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(3)

 

「先ず、何故ルネサンスの時代に行きたいのか? 

 それは、オヤジの影響なんだ。

 画家を断念したオヤジだったけど、絵を描くこと自体は続けていたんだ。

 休日には必ず絵筆を持ってカンヴァスに向かっていたよ。

 その多くは偉大な画家の作品の模写だったけど、好んで描いていたのが、ダ・ヴィンチやラファエッロなどのルネサンス期の画家の作品だったんだ。

 だから幼い頃からそれらの絵に囲まれていて、絵=ルネサンス期という感じになったんだと思うよ。

 強制されたわけではなく、ごく自然にね。

 次に、何故フィレンツェか? 

 それは両親の憧れの地だったから。

 二人とも海外旅行には一度も行ったことがなかったけど、もし行けたら絶対フィレンツェに行くんだっていつも言ってたんだ。

 だからフィレンツェに関するパンフレットや本がいっぱいあったよ。

〈日曜日はイタリア語の日〉なんて言って、イタリア語の本を片手によく練習してたから、よっぽど行きたかったんだろうね。

 多分、フィレンツェは二人にとっての聖地だったんだと思うよ。

 私も両親と一緒に行ける日を楽しみにしていたから、フィレンツェへの憧れは両親に負けないレベルになっていたかもしれないね。

 それから、何故ラファエッロか? 

 それは、『小椅子の聖母』の影響だね。

 オヤジの大好きな絵で何枚も模写していたよ。

 ある日、特別な1枚が描けたからと言って、カンヴァスを覆っていた白い布の前にオフクロと二人で座らされたんだ。

〈ジャジャーン〉とか言って除幕式のようにゆっくりと白い布を下ろすと、とんでもないものが現れてさ。

 驚いたのなんのって、しばらく声が出なかったほどだよ。

 だって、聖母マリアの顔がオフクロの顔で、幼児キリストの顔が私の顔になってたんだからさ。

 そりゃあ、びっくりするだろ。

 でもね、恥ずかしいという気持ちが少しはあったけど、嬉しさの方が上回っていたね。

 オヤジに愛されているんだなって、なんか(あった)か~い気持ちになってさ。

 わかる? 

 だから、ラファエッロは特別なんだよ」


 今度は理解できた。

 何故ルネサンス時代のフィレンツェへ行ってラファエッロに会いたいのか。

 そして、両親の影響がとても大きかったことも。


「そこまではわかりました。で、ラファエッロの弟子になって、なんとかの絵を描きたいというのは?」


 高松さんは大きく頷いた。


「アテネの学堂。

 ローマのヴァチカン宮殿に『署名の間』というのがあるんだけど、そこに描かれたもっとも有名な絵の一つなんだ。

 特に『聖体の論議』と『アテネの学堂』が大好きで、美大に通っていた頃に本に載っていた写真を見ながら何回も模写したことがあるんだ。

 中でもアテネの学堂には古代の賢人たちが数多く描かれていて、模写しながらとても興奮したことを覚えているよ。

 ソクラテスだろ、プラトンだろ、アリストテレスだろ、ゾロアスターだろ、アレクサンドロス大王だろ、ユークリッドだろ、ヘラクレイトスだろ、ピタゴラスだろ、錚々(そうそう)たるメンバーだよね。

 それだけでも凄いのに、ラファエッロは更なる驚きを描き込んだんだ。なんだかわかるか?」


 わたしはなんの反応も返せなかった。


「賢人の顔を画家の顔にすり替えたんだ」


 プラトンの顔はダ・ヴィンチで、ヘラクレイトスの顔はミケランジェロなのだという。


「気づいた時にはアッという声が出ていたよ。ユーモアのセンス抜群だよね。それに、ダ・ヴィンチやミケランジェロに対する深い尊敬の念も感じたしね」


 まるで目の前にその絵画が置かれているかのように、指を動かしながら説明が続いた。


「アテネの学堂はルネサンス絵画の頂点とも言われているんだ。その構図といい、遠近法やシンメトリー(左右対称でバランスが取れている状態)といい、彼が学んだ技術のすべてがつぎ込まれていて、正に彼の才能が全開になった作品なんだ。その上、古代とルネサンス期の文化や宗教観を見事に表現していて、そのスケールと共に圧巻としか言いようがない大傑作なんだ」


 高松さんの目がランランと輝き、その顔は紅潮していた。


「彼の弟子になって一緒に描きたいんだよ。それができたらもう死んでもいいくらいだ」


 居ても立ってもいられないというように、大きく開いた両手で目の前のカンヴァスを掴むような振りをした。


「行きたいんだよな、ルネサンスの時代のフィレンツェに。

 会いたいんだよな、ラファエッロに。

 なりたいんだよな、彼の弟子に」


 しかし、どうしてか急に表情が変わって、空中に差し出していた彼の両手が膝に落ちたと思ったら、フッ、と笑った。


「ありえないよな、そんなこと」


 そして、冷たくなっているであろう芋焼酎を一気に呷ってから立ち上がり、「お開き、お開き」と言って1万円札をテーブルに置き、そのまま出口の方へ歩いて行った。

 わたしはその後姿に向かって心の中で声をかけた。

「夢見れば叶う」と。



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