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辺境伯令嬢の微笑み

 それは王立学院の昼休みに起こった。


 上級、中級、下級貴族、庶民+特待生、と分かれている学生食堂。

 本来ならば上級貴族枠に入るウェステリア辺境伯令嬢ソージュ・エクレール・ウェステリア。

 彼女は僻地の田舎者という嘲笑を逆手に取り、庶民と下級貴族の食堂を回遊魚の如く巡っていた。


 そして、この日も庶民の学生食堂の席に座っていた。


 ただの冷やかしでは無かった。ソージュの正面には赤毛の少女が座っていて、ソージュは彼女の悩みを聞いていた。


 少女の名前はロール。赤髪に碧眼、薄っすらと雀斑がある優しげな可愛らしい面立ちの少女だ。

 

 彼女の悩みは彼女の実家であるパン工房。その正面にパン工房が出来たという。

 そのパン工房は彼女のパン工房で作るパンを真似ていて、高級材料を使っている、という。


 それならば、何処にでもある商売の競争だ。

 だが、彼女の実家のパン工房はヴァニーユ商会の傘下だ。

 そして、相手はバーンナウト商会だった。ウェステリア辺境伯家とバーント侯爵家の抗争を意味していた。


 すると――


「どうだロール。貴様のパン工房では、この金賞受賞の牛肉を使ったふぁんゔぁーぐわぁーは出せないだろぉう?」


 ふぅわっふーっ! とハンバーガーを天に掲げ、指で指し、コレだコレ、と注目を集めるように腕を動かす。何故か下半身もクイックイッと動かす男子はグラムス・ルシウム。お調子者のグラムス。

 

「ふっウェステリアの田舎者の浅知恵ではパンに屑肉を挟んだだけの下賤な食べ物が精一杯だろう。我がバーント侯爵家が有する牧場で食の為だけに育てた牛を使ったハンバーガーは、我々流行の最先端を行く貴族に相応しい高級なハンバーガーにしてやったのだ」


 焦茶の髪――その長い前髪の一房を耳に流しかける男子はプルミエージュ・ケンネ・バーント。バーント侯爵家の次男。知識人振りたいお年頃。


「それを庶民でも手が届くであろう値で売っているのだから、普段は食す事も叶わぬA級牛肉のバーントバーガーを求めるのは必然よな!!」


 ハーハッハッハッハッ!! と高笑いで去っていく。


 パンズを巡れば厚さ3ミリくらいの焼いた牛肉にタレをかけ、レタスを挟んだカルビバーガーだ。


「ロール。顔を上げなさい」


「は、はい」


 肩を縮こまらせて俯くロールの頬に手を添える。


「あれでは子供がお肉を溢してしまったり、タレで服を汚してしまうわ。あれは大人が買っても子供向きではないわ。子供向けがメイン。つられて大人が買う。如何に子供に強請らせる事が出来るか、よ」


「ソージュ様、それは?」


「玩具よ。コレをオマケに付けるの。子供の収集欲、自慢したい気持ちを煽るの」


 私は子供の仲間外れ恐怖理論を語る。


「希少なものを紛れ込ませると尚良いわよ。ハンバーガーに挟んでビックリ箱の様にすると、子供は喜ぶわ」


 そして最低最悪な事を伝える。

 さっと、何人か席を立ち足早に駆けていく。

 

「クラリス。私の合図で遮音ご苦労様」


「いえ。たかがこれしき。それにしても、ソージュお嬢様。クラリスは少々引いております。流石に何の罪も無い子供たちに、その、あの、黒いアレを食させるのは……」


「わ、私もは、反対です……」


「あら? それじゃあ私が悪女みたいじゃない。そんなことしないわよ。食べ物を粗末にしてはいけないし、玩具にしてはいけなくてよ」


「では、あのさっきの黒いアレを低い価値のランクにしてハンバーガーに入れるのは嘘、ですか?」


「嘘ではなく、提案よ? 間違わないで。提案何ていうのは採用してこそ形に出来るの。採用されない提案なんて最初から分かりきっているものは塵、なのよ。こんなもの常識さえあれば採用なんてしないわよ」


