いている右手でソファを叩き、隣に座るよう促した。わたしはソファの横に学生鞄を置き、一人分距離を空けて座る。


 あの日以来、お義母さんとの距離感が掴めずにいる。お義母さんは仕事、わたしは学校行事や招待されたパーティーに参加するなどで、お互いに時間が合わず、挨拶すらしない日もざらにあった。


「あなたは本当によくできた子ね。冽がいなくなってから……いいえ、そもそもわがままなんて言ってくれたことはなかったし、あの日以外に涙を流した日もなかったわね」


 お義母さんの手が肩に伸びてきて、強く抱き寄せられる。頬に衣服の感触が広がると、急激に目元が熱くなってしまう。


「それはっ!」


 膝の上で拳をぎゅっと握り、下唇を噛む。

 わがままを言わなかったのは遠慮じゃない。わがままが必要な状況に陥ることがなかったからだ。欲しい物なんてないし、習い事やスピーチもお姉ちゃんの代わりという立場のおかげで悦に入れた。


 泣いた日なんか……、500ミリのペットボトルでは足りないほどの涙が枕に染みているはず。おそらく、枕を洗ってくれている高瀬さんは気づいている。


 だけど、例え家族だとしても、人に弱みを見せるのはわたしの性分ではない。人に困らされるのは何ら思わないが、わたしが人を困らせると嫌悪感で胸が圧迫されてしまう。


「冽は天狗になっていたの。環境と才能に恵まれていたせいで失敗知らずの人生。守るものでもできれば、他の人を対等に見られるようになると思っていたけど、守っていたものが敵になっちゃったのよ。背後から壊された自尊心を治すには、自分で乗り越えるしかないのだけど、冽はそれほど器用じゃないわ。それを私が一番知っていたのに」


 お義母さんは絶え間なく口を動かす。


「幽霊部なんて部活動、本当に存在しないのよ。ただね、学校には昔から特待生制度があるわ。特殊な才能はあるけど性格に難のある子を、授業料免除と出席不要の条件で勧誘して、一般生徒と区別するためにそのこらに真逆の色の制服を着用させたの。問題行動は全部学校が黙認するからね。で、その噂が広まって、生徒たちが嫌味で幽霊部って呼ぶようになったの」


「……なぜ、幽霊なのでしょうか?」


「触らぬ神に祟りなしって言うじゃない。教師を退職まで追い込んだ生徒に、普通の教師なら関わりたくないって思うわよね。クラスメイトに重傷を負わせた生徒と、誰が関わりたいって思う? そんな生徒が居たら、無視をするのが人間の持つ性質よ。それが今も風化せずに続いているだけの話。だけどね、そんな悪い生徒らを神様、だなんて崇めたくなかったから、幽霊にしたのかしらね。特待生の子らも、幽霊部と言われるのに抵抗はなかったわね。……ううん、気に入っている子が大半だったわ」


「それほどの悪行を行う生徒を集めた理由は?」


「ふふっ、えらい食いつきようね。……まぁ、単に知名度のためじゃないかしら。生徒側は何もしなくても高校を卒業できて良し、学校側は生徒の才能で様々な実績を作れて良し、みたいな感じかしら」


 お義母さんは断定的に言わなかったが、わたしが調べた幽霊部の情報と、お義母さんの知る幽霊部の実情の整合性は取れた。


「お姉ちゃんはわたしと別れてから幽霊になったのですね」


 そう言うと、お義母さんはわたしの髪を耳にかけて、慈愛の目を向ける。


「あなたも私の大切な娘よ。ちょっとばかしお姉ちゃんの方を優先してしまうのは……」


「その先は言わないで、わたしは悪い子だから」


 お義母さんの話を遮るように、お義母さんの肩に頭を乗せた。

 実際問題、わたしは悪い子なのだ。


 お姉ちゃんはわたしに悟られないよう努力をして、わたしを飄々と追い抜き、いつも背中を魅せてくれていたのに、わたしは感謝を伝えることを疎かにしていた。人に対してありがとうという言葉を、わたしはいつ言ったのだろうか。もう、それすらも覚えていない。


「悪い子って、うふふ。あなたが悪い子なら、冽は極悪っ子ね。あの子ったら、三年前の入学式の時、雨月ホールで打ち上げ花火をしたのよ!? ほんと、幽霊部だから放っておくことしかできないし、壇上花に引火して慌てたわ。後始末は面倒だったけど、他の幽霊部の子と楽しそうに笑っていたのは、親として嬉しかったけどね」


 お義母さんは誇らしげな声で懐かしんだ。


 三年前の……今のお姉ちゃんはどんな格好なのだろうか。身長はどれだけ伸びたのかな。髪型はロングのままかな? 髪色も金色に染めたりして、香水は凛々しいウッディ系を好んで使ってそう。


