第十五回: ハードSFなんて難しくて書けない――いや、書ける。そう気づかせてくれた最強の助手:AI
ここいらで、ちょっと真面目にハードSFの書き方について書いてみる。
自分は大学生のころからSF、特にハードSFに親しみ、三十歳になったら文筆活動に入ろうと思っていた。
なぜ、「すぐに」ではなかったかというと、書けるほどの知識も見識もないと自分で認識していたからだ。社会人経験も数年もすれば、ある程度のベースはできると思っていた。
あまかった。
三十歳どころか、四十歳になっても、五十歳になっても、六十歳になっても、書き始めようという気にはなれなかった。 それが、還暦も過ぎて、年金を貰うようになってやっと書こうという気になった。
暇になったから?
いや、そうではない。まだ現役でエンジニアをしているので、平日は時間をとれないのはこれまでと同じだ。
何が違ったか?
それはAIを使えるようになったからだ。
といっても、AIに任せてバンバン文章を書かせているのではない。それどころか、自分の書いた文章にはAIの記述は一行たりとも入れないようにしている。これはまあ、「無農薬栽培」みたいなものだと思う。特に意味はないが、自分の主義というか、作家としての矜持ってところか。
では、AIを何に使っているかというと、それは情報収集に尽きる。
いままでは、自分の作品を形作る土台を自分の調べられる範囲だけで構築することがどうしてもできなかった。
たとえば、物語に木星探査船を登場させることを想定する。
当然のことながら、木星探査船がどういう形状、機能、その他もろもろを持っていて、どうやって操縦するか、なんてわからない。ハードSFであれば、それを一部たりとも書かないと、まったくリアリティに欠けるので、書かざるを得ない。
少なくとも、ボクはそうやってリアリティを出すものだと思っている。
しかし、そんな情報をどうやって手に入れるのだ?
図書館に行くか、物理学者の知己を尋ねるか、宇宙工学の権威を尋ねるか?
全部無理だ。
そらあ、無理だよね。
そもそも、核融合ロケットの権威なんて、まだ生まれてないだろう。
二十年位前から、ネットが普及してきた。だから、調べようと思えばできたはずである。しかし、そういう多種多様な情報をあたって、それを自分の中で整理し、再構築し、そして木星までのロケットの飛ばし方をでっち上げる。
無理だ。
書けない。
そうなっていた。
そうして、無為に時間が流れるうちに登場したのがAI、つまりLLM(大規模言語モデル、要するにChatGPTとかGeminiね)だ。
ボクはそこに希望を見出した。
できる、これならできる。
さて、ここでアップした《技術報告書》について触れておこう。
あれは、木星までのロケットの飛ばし方を「でっち上げ」ではなく、現在ある最高の知識を使って構築したものだ。
たぶん、これをつくるだけで、昔の作家たち――アシモフ、ハインライン、クラーク――そういう人たちは何年も費やしてきたのだろう。まったくもって、賞賛に値する。
そんなことはボクにはできなかった。
でも、いまは違う。
こういうディープリサーチを、最新のLLMはわずか数分でやってのける。
これならできる。
ボクは物語を書くことに集中すればよい。
これってさ、たとえばアニメ制作に似てると思わないか?
作家は、『ドラゴンボール』の悟空のカッコいい格闘や、その時の表情、台詞、そういうものに集中すればいい。背景のリアルな描き込みとか、配色、そんなものは本来、製作助手にやってもらってもいいんじゃないかな?
もしくは、作画は助手にまかせて、自分はストーリー作りに集中してもいい。
そうだ。
こうやって、自分はハードSFを書けるようになった。
であれば、自分が何をしないといけないかも明確になった。
始めるのに時間がかかった。
だが、ようやく機は熟した。
《報告書》をざっと見てもらえばわかるが、二十二世紀中盤の木星探査を想定している。核融合推進で、Zピンチという方式を採用している。燃料は重水素とヘリウム3。比推力は一万から二万秒、推力増強モードでは数メガニュートン。船の全長は四百八十メートル、乾燥重量六千トン。半径五十メートルの遠心居住区で、乗員二十名に一Gの人工重力を提供する。
こういう数字が、整合性のある形で並んでいる。
ボクが調べたのではない。LLMが、既存の論文やNASAの資料やESAの研究成果を掘り起こして、それをひとつの「架空の技術報告書」という形にまとめてくれたのだ。
もちろん、このまま小説に使うわけではない。
ここから、どの部分を物語に組み込むか、どう料理するかは、ボク自身が決める。居住区の天井に張られたOLEDスクリーン(なんやねん、それ?)が青空を映し出している、という描写は使えるかもしれない。ガニメデ軌道投入のとき、毎秒百回の核融合パルス(ほお、パルス出力なんや)が船体を伝わって「腹の底に響く唸り」になる、という描写も悪くない。
でも、それをどの登場人物の視点で、どういう心情と絡めて書くかは、ボクの仕事だ。
ハードSFを書くというのは、つまりそういうことだと思う。
リアリティのある舞台装置を用意する。その舞台の上で、人間のドラマを動かす。舞台装置がいくら精緻でも、そこで動く人間に血が通っていなければ、読者は退屈する。逆に、人間ドラマがいくら熱くても、舞台装置がいい加減だと、ハードSFとしての説得力が失われる。
両方が必要なのだ。
そして、片方――舞台装置の構築――については、いまやAIという強力な助手がいる。
残るは、もう片方。
人間を書くこと。
それだけは、自分でやらなければならない。
正直なところ、そっちのほうがずっと難しい。
Zピンチの仕組みは、調べればわかる。磁気ノズルの動作原理も、論文を読めば理解できる。でも、長い航海の果てに木星の衛星を見下ろしたとき、人間が何を思うかは、その手の論文やNASAの資料には書いていない。
それを書くのが、作家の仕事だ。
ボクは六十年以上生きてきた。いろいろなことがあった。そのなかで感じたこと、考えたこと、後悔したこと、嬉しかったこと、そういうものを、遠い未来の宇宙船の中にいる人間に投影する。それができるかどうかで、物語の質が決まる。
技術的な裏付けは、もう手に入った。
あとは、書くだけだ。
六十年かかった。
でも、まだ間に合う。
そう思えるのは、幸せなことかもしれない。
《報告書》について
これを書いている時点では《報告書》をアップするつもりでいましたが、読み返してみると、あまりに専門的過ぎて、一般の読者にはおそらく意味のないものだと判断し、掲載をやめました。
本気でハードSFを書いてみたい、もしくはすでに書いているけど、下調べにすごい時間がかかっているし、正しいのかどうかわからない、という方にはとても役に立つ事例だと思います。
もし、見てみたいと思われる方がいらしたら、コメントください。DMでも結構です。




