(6)→1505年
最後の一人を描き終わって最初にしたことは、膀胱を破裂から守ることだった。
当然、中世には公衆トイレなどないので、路地に駆け込んで人目のないところを選んで放尿を開始した。
かつて経験したことがないほどの長時間放尿だった。
終わったあとの開放感は半端なかった。
しばし動けないでいた。
すべての力が抜けたわたしはボーっとしていたが、高松さんは違っていた。
辺りを注意深く見まわし始めた。
「どうしたんですか?」
しかし、それに答えず、警戒するように視線を這わせ続けた。
「大丈夫そうだ」
やっと視線を戻した高松さんは、チュニックのポケットから大量の銀貨を出して、わたしに手渡した。
ずっしりと重かった。
「中世でも食べていけますね」
「ああ、交通誘導警備よりはるかに稼げそうだよ」
高松さんがニンマリと笑った。
その途端、物凄い大きな音を立ててお腹が鳴った。
呼応するようにわたしのお腹も鳴った。
限界だった。
なんでもいいからお腹に入れたかった。
でも、歩き回ってもそれらしい店を見つけることはできなかった。
「夜営業している食堂なんてあるんですかね?」
思わず不安な声を出してしまったが、返ってきたのは「さあ、どうかな……」という頼りない声だけだった。
そのせいか足取りは段々と重くなり、空き過ぎてお腹の虫は鳴くことを放棄したようだった。
「水腹で我慢するか」
高松さんは、通りかかった広場の噴水を見つめていた。
これを飲むのだろうか、と思っていると、彼は両手を伸ばして水をすくった。
わたしも遅れず手をコップにして飲んだ。
しかし、二人同時に吐き出した。
とても飲める味ではなかった。
日本の水道水とはまったく違っていた。
当然だ。
水質が違うだけでなく、濾過も滅菌もされていないのだ。
お腹を壊すことを恐れて飲むのを諦めた。
その時だった、
誰かが通りかかり、通り過ぎようとしたとき立ち止まって、高松さんに声をかけた。
よく見ると、画材を買った店の人だった。
肩にかけた布袋に多くの画材が入っているようだった。
しばらく彼と話したあと、高松さんがわたしに向き直った。