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3.鑑定士と悪魔

「で、その指輪、使えたのかい?」


「……ん、まぁ。運命を変えるってとこまでは。ただ、効果はとんでもなく意味不明だが」


「というと?」


 ヤナの相次ぐ質問にクリスは渡された手鏡を見ながら答える。


「魔弾の必中の条件入力に介入したらしい。――英雄をかばって、間に入って、指輪を使った。そしたら、その魔弾は混乱して爆発したようだ」


「キミがなんで英雄をかばったのかはおいておくとして。運命を変える指輪が介入すれば、運命は変わるだろうけども。変な話だねぇ。指輪の力だけではなさそうだ」


 思案する様子で眺めてくるヤナ。


「なぁヤナ」


 クリスはヤナを見上げる。


「お前の力で僕の性別は戻せないのか」


「無理だね」


 すげなくヤナは答えた。


「いっただろう。運命の干渉がその指輪の力だ。そいつが干渉しなければキミたちは死んでいた。つまり、キミが男に戻れば、キミも英雄も死ぬ。ワタシの見る限り、そういう感じだね」


「そうか」


 クリスは鏡に視線を落とす。

 眼帯で隠されていない赤い目がこちらを見ている。

 それさえみずに、右の薄青の瞳と銀に近い金髪、面立ちだけを見れば、いつも以上に姉に、姉の子であるアレクシスに思えた。

 ただ、すべてを愛するような彼女らの視線とは違い、クリスの目は淡々としている。

 それは契約して魂を売ったせいなのか。


「しかしなぁ」


 ヤナはクリスを眺めながら、首をかしげた。


「何で若返っているんだ?三十男が女になるなら三十女になるのが当然だろう」


「ヤナにわからないなら僕にわかるわけがないだろう」


「んー、それになんか」


 と、ヤナはくんくんと空中を嗅ぐ動作をする。そして、何かを言いたげな顔でクリスを見る。


「やっぱり、ほかのヤツの匂いがするんだよね、それが今回の変身に関係してそうな」


「ほかのヤツって、僕以外の匂いが?」


「いんや、人間じゃなくて、ワタシ以外の『悪魔』の匂い。ねぇ、クリス。ワタシ以外の悪魔と契約したかい?」


 ヤナは不埒な行為を見るように挑発的に笑う。クリスは首をふる。身に覚えなどない。

 契約するわけない。しかし、足りない魔力は補った。

 あの魔力のことなのだろうか。


「ローグ・フォルードから、発動に足りない分の魔力をもらった」


「……なるほど、そういう感じを見ると、浮気的な意味合いはないってことだね。あれって英雄だったんだ。英雄って悪魔だったんだ」


「いや、そんなはずは、ないと思うが……」


 手を握ったとき、確かな感触があった。

 確かにあのとき彼は人間だった。悪魔は体がないものと相場が決まっているし、彼は実体があるのだから。


「確かに、魔力をもらったとき、違和感があった。遠目になら、ヤナだってローグ・フォルードをみたことあるだろう。わからないのか?」


「英雄様なんて興味ないから覚えてないよ。ワタシは視力をキミに渡しているようなものだから、今は鼻の方が聞くし。そんなに近づく相手でもないしね。しかし、運命を変えるなんて、本気でやらかす指輪だもんなぁ。それに、人に見えるけど、そっか。なるほど」


 ヤナはそう言ってから立ち上がる。


「よくわかんないけど、彼の魔力を使って指輪を稼働したらキミが少女になった。つまり」


「つまり」


「すくなくとも、キミはそいつと運命を分かち合うことになったって言うことはよくわかったね」


 ヤナはにっこりと言った。

 瞬間、クリスは呼吸が浅くなる。

 他人事だからとこの悪魔め。


「ほおら、だめだよ、クリス。怒らないで」


 身をかがめたヤナはクリスの顎を指で押し上げる。


「キミは冷静沈着で有能な、この国の裏でこそこそ裏商売を営む男、――今は女の子だけどね。キミがそう望んだんだよ。――ワタシと取引をして。だからね」


 身をかがめ、耳元でささやく。その声は甘く、透き通るような静けさで。唇は耳朶に触れ、音が直接頭蓋に響く。


「怒りはあまりおいしくないんだ。キミはワタシにおいしい感情をよこしてくれないといけない。ワタシの契約者。キミは死ぬまでワタシに感情を、欲望を与え続けないといけない。望み続けないといけない。人一倍感情豊かに、生きなければいけない。なのに、さぁ、クリス」


「んッ」


 耳を、噛まれた。


「ね、キミは死にかけた時、英雄をかばったね。彼をかばったうえで、死ぬことは仕方がないと、一瞬でも思ったね。ソレは、違うなぁ。ワタシは良いと思えないよ。今キミがいなくなったらワタシも消えちゃうんだから、さ。ワタシは哀れな体を持たない悪魔なんだ。キミの瞳に間借りしているだけの」


「……すまない」


 クリスは目をつむった。

 彼女の気配はすぐに離れた。


「で、これからどうするさ」


 ヤナの言葉にクリスは彼女を見上げた。


「これから、か」


「そうだよ。ワタシはね、いっそ逃げちゃっても面白いんじゃない?って思う。あのとき『男の』キミの姿を見られて指名手配されていたとしても、今のキミなら逃げられるんじゃないかなぁ」


