(3)
仕事帰りに高松さんから食事に誘われた。
滅多にないことだ。
人付き合いの良くない高松さんが誘ってくるなんて、なんか魂胆があるのだろうか?
少し身構えながら彼に付いていった。
24時間営業の海鮮居酒屋に入ると、
「うまいものを食べさせてやるから」と言って、次々に注文を店員に告げた。
「ここはよく来られるのですか?」
「そうでもないけどね」
たまにいいことがあった時に来るのだという。
今日はどんないいことがあったのだろうか?
もしかして松山さんがいないということがいいことなんだろうか?
と想像していたら、生ビールが運ばれてきた。
高松さんはすぐさまゴクゴクとうまそうに飲んだ。
「あっ、お疲れさん」
思い出したかのように、半分ほどに減ったジョッキをわたしのに当てた。
「お疲れさまでした」
わたしは追いつくようにゴクゴクっと音を立てて飲んだ。
「プハー。やっぱりうまいですね、仕事のあとのビールは」
水分を控えていたカラカラの体にビールが染み渡った。
正に五臓六腑に染み渡るとはこのことだ。
「まあ、このために生きているようなもんだからね」
彼は残りの半分を一気に飲み干してお代わりを頼んだ。
わたしも負けじと飲み干してお代わりを頼んだ。
「お待たせいたしました」
店員が刺身の盛り合わせを運んできた。
〈マグロの希少部位三種〉だという。
頭肉、ほほ肉、心臓だった。
一尾から取れる量がごくわずかなので貴重なのだと高松さんが説明してくれた。
わたしは今まで一度も食べたことがなかったので、興味津々で箸を伸ばした。
先ず、頭肉を頬張った。
濃厚。
それに脂が半端ない。
大トロにも引けを取らない旨味に驚いた。
次は、ほほ肉。
一尾のマグロから二個しか取れないのだという。
通常は加熱することが多いらしいが、ここは漁協直営の店なので生で食べられるらしい。
ひと口頬張ると、筋が多いにもかかわらず意外と柔らかくて、脂も乗っていてメチャクチャおいしかった。
最後は心臓。
牛のレバーのような食感で、ニンニク醤油との相性が抜群。
思わず味蕾が小躍りした。
「初物を食べると75日長生きすると言いますから、三つだと、えーっと……」
「225日」
瞬時に答えが返ってきたので驚いた。
「計算速いですね」
わたしはうまく頭が回らず、足し算をしている最中だった。
高松さんは、〈そんなことで褒められても嬉しくない〉というように無表情のままジョッキに手を伸ばした。
二人の皿が空になるのを見計らったように次の料理が運ばれてきた。
今度も刺身の三種盛だった。
大トロ、中トロ、赤身。
わたしが躊躇わずに大トロに箸を伸ばすと、高松さんは赤身から食べ始めた。
あっさりしたものから脂っぽいものへ食べ進めるのが高松さん流なのだという。
なるほど、それも一理ある、
わたしは大トロを皿に戻して赤身を頬張った。
美味い!
赤身なのに濃厚。
水っぽさがまったくない。
まったりとした赤身に舌鼓を打った。
そして、中トロ、大トロと食べ進んで、とろけるような甘い脂を堪能した。
ジョッキに手を伸ばすと、高松さんの手がわたしの手を押さえた。
せっかくの甘い脂の感触をすぐに洗い流すのはもったいないと言うのだ。
確かに、言われてみればその通り。
恐れ入谷の鬼子母神。
ジョッキから手を離して、しばし口の中の余韻に浸った。
それが薄らいできた頃、特大のご馳走が運ばれてきた。
大皿の上に人の頭の二倍ほどある魚の頭が登場したのだ。
マグロの兜焼き。
業務用オーブンでじっくりと焼き上げたものだという。
何処から食べようかと迷っていると、高松さんは躊躇わず目玉をくり抜いて口に入れた。
目の周りのトロトロのゼラチン質と脂がたまらなく好きらしい。
わたしも真似をして目玉をしゃぶった。
う~ん、美味。
思わず右手の親指を立ててクリクリっという感じで目を動かした。
しかし、彼の視線は兜焼きに集中していた。
頭肉や頬肉を剥ぎ取るのに忙しそうだった。
わたしも負けじと剥ぎ取っては口に入れた。
う~ん、絶品。
唸るしかないほどの美味しさにビールを飲むのを忘れてパクついた。
「あ~、食べた食べた」
マグロ尽くしに満足した高松さんがお腹を擦った。
「ごちそうさまでした」
わたしは両手を合わせて、ほぼ骨だけになったマグロの頭に謝意を示した。
「あとはチビチビやるか」
店員に向かって手を上げた高松さんは芋焼酎のお湯割りを頼んだ。
わたしは麦焼酎のお湯割りにした。