「ソージュお嬢様……良い笑顔になっておられます」


「ソージュ様、グラムスとバーント様なら絶対に採用しますよ。確信犯です」


「さあ? 私は知らないわ。コレは提案であって決定事項では無いわ。貴女たち教わらなかったかしら? 人の話は最後まで聞きましょう、と。私たちは愚策を採用しなかった。相手は愚策を盗み聞きして採用した。それだけの話よ」


 扇で口元を隠している。しかし、それが笑みを隠しているというのは誰からも判る。

 

「本当の提案は此方らよ」


 

 

 一方、その頃バーント侯爵令息プルミエージュが所属する派閥の主が君臨する第二王子シーゲル・ヴァーシィバル・ゼスフォーリアが豪奢な椅子に座り、その御前で密告者は平伏する


「――ということでした」


「ふん、田舎者らしい卑しい考えよな。お前らはもう失せて良い」


「まったくです」


 イワン・ヤターシャ・ビッケチュルシオ伯爵令息が同意する。


「しかし、ウェステリアのヴァニーユ商会から市場を奪う事が出来ます」


 プルミエージュが笑みを浮かべる。

 

「ウェステリアから販路を奪い、落ちぶれれば、彼の国の信頼も失われ、バーンナウト商会のバニラ輸入も容易くなるでしょう」


 プルミエージュの従妹でサリック・アミド・バーント伯爵の令嬢ミラハ・ポーンリジー・バーントが微笑を浮かべる。


「ウェステリア辺境伯……奴らは邪魔なのだ。奴らからなんとしても領地を取り上げる必要があるからな」


 忌々しげにシーゲルが吐き捨てる。


「それにしても厄介な奴だよ。エクレール、君は……」


 シーゲルが憎々しげにソージュのミドルネームを口にする。



 数日後――


 ソージュはクラリスを護衛にロールの両親が経営するイーストパン工房に来ていた。


 店内には疎らではあるが客が入っており、ソージュたちのように、店内でお喋りしたり、読書したり、とゆったりと過ごしている。


「や、やっぱり凄い話題になってますね」


「そうですね。 やはり、お子様連れ専用メニューは珍しいですから……王都では……」


「そうなのですか?」


「ウェステリアではお子様連れ専用メニュー……ファミリーセット、や、お子様単品専用のお子様セットなどがあるのですよ」


 クラリスとロールが内緒話をしている。


「ふふ。『新商品を皆で一斉に開封して、史上初の驚きを体験しましょう』ですって。特別に特級牛肉を使った特製ソースバーガーですって」


 ソージュがチラシを指で摘んでペラペラと見せる。


「観に来い、とシーゲル第二王子殿下に渡されたのだけれど……史上初の阿鼻叫喚の体験では無いかしらね」


 ソージュにとってはシーゲル第二王子及びその派閥は因縁の相手を超えた怨敵である。


 シーゲルの名を出す時のソージュの微笑は氷の冷笑となる。


 慈愛の微笑み、からゾクリとする様な艶然とした凍えそうなほどの笑みを見せる。


「ソージュ様……」


「申し訳御座いません……ソージュ様に援助して頂いたのに……このように不甲斐ない事になってしまって……」


 ロールの両親のトーマとエマが、やはり敵対的なバーントバーガー店がきになるのか、工房から出て来た。


「不甲斐ない、なんて思っていないわよ。イーストパン工房はパン専門店。あちらはバーガー一本に絞った専門店。今はA級牛肉に釣られて向こうのバーガーが流行っているみたいだけれど……。直に飽きられるわよ」


「そう……でしょうか……」


「父さん、母さん……」


 トーマとエマは不安になっていた。その時である。通りまで膨れ上がった人々から絶叫が上がったのは、皆、俯き、地面に食べていたバーガーを吐き出す。


「あらあら、大変。不衛生だわ」


 ソージュが靱やかな指をパチンと鳴らす。


「お食事中の皆様、外の喧騒は見苦しく、ご不快でしょうが、このイーストパン工房に浄化結界を張りましたので、穢れはこの店に入る事は御座いませんわ。私の結界に触れた瞬間に死滅してしまいますのでご安心をなさって」


 その優雅な佇まいと、口上と高貴な笑みは有無を言わせぬ迫力があり、誰もが頷く。

 

