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4.英雄と魔女

「ローグ、治療は終わったの?」


 トットミリアの声にローグは視線を向けた。

 

 トットミリアは長いみつあみの一つを右手でもて遊びながら立っていた。その髪は鮮血の色、目は黄色。もう一本のやけに飛び跳ねた赤毛のみつあみが腰の下まで延びている。

 彼女は魔女で、ローグの同僚だ。

 外見上は二十前後に見えるが、実際はよくわからない。


 魔女は生まれついての魔女としてあるもので、無尽蔵にも思えるほどの魔力量に、自由自在に魔法を使うことができるもののことを言う。

 秘匿技術のような決まったものでもなく、古代遺物に魔力を通さなくても、もっと、広い範囲で詠うように魔法を使う。

 魔女とはそういうものだ。そのせいなのか、ただの生まれ持った性格なのか、彼女は常にローグの理解の外にいる。

 

「俺の治療は終わった。ケディがまだ中にいる」


 二人がいるのは王城の敷地内の独立した小さな邸宅だった。

 以前は未亡人となった王族の女性が余生を過ごすために作られたという。

 

 ここは、ローグたち国家保安部と軍部の医療班の共同使用となっている。

 こじんまりと言っても、王族が住んでいたような邸宅。庶民生まれのローグは未だこの広さに慣れることができない。

 元々の装飾品に不似合いな重々しい金属の棚がいくつも増設され、医療班の使用する部屋から時折悲鳴が聞こえることにも慣れることはできない。


(悪い奴らじゃないのはわかっているんだが、苦手意識が抜けない……)


 ローグは振り返って廊下と処置室を区切る戸をみる。

 

 以前、医療班の責任者に「貴方の回復力は凄いのでぜひ切らせてもらいたい」と底知れぬ目で言われたことがある。

 あくまで下出に。そして、謝礼も出るという話だったが、断りを入れた。

 責任者は一切の含みもなく。ローグの拒否を受け入れてくれたが、何故か命を狙われている戦場より恐怖を感じた。なるほど。目の前の存在が突然言っていることの意味が解らない化け物になったように思えるのって怖いんだな。と真に理解した瞬間だった。

 そんなことがあったので、怪我をさせてしまったケディのそばを離れるのは不安だった。

 医療班はこの国随一の医療者の集まりで、とても頼りになるにはなるのだが。

 なるはずなのだが。


「あー、あんたたちが噂の鑑定士さんとやりあったんだっけ?あんまりにも鑑定眼がしっかりしすぎてて秘匿技能じゃないかって言われているヤツ。元貴族だの、王族だの、いろいろ言われているけど、実際、年恰好が失踪した第三王子に近いんだっけ?第三王子説は眉唾にしても、興味深いよね。ね、実際、どんな人だったの?」


「どんな人か」


 トットミリアの言葉にローグは床を見る。華麗な紋様が書かれている絨毯は、今はすり切れている。

 この邸宅に入った際にその価値を聞き、それを靴で踏みつけるのには勇気がいったが、今はもう慣れてしまった。

 軍部の視察のたびに、そんないいところを貴様たちに使わせてやっているのだといわれるので、そんないいもので綺麗なものならば飾って壁に張ればいいとこっそりつぶやいたら、上司に苦笑いされた。

 

 ――私も同意見だがね、あまり大声でいわないほうがいいよ、ローグ。王族貴族は悪、悪の持ち物は取り上げて、当たり前のように上書きすべきだ。そう思うものは君が思っているよりも多いんだ。


(貴族、第三王子、か)


