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六.

*****


あの日から数年が経った。

 今思えばあの時の僕は他者の目を気にし過ぎるふしがあったと思う。

 結局、他者が自分のことをどのようにとらえているのかなんて分からないのだ。実際、通行人がこちらの方を訝しげに見ていたからといってそれが必ずしも自分のことを不審に思っているから見ているとは限らない。その人はただ、僕の奥にある店舗の壁に貼られた政治家のポスターでも神妙な顔で見ているだけなのかもしれないのだから。

 名前の件についても、ようは高丘強助氏に自身の名前を譲り渡し自分は改名しました。自分はこれからも変わらずやっていきますと堂々としておけばそれで問題なかったのだ。

 そうは言うものの、今となっは後の祭りである。

 高丘は次の年の春先、晴れてテレビ業界へと進出した。

 僕はその後劇団を辞めた。

 三月上旬。高丘は引退の際、団員から春の公演までやっていけば良いのに、と口々に惜しまれていた。それでも彼はそうはしなかった。

 もう事務所と契約しておりこれから東京へいかねば、とのことだそうだ。僕には、彼はどこか急いで次のステージへ進みたがっているように見受けられた。

 四月上旬。丁度劇団の春の公演を終えた時期、区切りが良いので僕はそこを学生達みたく節目にすることに決めた。ちなみにこの公演は高丘が引退してはじめてとなるものであった。

 座長には年を越す前にその話しは伝えていた。しかしそれが正式に承諾されたのは高丘が三月上旬に晴れ晴れしく引退を飾ってしばらくしてからのことであった。ゆえにだいぶ先延ばしにされた感が拭えない。最悪、劇団を続けながらこれから進む先のことをやっていくでも良かったがそれだとやはり区切りがつかない気がするので内心ホッとしていた反面少し寂しくもあった。

 公演までは波を立てないよう、静かに普段通り演劇へと取り組もうと決めた。それでもその残り数日間は、せめて最終日までは少しでも劇団に貢献できればという気持ちが心の中に常にあった。ゆえに裏方担当の人に何か手伝えることはないかと訊き共に作業をする場面があったり、普段は手の行き届かない場所の掃除や雑用を自ずと引き受けたり、なんとなく団員の人達と一言二言話してみたりと自分と劇団との関わりを増やす場面が多かった気がする。

 そして最終日は立鳥跡を濁さず。というように誰の気にも留められず静かにいなくなろう。そう考えていたのだ。

 そして公演を終えた最終日。片づけを終えた後、普段は参加しない公演後の打ち上げに参加することとなった。いつも以上に同期の雲雀野のオシが強かったのと最後だし少しくらいいいかという気持ちもあったため参加することにした。

 

 静かに身を引く。誰の気にも留められずに。そう思って演じきった最終日。

 ところが打ち上げ先の居酒屋の座敷にて、色紙なんてものを頂いてしまった。

 

 「「サプラーイズ!」」

 

 雲雀野はどこからか取り出したクラッカーを打ち放す。同時に座長や団員の皆が一斉にそう言うのだった。弾ける音とともに頭上に花吹雪やらテープやらがピラピラ舞ってゆく。皆が拍手する。

 内心驚いた。

 雲雀野が言うに、これは、『公演打ち上げ兼世鷹 豊 送迎・激励会 』なのだそうだ。

 「え……皆、知っていたん、ですか……」

座長は知ってる。それでも他の人達からは一切そういう話しされることなかったし……

 「だって君、最終日だってのに今の今まで一切何も言ってくれなかったじゃないか?だから、こちらから訊くのはなんだか悪いかなって」

 雲雀野は僕の戸惑った顔を見つつ弱ったというように、それでいて愉快そうに笑って言った。

 いや、訊かれたら普通に答えてたんだけどな。そう言ってしまいそうになり思いとどまった。

 いいや、そういうことではないじゃないか。皆、僕が自分から言い出すのを待ってくれていたわけなんだし。そうして変に聞き出すこともせず最後の最後にこんな会まで用意してくれたのだから。

