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5.鑑定士と姪

「こんなものか」


 クリスは自分の姿を姿見に映していた。

 結ってまとめた髪は染子の節約のためにきっちりと帽子にしまい、服はヤナの買い込んできたものの中でも、地味なものを着た。

 片目は眼帯をつけ、帽子を目深にして目立たないようにする。

 これで、ぶかぶかの服を着た少年――にみえるはずだ。

 じっくり見ればその線の細さで少女だとわかってしまうだろう。

 いっそ、髪を切り、もっと少年めいた姿になれば、違和感が減るかと思ったが、ヤナに止められた。

 

 ――今のキミは女の子にしか見えないんだよ。目立ちたいの?さらわれたいの?ねぇ?

 

 確かにこの国では短い髪の女は少ないため、人の視線を集めやすい。ヤナはそういう視線を楽しむように髪を短くしているわけだが、クリスは人目を集めたいわけではない。


「……」


 クリスは胸元を緩め、肩を出し、鏡越しに右肩を見る。


「……これはかわらないな」


 そこには引き攣れ、弓と矢が太陽を貫く形の烙印があった。


  ◇◇◇


 暗い闇、石造りの牢屋、鞭に打たれた体が痛む。腹が空いて、喉が渇く。救いは来ない、来てはいけない。

 ただ耐えることしかできない。でも、そうやすやすと死ぬわけにもいかない。生きて、生き続けるのがクリスに役目。

 古い地下牢の壁を爪で削る。逃げることができるのか定かではない。でも、何かしないと、し続けないと気が違ってしまいそうだった。


 どれくらいたっただろう。

 革命が、外がどうなったのかもうわからない。誰も地下牢に来ない。統制がとれていない革命軍はクリスを閉じ込めて、最初は檻の向こうにも見張りがいて、クリスを直接見張っていたのに、徐々にそこにいる時間が減っていき、数時間に一回、午前午後に一回ずつ、一日に一回と減っていく。

 その分水も食料ももらえなくなっていったが、クリスは何も言わなかった。

 きっと彼らは慢心していた。

 そして、こんな古ぼけた牢屋に逃げるところなんてないと思ったのだ

 

 もう、いったん寝よう。爪先からにじむ血をなめ、目をつぶりかけた時だった。

 小さな声が聞こえた。

 見張りの声ではない。少女の声に聞こえた。

 クリスは手を壁に手を伸ばす。

 触れた手がレンガを押した。


 ――うごく……?


 あきらめきれずにあがいた先で、光を見つけた。

 人生を変える出来事があった日。


  ◇◇◇  


「よく生きていたものだな」


 小さくため息をついてから、服を着なおす。


(何故若返ったかはわからないが、体のすべては生まれ変わったというわけではない、か)


 クリスは一つ気づいたことのリストに入れた。


 不安もあるが、今回はただの散歩、息抜きだ。

 必要なものはすべてそろえている隠れ家とはいえ、狭さは拭い去れない。大して広くもない部屋に長時間いるのは辛い。

 

「……本を読みすぎるのも目に良くないしな」


 ちらりと、壁の本棚を見る。あふれそうなほどに積まれた本たち。これは知人から渡されたものが大半だった。


 しかも、どれも一度読んだことのある本なのだ。

 半分は知人からの贈り物で、残りの半分は知人の書いた本。

 読むだけに飽き足らず、自ら書き手となった知人には申し訳ないが、クリス自身は特段読書が好きなわけではない。手慰み程度といったところか。

 きっと、知人ならば今のクリスの力になってくれるはず。ただ、クリスが巻き込みたくない。自体が悪い方向に働く可能性すらある

 

(また、あの方のところにも顔を出しに行かないとな)


 クリスは指の人除けの古代遺物に魔力を籠めた。


 人をよけながら、クリスは王都の中心街の噴水広間に向かう。

 街中は人が多い。革命前の王都は今よりも人が少なく、空気も冴え冴えとしていたが、今は人通りが激しく、人の大声もよく聞こえる。乱雑だが、クリスはこのほうが好ましく思えた。


(王都も変わったな)


