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9.鑑定士と部下

 アクレシスにはヤナを通じて指輪を渡そう。

 そう考えながら、クリスが隠れ家に戻った。そして、いつも通りヤナの声が聞こえたが、その瞬間転移していた。

 

「――で、なんでここなんだ」


 ヤナが突然クリスを同意なく転移させるのは、よくあることだ。

 クリスは見慣れた場所にいた。

 体が縮んだせいで違和感はあるが、威厳をもって、重厚な椅子に座りなおし、足を組む。

 そこはクリスが代表を務める商会――浮世を忍ぶ仮の姿、フロー商会の執務室。そのクリスのデスクの前に二人の男がいた。


 一人、煤けた金髪に紫の瞳の体格の良い男、ベルマン。


 もう一人は、銀髪に青の瞳の神経質そうな目の下にクマのある細身の男、ジュベール。


 クリスの腹心の部下たちだった。革命で親も家も財産も失った孤児であったときに、クリスが拾って助けた経緯がある。

 だからこそ、二人ともクリスに忠誠をおく、部下なのだが――


「うっそだろ、ヤナ。まじ?これボス?正気か?」


「ワタシに殺されたいのなら、もっと真っ正直に言わないとすっごく痛い方法で痛めつけるゾ☆」


「ウソデス、ヤナの姐御は素晴らしい存在っす」


「そうだぞ☆――ほら、キミがしつこいから連れてきたぞ、ジュベール。キミの秘匿技能であればコレがクリスだと見ればわかるだろう」


 失言をかましたベルマンの靴を踏みつけながら、ヤナはジュベールに言った。


「そうだな」


 ジュベールは口数が少ない。それだけいうと、黙り込んだ。


 なるほど。

 ヤナは二人を説得しきれなかったのか。

 ヤナとクリスの間では、狙われたクリスは姿を消すので、今後すべての指示はヤナを通して行う――という話になったのだが、まぁ。このふたり、というか主にジュベールがそれを拒否したのだろう

 疑り深い彼のことだ。

 クリスが死んだことをヤナが隠して実質的に乗っ取ろうとしている、と思ったのだろう。

 ヤナは人をからかうのが好きだ。悪魔だから当然であるし、信用されないのも当然だった。

 クリスを見た二人はすぐにこれがクリス本人だとわかったらしい。


 まったく。

 手順を変えるのであれば、先に言え、という視線でヤナを見るも、彼女はウインクを返してきた。

 面倒くさいことを自分に任せたらこうなるぞという話に過ぎない。

 所詮悪魔だ。契約している以上信頼はできても信用はできない。


「――俺にも匂いでこれがボスってわかったけどよ。じゃあ、依頼はどうするんだ?」


「何の依頼だ」


「その。ボス、っていうと妙に照れくさいな。十二才くらいです?ひゃー、ちっこいちっこい。ボス子どものころこんな小さかったんすか」


 クリスの問いかけにベルマンは返事をせずに、笑いが止まらないという顔でクリスを見てくる。


「お前だって子どものころはあっただろう。」


「いやそうなんすけど」


「……若くなってるのもよくわかりませさんが……何故女性に?」


 ジュベールの言葉に首を振る。

 わかれば苦労はしない。


「で。何の依頼なんだ」


「あ、それなんすけど。これです」


 再度の問いかけにベルマンがクリスに手紙を渡す。


 ミドラ商会の正式文書だ。


 ミドラ商会は世界的に有名な商会で主に血族で運営される。魔術的な素養が関わってくるらしい。今回はこの国の支部が関わっているようだ。紋様が本家と少し違う。

 本家とも支部ともクリスたちは取引をしたことがあった。


「……」


 内容を読む。


「古代船を一隻引き上げることに成功したのか」


「そうなんすよ。結構中にものが残っていたうえに保存状態も良いらしくて、ある程度は仕分けたけど、古代遺物が混じっていたから是非我々に鑑定を依頼したいと」


「なるほどな」


 確か支部の長は若くて夢見がちに見えた。本部とはわざわざ違う印を作るし、積極的に色々なことに手を出しているようだ。

 そのうちの一つが身を結んだらしい。


「おおがかりな仕事だ」


「海に沈んでいた上に書かれている量が本当であれば、ベルマンや私だけでは時間がかかりすぎるため、ボスを呼ぶしかないとヤナに言っていたんです」


「ボスがその姿であることを隠したいのもわかります。全力で俺たちもフォローしますから、どうにか、一緒にきていただけないっすか」


 ベルマンとジュベールの言葉にクリスは静かに考えていた。


 報酬が、良かった。

 金銭的なものは規程通り。数の多さでなかなか魅力的だ。だが、それだけではない。


「……報酬に、何でも一つ船のものをくれる、というのは本気だろうか」


「本気みたいっす」


 クリスの言葉にベルマンがうなずいた。


「俺もまずそこが気になりまして。支部のヤツに確認したんですが、本気だと」


「……」


「そもそもあいつらも一気に片付けたいみたいで……、鑑定と同時に闇オークションを開いて、端から片付けるみたいなんすよ。まぁ最近古代遺物国家管理法が強くて、古代遺物を金にするには手間取るらしくて。だから、船を手に入れたのはいいものの、陸地に上がれないらしいんです。一度上がってしまえば面倒なことになるから」


