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14 金門幽その2

「うわぁあ、あのおっきな建物ってなに? 人もたくさんいる!」


「普通のショッピングモールです。昨日の放課後に遊んであげるという約束の代わりですが、お気に召したでしょうか?」


「うんっ! ユウね、学校の外に出るのね、ずっと楽しみだったの! ええっとね、高瀬さん? 運転してくれて、ありがとっ!」


「お役に立てて光栄です」


 高瀬さんは微笑み返して、金門さんが座る後部座席のドアを開ける。開いたドアの前に、トランクルームから取り出した折りたたみ式の車椅子を近づけて、金門さんに座るよう促す。


「なんで車椅子なの? ユウね、足は悪くないよ」


 素直に車椅子に座ってくれたが、わたしの顔を覗いて理由を訊いてくる。


「一日中金門さんを抱っこしては、わたしでも疲れてしまいます」


「……そっか。臥煙ちゃんとか、部長はいないの?」


 安直な理由に納得はしてくれたが、二人を探すようにきょろきょろと辺りを見回す。


「わたしと二人きりでは何か不都合ですか?」


「ちっ、違うの! なんかね、こう……待ち合わせっていうのがね、ユウ、憧れててね」


「それはまたの楽しみに取っておいてください。高瀬さん、必要になれば連絡します」


「承知しました。お二人とも楽しんできてください」


「はーいっ、高瀬さん、送ってくれてありがとねっ」


 二度目の感謝を伝えられた高瀬さんは、軽く膝を曲げて金門さんの頭を撫でて返事する。

 微笑む高瀬さんに見送られながら、車椅子を押してショッピングモールに入る。金門さんは車椅子に違和感を覚えるも、慣れると快適なのか、それ以降車椅子について言及してくることはなかった。


 平日の昼間ということもあり、車椅子を押しても迷惑にならないほどの人気のなさ。全体マップを見るに、わたしが来た時とあまり変わっていない。無くなった店舗は、流行りに乗ったは良いが、顧客の心ではなく閑古鳥を捕まえた店舗のみだ。


「ねぇねぇ、あのね、匁ちゃんってね。こーゆー場所、部長と来たことあるの?」


「お姉ちゃんとは……ない、ですね」


 お姉ちゃんと外出するのは、基本的に何かの大会に出場する時だけで、姉妹で遊んだ記憶なんてものは遊園地の一回きりだ。


「だったらね、ユウが教えてあげるっ。なんたってここに来るの、二回目だもん!」


 わたしと変わらないというのに、向けられる笑みには高い自信を感じられる。


 ……二回目? 建物を見た時は初見のような物言いだったのに。……中に入ってから、母親との思い出でも蘇ったのだろうか。そうだとしても、完全に思い出されては困るので、指摘せずに進もう。


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


「任せてよ! じゃあねじゃあね、あっ! あそこのいちごジュース飲みたい!」


 金門さんが指差したのは、果汁100%のジュースバー。


 昨日の食事内容しか把握していないが、明らかに糖類だけを摂取している。お姉ちゃんは健康志向ではないし、ラタトゥイユを嫌がる姿から見て取れるように、自主的に野菜類を食べているとは思えない。


 だけど、遊びに来たのにお菓子類を食べさせないことは、金門さんのやりたいことを制限するのと同義なので、今日くらいは大目に見よう。


 ジュースバーに並んでいる人はおらず、注文後すぐに金門さんへと手渡された。


「あっ、あまーい! 口の中でイチゴが暴れてゆっ……匁ちゃんは飲まないの?」


「朝ごはんは食べてきましたので」


「そっかぁ、あっ! あそこのワッフルね、ユウね、食べたことないの!」


 金門さんはアトラクションを制覇したい性なのか、少し歩いただけで目先のお店の商品に目を輝かせる。その度に買っていてはいけないと思いつつも、金門さんの手にお菓子が積み重なってゆく。


 金門さんは嗜好品を食べ慣れていないのか、小さい口のせいなのか、噛み跡や口からぽろぽろとお菓子の破片がスカートに落ちている。


「急いで食べなくてもお菓子は逃げませんよ」


 壁沿いに寄って立ち止まり、ポケットティッシュで金門さんのスカートと口元を綺麗にする。


「匁ちゃんも食べてみて、初めて食べる味だけどね、すっごくおいしいの!」


 そう言って、金門さんはチョコレートでコーティングされたワッフルの噛み跡を向けてきた。普通なら食べていない面を向けるのでは、と疑問に思うも、友人と食べ合いっこをした経験のないわたしが言えることではない。


