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第一回: SFを書くと、哲学と出会ってしまう

ひとつの長編がある。

すべてはそこから始まった。


この長編こそが、ボクにとっての宇宙探索の母体であり、方舟であり、巨大な問いを抱えたまま進み続ける謎の塊だ。最初は単純な好奇心からだった。未来はどんなふうに続いているのか。もし文明が崩壊したら、その先には何があるのか。そういうことを考えて書き始めた物語が、いつしか自身の世界構築の重力井戸のようになってしまった。


この長編には、明確な「終わり」が設定されている。だが、その終わりは単なるページ数やプロットのゴールではなく、「すべての謎が明らかになること」でようやくたどり着ける終着点だ。しかも、その謎はたちが悪いことに、「なぜ文明は消えたのか」「なぜ今の人類はそれを知らないのか」というような、根源的かつメタな問いにまで広がってしまっている。宇宙に人類が散らばり、植民し、文化を築いていくという明るい未来像に到達するためには、むしろ過去に起きた全崩壊の理由を掘り起こさなければならない。それがこの物語の仕掛けであり、宿命でもある。


この話は、三つの章にわたって百数話を書いたところで、いったんの完結を迎えた。たしかに、ある種の収束点に到達はした。しかしそれは「謎の核心」に触れきったわけではない。むしろ、そこに至るまでに開かれた扉の数々が、次のフェーズを用意してしまったのだ。


だから第四章が始まった。物語の完結ではなく、構成上のひと区切り。

終わりではなく、再配置された始まりだった。


◇◇◇


この物語は、ハードSFという仕立てをとっている。

ハードSF――その言葉の響きは少しばかり硬質で、とっつきにくい印象を与えるかもしれない。でもボクなりの定義は、実にシンプルだ。


それは、「物語が、この宇宙を支配する物理法則から逸脱しないこと」。


つまり、たとえどんなに魔法じみたテクノロジーが登場しようと、それはすべて科学的な裏付け、論理的な前提の上に立っていなければならない。決して、「超能力でした」とか「神の力です」といった、ご都合主義で終わらせるわけにはいかない。それは作家の「逃げ」だと、ボクは思っている。


だからこの物語には、嫌になるほどの「理屈」が登場する。宇宙船がなぜそんな速度で移動できるのか、人工知能がなぜそのように振る舞うのか、文明が消えるとはどんなメカニズムか――すべてに対して説明が必要だ。というか、そうすることでしか、世界の説得力は生まれない。


もちろんこれは、非常に「うざい」。

ボク自身、書いていて「ここ、誰が読むんだよ……」と頭を抱える瞬間がある。それでも、やるしかない。なぜなら「これは実際に可能である」と、ボク自身が信じられないものに、他人が納得するはずもないから。


ハードSFが難しい、とよく言われる。

その理由はここにある。読者も、物理や工学の仮説を頭の片隅に置きながら読み進めることを求められる。世界観を楽しむには、ある程度の覚悟がいるのだ。


でも、ボクはこうも思っている。

それでも付き合ってくれる読者というのは、実のところ、かなりの「変態」なのだ、と。良い意味で。


知的なストイシズムを楽しめる。厳格な制約の中でこそ立ち上がるリアリティに快感を覚える。そんな読者に出会えることは、この上ない幸運だ。いや、そういう人が一人でもいてくれれば、それだけでこの物語は成立する。


そして、それこそがボク的宇宙探索の方法論――

すなわち「現実の延長線にしか物語を置かない」という態度でもあるのだ。


◇◇◇


そんなふうに、物理法則を裏切らないというストイックな思想の上に築かれているハードSFだけれど、だからといって、それが科学論文になってはいけない。

これはあくまでも「物語」なのだ。


物語には、面白さがなくてはならない。

どれだけ設定が緻密でも、テクノロジーの説明が巧みでも、「それで、どうなるの?」と思わせる展開がなければ、ただの文字の塊にすぎない。そんなものに貴重な時間を費やしてもらおうなんて、作家の傲慢というものだ。ボク自身、読者の立場ならそんなもの、途中で読むのをやめる。