 鑑定士は、言うならば、この国の貴族といわれる存在を絵にかいたような外見をしていた。

 年のころは三十前後か。髪は白金で、眼帯をしていない方の目は薄青。長身で細身だが、身のこなしは俊敏だった。

 確かに、革命のさなか、とらわれていた地下牢から消えたとされる第三王子と外見的特徴は似通っている。


 第三王子の名は一般的に知られていない。旧王家は成人するまでは正式な名前を付けない風習であり、彼は革命当時、成人していなかったためだ。


「鑑定士の名に恥じない古代遺物の使い手だった。本当に秘匿技能の持ち主かどうかはわからないが……そこが知れない。外見からも、きっと貴族出身だとは思うが」


「そっか。じゃあ、もしかして本当の王子様なのかな、ね」


 トットミリアは赤い三つ編みを指でいじる。


「……どうなんだろうな」


「なによ。全然興味なさそうじゃない。この間まではもう少し興味ありそうだったのに」


「別に」


 ローグはトットミリアを見上げた。


「なぁ、君は姿を変えることができるよな」


「唐突に何?ま、できるわよ。煩わしくて好みじゃないけど」


「魔女以外の人間でもできるのか?」


「どの程度?」


「……性別と、年齢を変えるとか」


「あんたくらいの魔力量でも難しいでしょうね。普通の人間なんてもってのほか。もし、その効果を出す古代遺物とか魔具とかあったとしても、使おうにも少しならともかく、長時間変えるなら魔力がたくさんないと難しいだろうし……。あとは悪魔くらいじゃないの。よく昔話にあるじゃない。悪魔が姿形を変えて人を誘惑するって」


 ローグは一瞬口をつぐみ、再び開く。


「……君が相手した悪魔ってどんなやつだったんだ」


「悪魔かぁ」


 トットミリアは大きくため息をついた。


「とんでもなく強かった。まぁ、悪魔なんてみんなそんなんだけどさ」


「でも勝ったんだろ」


 ローグの言葉にトットミリアは「勝ってないわよ!」と頭を振って叫んだ。


「魔具使いのあんたと違って、こっちはただの魔女なのよ⁉そう簡単に勝てるもんですか。そもそも魔女だって人間よ。悪魔なんて抵抗が精一杯!まったく。もう少し事前準備さえできていればなぁ。万全の調子で罠にかけることができれば、まぁ、どうにかなるって程度よ」


「でも、さっきどうにかしたって報告していたじゃないか」


「あれは……結局悪魔は逃げちゃったのよ。多分契約者がいたんだわ。契約――」


 トットミリアは視線をあげた。


「もしかして、あのタイミング。悪魔の契約者って、その鑑定士なんじゃないの?そうであればいろいろ説明が……部長に早く言わないと!ちょっと、ローグ、あんたも一緒にきて。部長に報告しようよ」


「俺はいい、ケディが心配だ。君だけで行け」


 ローグの言葉にトットミリアは唇を尖らせた。


「あーはいはい。いいわよ。英雄サマはお忙しいしね。私だけで報告してやりますわ。部長に褒められるなら役得ですけどね、ふふふ」


 トットミリアは立ち上がりもしないローグをみて、鼻息荒く言った。そして、廊下の先の階段へ、二人の上司がいる部屋に向かう。


「嵐みたいなやつ……」


 その赤毛が視界から消えていくのを眺めてから、ローグは耳を澄ました。処置室からは不穏な音も気配もない、ただ綽々と傷の手当てをしている気配と音が聞こえる。ケディの処置は問題なく行われているようだ。

 良かった。


「……」


 ローグは少し目を上げて、窓を見る。

 日差しが差し込む。光は気に遮られ、影を落とす。影は風に揺れる。


「……あれは何だったんだろう」


 魔弾がローグを狙う。それを何故か鑑定士の男がかばった。

 命を狙われるのは珍しいことではない。

 故郷にいたころ、偶然見つけた槍が魔具だった。

 旧王家の持ち物だったそれは、革命のさなかの暴動で失われたものだった。

 その真偽を確かめにダレン――今の上司がやってきて。そこから、槍とダレンの命を狙うものがやってきて、ローグは必要に駆られて魔具と契約し、その力を得た。

 魔具を使えるものは数少ない。

 そして、魔具は貴重で、扱うには強大すぎる力を持っている。

 使いこなすものは注目される。ローグの一挙一動を皆がみる。今までと何も変わらないはずなのに、皆の視線が変わる。そのことに息苦しさを感じ始めたとき、ダレンはローグを自身の部下にしたいといった。


 ――力を持つものは、その力故に平穏な生活ができないものだ。私は、その力を有用に使うのが勤めだ。君はちょうどいい。それに、信用できる部下も欲しかったしね。何より、私も魔具に選ばれた選抜者だ。少しは君の相談に乗ることができるよ。


 両親はとうに死に。育ての祖父はこんな小さな港町から出て行って世界を見てこい、と常日頃から言っていた。

 ローグは自分の先を考えた。

 特段頭がいいわけでもなく、不必要なまでの力をどう使うべきか。ダレンは、ローグの世界をいい方向に広げてくれる気がした。

 勘に従い、言われるままについていけば、災厄をもたらすといわれる魔女はいるわ、魔獣の発生に翻弄されるわ。運よく――トットミリアによると魔具に好かれる性質なのだとかで――魔具は集まるし、ケディのような後輩もできた。

