ベランダから見下ろすとプールで遊んでいる義弟がいた
学院が夏期休暇になったので王都から侯爵領に戻ってきた。
三階の自室で課題に取り組んでいたがきりがいいところまで進んだので休もうと本を閉じる。
気分転換をしようと思い窓を開けると、五歳の義弟の叫び声が聞こえた。叫び声と言っても恐怖からではなく、はしゃいであげてしまったようだ。彼は義母の連れ子だ。
何をしているのか気になりベランダに出てそっと下を見ると、庭のプールで遊んでいた。義母や侍女が見守っている。
暑くなると庭にプールを作る。お兄様も同じように遊んでいたのを思い出し、自分の悲しかった気持ちも思い出してしまった。
幼かった私はお兄様と一緒にプール遊びをしたかったが、父は「肌を見せるのははしたないし肌が焼けたらどうする」と許さなかった。
お母様が父に頼んでくれたので、私は屋敷内でプール遊びをした。プールと言ってもバスタブを二つ三つ合わせたような大きさの物だ。庭のあのプールとは全然違う物。これじゃないと思ったがお母様を思い、無理にはしゃいだ。お母様の悲しそうな笑顔が忘れられない。
そのお母様も三年前に亡くなった。
お母様を思うと庭の光景が腹立たしくなる。
義弟は義母と同じ少し暗めの金髪と緑色の目だ。でも彼の顔は父に似ている。お母様に似たお兄様と私よりもずっと父に似ている。三人の中で父の子はと聞かれたら、知らない人は義弟を選ぶだろう。
三年前にお母様が亡くなって、義弟が五歳ということは、まあそういうことなのだろう。
室内に戻り自分の気持ちを落ち着けるように鍵のかかった引き出しに触れた。
私は婚約者が決まったと父から突然告げられた。
その相手を聞いてお兄様も私も反対した。この家には何のメリットもない婚約だ。メリットがあるのは義母の実家だけだ。
私も貴族の娘なので父が婚約者を決めることに不満はない。でもそれは家のためになるからだ。家の何の役に立たない私の婚約。反対する私たちを見て父はお兄様に怒鳴った。
「反対するならお前は後継ぎからはずす」
自室に戻った私は鍵を開けた引き出しから一枚の書き付けを取り出す。それはこの家のご先祖様が人ならざる者と契約した証だった。生贄を差し出せば、一度だけ願いを叶えてくれるという契約だった。
私は願った。お兄様が何の憂いもなくこの家を継げるようにと。そのために不必要な父や義母やその実家がお兄様に迷惑のかからぬよう消えるようにと。
私はその書き付けを持ってベランダへ出て身を投げた。