 差し出されたワッフルを一口。


 パサパサしていて、安っぽいチョコレートの舌触り。ほんのりあったかい。


「飲み物が欲しくなりますね」


「ええーー、それだけ?」


「……おいしかったですよ、すごく」


 心にもないことを言い、目線を下げると、ぱっちりと金門さんの目と合った。すると、金門さんのお菓子で汚れている口が柔和に曲がる。


 その笑顔が、わたしの手を無意識に動かした。


「えへへ、匁ちゃんに頭撫でられるの、大好き! ……はっ! ……あっ、あのね、ユウ、ワッフルより、匁ちゃんのパンケーキのが好きなの。……ほんとだよ!?」


 金門さんのうるうるとした瞳が、わたしのピントに合い続ける。


「……パンケーキ、明日の朝も作ってあげましょうか?」


「いいの!? やっ、約束だよ!」


 金門さんはワッフル片手に、小指を立ててきた。その小指に、わたしは小指を重ねる。


「ゆびきりげんまん、だからね」


「はい」


 学校にある材料でも合格点を出せるパンケーキは作れたが、最高点のパンケーキを作るには、厳選した材料が欠かせない。


 帰ったら家の食品庫で材料を探しておこう。


「軽い朝食を済ませましたし、次はどこに行きましょうか?」


「んんー、じゃあ……ねー。ゲッ、ゲームセンター! ママはね、連れてってくれたけど、うるさいってすぐに出ちゃったから、行ってみたい!」


 ということで、三階のゲームセンターに到着。

 平日の昼間なのに意外と人がいる。……この人たちは普段、何をしている人なのだろうか。まぁ、絡んできそうな風貌はしていないので、注視する必要はない。


「あっ、あのね、ユウ。あのでっかい箱のゲームがしたい、の」


 金門さんが指差した先には、一〜二人用のシューティングゲームがあった。ホラーと恐竜の二種類で、金門さんが選んだのはホラーの方だ。


 車椅子を邪魔にならない位置に置き、薄暗い筐体の中に入る。機関銃を模した武器、色が欠けているボタンに、音量調節が間違っているとしか思えない爆音。薄暗く、映像は粗い。


