(5)
「輪姦⁉」
思わず大きな声が出て、咄嗟に右手で自分の口を押えた。
彼女から発せられた衝撃的な言葉が心臓を強く揺さぶっていた。
居たたまれなくなって彼女から視線を外すと、鼻をすするような音が聞こえた。
続いて、〈ううっ〉という嗚咽が聞こえてきた。
すぐに視線を戻すと、彼女の顔が歪んでいた。
唇が震えていた。
それでも視線はわたしに向けられていた。
その目からは涙が流れていたが、それを拭うと、決心したような表情に変わった。
そして、当時のことを話し始めた。
それは耳を覆いたくなるような惨いものだった。
*
大学2年生の夏休みのことだった。
同じ美術大学の同級生と女性三人で山間にあるキャンプ場のコテージに宿泊していた。
真夏とは思えない涼しい風が吹く中、木々の緑に囲まれてゆったりとした時間を満喫していた。
2日目の午後、バーベキューの食材を買い出しに行こうと誘われたが、それを友人二人に任せて、森の中の小径を散歩した。
ブナやナラなどの広葉樹が吐き出す新鮮な酸素と木漏れ日に包まれて至福のひと時を過ごした。
しばらく歩いていると、森の中に溶け込むような濃い緑色のテントを発見した。
木と木の間に渡したロープには、洗濯ばさみで止められたパステルカラーの可愛いTシャツが3枚干してあった。
自分たちと同じように女性三人でここへ来ているのだろうかと親近感を覚えたので、なんの躊躇いもなく近づいた。
すると、茂みからいきなり男が現れて、背後から口を塞がれた。
抵抗して暴れたが、すぐにもう一人の男が来て、目の前にナイフをかざした。
それをゆっくり近づけて、刃先を鼻に当てた。
余りの怖さに体が固まった。
テントの中に連れ込まれると、ビニールシートの上に寝かされた。
短髪の男が口を手で塞いでナイフを突きつけている間に、長髪の男が服を脱がして口と手で全身をまさぐり始めた。
そして乱暴に挿入してきた。
痛みで悲鳴を上げた。
しかし、手で塞がれた口からはくぐもった音しか出て行かなかった。
長髪がことを終えると短髪に代わった。
そいつが挿入してきた時には意識が薄れていた。
膣の中で射精された感覚がぼんやりと残ったまま意識を失った。
気づいたら、
手拭いで猿ぐつわをされて、
裸の上に服をかけられて、
森の中に寝かされていた。
なんとか立ち上がると、体の中からドロッとしたものが出てきて太腿を流れ落ちた。
奴らの精液だった。
輪姦という事実が恐怖という刃になって襲いかかってきたが、ブルブル震えながらもなんとか服を着てコテージに戻った。
買い物から帰ってきていた友人二人に事情を話すと、すぐに警察に連絡してくれた。
そして、前と後ろからしっかりと抱きしめてくれた。
しばらくしてパトカーが二台到着し、証言を基に現場の捜索が始まった。
しかし、二人の男もテントもロープもパステルカラーのTシャツも見つけることはできなかった。
その後、警察で事情徴収を受けたが、それが酷かった。
心が折れるくらい酷かった。
暴行されるに至った状況と暴行の詳細を何度も訊かれたのだ。
思い出したくないことを口にする度に死んだほうがましだと思ったが、友人に励まされてなんとかそれに耐えて、被害届を出した。
警察は受理して本格的な捜査が始まった。
*
友人二人に支えられてなんとか東京に戻ったものの、精神はボロボロだった。
勇気を出して叔母に事実を包み隠さず話したが、話すことによって更に心が壊れていった。
急性ストレス障害が心ばかりか体をも虐め抜いた。
*
しばらく経って、更なる試練が襲いかかった。
毎月必ずあるものが来ないのだ。
恐る恐る市販の妊娠診断薬を試すと、陽性と出た。
妊娠していた。
暴漢の子供を宿ってしまっていた。
しかし、それを誰にも言えなかった。
早く堕ろさなければと思いながらも、お腹の中の命を殺す決断ができなかった。
*
ノイローゼのような状態のまま1か月が過ぎた。
異変に気づいたのは、母親代わりの叔母だった。
泣きながら妊娠のことを告げると、叔母はすぐに堕胎を勧めて、それをしてくれる病院を探した。
言われるまま付き添われて産婦人科へ行き、超音波検査を受けたあと、麻酔をされて措置を受けた。
それによって妊娠という束縛からは解放されたが、小さな命を消した事実と悔恨が残った。
心が壊れるのに時間はかからなかった。
そんな重大な罪を犯した犯人はなかなか捕まらなかったが、半年後、事態が一気に動いた。
別の輪姦事件で逮捕された20代前半の男二人が余罪を追及される中で犯行を認めたのだ。