 服装は……二十歳にもなって学生服は着ていないだろうけど、お姉ちゃんの制服姿は昔の写真でいいから記憶に収めたい、制服デートもしたい。


 お姉ちゃんはわたしに気づいて……話しかけてくれるかな。わたしだと認識してくれなかったら淋しいけど、その状態を利用して、お姉ちゃんの後ろから目を隠してだーれだってするの。姿は変わっても、声でお姉ちゃんはわたしだって察知できるはず。それでそれで、お姉ちゃんはわざと焦らしてきて〜。


 ……なんて、わたしと遭うことによって、お姉ちゃんに与えてしまう精神的ダメージを想定しない妄想を膨らませていると、お義母さんが机の上の鍵を拾う音で現実に戻された。


 お義母さんはわたしの握り拳をほぐして鍵を託し、安全を祈願するように皺のできた手でわたしの手を強く包む。


「これは幽霊部の子らが集まる部屋……あの子たちは、幽霊部の部室って言っていたわ。その部室の鍵よ。……幽霊部の制服は必要かしら?」


「……いいの、ですか? わたしはお姉ちゃんに会いに行きますよ」


「ええ、冽も十分に休んだから甦ってほしいの。……こほんっ、今、幽霊部に所属している人は冽を含めて三人いるわ。一人は武道館でのライブ経験を持つ元アイドル。もう一人は来年に上映される映画の原作小説の著者。二人とも、冽が特待生として入学させたわ」


 お義母さんはその二人について語り出そうとしたので、


「それ以上は大丈夫です。特待生の制服も必要ありません。幽霊部には関与しませんから」


 お義母さんが忠告しなくても、わたしがお姉ちゃん以外の人に時間を割くことはあり得るはずがない。その人らに、お姉ちゃんから誘われた理由を問い詰めたい気持ちはあるものの、実行したいかと問われれば、ノーだ。時間には限りがあって、不可逆的なものであることは、数年前から身に染みている。


 ソファから立ち上がり、学生鞄を手に取る。


「……そうね。必要ないかもしれないけど、幽霊部の制服は高瀬さんに渡しておくわ。冽は部室にいるはずよ。……っ、だから、もう少しだけ、ほんの数分だけでも、ゆっくりしていくのは駄目かしら。これ、さっき話した子たちについて書かれているのよ」


 ねだるように言われると、無碍に扱えない。だって、お義母さんとの時間は無駄なものではないのだから。

 スカートを折り畳み、元の位置に座り直す。学生鞄を膝に置いて、鍵をブレザーのポケットに入れる。机の上に散らかっている書類を拾い、目を通す。


 よくある履歴書のフォーマットの紙が二枚。名前と、顔写真しか記されていない。面接官に破り捨てられるクオリティだ。


 なんの意図があって、これをわたしに読ませたのかお義母さんに目をやるも、


「ごめんなさいね。まとまった休みが取れないから、こうして娘に構ってもらわないと元気がでないのよ」


 お義母さんは視線を合わせず、不器用に笑った。

 お義母さんと隣り合わせで座るのは嫌いではない。学校の中で気を張っているせいか、お義母さんの背筋がいつもより伸びているように見える。最も、比較するのは二ヶ月も前の背筋になってしまうが。


「わたしもそうだよ。だから、お姉ちゃんに会いたいの」


「……ふふっ、そうね……もし怒鳴られちゃったら、そのときは思う存分、喧嘩をしてきなさい。……喧嘩って言ったけど、女の子だから乱暴なのは禁止よ。特に顔。二人とも、私よりもとっても可愛くて、格好良い顔なの。それを傷つけちゃったら、一生後悔するわ」


 お義母さんは冗談っぽく笑い、目尻に涙を浮かべた。お義母さんはそれが頬を流れる前に、せっせとわたしの背中を押して理事長室から追い出した。


「幽霊部の部室は屋上庭園にあるわ……それと、今年の幽霊部は匁だけよ。じゃあ、ね」


 ぎゅっと強く、名残惜しそうに抱擁された。

 わたしの頬に衣服の感触はこない。白い円のできたつむじを一瞥。そっと、赤ちゃんを包み込むように、軽い力で両手を背中に回す。


 もう、義理だなんて思えない。


「ありがとう、お母さん」

「……その台詞の返事は、今度にしようかしら」


 お母さんの頬に流れる涙を、人差し指で拭き取る。

 いつの間にか手から落ちていた学生鞄を拾い上げて、小さく手を振る。


「うん、……じゃあ、行ってきます」


 振り返らないよう深呼吸しながら、廊下を歩く。ただただ、歩く。


「行ってらっしゃい、匁」


 お母さんから送られるその言葉が、わたしの黒のローファーに走れ、と命じた気がした。



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