 これも団員の意思を尊重するこの劇団の風潮ゆえなのかもしれない。こんな良い人達に囲まれていたというのに、自身の今までの独り善がりな考え方や行動がなんて浅はかなことだろうと一人恥ずかしくなる。それとともに皆に感謝の意を示す。

 ちなみに色紙を渡してくださったのは座長でもなく、公演の舞台でお世話になった先輩でもなく(公演では劇団のオリジナルストーリーをやったのだが、その先輩が国を支配せんとする魔王役で、その魔王の側近の占い師役が僕であったのだ)、ましては同期の雲雀野でもなかった。

 じゃあ誰かというと、音響担当の小鳥遊さんという三十代の女性の先輩であった。以前僕がたまたま居合わせて相談に乗った先輩というのは彼女のことであったりする。

 

 クラッカーを持って立つ雲雀野の横で小鳥遊さんはこちらへ色紙を渡しながら言う。

 「世鷹君、辞めてしまうんだね。少し残念だなあ。

 ……以前貴方が相談に親身にのってくれたから、私は結婚してもなおこの劇団を続けていくことを決められたわ。あの時は本当、ありがとうね」

 「あ、いえ。あれは先輩が決断したことですから、僕はなにも」

 僕が先輩にどんな見解を伝えたところで、最終的に『続ける』という選択を選んだのは先輩なのだから。

 人生は誰も代わることはできない。

 誰になんと言われようと、どんな意見に耳を傾けようと、最終的に自分で何かしらの選択ができるその人はすごい。それが現状自身の満足のいく結果となっていれば尚更。僕もこれからそんな人生にしていきたいな。

 なんて漠然と心の片隅で思う。

 「はは、相変わらず謙虚だね。まあ、これからも貴方らしく頑張ってみてね」

 「はい。自分なりに、頑張ってみます」

 僕は言う。思わぬ先輩からのお言葉を受けて身の引き締まる気持ちと共に姿勢を正す。そんな僕に対して先輩は、まだ若いし大丈夫だよ!なんて背中を軽く叩いて笑うのだった。思いの外、パンっと音が響いて言うほどでもないけれど、少し痛かった。それでも引退という、少し憂いを帯びていた気持ちは晴れたので良かった。

 座敷の奥を見るといつの間にか雲雀野は皆が座るテーブル輪の中に入っており、相変わらず愉快そうにこの送迎会を眺めていた。目が合うとニヤリと笑って、右手の親指を立て何故かぐっちょぶ。

 頑張れよ、くらいにそれは受け取っておこう。

 それから僕と先輩も皆に遅れてテーブルの輪へと入って行くのだった。

 

 それから僕は、改めて舞台設備などの勉強をし直し現在は本格的に裏方に転職している。

 そうしたことで新たに見える世界もあった。

 舞台器具のセッティング、照明、音響、幕の上げ下ろしまで、スポットライトの当たる舞台の裏側から舞台を作ってゆくことのやりがいも感じている。

 それでもたまに、僕は仕事のかたわらでドラマのエキストラなどに応募したりと演じることは続けていた。やはり、未練が残っているのだろうか。役者魂なんて熱血な言葉僕にはさらさら似合わないと思うが。

 この前、そのたまにの撮影の場で芸能界へと出ていった高丘もとい、芸名・世鷹 豊にばったり出会うことがあった。彼はエキストラではなく、脇役ながらもちゃんと名前のある役として出演していた。

 この日の撮影後、彼と話すこととなった。

 「久しぶりだね君。いやあ、芸能界って言うのは劇団よりもはるかに主演の座をかけた競争相手が多いもんだから大変だ。それを痛感している日々だよ」

 「はは、まあ、皆が皆競争に思ってるわけでもないと思うけれど。それでも、元気そうにやっていて何よりだよ」

 「それでも、俺は今はまだ脇役だけれどすぐ主演を勝ち取ってみせるさ」

 現在世鷹豊の彼はそんな向上心に満ち満ちたことを言った。一方、こんなことも言うのだった。

 「それにしても、お前はすごいな」

 「……え。いきなりどうしたんだい?」

 「俺は脇役で、時によってはワンシーンしかないときだってしょっちゅうだ。この業界に入って活動始めて二年目だってのにその事にもう耐えられなくなっている。主演以外にどうにも上手くモチベーションを保てない」

 それは高丘がこの業界に入って間もないにもかかわらず早くも活躍しているためできる発言なのではないだろうか。

 彼は何でも競争にしようとする。主演は一着。その他は二着以降といったところか。

 本当にそうだろうか?