 ローグは自分を理解している。

 人並み外れて頑強だし、魔女にはかなわないが人よりも魔力を潤沢に持っている。魔具にも愛されるらしい。


 だから、ローグは誰かにかばわれたことがない。かばわれる必要もないと思っていた。


 いつだって誰かをかばうために、助けるためにその力を振るってきた。不満はない。だって、自分は強い。かばわれたって、結局そいつよりもローグの方が強いから、ソレだったら最初からローグは前にいた方が効率的だ。

 革命家ダレンは自分の前に立つ指導者。魔女トットミリアは横に並ぶもの。

 その他はかばうべき、助けるべき人々。なのに。

 

(俺をかばった。それに、あの力、あの瞳)


 あの男はローグをかばった。ローグのことを英雄と呼ばれるものだと知っていた。そもそも、彼はあの場で敵だった。敵対していた。ローグとケディを見捨てて逃げればすむ話だった。

 なのに。


(……似ていると思ってしまった)


 頭を抱えるように腕を回す。目を閉じる。

 彼に魔力を渡すとき、手が触れた。その温かさと、瞳の強さに魔がさしたのだ。そして、


「なんで、あんな姿に」


 一瞬だった。魔力を流し込むと同時に、あの男が持っている指輪に魔力が充填された。

 魔力の流れが変わり、つかんだままだった槍がローグにささやいた。


 ――ますたー。なにかくるよ。


 その声を認識するかしないか、それくらいの刹那。

 光が爆発的に広がった。

 目を閉じ、目をあけたときには事は終わっていた。

 ローグは痛む体をどうにか起こすと何かが自分に覆いかぶさっていた。なんだこれ、と軽く動かし、流れる髪に首を傾げ、そして気づいた。


「おんな、のこ……?なん、で」


 かすれる目をこする。

 それは、どう見ても十代半ばかそれよりも幼い少女に見える。確認しようと身を起こそうとしても、多量の魔力をあけわたしたせいか、力が入らない。


「誰……」


「あら、おもしろいことになってる。やだーかわいいじゃん、でもなんで?ん?魔力混じってない?そっか、これがねとられってやつね、まぁ、違うのわかってるけど」


 静寂を切り裂く声。ローグは視線を向け、凍り付いた。


 そこにいたのは悪魔だった。


 その姿はうすぼけて、煙のようにかすんでいる。体格も顔も、性別もわからない。

 ただ、赤い瞳だけが光って見える。

 その輝きは、つい先ほどみたものを思わせていた。


「お前、は……?」


 絞り出したローグにソレは眉を寄せた。

 機嫌をそこねたことに気づいた時には遅かった。


「お前って何よ、未熟者」


 キンと、空気が凍るような声が響く。大きくないのに、頭を殴りつけるようなにじみ出る魔力。

 心臓に負担がかかる。高魔力、以前トットミリアと大げんかしたときに感じたものに似ている。こっちのほうが断然圧が強い。


「――あなた、さまは」


「そこまでへりくだらなくていいよ」


 言い換えると声の主は嗤った。

 そして、腕から少女の手が抜ける


「じゃあね、魔女との追いかけっこは楽しいけど、こっちが優先。縁が会えば会いましょう。さよなら」


「俺を殺さなくていいの、か」


「そうね」


 わらう気配。


「この子がね、そういうの嫌いなのよ」


 そして、ソレは去った。

 視界が狭まる。崩れ落ちるように頭が地面に落ちる。

 あれは悪魔だ。わかった。


(男から女、女の子に変わったのはきっと古代遺物と悪魔が関係しているはず……。でも、なんで、なんだろう。それに、あの人の姿形が変わったことを、トットミリアにも部長にもいえなかった)


 何故。

 考えれば考えるほどドツボだ。薄青の瞳に、赤く輝いた瞳。


(細い、小柄な女の子に見えた)


 同じ色合いで、性別も年齢も違うように見えるのに不思議なことに印象も同じ。

 ローグは自分の呼吸が浅くなっていることに気づいてから、大きく息をついた。

 考えても考えても、あの視線と気絶した少女の姿が頭から離れない。

 もしや。この胸のざわつきは、ときめきは。

 ローグは胸を押さえた。


「……これが初恋なのか?」


 つぶやきが漏れた。

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