8月25~26日(1)
仕事開始2時間前に工事現場へ向かった。
松山さんを待ち受けるためだ。
現場監督と接触する前に彼を掴まえて、欠勤理由を変更したことを伝えなければならない。
しかし、そもそも、松山さんは未来から戻って来られたのだろうか?
〈情報漏洩〉という表示が消えて、〈本人確認終了〉になって、過去行きの電車に乗れたのだろうか?
そこまで考えて、ふと疑問が沸いた。
25日から25日に移動するのに電車が必要なのだろうかと。
それ以外の移動方法があるのではないだろうかと。
もしかして……、
ハッとして、歩く方向を変えた。
*
浜松駅に到着すると、構内はごった返していた。
会社帰りのピーク真只中だったので、多くの会社員が改札口から吐き出されていた。
わたしはドキドキしながらカフェに向かって足を進めた。
そのせいか、抜き足差し足のような歩き方になっていた。
あのカフェが見えた。
ガラス越しの席に視線を向けた。
居た。
男性の姿が見えた。
通路に背を向けて新聞を読んでいた。
やはり思った通りだ、
わたしは早足になってカフェに近づき、コンコンと二度、ガラスをノックした。
その途端、男性がビクッとして背を震わせた。
そのままの姿勢で両手がスローモーションのように下に向かい、新聞をテーブルに置いて、上半身を捻じってゆっくりと振り向いた。
顔が見えた。
その瞬間、そっぽを向いた。
知らんぷりをした。
松山さんではなかった。
残念ながら、勘は外れていた。
過去行きの電車に乗らずにカフェにいたまま現実に戻るのではないかと思ったのだが、そうではなかった。
慌てて工事現場へ向かった。
*
工事開始1時間前に現場に着いたが、まだ早いせいもあって現場監督も松山さんも来ていなかった。
ほっと胸を撫でおろしたが、視線を周囲から逸らすことはなかった。
30分前になった。
現場監督が到着した。
工事関係者も続々集まって来た。
しかし松山さんの姿はなかった。
10分前になった。
ミーティングが始まる時間だ。
現場監督の前に工事関係者が集まった。
それでも松山さんが来る気配はなかった。
戻れなかったのだろうか?
あのまま未来に閉じ込められているのだろうか?
もう二度と戻って来られないのだろうか?
一気に不安が押し寄せてきた。
その時だった、
視線の先に走って近づいてくる男の姿が見えた。
目を凝らすと、顔がはっきりと見えた。
彼だった。
間違いなく松山さんだった。
息を切らしてミーティングの輪に入ってきて、わたしをチラッと見た。
そして、右目を瞑って右手をその前に立ててさっと下ろした。
*
ミーティングが終わって、松山さんが現場監督に近づいた。
わたしは慌てて二人の間に割り込んだ。
「お父さん大丈夫だったですか?」
松山さんは怪訝そうな表情を浮かべた。
「危篤だって聞いたからすごく心配していたんですよ」
わたしは必死になって気づいてもらうための芝居を続けた。
「えっ、あっ、その~」
松山さんはわたしの意図を察しようと瞼をパチパチと何度か動かしたが、ハッとした表情になってわたしの両肩を掴んだ。
「そうなんだよ。救急車で運ばれたという連絡があったから慌てて飛んで帰ったんだ」
そして、現場監督の方へ体を向けて、「ご心配おかけして申し訳ありませんでした。確かにオヤジは救急車で運ばれたんですけど、事なきを得て無事退院することができました。急なことで連絡もできずにご迷惑をおかけしました」と深々と頭を下げた。
それでも現場監督は疑わしそうな目をしていたが、無理矢理自らを納得させたのか、「休む時は連絡をしっかりするように」と言い残して、背を向けた。
松山さんはまた深々と頭を下げた。
しばらくそのままでじっとしていたが、現場監督が遠ざかる様子を感じたのか、顔を上げて、わたしに向けて両手を合わせた。
「助かった。ありがとう。恩に着るよ。仕事が終わったらちょっと付き合ってくれるか」
*
休憩時には誰とも一緒に過ごさなかった。
高松さんは松山さんを避けていつもと違うコンビニに行っていたし、松山さんはわたしに近づこうとしなかった。
わたしはいつものコンビニで一人静かに過ごした。