 映像の右下にある©2006が筐体の年季を示しているが、令和の世の中で設置されている理由がわたしには理解できない。


 筐体の装飾は無駄に豪華な反面、古臭い内面を目の当たりにした金門さんは、異様なほどのはしゃぎ様で銃の持ち手を握りしめている。

 銃の使用方法はシンプルで、ボタン長押しで連射、弾が切れれば自動でリロード、死ぬと百円で復帰。金門さんの準備ができたので、お金を入れてスタート。


『へいジョニー、この豪華客船にゾンビが入ってきやがった。銃で迎撃するぞ!』


 なんとも無理のある入りだが、金門さんは案内役が話すたびに頷いている。無茶苦茶な世界観に順応できるとは、流石作家だ。


「びゃあ! ゾッ、ゾンビ! いっぱいきた!」


「わたしは右側を担当します」


「たっ、樽が降ってきた! どっ、どーするのあれぇ!?」


「一緒に撃ちましょう」


「ひゃああ! 今度はでっかいおでぶさんのゾンビだ!」


「お腹の脂肪が弱点のようです」


『へいジョニー、あのヘリに乗り込んで脱出だ!』


「ヘリ? ヘリってあれ?」


「序盤に登場するヘリは墜落されるので、ご注意を」


『ダメだ! クソッ! ゾンビどもが集まって、ヘリをぶっ壊しやがった!』


「ほんとだっ! 匁ちゃん、このゲームしたことあるの?」


「いえ、経験則です。金門さん、話していないでゾンビを撃ってください」


「わっ、わかったの!」


 銃の照準を合わせて、なんとか第一ステージをクリアするも、既に二人は虫の息。金門さんの体力がゼロになったところで。


『へいジョニー! ジョニー? ジョニー!!!』


「ジョニー? どっちがジョニーなの!?」


「二人ともジョニーです」


「ええ!? ドッペルゲンガーってこと!?」


「昔のゲームに理屈など求めてはいけません」


『へいジョニー、さっきは災難だったな。ようやくゾンビどもを……なんだあれは!?』


 案内役が驚きながら説明するも、その途中に襲ってきたゾンビの手によってわたしのジョニーは息絶えた。案内役の言う、あれを拝めることはできなかった。


 この筐体をプレイして思ったが、百円でクリアさせるつもりで設計されていない。あのゾンビの群れ、明らかに常軌を逸している。

 わたしは薄利商売だからと納得できるが、金門さんはどうだろうか。


 執拗に再プレイを要求する画面を尻目に金門さんは、


「ガタガタ揺れてた、ね。匁ちゃん……ほ、他のをね、ユウ、見たいな」


 金門さんの目の奥にやり終えた感が見えたので、疲れている金門さんを車椅子に座らせる。数分間とはいえ、ゾンビに襲われている間叫び続けていたのだから、仕方がない。


 ある程度ゲームセンター内を徘徊するも、金門さんの目に止まるものはなかったのでゲームセンターを出ることにした。


「座れる場所で休憩しましょうか」


「……うっ、うん!」


 何かに気を取られていたのか、金門さんの反応が遅れた。


「入りたい店でも見つかりましたか?」


「えっ、あ……あの、ね。その、……お姫様みたいだなぁ、って、思って、ね。で、でも、ユウには、にっ、似合わない……よね」


 金門さんの目線の先には、家族連れの多いショッピングモールにあるのは珍しいと思われる、ロリィタファッションに軸を置いたアパレルショップがあった。


「そうでしょか。金門さんの体型はあのような服装に相応しいと思います。気になるのなら、試着してみましょうか」


「ちっ、違うの。そういうのじゃなくてね」


 金門さんは遠慮するが、


「時間は余っていますし、遠慮することはありません」


 車椅子の手綱を握っているわたしに行き先の決定権がある。中に入ると、軍服に似たデザインのロリィタファションを身に纏う店員さんと、中世ヨーロッパを彷彿とさせる黒のドレスを着たマネキンにお出迎えされた。

 密かに感嘆の声を漏らす金門さんと共に、店の中を一周する。


 服以外には、ネックレスやフリルキャップ、ハーフボンネット、厚底の靴が並べられており、衣服に興味がないわたしですら、目を凝らして観賞したいと思える品が飾られている。


 お姉ちゃんの身長に合う服はなかったので、お姉ちゃんのイメージに合う黒を基調とした装飾品を物色していると、金門さんが他の衣服とは違う形相で白のフリルスカートを眺めている姿が見えた。それを試着できるか店員さんに尋ねるも、


「申し訳ございませんが、トップスは汗やメイクの関係で試着できないようになっていまして。でもでも、お嬢さんのスリーサイズか身長を教えてさえいただければ、体型に合うものをご用意できますが、どういたしましょうか?」


「身長が137の体重は28です。スリーサイズは測らないと分かりません」


「ええっとですね。……それなら一番小さいサイズで問題ありませんよ。そちらのお洋服でよろしければ、すぐにご用意できますが」


「お願いします」


 店員さんが倉庫へ向かっている間に、金門さんを連れてレジまで行こうとしたら、引き止めるように袖を引っ張られた。


「ユ、ユウ! 服じゃなくて、靴……見てた、の。だからねっ、い、いらないの、服はね。おっ、お金……高いし、幽霊部の制服の方がね、ユウ、好きだから」


「では、靴にしましょうか」


「そっ、そーじゃなくてねっ。ユウにね、お金使うのはね、も、勿体ないの……。だってね、お金があればね、ママは喜んでくれるの」


 そんな思考に陥るほど母親との記憶が蘇っているのか。買い物が終われば、すぐにでもショッピングモールから出よう。滞在すればするほど、神門さんの手によって閉じられていた記憶の門が開いてしまう。


「金門さんはお金よりも、自分の幸福に基づいた考え方をしてください。いつまでもお金お金と言っていたら、硬貨に蓄積した汚れよりも汚くなりますよ」


「うぅ……で、でも、ユウは、……ユウ、はね」


「どうかしましたか?」


「…………あの、ね。その……」


 金門さんは何か言いたげな顔をして、口を噤んだ。店員さんが店の奥からワンピースを持ってきたタイミングで、


「ユウは悪い子だから、幸せになっちゃいけないのっ!」


 そう言って、金門さんは車椅子から降りて走り去ってしまった。追いかけようにも、店員さんがレジ横で待っていてくれている。


「あの〜、お客さん? お洋服のご準備はできましたが」


「用意してもらって申し訳ありませんが、スカートではなく、このマネキンが履いている靴をいただけますか? 梱包は要りませんので、会計はできるだけ早くお願いします」


 袋に入れられた靴箱を受け取り、手早く会計を済ます。軽く会釈をしてから、空席の車椅子を押して店を出る。


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