スティアラの場合2
スティアラ嬢の御母上ですね。
「……」
姿が見えぬ相手に応え無い賢明な方だ。
我はとある方からの言付けを預かっている。
フィナンレーヌ子爵に慕情も抱かず、娘とともに子爵と縁を切りたいと思うならば――
スティアラの母親の頭に何者かが告げた言葉が繰り返される。
その日、町が夕闇に染まる頃、町長の邸――その片隅の小屋が炎上した。
風が吹き、炎が燃え広がる。
いち早く逃げ出したフィナンレーヌ子爵が丘の上から燃え上がる邸と、彼が特区と名付けた区画を呆然と見下ろす。
誰もが不安と恐怖の中で気付いていない。
元々の住民が住む区画は炎上していないこと、誰一人として犠牲者がいないことに。
誰もが素早い避難指示のお陰だと思っている。
いや、一人だけ、犠牲者が出た。
「アンナはどうしたっ!! 何処に居る!!」
「分かりません。誰か知る者は!! 避難を呼びかけた者はおらぬか!!」
フィナンレーヌ子爵が執事に詰め寄る。
胸ぐらを掴まれた執事は知らぬと答え、部下に尋ねる。問われた部下たちは顔を見合わせ知らぬと答えていく。
「だ、誰も、アレを知らんのかっ!! では、燃えたのは中か外かっ!!」
「お、恐らく外、で御座いましょう……」
「そこまで分かっていて、アレの安否確認をしなかったのはどういう理由かっ!!」
「そ、それは、旦那様があの者を蔑ろ――飼い殺しになさっていたからでは御座いませんか。我々は旦那様の命なしに動けませぬ故。旦那様が無視するあの方の世話を我々の軽率な判断で勝手に行えぬのです」
「ぐ、ぐぬぬぅ……っ」
「ま、まぁ良い……良くは無いが、うむ……あの娘に文を出せ、母親は火災で亡くなった、貴様は母の事など居なかったものだと、早々に忘れ、聖女として力を磨き、色仕掛けでも何でもして王太子に取り入り、ウェステリアの小娘を排除させるのだ、と。その為の仕込みをする者を送ると伝えろ」
■
場所は王宮の他国の王族を饗す為の部屋にソージュとスティアラは居た。
彼女たちの対面に外交官と王妃殿下、王太子が座っていた。
「これは宣戦布告と取ってもよろしいかしら?」
外交官が冷汗を流しながら緊張で小さくなるスティアラを睨む。
王妃殿下と王太子殿下も苦々しい思いでスティアラを見る。
「その様に責めた目で彼女を見ないで下さいませ。 彼女も、彼女のお母様も、この国の貴族から受けた理不尽から命賭けで我がウェステリア公国へと亡命をして来た公国の民でしてよ? しかも、ゼスフォーリアの国土を敵国に売る国賊の証拠も持ち出して、提出する為にこうして訪ねた者に失礼無のでは?」
「ウェステリア公女殿下。失礼ですが、何故彼女と彼女の母上の亡命を容認したのかお教え願いたい」
アーサーが険しい表情でソージュに問う。
「売国は一族郎党処刑と決まっております。しかし籍を抜き一族から外れれば、存在しないものとする。その家系図に記されていない者を誰が咎められるのでしょう」
「それこそ内政干渉では無いのですか? ウェステリア公女殿下」
「これは異な事を仰いますわね。私は親友である彼女とお母様をウェステリア公国にご招待しただけ。私は一切亡命の手助けなどしておりませんわよ。公国が良い、と亡命を選択した。それを誰が責められますか?責められるべきは、売国貴族で御座いませんこと? それに聖女である彼女を彼女が大切にしているお母様を処刑できまして?」
「……聖女には働いて貰わねば困る。母親を人質にして聖女を動かす……。それが恩赦になるな……。フィナンレーヌ子爵はそれを盾に自身の助命を求める、か……」
聖女を裁いた場合の被害とフィナンレーヌ子爵たちの命の天秤が聖女を裁いた場合の被害に大きく傾いた。