 王都に住んでいても、こんな明るい時間にゆっくりと歩き回るのは久しぶりだった。


 行きかう人の服装も人種も様々だ。

 革命前の王都は選ばれたものしか入れなかったが、今はもう規制がない。

 商売も、規制が弱まり盛んになった。

 そのために諍いも起きるが、治安維持機関も増やしているので、大事にはならない――というのは表向きで、裏にはいろいろ問題がある。

 その隙間でクリスたちが暗躍できるのだ。

 目的地が見えてきて、クリスはつぶやいた。


「遠かったな」


 歩きなれた道が、体感で1.5倍遠くなった気がする。これは体が小さくなったせいだろう。


 以前は貴族の屋敷が建ち並んでいた一角に、小さな孤児院がある。

 元は教会だったところだ。

 魔法を奇跡と定義する教会は宗教的な意味合いでは必要とされつつも、革命前の貴族社会では、それ以上の存在価値を見出されていなかったのだ。

 今の教会はもうすこし大きな建物に移動し、ここは孤児院としての役割のみ受け継がれている。


(アクレシスはいるだろうか)


 この時間は掃除の時間か、買い出しか。最後にあったとき、彼女は孤児院にいる子供の中でも年長の部類になるので、色々仕事を任されるの、と胸を張っていた。

 クリスが大きな門の中をのぞき込んだ時だった。


「こんにちは」


 聞き慣れた声にクリスは動きをとめた。

 振り返るとそこには、十五才ほどの黒髪の少女がいた。長い黒髪をゆったりと背に流し、青の瞳はまん丸に見開き、不思議そうにクリスをみていた。

 アクレシス、と口に出しそうになった名前を噛み殺し、クリスは唇をつぐんだ。

 彼女はクリスをじっと見てから首を傾げた。


「……あなた、どこかであったことある?」


「……ない、です」


 クリスは姪に嘘をついた。


「でも、どこかでみたことがあるような……」


 アクレシスは近づき、クリスをじっとみる。

 その視線に耐えながら、クリスはあいまいな表情のまま彼女の検分を待つ。


(気づかない、か)


 以前は性別や年齢の違いで面影がある程度だったが、今のクリスの顔はアクレシスのものとよく似ている、と思う。ヤナも同意していたし。

 それこそ色違いのそっくりといえるほどだと思うのだが、アクレシスは勘が鋭いときと鋭くないときの差が激しい。

 クリスは真面目な顔をする姪をただ見ていると、アクレシスは覗き込むように視線を合わせた。

 

「薄青……」


 アクレシスの言葉に視線が泳ぐ。

 髪は染めることができても瞳は染めることができない。


「あまり見られると恥ずかしいです」


 気付かないならば。クリスはつぶやきながら下を向く。

 それでも彼女の視線を感じた。

 アクレシスは口元に手を当ててから、思いついたようにつぶやいた。


「もしかして、おじさん、の、こども……?」


 思わぬ言葉にクリスは肩をこわばらせた。

 自分が彼女の叔父であることが彼女にばれたら、事実を伝えようと思っていた。

 しかし、気づかないのであれば何も言わないつもりだった。

 何故こんなことになったのか、姪に真実を伝えるのは好ましくないと思ったからだが……。

 

(どうしよう)


 このパターンは想像していなかった。

 

「そ、それは違う」


「でも、そっくりだよ、ねぇ。あなたどこからきたの?お母さんは誰?あ、あのそもそも名前は……!」


「ちょ、あの」


 やけに素早い動きでアクレシスの手がクリスの肩にかかる。

 少女の力だ、たいしたものではない――と思いきや、クリスの方がか弱くなっているのだろうか。肩がみしりといった気がした。

 

(無意識の筋力強化か?)


 アクレシスはクリスの介入があったとはいえ、その魔力量と才能を買われて、アカデミアへの入学資格を得るほどの才能だ。変に感情が暴走すると何が起こるかわからない。

 何をいえばいいのか。事実を話すか。

 あと、一か月すれば、彼女はこの国を離れる。その一か月を少しでも穏やかに過ごしてほしい。

 自分がどうなるかわからない今、彼女が去る前に顔を見て、餞別を渡したかった。それだけのつもりだった。


(そうすれば心残りなく、今後のことを決められると思っただけなのに)


「貴方一人でここにきたの?おじさまは?もう半年もここにいらっしゃっていないわ」


 アクレシスの声が高まり、視線が食い込む。そのとき、別の声がした。


「アクレシス!どうかしたの?」


 孤児院の門の中からだった。壮年の女性が孤児院の門の中から不思議そうにクリスとアクレシスを見ていた。


「あら、買い物袋持ったままじゃない。何してるの?その子はだあれ?」


「あーその、今この子と出会って友達になったので、遊んできます荷物お願いします!」


「え?ここでもいいじゃない。お茶でも出すけど」


「買い食いするから!――いこう!」


 アクレシスはクリスの手を握った。

 滑らかな手、その手はクリスよりも二回り以上小さかったのに、今では同じか少し大きい。


「あ」


 アクレシスはクリスの手を握ったまま、走り出す。クリスは彼女についていくことしかできなかった。

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