(5)
「はまだはま、はまだはま、はまだはま……」
仕事に行く前、名前を忘れないように何度も口ずさむようにしながら図書館へ急いだ。
高松さんから教えてもらった女性作家の本を読んで、彼を喜ばせたいと思ったのだ。
図書館に入ると、3台あるパソコンのうち1台が空いていた。
ラッキー!
早速、検索画面に〈はまだはま〉と入力して、マウスのボタンをクリックした。
しかし、信じられない結果が表示された。
〈該当するものはありません〉と。
ん?
入力間違いをしたのかと思って、もう一度やり直した。
しかし、同じ表示しか出てこなかった。
え?
ないじゃん。
なんで?
ひょっとして聞き間違えたのかな?
高松さんの顔と声を思い浮かべた。
でも間違いなかった。
はっきりと「はまだはま」と言っていた。
それに、「はまだはまさんですね」と確認したら、大きく頷いたのも覚えている。
自分の聞き違いでは絶対ない。
確信が持てたので、もう一度入力した。
しかし、結果は同じだった。
憮然としたが、これ以上なす術もないので、腕を組んでディスプレーを睨みつけた。
睨みつけても結果が変わるわけではないのだが、それでも睨みつけないと気が済まなかった。
その時、背後に人の気配を感じた。
振り向くと、中年らしき女性が見えた。
パソコンが空くのを待っているようだった。
検索画面を閉じて、席を立った。
出口に向かおうとすると、受付に若い女性がいるのに気がついた。
丸顔で優しそうな顔をしていた。
〈親切な人に間違いない〉というような雰囲気を漂わせていたので、この人に訊いてみようかと、一瞬その気になった。
しかし、〈そんな作家はいません〉と言われたら恥ずかしいので、すごすごと図書館をあとにした。
*
その夜、最初の休憩の時、図書館でのことを高松さんに話した。
すると、「ハラダマハだよ」と指摘され、「なんでハラダマハが〈はまだはま〉になるんだよ?」と笑われた。
「だって、はまだはまって言ったじゃないですか」
不貞腐れて高松さんを睨むように見ると、〈原因をこっちに押し付けるな〉と言わんばかりの表情で、「私が間違う訳ないだろう。もう10冊近く読んでいるんだから」とわたしのおでこを人差し指で突いた。
「とにかく、原っぱの〈原〉に田んぼの〈田〉、マハはカタカナ。今度は間違えるなよ」
そう言い残して持ち場に戻っていった。
わたしは彼の後姿を見送ったあと、勝手なことをブツブツ言いながら持ち場に向かった。
「浜田ハマの方が覚えやすいのに……」
そして仕事中ずっと呪文のように二つの名前を交互に呟き続けた。
「はらだまは、はまだはま、はらだまは、はまだはま、はらだまは、はまだはま……」