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21.鑑定士と運命

 魔女たち――国家保安部と軍が駆けつけると、すぐさまトオゴたち商人や参加者たちは捕まった。クリスは鏡を取り上げられたが、そのまま。


 ローグはクリスの足の血に気づいて卒倒しそうなほどに動揺したり、何故かクリスを肩車しようとしたり、色々あったが、魔女に一発殴られてから仕事に戻っていった。

 クリスは魔女に手当てをしてもらった後、意識のないベルマンと共に甲板の片隅に縛られもせずに「ここにいるように」とだけ言われて放置されている。

 まぁ、海の上だから逃げようもないし。ウミヘビは周りでうようよしているし。

放置されているのをいいことに、こっそりベルマンの首輪も外して、海に投げ込んだ。あれはもう必要がないものだ。


 時たまなにやら働いているローグがクリスに手を振り、魔女に何か言われている。

 ちらりと通りがかりのローグが教えてくれたところによると、ジュベールは眠ったまま、トオゴたちと一緒に監禁されているらしい。どうやら命は無事だったようだ。


 船は魔女の海蛇に引かれて、陸地に向かう。

 陸地が見えてきた頃、ベルマンは目を覚ました。


「あれ、ボスここは……?なんで軍服羽織ってるんですか?ていうか、どうなってるんです⁈」


 服が好きなだけあって、まずそれか。とクリスは羽織った上着の裾を掴んだ。

 肌が出すぎているし、目立つし、寒そうだから、と、ローグが魔女たちと合流する前にクリスに着せたのだ。クリスとしても、手や足はともかく、肩の焼き印を見られると厄介なのでそのまま借りていた。


「お前が寝ている間に色々あって助けられたんだ。とりあえず、命の恩人だから、文句は言うなよ」


「ジュベールは大丈夫だったんですか?」


「ああ」


 少なくとも命は。精神的なものはわからないが。


「ならいいや」


 ベルマンはクリスの言葉に頷くと、体を起こしてクリスの横に座った。

 二人でただ、海と空を眺めていた。


 船が港に着くと、クリスとベルマンは人気の少ないところまで誘導された。

 ローグがクリスを抱えているため、ベルマンは胡乱な顔でローグを見ているが、何も口に出さないのはしつけがいいからだな、とクリスは思った。


(そろそろ捕まるのか)


 おとなしくローグに抱えられていたクリスだったが、駆け寄ってくる少女が見えた瞬間、目を丸くした。


 ローグがクリスを下すと、アクレシスはクリスに抱き着いてきた。

 アクレシスの手には送った指輪がはまっている。


「アクレシス……」


「おじさま!」


 この姿でも、おじさまと言ってくれるのか。

 いつ知ったのだろう。アカデミアも行けるのだろうか。アクレシスが近づくまでに頭に浮かぶものはたくさんあった。

 ヤナがきっとアクレシスのことを守るために国家保安部にそのまま連れ込んだのだろう。でも、アクレシスはこれからどうなるのか。

 それでも、何も言えずに抱き寄せることしかできなかった。

 やわらかい体は、今はもうクリスよりも背が高い。クリスは少しだけ、ほんの少しだけ背伸びした。


「ごめんなさい、私、言われるまでおじさまだって気づかなかった」


「気づけるわけない。僕も本当のことが言えず悪かった。アクレシス、君が無事でよかった」


「おじさまぁ……」


「本当におじさんなのか……」


 抱き合う二人を見ながらつぶやいたローグにトットミリアが呆れたように見た。


「ローグ、この間の意味わかんない質問は、このことだったわけ?言ってよ」


 大きくため息をついてから、トットミリアはクリスとアクレシスを眺める。


「そもそも、髪の色も目の色も違うけど二人ともそっくりねぇ……。しかし、お兄さんから女の子か……普通少年になるべきじゃないの?なんでこうなの?可愛いからこそ悔しいわ」