 クリスはヤナをみた。

 ヤナの赤い目が輝く。瞳の奥底に誘う揺らめきが見えた。

 誘うようなそれに、クリスは揺るがなかった。


「逃げない。わかっているだろう、やるべきことがある」


「死のうとしたくせに」


「かばっただけだ。死のうとはしていない」


「そういう風なんだ、へぇ」


 ヤナは椅子に座って足を組んで、揺らし嗤った。


「まぁ、わかっているけどさ。本当にキミは真面目で責任感が強いね。アクレシスはともかく、部下のやつらはいい大人なんだし、別に面倒見る必要ないと思うんだけど。キミに責任なんてないと思うけどな」


「組織を作った以上は責任がある」


「でもさぁ、それだって好きで作ったわけじゃないじゃん?」


 ヤナの揶揄するような言葉に、クリスは視線を向けただけだった。

 微笑むヤナと無表情のクリスの間に沈黙が落ちる。

 二人の中で先に口を開いたのはヤナだった。


「キミの感情はおいしいね、とても。で、これからどうする?仕事は既に予定がいくつか入っていただろう。あの子たちに今の姿を見せるのかい?それに、今のキミの姿。少女のキミはきっと今までとは違う意味で身の危険が山ほどあるよ」


 クリスは鏡をもう一度見た。

 何度見てもせいぜい十代なかば、ともすれば十二、十三才の少女の姿だった。

 別に性別にこだわりはない。ヤナに魂を売ってから、色恋も関係なく、自分で決めたすべきことを黙々とこなしていただけ。ただ、この姿では今まで通りにはいかないだろう。


(男のままであっても、あの英雄のような強さは得られないのはわかっているけれど)


 この姿では彼のように戦うことなどできないだろう。


「そうだな」


 十五年前の革命で、それまで築かれていたこの国の社会や常識は大きく変わった。

 革命までは、この国の根本は秘匿技能と呼ばれる特殊魔法を保持する王族と上位貴族だった。

 建国の祖が魔術王と呼ばれるほどに魔法に長けた存在だったことが基となっている。よく知られている魔法は獣化だが、彼はそれ以外にも幾多もの魔法を身に着けていた。

 

 彼は国が落ち着いてから、自分の部下たちに魔法の手ほどきをし、それぞれの血統にあった魔法――現在は秘匿技能と呼ばれるものが生まれた。魔術王は自らの強さを自覚していたので、そのようなことができたのだと歴史の本には載っている。

 ともかく、そのように魔術王自ら魔法を教えられたものたちは、この国の貴族としての位を得た。

 魔術王に教えられたことを誇りとし、そこから貴族たちは己の魔法を、秘匿技能を、才覚をいかに自然に気取らせずに使用することができるのか、が、ステータスとなった。

 しかし、その誇りは年を重ねるごとに傲慢につながり、秘匿技能を使うことができない、魔法を使うことができない存在に対するさげすみへと繋がった。

 そのゆがんだ傲慢が、他国と比べて、苛烈な階級社会、差別主義を生んだ。

 魔力を持っていても、秘匿技能を覚えることができない庶民。貴族の血統に生まれても、魔力や才、努力が足りず、満足に秘匿技能を覚えることができない貴族。

 社会は軋轢を深め、結局、その落差から、この国では革命が起きた。

 


 クリスは髪を触る。

 貴族は色素の薄い髪を持つ。一説には代を重ねて魔法に晒せば晒すほど髪は色素を失うらしい。

 まことしやかな噂は今でも残り、革命後のこの国では色素の薄い髪を持つものは「貴族だ」といわれ、嫌な顔をされる。

 

 クリスの作った商会は、その差別を受けた元貴族階級出身者が少しでも生活しやすいように作られたものだった。

 長年虐げられていた民は、優れた革命家の元で社会の形を壊し、その悪意は矛先を王族貴族という枠組みから個人へと。貴族階級の血を引くものに向かうようになった。その身が危うくなるほどに。

 それだけなら、まだ良かった

 問題は、魔法を使う能力を、貴族たちが隠していた秘匿技能を彼らが求めたことだった。

 そして、彼らだけではなく、その勇猛果敢、変幻自在と言われた秘匿技能を使用した戦略に翻弄された諸外国は、その秘を明かすために裏から改革に手を貸し、返す手で救うそぶりで貴族を自国へ招き、その秘密を明かすよう詰め寄った。


「貴族の女性、か」


「染め粉ももうほとんどないんだろう?」


「ああ。半年前の強制徴収以降一切入ってこない」


「髪を出すのも危ないな」


 秘密なんてなかったのに。

 ただ、貴族は己の血に出やすい魔力属性、個性を心得、その習得のみに執念を燃やし、ともすれば命すらかける。だが、それをプライドゆえに隠し通していただけだ。

 にもかかわらず、貴族のみが力を隠していると、貴族の血さえ手に入れば、それが手に入ると思い込んだ。

 それがこの国に起きたことの顛末の一部。

 そして、その妄執と呪いは今でも溶けていない。

 ドブネズミのように逃げて隠れて、それでも、この国から去らない理由はいくつもあるけれど。

 本来は誇れる力、望まれた力のはずだった。この力で役に立つことができるはずなのに。

 クリスたちは今ここでは望まれていない存在だ。

 民衆に慕われ、望まれる英雄とはわけが違う。


「……それでもやらないといけないがな」


 クリスはつぶやいた。

 

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