「なるほど」


 ミドラ商会は基本的に自分たちの欲に忠実だ。

 決して法は破らない。だが、その抜け道は確実に押さえるのが彼らの通常手段。


「実はいくつか屋敷に隠して持ち運べるようなものは持ち込んでいるそうなので、できればそちらも一度鑑定して欲しいとのことです」


「そこにボス――を連れて行きたいわけなんすけど」


 二人の部下はそろってクリスを見る。

 頭、胸、胴体、足。

 視線の動きをクリスは見守る。

 そして、足から再び頭へ向かう。


「なんだ」


「いや、わかってはいるんすよ」


 とベルマンが両手を振った。


「匂いで――、性別も年齢も違うのに、不思議だけど、俺の嗅覚がボスはボスだという。でも、頭がなかなか受け入れがたく」


「私もです」


 とジュベールがうなずいた。


「秘匿技能で貴方がボスであることは確定しているのに。とても違和感がある。面白い感覚です。――しかし、何故こんなことに?」


 二人の疑問の視線にクリスは首をかしげた。


「僕だってわからない。古代遺物の暴走だろう。あの”英雄”とやり合ったせいか。英雄は魔具を持っていたからな、どんな影響があったかなど正直わかりそうでわからないものだ」


 ヤナの何か言いたげな視線は無視した。


(情報は、こいつらにも隠す)


 そう決めたはずだ。


「まぁ、英雄はわけわかんないからなぁ」


 クリスの言葉を疑った様子もなくベルマンが頭をかいた。


「そういえば、お前は英雄と実際に戦ったことがあるのか」


「まぁ、一応。護衛とかしてたときに少し。ほぼ逃げの一手でろくにやりあってはいませんけど」


「いつもあの槍の魔具なのか」


「あれが多いっすけど、でも、それ以外もどうせ使いこなすからなぁ。盾とか持ち出すととんでもないことになりますよ。正直、街を壊す恐れがあるので、普段は槍しか持ち歩いていないとか。まぁ、槍だけでも十分強いんですけどね。それに勘も鋭い。よっく逃げられましたね、ボス」


「本当です」


 感心した様子の二人に首を振る。墓穴を掘る前に話題を変えたい。


「偶然の話だ。で、この鑑定の話はいつなんだ」


「それは三日後です」


「そうか」


 時間はあまりないが、あちらの都合も考えるとそんなものか。

 クリスはうなずく。


「こちらも準備をしないとな」


「っていっても、今回はもう三人――とヤナ姐さんの四人ででるしかないっすよね」


「そうなるな」


 数の多いものの鑑定となると、秘匿技能持ちで王都にいるメンツとなるとどうしてもこの三人、とヤナで出向くことになるだろう。


「まぁ、ボス。体に違和感もあるでしょうし、待っててくださいよ、それくらいの準備なら俺とジュベールでどうにかなります」


「まかせてください」


「そうか」


 クリスは二人を見る。

 革命後、クリスはヤナの力を借り闇に隠れて、同じ貴族階級出身の逃げ遅れたものたちを助け、一緒に事業を立ち上げた。

 大人の貴族は戦って死ぬことが美徳とばかりに有益な技能をもつものから死んでいった。それに付き従おうとし、うまくいかず、中途半端な技能だけもった貴族の子女たちをたきつけてこの会社を立ち上げたのだ。

 主な仕事はクリスの秘匿技能を使用した「古代遺物の鑑定」と戦闘系の秘匿技能を持つものを主にした護衛だ。


 目的は、生き延びること。


「頼りにしているぞ」


 二人が去ってから、クリスは持ったままだったアクレシスへの選別の品をヤナに渡した。


「……ヤナ、アクレシスにこれを届けてくれ」


「自分で渡さなくていいの?」


「いい」


 また、外を出歩いてローグにあってしまったら、今度こそ彼につかまる可能性がある。あの方法はそう何度も使えるわけではない。リスクを考えれば、姿かたちを自由に変えることができるヤナに託すのが一番間違いない。


「手紙くらい書いてあげたら?あの子はキミが思っているよりもきっと強いけど、それでもさみしがり屋なんだから」


「悪魔が人をわかったようにいうな」


「悪魔差別だなぁキミは、ま、いいけど。猫の姿でたくさんなでてもらおーっと、キミは猫をなでるのが下手だからなぁ」


 この悪魔め。クリスは言わずに小さくため息をついた。


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