再び9月25日
目が覚めると、9月25日に戻っていた。
しかし、尋常ではないだるさが全身を覆っていた。
とても起き上がれそうにはなかった。
松山さんが戻って来なかったショックで体の芯に重い鉛を括りつけられているように感じたし、現在と1964年を往復した疲れも重なったようで、瞼を開けているのが辛かった。
まるで拷問を受けているように感じた。
もう限界だった。
目が覚めたばかりだったが、すぐに深い眠りがわたしを包み込んだ。
1時間ほどでまた目が覚めた。
しかし、またしても起き上がることはできなかった。
しばらく布団の中でけだるい体を持て余していたが、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。
仕事へ行く準備があるのだ。
体と心に鞭打って無理矢理布団から抜け出した。
本当は仕事を休みたかった。
仕事どころではなかった。
でも、松山さんが休むことを、いや、二度と戻って来ないことを現場監督に伝えなければならない。
言い訳は何も思いつかなかったが、とにかく行って話すしかないのだ。
何も食べず、100回以上ため息をついて、家を出た。
足は中々前に進まなかった。
*
「昨日聞いた」
現場監督の口から思わぬ言葉が飛び出した。
わたしは目の玉が飛び出しそうになった。
今日から休むことを松山さんが直接監督に伝えたというのだ。
「急に言い出すから頭にきて怒鳴りつけたんだが」
のっぴきならない事情があって、どうしても仕事を辞めなければならないと泣きつかれたのだそうだ。
「長い旅に出ると言っていたよ。もう二度と帰ってこないとも」
「『もう帰ってこない』って昨日言ったんですか?」
監督は頷いてポケットから紙と鍵を取り出した。
「委任状とあいつの家のカギだ。『たいしたものはないけど家財道具を処分してくれ』と頼まれた。今日仕事が終わったら行くことにしているけど、一緒に来るか?」
わたしは頭を振った。
松山さんの匂いがする家に行ったら大声で泣き出しそうだからだ。
それに、過去行きの電車のことをぽろっと話してしまうかもしれない。
そんなことをしたら大変だ。
それだけは言うわけにはいかない。
わたしはもう一度首を横に振った。
「そうか……」
監督がそれ以上誘うことはなかったので背を向けて持ち場に向かったが、それからあとのことはよく覚えていない。
どうやって交通整理をしたのか、
どうやって帰ったのか、
いつ寝たのか、
記憶がほとんどないのだ。
ただ、心の中はぽっかりと大きな穴が空いていた。
それも二つ。
高松さんがいなくなった穴と松山さんがいなくなった穴だった。
それは一生かかっても埋めることができない穴のように思えた。