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18.鑑定士と英雄、四度目

「まさか、適当に飛ばされたところにいたなんて……運命かな……かわいすぎる……しかしなんて露出が多いドレスなんだ……メイド服もよかったけどこっちもなかなか……」


 英雄の声はやけにふわついていた。

 敵地にどうやって突入したのかよくわからないが、すくなくともそんな戯言を言っている場合ではないはずだ。

 思わす本心が漏れる。


「……頭は大丈夫か?」


「大丈夫だ、俺は盾がなくても頑丈でね。……あぁ、アンナマリアにはいつだってそばにいてほしいね」


 ローグは小声で何に言い訳するようにささやいた。

 それから、近づく足音と、何か金属がきしむ音がした。


(まさか、檻を?……なんて馬鹿力だ)


 膝をつく気配があった。檻が壊され、魔封じの力が弱まる。


「……外すよ」


 小声が耳に届くと同時に目隠しが外される。

 数時間ぶりの視界にクリスは目を細めた。


(まぶしい)


 明るい視界に慣れると、ローグが目の前にいる。


 ローグはいつも通りの黒い軍服、それにあの夜と同じ槍の魔具を持っていた。彼はクリスと目が合うと、顔を赤らめて視線をそらした。

 そんな自分の服装はといえば、


「……悪趣味だな」


 確かに露出が多い服装だった。

 外見年齢の十代前半の年齢にそぐわない、袖のない黒のローブデコルテ。布の素材はつやがあるが、その艶以外に飾り気はなく、裾も膝下。靴は歩きにくさを感じるのも当然、ハイヒールだった。

 髪はサイドアップにされ、リボンで止められている。

 華はないが、商品として仕立て上げようとしたのだろう。


 これなら、いっそ、ベルマンの持ってきたメイド服の方が、趣味が良かったような気さえするが。

 周囲を伺い、閉じ込められている場所を確認する。


(ここは、舞台裏の倉庫、といったところか)


 乱雑に荷物が置かれた部屋だった。思ったより小さく、檻が全体の四分の一を占めている。

 立ち上がろうとして、クリスは自分の両手がいまだ縛られたままであることに気づいた。

 ちらちら見ているローグに、何も言わずにクリスは後ろを向いた。


「背中の開き方えげつないな……、あ、腕?うでか!すまない」


 ローグは慌てて、クリスの腕の束縛を外した。


「君はどうやってここにきた?」


「魔女が飛ばした」


「……そうか……」


 飛ばした。

 窓から飛び込んでときのセリフからして、なんだか常識的な方法ではない気がするが、まぁ最近の国家保安部ではそれが常識なのだろう。

 やっぱりこいつは人間ではない気がする。


 しかし、穴があるならばと脱出できるだろうか。と、彼の視線をたどると確かに、檻の向こうのそこは窓だった。

 そして、大穴が開いている。


(いや、窓というより壁をぶち破っているといった方が正しい気がするんだが)


 風に吹かれながら一応見てみるが、下は海だ。しかも結構高い。

 ここから逃げるのは無理だろう。

 クリスは泳げないわけではないが、陸地が見えない海を渡ることはできないし、ベルマンは意識を失ったままだ。海で浮いているところに魔銃で狙い打たれたらたまったものではない。


「標準は君の悪魔が定めたんだ。だから、君の所にこれた」


「そうか、ヤナが……」


 クリスはローグの言葉に目を伏せる。


 どういう経緯でローグとヤナが手を組むことになったのかはわからないが、まずは生き延びるのが先だ。


「あとから、仲間も来るんだろう」


「ああ。すこし時間はかかるが。……ここはどういったところなんだ?君はやけに着飾っているし、その一緒にいる彼は一体」


「私たちは捕まって、オークションにかけられるところだったんだ。あとこれは部下――弟のようなものだ」


 ベルマンの正体が先日の狼であることは黙っていた方がいいだろう。少なくとも今は。

 質問に答えながら、首をかしげる。


(どうなっているんだ)


