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16.囚われの鑑定士

 気づくとクリスは暗闇の中にいた。


 柔らかな感触が目に当たっている。視界は遮られて、両腕は後ろ手で縛られており、外すことはできない。

 縄で直接縛っているわけではなく、何かで包んでから縛っているようで、痛みは感じない。


(目を隠しているのは、あの時の魔封じだな。ヤナとのつながりを断つためにある種の結界の役割も兼ねているのか。時間はそんなに経っていないはずだが)


 実際に外が暗いのではないのかもしれない。

 魔封じは比較的よく見つかる古代遺物で、現代で普及しているものには複製品もあるが、クリスに使用されているのは古代遺物そのもののようだった。


 一定の魔法の素養がないと外せないため、捕縛などにも使用される。


(見るだけでわかってしまうから、か)


 床に横向きに寝ていた体をどうにか起こす。

 ゆらりと穏やかだが、大きな揺れを感じた。


(そうか。ここはもう、船の中か)


 窓が開いている気配もないが、ただ肌寒い。感覚だけに集中してみると、どうやらそもそも着ている布地が少ないようだ。またもや着替えさせられたらしい。とはいえ、体には痛みも違和感もないので、意識のない間に着替え以上の何かを何かされたわけでもないようだ。

ただ、いつも身に着けている肉体強化や、防護の効果を持つ古代遺物も全て取られている。まぁ、それは当然か。

 クリスは小さくため息をついた。


 問題は今後だ。ジュベールがあんなに思い詰めていて、こんな強硬策を行うだなんて、まったく予想していなかった。経過から考えると、ジュベール一人でやったことではないのだろう。あの商人とも手を組んでいたと考えるのが可能性として一番高いか。

 自分の馬鹿さ加減にため息がでる。


(そんな彼を知ろうともしなかった、が正しいな)


 自分にできることを。自分のすべきことを。

 それだけ考えていて、周りにいるもののことをろくに考えてもいなかったのがすべての原因なのだろう。


(早く脱出しないと)


 離れる前にヤナにアクレシスのことを任せたのは幸運だった。

 悪魔は契約を守る。それが世の掟。


 ただ、このままでは今まで守り通してきたことが無駄になってしまう。

 まずは手を自由にするか、視界を得るか。クリスが身動きをした時だった。


「脱出はできませんよ。だって、あなたには何もないから」


 少し離れたところから聞きなれた声がした。


「ジュベール」


「目が見えないものを眺めるのは面白いですね、あなたであればなおさら」


 ジュベールは同じ室内にいたらしい。クリスは声の方に顔を向ける。


「これからどうするつもりだ」


「外見が少女だと、どうしてもどこか愛らしさや媚、哀願を期待してしまうのですが……まぁ中身はあなたですしね」


 歩き回る気配がする。しかし、それはとてもひそやかで神経を尖らせていても、気の迷いかと思うほど。


「……気配隠し、古代遺物か」


「いえ、それほどのものではありませんよ。複製品です。やはり好きにはなれませんね。無駄な魔力消費がある。情緒もない。だが、廉価で生産ラインが整っているので手に入りやすい。嫌悪感ゆえに触るのを拒否していたのですが……そんなことは言ってられませんね。私も先に進まないと」


 独り言ちてから、一歩、二歩。人の歩く音、近づく気配。クリスのそれこそ目の前にジュベールはいる。

 読めない。見えない。わからない。

 彼は、いま、どんな顔をしているのだろう。


「まだ考えは変わりませんか」


 ジュベールの言葉にクリスが返すべき言葉は決まっていた。


「変わらない。例え僕の独断で傲慢だとしても、古代遺物は選別する。世に出して危険なものは葬る。それに秘匿技能の強制継承は拒否する。それが、僕の意見で変わりがない」


「そうですか……まぁ、あなたの考えが変わる――なんて期待はしていませんでした。だってあなたは頭が固いですからね。

……これからあなたは純血で純潔の秘匿技能持ちの貴族の娘として、商家の連中や他国の貴族が見る前で秘匿技能の有用性を知らしめていただきます。正直、あなたは手放さないほうがいいかとも思ったのですが。……まぁ、そういう態度であれば、すぐにでも、貸出たほうがいいでしょうね」


