再び8月17日(1)
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
ハッとして枕元を見ると、目覚ましがけたたましく鳴っていた。
〈起きるまでは鳴り続けるぞ〉と威嚇するような鳴り方だった。
〈わかった、わかった〉と手を伸ばしてボタンを押した。
その途端、目覚ましは口を噤んだ。
改めて時計を見た。
17時1分だった。
昼寝をしていたことを思い出した。
そして、未来行きの電車に乗ったことも思い出した。
自分のアパートに立ち寄ったことも。
ハッとして、部屋を見回した。
ちゃぶ台が壁に立てかけられていた。
テレビのリモコンが畳に直置きされていた。
立ち上がって台所へ行くと、換気扇は止まっていた。
玄関のドアノブは……回った。
ドアは閉まっていなかった。
ゾッとした。
仕事から帰った時、閉め忘れたのかもしれない。
そういえば、結構酒を飲んだ記憶がある。
恐ろしくなってすぐにロックをかけた。
まさかと思って、押入れの襖を開けて、小さなボックスの引き出しを手前に引いた。
あった。
財布と時計が引き出しの中に鎮座していた。
お札もカードも抜き取られていなかった。
よかった。
泥棒は入っていなかった。
ほっとすると、力が抜けてへなへなとなった。
崩れ落ちるように畳に座り込んだ。
その時、ふと我に返った。
こんなことをしている場合ではない。
シャワーを浴びて食事をして仕事へ行く準備をしなければならない。
パンパンと両手で頬を叩いて気合を入れた。
シャワーを浴びたあと、帰宅する前にコンビニで買ったカップラーメンとおにぎり2個で夕食を済ませた。
但し、カップラーメンの汁はすすらず、水もほとんど飲まなかった。
現場での生理現象を最小限にしなければならないからだ。
それだけでなく、大も小も絞り出した。
排泄物貯蔵臓器をエンプティ―の状態にすることを日課にしているからだ。
時刻を確認すると、少し余裕があるのでテレビをつけた。
相変わらず新型コロナのニュースばかりだ。
と思ったら、安倍首相の姿がテレビに映し出された。
なになに?
慶応大学病院を受診?
えっ?
体調が悪いの?
もしかして持病の悪化?
そうなると……、
9月17日のニュースが鮮やかに蘇ってきた。
菅内閣発足。
夢という形の中の戯言と笑い飛ばしていたが、あれは本当に起きることなのかもしれない。
とすると、そのことを知っているのはわたしだけ?
世界中でわたしだけ?
口の中に溜まった唾を飲み込むと、
ゴクリと大きな音がして不敵な言葉が思い浮かんだ。
〈未来を知る男〉
その瞬間、自分には特別な何かが備わっているのかもしれないという都合の良い思いが湧き出してきた。
ということは……、
未来を知ることによって何がもたらされるのかを考えた。
すると、あることが思い浮かんだ。
それは信じられないようなバラ色の未来を約束するものだった。
わたしは天にも昇る心地になり、鼻唄交じりでスキップを踏みながら仕事場に向かった。