『クソッ!! 巫山戯るなっ!! 蜘蛛なんて食わせやがって!!』


『いやぁぁぁっ!! 芋蟲ぃぃひぃぃっ!!』


『うっそだろっ!! 俺は黒びかりの触覚ヤローだっ!!』


 私も俺もと誰もが怒声を上げて、子供は泣きじゃくる。


 クラリスが消音結界を張って外の音を届かなくする。

 音が無いと不思議と不安になる為に、店内には封音盤から緩やかな音楽が流れる。


 対岸では店員が客を宥めようと必死だ。だが、客に詰め寄られ、胸ぐらを掴まれて殴られた。


 女性店員は蹲り怯えてしまっているが、圧する様に囲って罵声を浴びせる。


 ――何も罪も無い店員には悪いけれど、人の案を最後まで聞かずに盗んで採用した人間を恨みなさい。


 店のガラス窓が割られる。店内の備品類が凶器へと変わり、荒らされて行く。


 代々的にお披露目して、力を見せつけたかったのか、中には貴族も居る。


 本来ならば店には使用人が来店するが――


「第二王子の開催する出し物だもの、彼を次期国王として担ぎたいなら、派閥の者たちは出席しないわけにはいかないわよね」


 それ以外でも評価を得ようと派閥問わず学院の生徒たちも招待されている。


 店の2階を見てみれば、暴動を呆然と見下ろすシーゲル第二王子とプルミエージュ侯爵令息、ミラハ伯爵令嬢、イワン伯爵令息、そしてバーガー経営者の子息グラムスが居た。


 そして――


 ――ヤッベェですわ……。


 彼らだけでは無かった。壁を隔てた隣室には――


 ――国王陛下と王妃殿下の表情が無くなったわね。


 更にいえばバーント侯爵、弟のバーント伯爵、ビッケチュルシオ伯爵、グラムスの父親であるバーガー工房長が目を見開き絶句している。


 ソージュは気付いていた。

 催し物が始まる前から見物していたことを。

 流行を作り出そうとする子供たちを誇らしげに思っていた事を。


 ――ヤッベェですわよ。シーゲル第二王子殿下と愉快な御友人方。


 食への信頼を失わせた罪。

 王侯貴族への信用を失墜させた罪。


 ――今、この騒動を粛清なんてすれば騒乱に発展して、内乱になりますわよ? その原因となった貴方方は騒乱罪と内乱罪に問われますわよ。


「ソージュお嬢様?」


 クラリスが立ち上がった私を訝しみ呼び止める。


「被害者が粛清されるのは忍びないわ」


 表に出て、極めて弱い下降風で暴動者たちを拘束する。


 突然動けなくなり、身動ぎして拘束を解こうと藻掻く。


「頭を冷やしなさい」


 何だよお前はっ!! これはお前の仕業かっ!! 解きなさいよっ!! 


「私はソージュ・エクレール・ウェステリア。今直ぐにその口を閉じなさい。貴方たちを無礼討ちにする事は容易くてよ?」


 クラリスが剣を抜き、殺気を放つと、彼らは押し黙る。


「素直でよろしくてよ。それと同じでその店の後ろにはバーント侯爵が在る。その意味がお解かりかしら? そのバーント侯爵家縁のバーンナウト商会が運営するバーガー工房。その店や従業員を襲ってタダで済むっと思っていて?」


 遅い対応だが、店から兵士が槍と剣を手に現れたのを降下風で拘束する。


「親ならば子供の前で怒鳴って暴力を振るってはいけませんわよ。見なさいな。可哀想に泣いてしまっているわ」


 子供を抱き上げ、あやす令嬢に驚愕する。


「貴族関連のものに手を出せば、それ以上の報復が待っているわ。貴方だけが粛清されるだけでは済まないのよ。この子の首も、奥様も、その一族郎党も例外無く報復されてしまう」


