三.
いつかの日、自分の住んでいる地域のデパートへ行く機会があった。
ちょうど時間が空いていたため普段行かない場所でたまには気分転換にと行ったのだったか。それとも誰かの使わない商品券を分けてもらったのかもしれない。
それはそうとこのときも自分のことだから、「男一人ショピング」なんて風情も可愛げもないものだな、なんて考えでも浮かばせて賑やかなBGMの流れる店内を浮かない顔で物色していたことだろう。
僕は買い物を終え、又は物色したものの結局なにも買わなかったかもしれない。(出掛けるときは基本軽装でありこのときも何かを持っていた記憶がないので何も買わなかった可能性が高い)
デパートの出口方面へと歩いていると、そちらの方向から母親と四、五才くらいの小さい子供が歩いてきた。
母親が子供の半歩前を行き子供がそれにちょこちょことついて行くような形だった。母親は目的地のある前方を見て歩いているようだ。
僕はそれを確認しつつ、何も起こっていない状態だったのだけれど少し、不安になった。そして親子が通り過ぎた後、なんとなく一度後方をちらっと振り返った。
すると、あっと思った。
入り口正面の通路の両脇にはいくつかの出店やコーナーが連なっている。その一角にはおもちゃコーナーがあり、そこに今さっきまで母親について歩いていた子供が一人で立ち止まっているのだ。コーナー前にはおもちゃの看板やら台の上におもちゃの箱やらがずらりと並んでいる。
自分の好きなキャラクターのおもちゃでもあるのかじーとそこを見上げて止まっている。
一方母親はというと、子供が離れてしまったのに気づいていない様で、ずんずんと奥にある食品コーナーへと進んでいた。
僕は、この状況を見て出口前で立ち尽くしてしまった。
しばらくするとその子供は、ハッとしたようで周りをきょろきょろ見回し親を、探していた。
しかし、母親はとっくに離れてしまったのでいるはずがないのだ。
おかぁさん……
小さな子供特有のか細いけれど耳に入りやすい高い声が店内の雑音の中で聞こえてきた、気がした。
僕はついにいても立ってもいられなくなって出口から離れ、子供の方へと近づいていった。
「きみ、大丈夫かい?早くお母さんのところへ行こう」
その子供は何も答えずただこちらを今にも泣きそうな不安げな顔で見ているばかりであった。
答えられないのは仕方ない。まだ幼いのだから。
自分は構わず子供の手をとって急いで食品コーナーへと向かった。このときは大人の僕が早歩きくらいであったのでその子は小走りくらいの歩調となってしまった。早く親のもとへと連れていってやりたいと思う気持ちが先んじて自然とそうなってしまったのだろう。そのため、道中一度だけその子が転んだりもした。顔に一瞬涙が浮かんだが、すんとして泣かなかったのですごい子だなと思った。
それから、食品コーナーへ向かうと、母親はコーナーのすぐ入口のかごが積まれている場所にいた。
「よかった、お母さんいたよ!」
その子に言いながら母親のもとに小走りで近づいてゆく。僕が話しかける前にその人は近づく足音や気配でこちらへ気が付いたようだ。
こちらを振り返り、まず、僕と手をつないでいる子供を確認し一瞬驚いた顔をする。そしてすぐさま自身の手に持つかごに目をやり、再びこちらへと視線を戻すのだった。
その人の表情はなぜか眉をひそめて、訝しげであった。
あれ?なにか、違っていただろうか?
「……あの、おもちゃコーナーあたりで、お子さんがはぐれてしまっていたようなので、連れてきたのです、が……」
表情から察するにどうもこの人は、少なくともこの状況を好ましいとは思っていないように伺えた。そりゃあ我が子が迷子になりかけていたのだから好ましいことではないわけだけど。少くとも、子供が戻ってきてホッと安堵するだとか、迷子にならなくて良かったと胸を撫で下ろすだとか、そういったプラスの感情が表情のどこからも見受けられてない。ゆえの、違和感。
もしやと思う。すれ違い際に顔が一瞬見えただけなのにもか変わらず一直線にこの人の元へ来てしまったが、この人はもしやこの子の親ではないのかもしれない。まさかの人違い。それが正しいとすれば、今の状況、わけの分からない得体のしれない男が突然話しかけてきたと不審がられてしまっているのかも。それは不味い。
などとぐるぐると考えていた。
「ああ……そう、ですか。それはどうも、ご親切にありがとうございます」
全然どうもではなさそうな抑揚でその人は言う。そして僕から子供を素早く引き取ると、片手にかご、もう片手に我が子という形で足早に歩いて行ってしまった。
手を引かれる子供は歩きながらしばし、ああ、あのおじさん(お兄さん)行っちゃうな、というようにこちらを眺めていたが、すぐに前を向き直って母親について行くことに集中したようだ。
僕は一人、その場で呆然と立ちつくしていた。ゆえに足早に食品コーナーへと去って行く親子をぼんやり見送る形となった。
そのため途中、僕との距離が少し離れたあたりで母親が子供に向けて投げ掛ける言葉がきこえた。
「もう、おもちゃコーナーで待っててって言ったのに」
僕は、なんだか一人居たたまれなくなり、食品コーナーへ背を向けてそそくさと出口へと向かった。
ああ、なぜ自分はいつもこうなのだろう。