だから、「ストーリー」が必要になる。しかも、そのストーリーを作るには、ある厄介な要素がどうしても顔を出す。


それは、「思想」だ。


どうしてそんな未来になるのか。

なぜ人類は文明を失ったのか。

なぜその選択を主人公がするのか――


これらの問いに対して、「まあ、そういうことにしておこう」という逃げは、ボクには許せない。物語の展開には、必ず思想的な根っこが必要だと思っている。これはハードSFだからではなく、単純にボクの小説観によるものだ。いや、小説とはそうあるべきだ、という信念に近いかもしれない。


そして、そうなると――「哲学」が出てくる。


哲学といっても、大学で取った教養課程の授業のようなものを想像してもらっては困る。バリバリ理系だったボクにとって、文学や政治学、社会学と一緒にやらされる「おまけ」のような存在だった。どうせ試験前に一夜漬けして、なんとか単位を取ればいいと思っていた。


けれども、まさか社会に出てから、小説を書くようになってから、そんな哲学に真剣に向き合うことになるとは思いもしなかった。


それは、「ストーリーを成立させるため」に、必要だった。


なぜ人間は存在するのか。

人はなぜ生き続けるのか。

宇宙の存在に意味はあるのか。

もしその宇宙が終わるとしたら、私たちはどんな選択をするのか。


こんな問いを無視して、未来を語ることはできない。人類が進むその先に、どんな思想があるのかを描かずして、「物語」は生まれない。少なくともボクにとっては。


これは、書いてみて初めて気づいたことだ。

哲学は、物語の芯にある――そう思うようになった。


◇◇◇


じゃあ、その「哲学」ってやつは、どこか遠い、抽象的な、難解な世界の話なのか?

ボクが語っているこの宇宙観や存在論は、雲の上の思想家が語るような、アカデミックな象牙の塔の中の話なのか?――そうではない。


むしろ、驚くほど身近なところに「哲学」は転がっている。たとえば、X(旧Twitter)やLineやFacebookで流れてくる、よくあるWeb漫画の一コマの中にだって、ちゃんとある。


たとえば――

どこかの戦場で超絶的に鍛えられた傭兵が、異世界転移か何かで、普通の日本の高校にやってくる。そこには、日常を荒らすヤクザまがいの不良たちがいて、彼はその連中を、持ち前の格闘術でコテンパンにする。


でも、問題はその「後」だ。

こいつらをどうするか。再教育して、学校の平和維持部隊に仕立て上げるか。あるいは、顔を見るたびに叩きのめして、恐怖によって秩序を保つのか。


ここに「哲学」が必要になる。

単に殴るだけでは、物語は続かない。

力とは何か、正義とは何か。人は変わるべきなのか、変わることができるのか。そんな問いが、あらゆるエンタメの中にひそんでいる。


そして次の展開では、さらに強い敵が登場する。

彼は、主人公の妹か、あるいは彼女を人質に取り、危機的な状況を作り出す。さあ、主人公はどうする?

修行してさらに強くなってぶちのめすのか?

それとも、敵と話し合って、「実はいいヤツだった」オチに持っていくのか?


ここにもやっぱり「哲学」がいる。


力の行使は是か非か。

人は対話で理解しあえるのか。

暴力の先にあるものとは、何か――。


こんな展開が、どこかの投稿サイトで「神漫画!」とか言われながら日々共有されている。そしてその中にこそ、物語を動かす思想の種が詰まっている。つまり、キャラクターの選択や行動の裏には、いつだって「哲学」があるのだ。


ハードSFを書いていても、学園バトルものを書いていても、それは変わらない。

行動に意味を与えるもの、それが思想であり、哲学であり、物語の魂なのだ。


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