「お、俺たちは虫を食わされた被害者だ……でもですか?」


「ええ。被害者だと訴えても握り潰されてしまうわ。それどころか貴方たちの方が加害者だとされてしまうわよ。貴族の派閥にはそれだけの力が有ってよ」


 ツイ、と剣と槍を持つ兵士を見る。


「だ、だったら! だったらっ!! 蟲を食わされた俺たちはどうすればっ!!」


「だから、私が止めに入ったのではなくて? 皆様は辺境伯が辺境の地に追いやられた貧乏貴族と勘違いなさっていますけど、辺境伯というのは国境に隣接する国の者の不法入国や戦になった時、敵兵を国に攻め入らせない為に在る事をご存知かしら?」


 首を振る者たち。


「皆様田舎臭いと流行遅れ、と言いますけど、私からすれば王都だけに住まう閉ざされた貴族や城で何一つ役目の無い穀潰しの名ばかりの貴族よりも外つ国の品々に溢れていますのよ?」


 それが何だよ、と思う聴衆。


「解りませんか? ウェステリアが国境警備を怠けたら? 外つ国の輸入品が各領地や王都に運ばれなければ一体どうなるかしら? 王都で流行りのドレスの糸は何処から? 王妃殿下の優美なドレスを編む絹糸は何処のかしら? 辺境伯というのは多少のツテはあるのですわ」


 多少どころじゃ無いだろうと誰もが思った。


「バーント侯爵家縁の店――王宮が認定している肉を使用しているのですから、この騒動も国王陛下の御耳に何れは届く事になりますもの。その前に一部始終を観ていた私が、父に頼み、国王陛下へとお伝えしますわ。ただし、何一つお咎め無し、とは参りませわ。貴方たちの罰としては街の清掃が良いかと提案いたしましょう」


 ソージュが扇で道を指す。


「店一つ荒らしたのです。ですが、その店は存在しなくなる。直す物が無ければ清掃も出来なくてよ? ではその代案を出すしか無いでしょう? 店一つより、街の方が重い罰でしてよ」


 一族郎党の命よりは軽い罰、と言う令嬢に拘束されて居る者たちは泣いて願った。


 因みに、子供――幼女を抱き抱えたままである。

 

 何処から取り出したのか、何かであやして遊んでいる。

 貴族令嬢が子供に向ける慈愛に満ちた眼差しに大人たちは堕ちた。


 それを拘束された者たちの中にいた画家が聖母子の絵として描き、絵画コンクールで国王特別賞を受賞したのはまた別の話。


 閑話休題。


「皆様。よろしければお口直しにイーストパン工房のパンはいかがかしら? お子様セットにはこの可愛らしいシバンリル――ワンちゃんのぬいぐるみが付きますわ。男の子には此方の勇者の人形ですわ」


 シバイヌのマスコットぬいぐるみとアクションフィギュア。前世の記憶を活用して作らせた。


「順番は守りなさい。守らないとお仕置きしますわよ」


 彼らは従順に並ぶ。


「因みにですが、闇市に転売がなされた場合、出禁にしますわよ。よろしいわね?」


 お嬢様の艶然とした一切目が笑っていない笑み並ぶ者たちは勢い良く頷く。


 だが一方――



 わなわなと怒りに震える第二王子シーゲルたち。


「俺は一体、何を、見せられているのだ。なぁグラムス」


「ひぃっ!! あ、ひ」


 首を締め上げられるグラムスは答える事が出来なかった。


「なぁ、イワン? お前は答えてくれるよな?」


 首から手を離し、崩れ落ちるグラムスを蹴り転がしたシーゲルはイワンの股間を掴み上げる。


「うひぐぅっ!!」


「あの女が喋った案を持ち帰ったのはイワンの子飼いの塵であったな。なぁイワン?」


 股間を握る手に力を込める。


「い゛ぎぃ゛あ゛っ゛!! そ、それはぁ゛あ゛っ!!」


 何か潰れてはいけない様な感触と音にシーゲルは掴んでいた手を離す。


「汚らわしいわっ!! よくも俺の手をっ!!」


 シーゲルは水魔法で手を清め流し、その水でイワンの顔を覆う。


 潰れた事で気を失いそうになったイワンは水に覆われて、意識を強制的に戻されて、藻掻き苦しむ。


「プルミエージュ、ミラハ、よくも王家に泥を塗ってくれたな……」


「お、お待ち下さい殿下っ!! わ、我々はあの女に嵌められ――っ!!」


 プルミエージュの脚に穴が空く。


「嵌められたのは何処の誰だ? ミラハ?」


「っ!! そ、それは……プルミエージュとこの塵どもですわ!!」


「そうだ。だがミラハ? 貴様は違うと言うのか?」


「……それは、私はただ、バーンナウト商会を利益を語ったまでですわ」


「そうか? そうだな。ではバーンナウト商会は潰れて貰う。貴様を残し、あとは皆殺しだ。安心しろミラハ。貴様は生かしてやる。ただし魔鉱娼婦としてロクブテ子爵の下へ送ってやる」