 トオゴの話を聞く限り、これから、クリスとベルマンは檻に入ったままお披露目される予定だった。

 となると、ここから檻ごと出されるはずなのだが。


 檻の形は人前に出しても恥ずかしくないようなしっかりしたものだった。

 壁にあるドアは二つだが、両方とも檻が出ることができないほどに小さい。では、どこから。


「その俺がここに来たのは」


「ヤナから聞いたんだろう。それを信じてのこのこ来るのも少しお人よしが過ぎないか?」


「俺は強いからどこに行っても生きて帰れる。……あの悪魔がヤナというならばその通りだ」


「強いから、か。……ありがとう」


 クリスは腕をさする。

 ロングスリーブの手袋は触り心地が良い。人心地ついたクリスの右肩にローグの視線が止まった。


「それ」


 見られた。思ったよりも、その事実をクリスは穏やかに受け止めていた。

 ローグはつぶやくように言った。


「太陽を射貫く矢の焼印、か」


「そうだな」


 何かを問おうとする彼をクリスは見据えた。風が吹き、髪が舞う。

 ローグがためらっている間に、周囲のざわめきが聞こえる。


「その、悪魔は貴方に直接聞けといった。貴方は、一体誰なんだ」


「それを問うためにここに来たのか?」


「……それもあるが、優先順位が違うのはさすがにわかっている」


「じゃあ、君のすべきことをしてくれ。助けてくれたことには感謝するから、もし生きて帰れたらその質問を改めてしてくれ。素性のわからない奴らにとらわれるくらいなら君の方がましな気がするしな」


 そっけなく言ってから、クリスはベルマンの束縛に手を伸ばす。

 見えさえれば、鑑定できる。どうすればいいのかすぐにわかる。

 自分は檻を壊す力も船に飛び込んできても無事な頑丈さもない。でも、これだけはできる。


「俺はこのパーティーをぶっ壊す。古代遺物を回収しないといけない」


「そうか」


「君たちは被害者だ。だから保護する」


「今後何するかわからないようなやつらを保護?投獄ではなくてか?」


 クリスがベルマンの束縛を外してから、ローグを見上げた。

 ローグは先ほどまでの浮ついた姿ではなく、まっすぐな迷いない視線をしていた。

 窓の光が彼の左ほおを照らす。

 彼の視線があまりにまっすぐだったから、きっと気の迷いがあったのだ。

 だから、聞くつもりのなかった気持ちが漏れた。


「君は僕を捕まえてどうしたい?」


 十五年前の革命の際、貴族は全てが悪だと捉えられ、拷問され、人として扱われなかった。

 今も貴族だの王族だのと、クリスの気持ちなど考えずにみんながみんな好きな願望を押し付ける。

 そう考えないものも多くいることはわかっている。


 そんな中で英雄として讃えられる、ローグの考えを知りたかった。


 ローグは迷いなくまっすぐとクリスを見て言った。


「話がしたい。まずはあなたのことを知りたい」


 彼の言葉にクリスは首を傾げる。

 よくわからなかった。

 自分を、自分という立場の人間を彼がどう扱いたいのか。恋情を抱いているのなら、恋人にしたいとか、結婚したいとか、国家犯罪の犯罪者なのだから捕まえたいとか、色々あると思ったのに。だって、自分はそれだけの罪と意味を抱えてきたというのに。


 クリスのことなど、知ってそうするのだろう。


「どうして?」


「だって、全てはそこからじゃないか?でも、そうだな、まずは君を救わないと。

――俺は強いから、君たちを助けることができる。傲慢だけど、まずはそこからだと俺は思う。もちろん、殺しにかかってくる奴らには手加減はできないけど、俺は強いので無力化できると踏んだら、そうする。それでいいと言われたから」


