第2回 私辞めます事件③ (19)
ヘルパーRが、枕かクッションを投げつけるような音は、幸にして5、6回投げたくらいで終わった。その後は乱暴に何かを片付けているような音も聞こえた。実際に見ていないから想像でしかないけれど、荷造り?と思った。それはそれで全く問題ない。
私はふと疑問に思い、すぐに「ヘルパーの達人」に連絡した。
『達人、実はこれこれしかじかありまして。。。ヘルパーを解雇する場合、私たちの理由で解雇した時には、違約金と強制送還のための片道の飛行機代を払うのは承知してるんだけど、ヘルパーの都合で辞める時はどうなるの?なんか、Rの口ぶりが気になって。私、辞めます!じゃなくて、私、辞めた方がいいと思うんです!って言い方。もしかして、自分から辞めるのと辞めさせられるのとで何か違いがあるのかなって思って』すると
『こわーい!!私ならすぐクビですよ!信じられない!ちなみに、ヘルパーの都合で辞めることになった場合は、ヘルパーが雇い主に違約金を払うことになります。今回、ヘルパーが辞めるって言ってるんだから、請求できますよ!』
との回答だった。今回ヘルパーRは『私は辞めた方がいい』と言う言い方をしたが、それはイコール『私は辞めたい』と同じことだと思う。私たちからは一切、クビだとか辞めろ!とは言っていない。ヘルパーRが微妙な言い回しをしているのには理由があると思う。きっと狡猾なRのことだ、私たちが「だったら辞めてください」というのを待っている。そしたら雇い主都合で違約金がもらえる。尚且つ、雇い主が酷い扱いをしたので、辞めるしかなかった、という状況に持っていきたいのだろう。自分が原因でないのなら、次の雇い主から同情を得られ、雇われやすくなるという計算なのではないだろうか。でも、ヘルパーRは、ヘルパー都合で辞めるとなった時に、逆に自分が雇い主に違約金を払わないといけなくなるなんて、思っていなかったようだ。
夫は、由々しき事態だと思ったのだろうタクシーで速攻で帰ってきた。Rが自室に籠ったまま。恐怖を感じたほどの物音がしたことなども話したが、夫は私に、どうにか続ける方向で話を進める、という。しかし私は、辞めたい人を引き留めてまで働いてもらわないでいい、と言った。それに、仮に1万歩譲って引き留めたとして、残ると言うだろか?あんな風に怒りで物に八つ当たりしたほどなのに!
私は、とりあえず、夫に任せることにした。どのように転ぶかは分からないけれど、私は席を外して、2人で話すと言う。ただ、夫には、私たちは辞めろ!と一言も行ってはいない、もし辞めるならヘルパーRの都合になり、違約金貰うということは頭に入れて話してほしいとだけ伝えた。
1時間ほど経っただろうか。夫が、ヘルパーRとの話が終わったからこっちにきてくれ、と言う。
「どうなった?」
「うん、続けるって。」
「は?!あんなに大きな物音を立ててあばれたのに?!」
「うん。」
「頭下げて頼んだんじゃないでしょうね?!」
夫は、どのように話をしたのか話し出した。
「そんなことするわけない!『うちの妻の英語力では、何度も大声で怒鳴って怒るとかありえないし、今まで怒鳴られたりしたことないでしょ?雇い主として当然のことしか言ってないはず。何かあなたを罵倒するようなこと言ってないよね?どっちか言うとあなたに優しく接していたと思うけど』」と言ったそう。すると
「そうかもしれませんが、私は怖かったんです!」
ほら!私が何度も怒鳴ってなんていないことを自分で言ったようなもんだ。怖いことなんてしてない。言ってない。
次に、ブラインドカーテンのことを話題にして、ちょっと来て、とブラインドをわざと開け、外に連れ出して
「ブラインドを開けたまま電気をつけたら、こんなにも家の中が丸見えになるのわかるでしょ?あなたは自分の部屋のカーテンを開けっぱなしにして、その部屋で過ごせる?できないよね?だって全部なかの様子が見えてるんだもの。妻が何度もあなたに注意するのもわかるでしょ?」
というと、素直にyesと言ったそうだ。そして
「私たちは、あなたの仕事ぶりを評価しているし、辞めてもらいたいと思ったことはない。ただ、やっぱり掃除用具が出しっぱなしなのを見つけたら、やっぱりそれは注意するよ。この家を綺麗に保ってくれるのがあなたの仕事なんだからね。でも、あなたが辞めたいと言うのなら、止めないよ。いつでもサインするから書類持ってきて。ただし、あなたの都合で辞めるんだから、私たちに違約金払うことになるの知ってるよね?」
と言ったところで、ヘルパーRの態度が一変したそう。彼女は、まさかヘルパーに違約金が発生するなんてことは思っていなかったのだ。ヘルパーたちは、稼いだお金の大半を国に送金する。それはフィリピンに残して来た家族の生活費になったり、子供の学費になるのだ。私たちにとってはありがたいような金額で雇っているが、それは彼女たちにとってはものすごい大金なのだ。知り合いに聞いた話では、フィリピンで女医をしていた人がそれを辞めてこの国で働いてるのを知っていると言う。女医よりもこの国のヘルパーをしている方が稼げるからなのだそう。そのくらい、ヘルパーは高収入なのだ。そんな中で、私たちに違約金を払うなんて彼女にとっては大変なことなのだ。
ヘルパーRはそれを聞いて、号泣したという。
「はぁ?泣きたいのこっちなんだけど!」と私は一切同情もできない。
「まぁ、聞いてよ。なんて言って泣いたと思う?『私はma'amのことが大好きなのに、嫌われたと思ったんですー!本当に辞めたかったわけじゃないんですー』だって。あの涙は本物だと思った。」
「呆れるわ!あなた、バカなんじゃないの??そんなのいくらでも泣けるさ。大金かかってんだもの。それに、なんで『私に嫌われた』と思う人間が、あんな態度で大きい音立てて暴れる??完全に騙されてるわ。笑っちゃうよ!」
私は呆れてしまって本当に声を出して笑った。
「とにかく、そう言うことで働き続けることになったから!あと、なんでもすぐ言い訳から入るのも止めてって言っといた。まず、指摘されたことを受け入れて素直に直すべき!って言っといた。以上!もう終わったことなんだから、普通にしててよ!?今あの人がいなくなって困るの俺たちなんだからさ!」
次の日の朝、
「Good morning Ma'am. I'm sorry」
「もういいよ、でも今後気をつけてね。」
とニコリともしないで冷静に言って、終わった。
その後、許されたと思ったのか、何事もなかったように鼻歌を歌いながら家事を続けていた。
心臓に毛が生えてるんだろうな。
…イラっとした。