「そう煩悩ばかりだからトットミリアの前には理想の少年とやらがこないんじゃないか?」


「ケディ、吹っ飛ばされたいわけ?」


「……何も言ってませーん」


 後ろから来たケディはトットミリアに睨まれて素知らぬ顔をした。


「まったく、クリスはワタシに感謝すべきじゃないの?なんでこっちみないわけ?」


 足元をゆっくり歩いてきた猫が口を開き、話した。

 ローグとケディは飛びのく。おびえた目で見てくる彼らを意に介さず、猫は伸びをする。


「あ。ヤナの姐さん。今日は猫なんですか?」


「契約者と長く離れていたから省魔力状態になるのは当然でしょう。あーあ、お腹すいちゃった。ほら、肩に乗せなさいよベルマン。この姿楽だけど、視界が低いのが困るわ」


「はい、姐さん」

 ベルマンは素直にヤナを抱き上げ、肩に乗せる。

 猫の姿の時のヤナはベルマンの肩に乗っての移動を好む。彼はクリス(男時)やジュベールよりも肩幅が広くて身長が高いので。

 望む視野になったヤナは、トットミリアを見下ろし、にやりと笑う。


「小娘、なかなかの召喚魔法ね、ただし、ちょっとセンスがないのよね。所詮魔女ね」


「悪魔の大叔母様には最新のセンスはわかるわけありませんものね」


 魔女と悪魔の二人は底冷えする笑みを浮かべあう。


「けんかっ早いのどうにかしたほうがいいですよ、姐さん。そんな、自分が戦ってもそうそう負けそうにない相手だからって喜んでる場合じゃないです」


「トットミリアも、今はそういうときじゃないからやめてくれ。こっちは病み上がりなんだぞ」


 ベルマンとケディのたしなめる声に一人と一匹は視線を逸らす。そして、二人は互いではなく、クリスに目をやった。


「そもそも、結局悪魔付きのこの人、第三王子なんじゃないの?でも、そうなるとアクレシスちゃんとの血縁がよくわからないのよね。だって、王族は消えた第三王子以外は全員処刑されたんでしょう?そしたらアクレシスちゃんの両親はどこにいるわけ?むしろ似ているなら、本当は姪じゃなくてクリスさんが父親とか?」


 トットミリアの言葉にクリスはアクレシスをかばいながら言った。


「僕は王族じゃないし、アクレシスは僕の娘じゃない。姉の子だ」


「姉……王女はいなかったはずだし、生き残りは……」


「僕は、第三王子じゃない。ただ、年頃も外見的特徴も同じで……革命時に殿下の身代わりをしていただけだ」


 クリスは少し考えてから、言葉をつづけた。

 

「王家の眼や腕を知っているか」


「前、ダレンさんが言っていた……」


 ローグがつぶやいた。


「そうだ。僕の家名はサンフロッセン。サンフロッセン子爵は領地を持たぬ貴族。ジュベールやベルマンの家よりもよほど小さな貴族だ。ただ、血に流れる秘匿技能の使い勝手が王族にとって使い勝手が良かったから、そばに置かれてその力を絶やさぬようとり図られるとともに王家に忠誠を誓ったんだ。そんな影の一族は革命前までは三家あってね。その一つが僕のサンフロッセン家だ。あとの二つのうち、一つはアカデミアに。もう一つは革命の最中で失われたと聞いている」


 絶対を誇る鑑定技能は常に何かの役にたつ。


(実際は建国の王の血をひかないといえばうそになるのだが)


 建国の王はいくつもの魔法を駆使していた。その中でも、秘匿技能として王家本流に伝わったものもあれば、伝わらなかったものもある。

 傍系に定着したものを、王家が懐に囲い込んだ。だから、王家の傍系ではあるのだ。ただし、だいぶ前に別れたものだが。


 歴代の能力者には人を見て病を当てることができるものもいれば、一目で毒を見つけることができるものもいた。

 クリスに関しては、人は見てもわからないが、生きていないものであれば、鑑定可能。そんなサンフロッセン家を、王家は懐刀として飼い殺し、支配していた。

 そして、革命が近づいたとき、ティターニアをそば仕えにし、第三王子はこの国を去り、代わりにサンフロッセン家の長男――クリスを、年格好の近い第三王子の身代わりにした。

 幼き日、忠誠をつくした彼と、姉と三人で過ごした日々は忘れられない。その思い出に今でもしがみついているような。そんな気持ちになることがある。


「確かに、あの方は王を継ぐべき才の方だった。だが、もういない。僕はただ、仕えるべき王家が消えたが、この国の行く末を気にするだけの存在だ」


 クリスはローグを見上げた。ローグは呆然とした顔をしていた。


「それって、あの、まさか、そんなまさか」


「ま、それはもう部長にもいってもらうしかないか。部長は第三王子の顔を知っているそうだし」


 ローグの言葉をさえぎるトットミリアの言葉にクリスはうなずいた。

 

「第三王子は彼のことを知っていたからね、きっと彼もあの方のことを覚えているだろう。そしたら、僕とは違うことがわかるはずだ」


「……わかるかなぁ……。性別と年齢変わってるのに」


 ケディがクリスの頭から足をじろじろと見ていった。


「………わかる、はずだ」


「そもそもなんで女の子なの?なんで女の子になったの?」


「僕が知るわけがない。運命を変える指輪が勝手に――」


「違う」


 ローグの言葉にみんな彼を見た。やけに重々しい声だったからだ。

 ローグは真っ青だった。


「……最闇のクリスティナ、の設定の、そのままじゃないか」


「最闇のクリスティナ?」


 首をかしげたのはベルマンだけだった。


「なんだそれ」


「今を時めくレックス・アブセンティア先生の有名少女小説だよ」


「なにそれ?というか、レックスなんたらって」


「そう!歴代王の中でも一番アホっぽいと有名な失踪王の名前だよ!結構筆が早くて色々書いてくれるんだけど、何せ毎回筆名変えるせいでおっかけるのが難しくてさぁ。結局名前が変わりすぎるからファンからの呼び名は『作家先生』。