 カーテンの向こうで「こっちだ!」と叫ぶ声が聞こえる。


「そんな甘い考えで生きてこれたことに感動するよ」


 クリスはつぶやいた。

 つまりきっと、彼はまだ何も決めてないのだ。クリスと話をして、それから先を考えようとしている。

 でも、それが真実、彼の強さだとわかる。

 だって、今、こんなに自分は確信している。彼がいればここは大丈夫、自分もベルマンも生きて帰れる。


(甘えだな)


 そして、その力強さを自分は知ってしまった。


「甘い、かな?」


「君にしか言えない、傲慢なセリフで、それはもうそれでいいと思うよ。……そうだね、君たちは奴らを捕まえたい、僕もジュベール、……僕のもう一人の部下を止めてもらいたい。力をかしてくれ」


 クリスは笑った。


   ◇◇◇


「早く船を動かせ!侵入者を見つけて摘まみだせ!」


 ジュベールは臍をかむ気持ちだった。

 海の国境付近。海上の要塞、ここであれば治外法権と言い訳できるような微妙なライン。

 国家保安部も軍も手を出せない。この船であれば、捕まる前に逃げおおせることができる。

 そういわれていたのに、大嘘だ。


 なんの予兆もなく、砲撃されたのだ。突然の衝撃に、船上が大混乱していた。のんきに甲板でシャンパンを飲んでいた貴族や商人たちは慌てふためき、右往左往し、じゃまなばかり。

 ジュベールが海上で砲撃したものの姿を探しても見えず、探索しても引っかからない。つまり、探索の範囲外、視界に入る中には砲撃した者はいないのだ。


(また、あいつらか)


 こんなことができるのは魔女と英雄だけだ。

 逃げ惑う者たちをかき分け、ジュベールはオークション会場へと走る。


「どこへ向かうのですか?!」


 トオゴの声に足を止めた。


「古代遺物たちの確保に向かいます。そちらからも人をください」


「何を言っているんですか?!そんなことしている余裕ありません!英雄と魔女が来たら、こんな船一瞬で沈められますよ……!」


「だが、ボスとベルマンが……!」


「無理です。彼らに攻めて来られたら逃げの一手に決まっているでしょう!……あなたはお好きになさってください、我々は手伝えません」


「……」


 トオゴや彼の部下たちはジュベールの傍を通りすぎる。


(……ここで、逃げられない)


 ジュベールは首を振ってから、懐に手を入れ、魔銃を握る。


 頭がクラクラする。魔力を吸われすぎているのだ。

 なにが、"食い意地"が張っている、だ。

 こんなの、もう呪物のような物じゃないか。

 ただ、持っているだけなのに。

 クリスがこれを見たら、世に出さず闇に葬り去っているほどの、危険な代物だ。

 心の臓が頭に響く様に鳴る。頭に血がのぼり、呼吸が乱れる。


(後悔しない、後悔なんて……してはならない!)


 死んだ母に父。

 失ったものが多すぎるのだ。取り付かれたように、夢に何度も見る。


 ここ最近は特にひどい。何度も何度も彼らの、彼女たちの死体が夢に出る。何度も夜中に飛び起きて、ろくに眠ることができない。


 眠るためには、この国を、また、変えないといけない。反転させないといけない。

 だから、自分はここで折れるわけにはいかない。


 持つだけで魂を吸い取られるような魔銃をジュベールは何度も握りなおす。

 嫌な汗がとめどなく流れる。

 それでも、自分は止まることはできない。


「クリス!ベルマン!」


 たどり着いたドアをたたき壊すような勢いで開ける。

 逆光。人影。強い風がジュベールに吹き付ける。そこにはクリスとベルマン以外の誰かがいた。


「君が、ジュベールかい?」


 黒衣の長身の男。見たことがある。


「英雄、ですか」


 命を懸けて相手をするには申し分ない相手だ。


「……ここで、二人をあなたに連れていかれるわけにはいかない」


 ジュベールは指にはめた古代遺物を解放し、魔銃の引き金に指をかけた

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