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辺境伯令嬢の優雅なティータイム

 王都に別邸を構えるウェステリア辺境伯邸門前――


「出せっ!! 詐欺師娘を出しやがれっ!!」


「メスガキっ!! テメェのせいでバーント侯爵家のバーンナウト商会が大損害を被ってしまった!! どう責任を取ってくれるんだっ!!」



 同時刻、王都に別邸を構えるウェステリア辺境伯邸の庭――


「――などと騒いでおります」


 陽光に輝く金髪を黒いリボンで一つに纏めた執事服を着た男装の麗人クラリスが門前の騒ぎを報告するのは、優美なガゼボで筒状の中にチョコレートを入れたラング・ド・シャ・シガレットを繊手――繊指が摘み上げ、麗しい唇を小さく開けて咀嚼すると、優雅に紅茶を飲む淡い青みのある紫髪の令嬢と青みがかった銀髪の青年。


 この場には令嬢専属の侍女二人と青年専属の侍従二人。

 青年の侍従の一人はクリストファー。彼はクラリスの双子の弟である。


「バーント侯爵家のバーンナウト商会とは……妹よ、次期王家御用達になろうという商会に何をしたのかな?」


 兄に対して令嬢はクス、と小さな微笑を浮かべる。


「エドワードお兄様、私は何もしておりません。彼らが勝手に私の商戦策を盗んで、実行して自滅したに過ぎないわ」


「うん。だから、俺はそれを知りたいんだ。解るね。我が妹ソージュ・エクレール・ウェステリア」


「フフ。それは野暮というのですよ。敬愛するお兄様。女は秘密を纏って美しく成るもの。その秘密を暴く覚悟がお兄様にはあって?」


 扇を開いて口元を隠すソージュにエドワード・ミルフィユ・ウェステリアは苦虫を噛み潰したような表情になる。

 黄水晶を想起させる目だけは笑っていないソージュにエドワードはバーンナウト商会を本気で潰す気だと悟る。


 ウェステリア辺境伯領――ゼスフォーリア城が在る城下街――王都から見れば、野蛮な土地、田舎、僻地だと謂われている辺境伯領地。

 それは王都から出る事が無い者たちや、村、集落間の交流しか無く、情報が定期的に訪れる商人から得られる程度であったり、領地を持たない宮廷貴族の嫉妬であったり、王都近郊に領地を有する貴族から見たら、という話である。


 実際は野蛮と言われるのは、隣国との国境に近く、戦になれば最前線となる土地故に、使えるものは何でも使え、の喧嘩殺法な戦闘術が主であったり、魔物も存在する故に冒険者も居たりする。

 冒険者は無頼漢、無神者、無学者がなる、と蔑まれている。

 後は、海には海賊が存在し、その海賊を狩る海賊をウェステリア辺境伯が公認している。

 それらは陸軍、海軍であり、冒険者にも厳格な規律の遵守が求められる。ウェステリアに於ける冒険者とはウェステリア辺境伯家公認資格所持者の事を指す。


 そんな辺境伯領地故に、王都の流行である豪奢なドレス、男性も装飾過多な服装は好まれない。


 ソージュはフィシュテールドレス。エドワードはモーニングコート。


 事は数カ月前――


 海上に警告音が鳴り響く。


「艦長っ!! 所属不明船止まりませんっ!! 依然として此方の右舷へと接近していますっ!!」


 舵を切り、進路を変えても所属不明船は進路を変え、此方の艦へと迫ろうとする。

 ただの海賊ならば警告を発した後、砲撃で威嚇射撃をした後、沈める為の射撃を行う。


 しかし、海賊旗を掲げていない。海賊旗は彼らの顔でもあるし、名を知らしめるもので、他者を威圧するものだ。それを掲げていないとなれば――


「何処ぞの貴族に雇われたか、それとも取り巻きに命じたか、はたまた商敵か……」


「そちらが濃厚でしょうなぁ……」


「この海域にまで、となりますとバーンナウト商会の戦艦だろうよ」

 