「……」


「逃げようとするのはかまいませんが、ただ、あなたにも大事なものがありますよね」


「アクレシスに手を出すな」


「ええ。今のあなたのそばに悪魔がいない以上は、アクレシスのそばにいるのでしょう。悪魔がついている限りは、私たちは彼女に手を出すことができない。

――あなたが援助しているあの娘。あの子も王家の血を継ぐのでしょう?誰の落胤かは存じ上げませんが。しかもアカデミアへの入学許可が降りるほどの魔法の才がある。自分の立場をわかっているんでしょうか、のんきに孤児院で暮らして、英雄に熱を上げるなど」


 何故自分はアクレシスのことをしっかり隠していなかったのだろう。

 彼女は。彼女だけは。


「僕はどうなってもいい。だが、彼女には、彼女だけには手を出すな」


「あなたならそういうでしょうね」


 ジュベールが膝をつく気配を感じる。

 声が近づく。


「あなたはいつもそうだ。あなたはいいんでしょう、あなたの甘ったれた理想主義では、ね。でも、私はもういやだ。私はそろそろ、地下に隠れ住み、人々に脅かされるこの状況に嫌気がさしているんですよ。とってもね」


 ジュベールの言葉が終わったとき、ドアをたたく音がした。


「余計なことを言わないように」


 それだけ言って、ジュベールの足音が離れる。ドアの開く音。


「今?」とジュベール。


「下見をしたいと」と商人。


 二人は小さく何かを話していたが、すぐに話は終わり、複数人の足音が部屋に入ってきた。


「これが今回の目玉商品とやらか」


 知らない声だ。海の向こうの国の訛りがある声だった。

 そのくには同盟国だったが、貴族の女の人身売買に関わりがあると噂がある。


「これが鑑定スキルを持つ貴族の娘です。技能の披露は本番にて。派手さはないですが、確実性のある技能です。技能を知ったうえで、この技能をいかに身に着けるのかという話をさせていただきます。そのものの適正にもよりますが、あの獣化も視野に入るでしょう」


「獣化!あの歴史に名高い戦闘種族の復活か」


「だが、複製品とはいえ、これだけ魔銃や魔剣の広まった社会では役に立たないのではないか?現に革命の動乱では銃に負けているではないか」


「そうはいっても、詠唱もなしに獣化できるというのには利点も多いぞ。もし強制継承とやらが実際にできるのであれば……。東邦の呪術と組み合わせてみてもいいかもしれませんな。あれは人の精神に良く作用する。奴隷に覚えさせれば、使い勝手がよさそうだ。問題は習得の確実性によるが」


 うかがうような言葉にジュベールのわらいごえが聞こえた。


「方法によっては簡単とも言えますね」


「言い方に含みがあるな、まぁいい。お披露目を楽しみにしているよ」


 クリスはその穏やかに聞こえる歓談を息を殺して終わるのを待っていた。

 下見というのは本当だったらしい。


 話が終わると貴族たちの気配は去っていく。

 ジュベールの足音が再びクリスに近づいた。

 膝をついた気配がした。


「言いたいことがあれば、言ってください。今しか聞くことができないかもしれません」


「……君は一体、彼らにどんな嘘をついているんだ。嘘をつくな。必要な研鑽を無視するな。我々が秘匿技能を使えることが誇りなのではない。秘匿技能と呼ばれるまでに高めた研鑽こそが、誇りのはずだ。それを簡単にできるなど……。しかも、彼らはそれをどうしようするかわかったものではないぞ。秘匿技能は決して人を道具扱いするためのものではない」


「……みな、都合の良い言葉のみを聞き入れます」


「そう言ってあきらめるのか。本当に君が望む未来は先にあるのか」


「あなたにあきらめる等と言われる筋合いはない。そんな理想論を言っている場合じゃない。奪い返す必要があるんです。今までにどれだけの人間が失われてきたと思っているのですか」


