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12 神門その2

「ユウが作家業を始めた日を境に、オレはユウに助言ができなくなっていったのさ。たぶん、忙しさとは裏腹にユウは幸福を感じていたのだと思う。だから淋しさの感情によって生まれたオレが、あのクソに襲われるのを未然に防げなかった。そして、ユウが消えた母親は作家業を休止すると宣言した。……って、ところかな」


 淡々と伝えられるには重すぎる内容で、同情すれば良い訳ではないから反応に困る。


「……お姉ちゃんに助けられたのが半年前のこと、なのですか?」


「意外だ。匁嬢が心配してくれるとは。……部長から訊いた話とは乖離しているのさ」


 ……どうしてか、お姉ちゃんがわたしのことを周囲に話しているという情報を知れたのに、浮かれる気分になれない。


「お姉ちゃんに心を貰ったので、わたしも心配できるようになったのです」


 神門は恥ずかしそうに口を手で隠しながら、


「オレもそうさ。オレも、ユウから心を……命を貰ったのさ。その恩返しをしたいだけだ。……んんっ、前置きはもういいだろう」


 神門さんは冷め切ったコーヒーを飲んで、まずい、と口にした。


 神門さんは半年前に身に生じた苦しみを、他人に伝えられるレベルまで飲み込めている。話し終えても、後腐れなく次の話題へ切り替えられる、その活力を目の当たりにして、わたしは人に対して初めて『凄い』という抽象的な感想が口から出そうになった。


「神門さんはわたしに何を望みますか?」


「匁嬢が躍起になる程、大層なことじゃないさ。明日、いや、今週中にユウを連れてどこかへ遊びに行ってほしい」


「……それだけ、でしょうか?」


「誰にでもできるようなことで、匁嬢にしか頼めないことなのさ」


「わかりました。日程はこちらで決めさせていただきます。……最後に、一つだけ訊いてもよろしいですか?」


「なんだ?」


「回想シーンと比べると、現在の金門さんは幼児退行しているように思えるのですが、勘違いでしょうか?」


「お生憎様、勘違いじゃないのさ。オレがユウの意識を奪う時、母親とクソ野郎に与えられた負の記憶だけを奪ったつもりだったが、混濁した意識のせいで、一般常識や蓄えた知識をも奪ってしまった結果さ。だからこそ、オレは早く消えて元に戻してやりたいのさ」


「そうですか。……お話が以上でしたら、わたしは準備がありますので失礼します」


「まだまだあるからさ。せっせと帰るなよ、淋しいじゃないか。業務連絡が終わったのなら、ティータイムと洒落込むのが部長とのルーティンだったがね」


 安い手にわたしが乗るとでもお思いなのか。ふざけないで、と断るのは簡単だが、あえてそんな安い手に乗るのも一興だ。


「本当ですか?」


「もちろんさ。なんなら手料理を作ってくれれば、お詫びに部長が愛用している校内のシャワールームを教えるが?」


「行きましょう、今すぐ行きましょう!」


「ふひひっ、それでこそ部長から訊いた匁嬢だ。材料は家庭科室にっあっとおおぉおお!」


 神門さんの口が止まるのを待たず、体を抱いて部室を飛び出した。

 料理を一品作るだけで、別の時間軸で裸のお姉ちゃんと体を合わせられるとは破格すぎる報酬だ。一日中そこを張り込めば、お姉ちゃんの裸体を拝めるなんて……あぁ! 妄想するだけで脳汁が止まらない。


「滴る汗、落ちる体毛、お姉ちゃんの体に接触した液体、宝物が排水溝に溜まっている!」


「フハッ、アハハッ! アハハハハッ! これほど速く景色が回るのは久々だ!」


 わたしと神門さんの、部室の鬱屈とした空気をぶち壊すような高笑いが相乗して、廊下中に響き渡る。

 お姉ちゃんはこの話を聞いた時に、どんな返しをしたのだろうか。慰めたのかな。同情したのかな。笑い飛ばしたのかな。


 ……こればっかりは、分かる気がしない。


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