第4話:北の砦へ
夜明け前の街を出発した。
背には少女から託された荷袋。軽いが、中には武器や保存食が詰まっているらしい。
道は北へと続き、霧のかかった林を抜け、やがて岩肌がむき出しの峡谷へと差し掛かった。
「この道しか、砦へ行く手段はないの」
少女は馬車の手綱を握りながらそう言った。
「……そうか」
俺は視線を地図に落とす。
峡谷の壁は脆く、何度か落石の跡も見える。
……なるほど、使える。
昼頃、補給部隊とすれ違った。
彼らの馬車には食料と矢束が山のように積まれている。
砦は今、戦の準備に追われている証拠だ。
「勇者様は前線に出ておられるぞ」
荷車を引く兵士の声が耳に入った。
「……勇者様?」少女が振り返る。
「ああ、真田様だ。魔族討伐に向かわれたばかりで——」
俺の手が無意識に拳を握る。
あの日の光景が脳裏に蘇る。
仲間の視線、冷たい声、背を向ける足音。
日が傾き始めたころ、北の砦が視界に入った。
高い石壁と見張り塔、旗には王国の紋章が翻っている。
その前で検問を行う兵士が、俺たちに目を細めた。
「荷の検分をする。……身分証は?」
「旅の者だ。荷はこの子の依頼で運んでいる」
「……ふん、勝手は許さん。砦の中では妙な真似をするなよ」
視線が俺の赤い瞳に止まり、一瞬だけ警戒の色が走った。
——構わない。むしろ注目されるのは好都合だ。
門をくぐった瞬間、熱気と怒号が押し寄せた。
兵士たちが行き交い、武具を手入れし、指揮官らしき男が声を張り上げている。
その中で、俺の耳はある名前を拾った。
「——真田隊が戻ったぞ!」
胸の奥が、静かに熱を帯びる。
足音が近づく。
次の瞬間、遠くから見覚えのある顔が現れた。
「……お前——」
視線が交わった。
驚き、戸惑い、そしてほんの僅かな……恐怖。
俺は口の端をわずかに吊り上げた。
——ようやく、再会だ。