 その先生がレックス・アブセンティアの名前で出してるシリーズが最闇のクリスティナシリーズ。幼少期王女の影武者をしていたが、不遇にも捨てられた女の子が悪魔と契約して、秘匿技能『鑑定』を駆使して、悪を暴いていくっていう話でさぁ、ローグの愛読書なわけよ。で」

 

 なるほど。トットミリアは説明が終わると、半眼になっているクリスを見た。


「白に近い金髪に薄青の眼、左目を隠していて、華奢な十三歳くらいの女の子、ね」


「やめてくれ」


「あんた、もしかして男の鑑定士さんを見た時に」


「ごめんなさいごめんなさい」


「この人、目が薄青だな、髪の毛金髪だな。女の子だったら完全に『最闇のクリスティナ』だな、って思ったんでしょ?」


 トットミリアの指摘に、ローグはその場にうずくまった。

 クリス、ベルマン、ケディの視線がローグの背中に刺さる。

 ヤナはベルマンの肩の上で大笑いし、アクレシスは目を白黒されている。


「あんた魔銃に狙われて死にかけてたときにそんなこと考えてたの⁉大物じゃない!」


「先輩、マジであのとき俺撃たれてたと思うんですけど」


 とケディ。


「僕は男なんだが」


 とクリス。


「ちがう、ちが、最新刊が男装する話で」


「そもそも僕は来年三十だ。十三歳じゃない」


「でも、似てて、確かに年齢と性別は違うけど、それ以外が……その、ううう」


「……はぁ」


 クリスはため息をついた。ベルマンの肩にいるヤナを見る。


 ――言ったでしょ、この子は悪魔の力を持つ。こいつの願いというか、イメージがまず優先されてしまったのよ。


 頭の中だけでヤナの声が響いた。

 古代遺物は元は悪魔の日用品。悪魔の願いをかなえるのが優先ということか。事情は分かったが、理解は難しい。


「まぁ、命が助かったからいいか」


「クリスちゃん甘いね……」


 諦念の境地にいるクリスにトットミリアは声をかけてから、首をひねる。


「しかし、言われてみると、性別と年齢以外クリスちゃんとクリスティナはほぼ同じよね。すっごい、そんな偶然あるんだ」


「いや、偶然ではない」


「え?」


 クリスの言葉に皆が――うずくまったままのローグも――クリスに視線を向けた。


「その作者は僕の古い知人だから、僕のことをモデルにしたんだ。だから似ているのは当然だ」


「「「「え」」」」


 ローグとトットミリアとケディとアクレシスの声が重なった。


「え、作家先生のサイン欲しいんですけど」


「マジ?最近出てないシリーズの感想言ったら新作書いてくれないかな?どこにいったらあえる」


「おじさま、私聞いていません!」


 みんなから追い詰められるクリスはローグのそばにアクレシスがいることに気づき、アクレシスとローグの間に入り、アクレシスをかばった。


「え、ええと」


「アクレシスには近づくな」


「なんで……?」


「なんでもだ」


 大事な姪をわざわざ変態に近づけるわけがない。

 困惑した表情のローグをにらんでから、クリスはトットミリアに聞いた。


「で、結局僕とベルマンはどうなるんだ?アクレシスは……本人は別に何もしていない。先ほど言ったように、彼女は僕の姪であるだけだ。アカデミアへの入学許可ももらっているし、国益のためにも彼女は」


「大丈夫だよ、アクレシスも、君たちも」


「君たちもって」


 クリスはベルマンと視線を合わせた。

 さんざん古代遺物や魔具の輸出入に手を出し、国益を損なった自覚はある。

 自分自身は殺しに手を染めたことはないが、まったく他者を傷つけずにきたとは言い難い。

 面白そうに笑って様子を見ているヤナが何を考えているかはわからないが、クリスとしては捕まった以上、それなりの対応をされてしかるべきだと思った。のだが。


「あーゲホンゲホン」


 わざとらしい咳払いをして、立ち上がったローグは話し始めた。


「あーその、世間一般では知られていないんだが、実は悪魔の契約者も古代遺物と同じく国家管理しようという法案が今進められていてね。それを支持しているのは部長と部長の息のかかった議員で」


「それは」


「それは、契約者だけではなくて、秘匿技能を持っているものにも言える。だから、君たちは保護対象だ。二人とも、いや三人ともまとめて頂こうと思う」


 クリスは呆然とその言葉と聞いていた。


「傲慢かな?」


 笑ったローグと、渋い顔をするケディ、「おいでませ」と手を振るトットミリア。

 三者三葉の姿に「ぬるすぎる」とつぶやいて、クリスは天を仰いだ。

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