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(2)→9月17日

 

 あの電車に乗っていた。

 未来行き。

 ドア上のディスプレーを見上げると、次に停まる駅名が表示されていた。

 奇妙な駅名だった。

『9月17日駅』


 しばらく走ると、音も立てずに静かに止まった。

 すると、ディスプレーの表示が変わった。

『9月17日駅:終点:降車』


 未来行きの電車の終点がここ? 

 9月17日で終わり? 

 と思うと、心臓がドキドキしてきた。


 もしかして、これより先には行けないのだろうか? 

 まさか、わたしの人生の終着駅がここなのだろうか?


 不安を通り越して恐怖が滲んでくると、体が一気に重くなった。

 鉛の鎧を無理矢理着せられているような感じになった。


 こんなところでは降りたくない、いや、降りるべきではない、と思った時、突然ブザーが鳴って、ディスプレーに映る降車の文字が大きくなった。〈早く降りろ〉という催促のようだった。

 それでも動かないでいると、いきなり背もたれが前に倒れてきて、前屈みの姿勢を強いられる格好になった。

 これ以上、抵抗するのは難しかった。

 体を左横にスライドさせて、通路に出た。


 その時、またブザーが鳴った。

 ハッとしてディスプレーを見ると、降車の文字が更に大きくなっていた。

 ここで降りるしかなさそうだった。


 薄暗いプラットホームに降りると、改札への誘導灯が見えた。

 導かれるように歩いていくと、無人の改札口に設置されたディスプレーが「止まれ」と合成音声を発した。

 それに従って立ち止まると、〈本人確認〉という文字が表れた。

 すぐさま〈顔認証〉が始まった。

 終わったと思ったら、右手人差し指にロボットアームが伸びてきて、〈指紋認証〉が始まった。

 それが終わると、「口を開けなさい」という指示がディスプレーから発せられた。

 言われるまま口を開けると、ロボットアームが伸びてきて口の中に綿棒を差し込み、頬の内側を何度も往復するように擦った。〈遺伝子認証〉だった。


 数秒後に〈本人確認終了〉という文字が現れた。

 と同時に改札ドアが自動で開き、わたしは未知の空間に向けて足を踏み出した。


 改札を抜けて構内を歩いていくと、北口という表示が見えた。

 外に出ると、見慣れた景色が目に入った。

 嫌でも目に付く円形状の建物は紛れもなく駅前のバスロータリーだった。


 えっ、浜松駅? 


 驚いて左を見た。

遠鉄(えんてつ)〉があった。

 右には〈アクトシティ浜松〉があった。

 浜松駅に間違いなかった。

 自分が住んでいる町の1か月後に来たようだった。

 それがどういう意味を持つのかさっぱりわからなかったが、ここでじっとしていても仕方がないので、景色を一つ一つ確認しながら歩いてみることにした。


 右手にアクトシティを見ながら大通りを右折し、〈楽器博物館〉の手前を左折すると、左側に〈いきいきプラザ中央〉が見えてきた。

 ここまでは現実と一緒だった。

 更に歩いていくと左側に〈東ふれあい公園〉があり、その交差点を渡ると、右側に〈浜松東小学校〉、そして〈静岡文化芸術大学〉の建物があった。

 ここまでも現実と一緒だった。

 更にその先の交差点を渡ってまっすぐ歩いて二つ目の角を左折すると、大きな樹が目に飛び込んできた。

 浜松八幡宮(はちまんぐう)社殿前にそびえる樹齢千年を超える『雲立楠(くもたちのくす)』だ。


 わたしはこの樹を見る度に雷に打たれたように身動きできなくなる。

 今日もそうだ。

 ただ立ち尽くして巨樹を見上げ続けた。


 ん?


 ひんやりとした風に頬を撫でられて、我に返った。

 空を見上げると、さっきまでと違って雲行きが怪しくなっていた。

 雨の前触れのように感じたので、慌てて手を合わせて頭を下げてから大樹に背を向けた。


 ここまで来れば近いので、あと5分もあれば辿り着くのだが、いきなり鼻の頭に落ちた雨粒が〈そんなスピードではだめだ〉と警告を発した。

 見上げると、黒い雲が頭上を覆っていた。

 ヤバイと思って足を速めた。


 少し走ると、目の前にアパートが見えた。

 間違いなくわたしが住んでいるアパートだった。

 まだ小降りだったが両手で頭を覆って、一番近い軒先に走り込んだ。


 そこで急に不安になった。

〈1か月後も住んでいるのだろうか?〉と。

 住んでいないわけはないと思いたかったが、今日の続きに必ず明日があるわけではない。

 事故か何かで突然、死んでしまうということもあり得るのだ。

 一寸先は闇というではないか。

 明日のことは誰にもわからないのだ。

 わたしは恐る恐る103号室に移動して、ドアポストの上部に視線をやった。

 すると、探しているものがあった。

 ちゃんと名前が書かれていた。

 空き家ではなかったし、知らない人の名前でもなかった。

 太字のサインペンで書かれた下手くそな文字列がわたしの部屋だと主張していた。


 今仁(いまじん)礼恩(れのん)


 良かった……、


 思わず安堵の声が漏れた。



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