 一人では舞台もドラマもできない。ただの独り善がりの自分語り、ワンマンショーである。

 主役だけいても、対峙する相手がいなければ話は進まない。仲間や店内の客、通行人、それらの人たちが舞台、画面上の世界を豊かに広げてくれる―――

 「それに比べて、お前はすごいよ。自分の役を最後まで魂込めてやりきっていたのだからな」

 「……高丘君。なんだか、丸くなった?」

 「そうだろうか?役作りのために痩せたんだがな」

 「そういう意味ではなくてですね……ごめん、なんでもないよ」

 「そうか」

 今となっては僕は劇団をやめて、裏方に転向したこと、たまに出ているのは仕事の合間で無名のエキストラであること、など細かいことは彼に伝えていないのだがまあいいと思った。

 彼は今までとは違い僕のやっていた役のことを認めてくれたようだし。

 舞台とフィルム。同じ役者という点で。

 それからしばらくぽつりぽつりと高丘は僕に話した。最近の活動を。僕は問いかけられたとき以外自分のことは話さず高丘が話すのを静かに聴いていた。

 その途中、彼なりに役作りでつまずいている最中とのことで、冗談めかして、俺にもお前の陰気さが欲しいくらいだよ、などと笑って、それでも本当に弱った感じに言われたりもした。その言葉に対して僕は苦笑いを浮かべるばかりであった。

 それでも高丘の話しぶりは、あの喫茶店でのときと比べるとだいぶ静かであった。彼の物言いにも不思議と嫌な感じはしなかった。自然と会話をすることができていることに内心自分で驚いていた。

 それから高丘は今日の会話の締めくくりにこう言うのだった。

 「現状、脇役としては俺はいま一歩お前に負けてしまっているようだ。だから俺はお前に負けてしまわないように、主役の座を勝ち取ってやる。そんなわけでお互い頑張ろうな」

 「ああ。元気で」

 この言いぐさも劇団の頃と変わらない、自信と向上心溢れる態度である。

 逆に言えば、主役では僕は高丘に到底及ばないと言えるのだが、別に良いだろう。僕の本業はもう役者ではないのだから。

 その後高丘とは別れて帰路についた。芸名うんぬんのいつかの喫茶店のときとは違い今はまだ夕方で星は出ていなかった。

 赤く燃えるように広がる秋の夕空を眺める。

 山火事みたいだ。となんとなく思った。

 そう思ってすぐ、物騒な表現だと考えを改める。

 

 僕は今、暮れ方の空を見上げている。

 僕はよだかのように天高く輝く星にはなれない。慈悲深さも、己の身が燃え尽きても身が粉になっても構わないなんてことは思えない。僕は今も命をいただき物を飲み食いし、様々な場面で人のお世話になり、人の作った物や場所を使わせてもらい生活している。

 なんとも俗的な生活を送る僕である。

 けれど、よだかが、夜空から鷹やカワセミ、他の鳥達の生活を静かに見守る存在になったように、僕はこれからも舞台に立つ皆を裏方として、あるいは観客として、視聴者として見守り支えることはできるだろう、きっと。

 僕とよだかはどこか似ていると思っていた。それでも僕はやっぱり、よだかのようにはなれな。そうつくづくと思った。









「始めまーす」

「はーい」


 号令に対して各々返事をするホール内。もうすぐリハーサルが始まるとのことなので、自身の持ち場へと戻ることにする。ステージ全体を見渡すことができる会場上部。僕はそこに立ちスポットライトを構えるのだった。




ありがとうございました。

ちなみに作者に劇団経験は一ミリもありません。ゆえにあらかたの設定は昔作者が想像で考えたものです。

こういう人生があっても良いですよね、多分。

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