「しかし、商会船が単独で航海するなど有り得ないと分かるものでしょうに」


 艦長と副艦長の会話中にも報せが飛び込んでくる。


「爆発炎上工作をし、総員退艦せよ!!」


 小型高速船に乗り込み、退避する。


 そして、敵戦艦の衝角が右舷を突き破り抉る。


 艦長たちは艦に敬礼をして艦を爆破する。


 試作艦は爆炎を上げ、飛び散る破片が襲撃艦を襲う。燃える破片で木造部に燃え移り、鋭利な破片が船員を刺し貫き、歓喜は一瞬で阿鼻叫喚と化した。


 多大な犠牲を出した襲撃艦が帰港したのが、ラード・コレス・アタール伯爵領だった。


「何という有様かっ!!」


「ひぃっ!! お許しをっ!! サリック・アミド・バーント様ぁっ!!」


「貴様が言うたのではないかっ!! ウェステリアの最新鋭艦を拿捕して見せると大見得を切ったのは貴様だっ!!」


 サリックはラードを怒鳴りつける。机を杖で叩きながら。

 ラードは青い顔で怯えきっている。


  サリックはバーンナウトの商会長であり、バーント侯爵家当主ポンテール・ヒザンナ・バーントの弟である。


「現行の船よりも長距離の航海が可能な上に、高速で海を航行出来るあの艦がどれ程の価値があるのか解らんのかっ!! しかも異国より持ち帰った一個を支配出来うるバニラが積まれていたのだぞっ!! それがどれ程の価値があるのか理解しているかっ!! アタール伯爵領全民の命で贖っても足らんのだぞっ!!」


 ウェステリア辺境伯のヴァニーユ商会の輸送船をバーント侯爵家縁のバーンナウト商会が同家派閥に属するアタール伯爵の軍艦が襲い撃沈させた。

 それはヴァニーユ商会に損失を出させる為の海賊行為だ、という詩が吟遊詩人によって広められた。


 ヴァニーユが売りだす辺境伯家の姫の名に因んで付けられたエクレアを始めとしたクリーム菓子を王妃が気に入り、王都でも話題となった。

 ド田舎のウェステリアに流行を掻っ攫われた王都貴族は面白くなかった。その筆頭が大商会のバーンナウト商会だった。


 バーンナウト商会は国王陛下が認めた特級国産肉を扱い、その牛、豚、鶏、山羊、羊、鴨を育てている農場を運営している。経営はバーント侯爵家の血縁者の中でも下級に属する家の者だ。


 田舎臭い牛の乳で作ったクリーム菓子に高貴な香りのバニラは相応しくない、と。


 国王陛下に訴えていたのだった。

 だが、国王陛下の答えは『越権行為は容認出来ぬ、遺憾である』と一言、素気無いものであった。


 国王陛下が認めて下さらぬならば、事故を装って、というのが此度のカルミア號沈没事件になる――


 


 ――本物のカルミア號は改修されてるのよね。


 この国の船造りは基本的に船大工の棟梁の頭の中に設計図があって、棟梁の指示の下、弟子たち――工房の職人たちが作り上げていく。


 だから新型艦を造るにしても棟梁の成功例と感覚頼りの試行錯誤。失敗からこれは駄目、あれが足り無いといった具合だった。


 試験艦カルミアは造船設計図を秘中の秘にしたい棟梁と、設計図を作成させ、模型から試しに造ってから、という私とのやり取りの末に、棟梁の娘が興味を持ったので引き抜いて、彼女が棟梁となって造り上げた試験艦だ。


 造船工房は弟子の息子が継ぐ。

 棟梁は女の子供なんぞ要らんという人だ。


 世の中には変人だと謂われている人は居るもので、伝統が強い考えの中、革新を求め、不思議を考える者を嘲笑うのだ。


 科学(化学)と魔石や魔物から採取した素材、天然魔素材などを使った魔導科学(化学)の結晶だった。


 そんな艦を沈める訳が無い。轟沈した様に見せたのは旧戦艦に無理矢理擬装を取り付けた囮艦だ。

 その戦艦の艦長と船員が愛艦の最期を見届ける為に乗艦した。

 旧艦は高速戦についてこれなくなったのだ。

 艦の名称とナンバリンが刻印されたグエンブレムを予め取り外し、その魂は新造艦に引き継がれている。


 艦種は駆逐艦。

 艦首にウェステリアの紋章が付けられている。


 何故か? 

 駆逐艦も立派なウェステリア自慢の戦闘艦だからだ。


 ――紋章が付けられるのは戦艦だけ。駆逐艦は戦艦じゃない、なんて王侯貴族は人間、平民は人間じゃないと言っているようなものだもの。気に食わないわ。

 民が居て国が在るのに、民を酷使して疲弊させて、使い捨てて、死んでも勝手に生えて来るなんて考えにも反吐が出る。


「それがこの世界でも、あの世界でも真理よね」


「振り返りは終わったかな?」


 ソージュの呟きに、エドワードが確認を取る。


「ええ、お兄様」


「それで、今度は、何を、したんだ」


「お兄様、覚えていらっしゃいますか? 私が王都でヴァニーユ商会に取り込んだパン屋」

 

 ソージュは兄に数カ月前の事件の続きである第二弾を語る。

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