「では我は貴様から領地を取り上げ、廃嫡し、魔鉱男娼館に送ってやろうぞ」


 シーゲルの言葉に被せるように言葉を放ったのは国王陛下だった。


「ち、父上、何故っ!?」


「最早貴様なぞ子でもなければ、我は親では無いわっ!!」


「悪巧みでは無く、善い事へと知恵を使いなさいと、あぁ、貴方には善い方法だったのでしょう……。悲しい事ですが、親と子でも相容れなかった」


「は、母上……? 何を仰っているのですか」


「私には王太子アーサーと王女オフィーリアしか子供は存在しない」


 スッと目が細められる。


「罪人。頭が高い。分を弁えよ。でなければ疾く死ぬが善い」


「あ、あぁ……」


 崩れ落ちるシーゲル。

 顔は一気に老け、髪からは艶が失われ、過度のストレスから抜け落ち、禿げ散らかしたザンバラ髪となってしまった。


「国賊共を連れて行け!! 裏側から出よ!! 心得よ!! 違えるなよ!!」


 騎士に命じてから、外を見遣れば、薄い青みがかった紫髪の令嬢の黄水晶のような目と合う。

 

「あの莫迦どもは上手く使われたな」


「ええ。約十年前の報復を見事に成し遂げたわね」


「その報復が出来ぬように此方を押さえた上で、だ。全く頭が痛い話よな」


『あの後、身体の弱った私は生死の間を彷徨い続けました。流行り病で有耶無耶に鳴ってしまいましたが、あの顔合わせの茶会での第二王子殿下と彼を担ごうとする派閥の令嬢子息にされたこと忘れてはおりませんわ。隣国の兵士が国境侵犯を繰り返しているのですが、巡回がうっかり遅くなってしまうやもしれませんし、最近では魔獣の駆除は野蛮だと王宮貴族から言われるのです。ですから、今後は魔獣を狩らずに追い立てて王宮貴族の方の下へ向かわせようと思うのですが……』


『エレオノーラ様……オフィーリア様……実はバニラや精霊蝶蛾から採れる精霊絹糸や反物が輸出出来なくなりそうなのです。何処ぞの貴族が友好の証であるバニラを盗もうとしたり、枯らそうとしたり……まぁ、事前に捉えましたが、お怒りなのです。あと、精霊蝶蛾の繭を密採取しようとする輩が降りまして、精霊が激怒しているのです。それに、田舎臭い貧乏ドレスと言われるのにも我慢の限界ですし……別にウェステリアは困らないのです。内が駄目なら外がありますから……』


 精霊の女王の力を与えられた彼女ならば領地に干貝を出さずに王都へ魔獣を追い立てる事が出来る。

 王家の船ですら向かえぬ海を航る船を艦を有するウェステリアなのだから、新天地を求め、海を征く事が出来てしまう、かも知れない。

 そうなれば、精霊も居なくなるだろう。

 それ即ち魔力が国から失われるということだ。


『何代か前の国王陛下がウェステリア公国に救いを求めて同盟を結んで欲しい、と。ですが、いつの間にやら忘れ去られたのですけど……』


 取り出されたのは同盟の締結書であった。

 

『王国も持ち直し、完全に立ち直って、流行だのにうつつを抜かす余裕もありますし、そろそろ同盟のみな――』


 国王陛下と王妃殿下はこと此処に至り、即断即決した。莫迦は切り捨てようと。

 肉は牧場主が偉いのであってバーントもバーンナウトも別に無くても良いよな、と。

 牧場主の功績を賞して昇爵して優遇しよう、と。


 辺境伯令嬢ではなく、姫として遊学し、外交をしているのだと思い至った――が何もかもが手遅れだった。

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