20.決着
「やはり強いな。――痛っ」
クリスは魔力を失い、重く感じる体を持ち上げる。覆いかぶさっていたベルマンは無傷のようだ。
クリス自身はといえば、古代遺物の入れられていたケースを壊した際のガラスで足の裏を切っていた。当面歩くのがつらいだろう。
(これくらいなら上々だな)
ヤナと合流できれば、痛みが起こす感情は美味しくないからと傷を治してくれるだろう。
そして、きっと多大な感謝を要求されるはずだ。情報が役になったでしょ、と。
――古代の船に大体ものを取り寄せる古代遺物があってね。とっても便利だったよ。生きてるものは呼び寄せられないんだけどさー。
そんな言葉を思い出して、見つかった船にもそういうものがあっただろうと思った。
もしくは、その他に何か使えるものを。
運よく、その鏡があったのは幸いだった。
魔具はどうやら生命としての縛りには当てはまらなかったらしい。
彼らとローグのつながりが強かったため、どうにかクリスの魔力でも連れてくることができたが、正直倒れるかと思うほどの魔力消費だった。呼びかけた瞬間盾が直ぐに状況を理解して協力してくれたのでこれくらいで済んでいるのだ。
見れば、ローグが槍と盾をなでている。
魔具って犬みたいだな、口に出したら怒られそうだが、そんな感想を抱いた。
「アンナマリア、バトラグランありがとう」
ローグの言葉に、槍と盾は輝きを増したように見えた。
(きっとよろこんでいるんだろうな)
こんな生き生きとした魔具は初めて見た。クリスが見たものは大概が主を得ていない魔具だったのもあるだろうが。
(王城の奥で、ただ飾られているよりも、これが本来の魔具のあり方なんだろうな。あれが、英雄……ね)
魔具が彼を信用し、体を預け、彼の思うままにその力を発揮する。
ああいうのをスカッとする、というのだろう。
自分には魔力は少ない。ただし、代わりに鑑定スキルだけはある。
あれだけ使いこなせれば、さぞ気持ちがいいだろう。
(ヤナが遠くにいるからか、余計な感情が出てくるな)
自分の中に浮かぶ小さな感情を持てあましながら、クリスはローグを見ていた。
「さて、これで良し。と。あとは念には念を入れて。」
ローグは倒れたままだったジュベールに縄をかけてから、彼に懐から出した瓶の中身をかがせる。
そして、クリスの視線に気づくと、慌てたように両手を振った。
「安心してくれ。これはトットミリア――魔女謹製の睡眠薬だ。数時間で起きるし、後遺症もない。銃は取り上げたけど、何かしても困るし――」
「そうか」
クリスが返すと、ローグはためらうように少し視線を泳がせてから言った。
「君は見ただけで、その鏡をどう使うのかわかったのか」
「まぁ」
クリスは自分の横に落ちている鏡を見た。
クリスの顔ほどの大きさで、銀一色だが、繊細な彫刻が裏と鏡の周囲と縁取る。
周囲を見るも、壊れた古代遺物はなさそうだった。大豊作と言ってもいいだろう。一番使えるものといえば、この鏡だろうが、他にも珍しいものがある。
(まぁ、危険なものはなさそうだな)
このまま、国家に持っていかれても大丈夫そう――と、クリスはハッと頭を上げた。
「まて、商人たちが逃げるんじゃ……!」
ジュベール以外ここに来なかったということは、きっと取り締まりを恐れて皆逃げるほうを優先したのだろう。
慌てて、クリスが膝立ちで窓に張り付く。が。
「あ、あれ」
何かが見える。
「どうしたんだ?」
「何アレ……」
「ん?」
クリスの言葉にローグが一緒に窓の外を見る。
「ウミヘビだな」
「……魔獣ではなく?」
「ウミヘビっていう名前の魔獣なんだ。魔女が使役している。結構優しい奴だぞ」
「……」
窓から見えるのはどう見てもウミヘビ――に見えるが後ろを追いかける船と同じくらいの大きさか。何なら船よりも大きく見えるし、やけにカラフルな縞模様だ。赤青黄色、紫黄緑。遠目なのにすでに眼が痛く感じる。
「はーい皆さん、逃げるのやめて、降伏してください。そうしないと海の果てまで追いかけて、片っ端から殺しまーす♡魔女から逃げれると思ってるおバカさんはいますかぁ?」
拡声された声が船内に響き渡る。
気のせいかと思ったが、やはりウミヘビの頭の上には人がいる。あれが魔女なのだろう。
遠目でわかりづらいが、赤毛がなびくのが見える。
「あとはあいつらに任せたら大丈夫だよ、クリス」
「……そうか」
「あーっはっはっは!おいしいところは魔女がいただきぃ!みんな見てなさいよ!!」
遠くからけたたましい笑い声が聞こえる。
「なんか小さいのもいるな」
大きいウミヘビの周りに半分くらいの大きさのウミヘビも十匹――十頭?ほど見えた。
「小さいのは毎回召喚してるらしい。かわいいし、使い勝手がいいらしくて」
かわいいだろうか?クリスにはよくわからない。
「あれに君も乗ることがあるのか?」
「魔獣と魔具は相性が悪いんだ。あまり乗らないな」
「そうか」
「でも、悪魔との相性は悪くないから君なら頼めば乗せてくれると思う」
「いや別に……でも、とても 強そうでいいな」
「そうか」
ローグはそう言ってから、恥ずかしそうに笑う。
「その、一人で突っ込んでくるのは、俺自身も馬鹿の所業だとわかってるんだが……仲間も強いから、俺は安心して馬鹿ができるんだ」
それから、ローグは窓から身を乗り出し、海に叫んだ。
「トットミリア、こっちだ!」