「ジュベール、お前が選ぶ道は再び人が大勢死ぬということをわかっているのか」


 ジュベールは押し殺した声で言った。


「それの何が悪いのですか。何事にも犠牲は付き物です。本来なら王族のあなたがすべきだと何度も言って来たはずです」


「その言葉に僕は何度も、王族じゃないと返したはずだ」


「でも肩にある焼印をみました。あれこそ、第三王子の証」


 クリスは黙る。


「……本当にあなたが第三王子でないのであれば、本物の彼はどこにいるんですか?結局私に言えないんでしょう。であれば、あなたが第三王子として扱われる。真実をいう気がない、そんな人間についていく人などいない。現にあなたは一人だ。これまでも、これからも。これはあなたが選んだ道なんですよ」


 ジュベールが立ち上がる。


「お披露目は夜です。少し休まれたほうがいいでしょう」


 衣擦れの音。床が軋み、ドアが開く気配がした。

 ジュベールが去り、クリスは取り残された。


(あんなに感情を出すやつだっただろうか)


 確かに怒りはあるだろう。

 ヤナに喰われているだけでクリスにもある。ベルマンにもある。クリスの知る革命で不利益を被ったもの、不幸になったもの、全てが怒りを持っていた。その持続の程度や矛先は人によるとはいえ、当たり前のことだ。


 ジュベールにもある。

 しかも彼は無惨に殺された母親の死体をみているのだ。その怒りは激しいものだ。だが。


(すでに彼には感情を左右する古代遺物が使われている可能性もあるな)


 ジュベールが日常的に持っているものであれば鑑定で危ないものは排除できるが、それが常時身につけていない、たとえばベッドサイドにおいておくようなものであれば、クリスであってもそれがどんなものなのかわからない。


(もしくは、魔法、秘匿技能、呪い)


 魔法は魔女でなければ気付かれずに使うことはできないし、普通の人間であれば発動に時間がかかる。秘匿技能での人間の操作ができる血統のものは、まず革命で真っ先に処刑されているか、見つからぬよう、光の当たらないところに隠れ住んでいる。


 呪い、呪術は先ほどの者たちが言っていたように人の精神によく作用する魔法体系だ。ミドラ商会がジュベールと手を組んでいるのなら、彼らがジュベールにかけた可能性もある。むしろ、それが一番考えられるだろう。


 そこまで考えてクリスは息をつく。

 今の自分にできることは、なんなのだろう。

 ジュベールのいうように、他国に売り飛ばされてしまえば、どうなることか。

 医者に診てもらったわけでもないが、この体が少女であることはヤナに確認されたところだ。

 そうなると、使い用はいくらでもある。


(男であれば、ある意味コントロールも楽だったんだがな)


 恋情、性欲といったものはヤナとの契約にあたって失っている。

 幼少期は他人に恋慕するほどの余裕がある生活をしてこなかった。故に、その手の話題とは無縁で生きてきた。


 商売や取引など、仕事をしていると、ときたま娘を差し出すものや、女性自身が自分を差し出してくることもあったが、ジュベールやベルマンには自分で判断しろと伝え、クリス自身はすべて断っていた。彼女たちは、それぞれ別の感情を抱えていた。悲しみ、恐怖を宿すもの。もしくは、積極的に自分の未来を選び取ろうとするもの。


 仕事だけをしてきた。自分のすべきことだと考えたものを、ただこなしていた。

 空虚な人間だ。悪魔と取引をして、アクレシスのような大事なものだけ守り切れていただけ、よしとすべきなのだ。

 自分が今、このような状況になって何が今後の正解になるのか全く検討がつかない。


 ――貴方のことをもっと知りたいんです。


 ふと、脳裏に浮かんだ言葉。


 そんなことをいう奴もいたな。

 そもそもあれくらい強い奴だったらこんなことにはならなかった。

 弱いのは嫌だ。アクレシスを守ることができない。この国も、約束も――責任すら果たせない。

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