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15.英雄と悪魔

「また逃げられたじゃないの、ローグ、君、もう少ししっかりしたらどうなのよ」


「そうだな」


 王宮に戻る道すがらトットミリアが使い魔を通してローグにぼやいた。言葉に深く考えずにうなずく。


「……えっと、ローグ大丈夫?やっぱり君おかしくない?調子悪いの?」


 ローグはその言葉が耳に入らなかった。トットミリアの使い魔はそんなローグにあきれたように肩をすくめて、王城に戻っていく、ダレンへの報告をするためだろう。

 そんなことよりも。


(やけに動悸がする。いやな感じだ)


 クリス――あの男、現少女は確かにクリスたちの捕まえるべき相手だった。しかし、相対してもこんな不快感はなかった。

 同じ人間に思えた。彼らにも事情があるのだと思えた

 しかし、今はその感覚が消えた。いらだつような感覚。この感覚があるときの相手は、いつだってたちの悪かった。

 魔具を握ると彼女はささやいた。


 ――ますたー。直感を信じて。あなたは選ばれし子、わたしがあなたの直感を保証するわ。


「ありがとう」


 アンナマリアを握り、ローグはつぶやく。


 クリスはどこにいるだろうか。この嫌な予感は彼女にも関わる気がする

 そう思ったローグは、頭の中にメイド服の彼女が浮かんだ。

 一瞬しか見れなかった。

 裾の長い黒のワンピースは質の良い生地で作られており、裾の長さはしとやかで、品の良く、白の靴下が映えていた。汚れのない純白のエプロンとヘッドドレス、眼帯は最小様々なレースで縁取られており、華美ではないが印象的な姿であった。

 そして、彼女は金の髪を一本のゆがみなく結い上げており、その可憐な美しさをより一層際立たせていた

 一瞬でも見てしまえば、もう一生忘れられないほどの美しさ。

 簡単に言って国宝級。


(いや、そんな言葉にしてしまうとそれはそれで彼女に対して失礼なのでは……)


 ローグとともに行動していた軍の者たちが王宮へとたどり着いたとき、門の前でもめている声が聞こえた。何か、入城許可証を持っていないものが何かごねているのだろうか。

 ローグが視線を上げると、声が止まった。


「あの子は」


 ローグの視線の先、嫣然と微笑む少女には見覚えがあった。

 よく噴水のある広場の近くの孤児院の少女だ。以前屋台のすりを捕まえた時に話したことがあった。


「ローグ?」


「先に行っててくれ」


「わかった」


 去っていく魔女の使い魔と軍部のものたちに背を向け、ローグは少女に声をかけた。門番がほっとしたような顔でローグを見る。


「君は……」


「こんにちは、英雄さん」


 少女は軽やかな足取りでローグに近づいてくる。


「あ、あのローグさん。その子、入城許可もないのに国家保安部の部長か、あなたに会わせろとごねていて……お知合いですか」


 少女の向こうから門番が困惑した顔でローグに尋ねた。

 ローグは門番たちに向かって手を振る。


「この子は俺が預かる。通してくれ」


「はい」


 ローグの言葉に門番たちは何も疑う様子も見せずに持ち場に戻っていく。


「素直だな、君はずいぶん信用されている。女を王城に入れて逢引しようとしているようにも見えるのにね」


 ローグは何も返さず、ただ少女を見下ろした。

 彼女のことを覚えていたのは、彼女の瞳が青の瞳――貴族の血を引くように見えたからだ。利用するわけではない。ただ、悪人の中には彼女のようなものを『貴族の血を引いている可能性が高いから』と狙うものもいた。それゆえに、彼女に何かあれば力になろうと思っていた。


 しかし、いつ見ても彼女は明るく裏のない顔で笑う姿を見せるばかり。

 悪人ばかりと関わっているせいで自分も嫌な思考をするようになったものだと少し苦く、しかし、何事もない彼女の様子に安堵していたのだが……。


(様子がおかしい。最後に彼女を見たのは広場でクリスを見た時。あのときもいつもと同じだった。なのに、今は)


 今は、まさに彼女は別人に見える。

 表情もあの朗らかな明るいものではない。

 自分を見上げる彼女は、年齢にそぐわぬ色めいた表情だった。

 一瞬、彼女が自分の想像していた危険な事態に巻き込まれたのかと思った。しかし、すぐにローグは気づいた。彼女の眼は青かったはず。それが今は赤い。

 その赤さをローグは知っている。


「……悪魔」


「静かに」


 ローグの唇に少女――悪魔の手が伸びる。その指に光る指輪にローグは目を細めた。


(この指輪、クリスの魔力が入っている。なんでここにあの男やクリスと一緒にいた悪魔が?それにこの少女は……)


 それに王城にはトットミリアの結界が張られていたはずだ。中に入っていないとはいえ、何かあればすぐに彼女が気づくはず。

 トットミリアに何かあったのか。

 ローグの心を読むように悪魔は笑った。


「魔女なら大丈夫。別にどうにもしていないから」


「何のようだ」


「図太いね、それでこそ、同族」


 悪魔は笑う。


「貴方はこの間の悪魔だろう。何の用だ」


「ここじゃ話づらいから、違うところがいいんだけど」


「……ついてこい」


 ローグは歩き出す。悪魔は何も言わずについてくる。


 ――ますたー、あくまは?


(アンナマリア、見張ってろ。変な動きをするようならバトラグランたちを呼べ。君の声ならこの距離でも聞こえるはずだ)


 ――盾やろうがいなくても、あんなちゃんとますたーまもれる!


(口が悪いぞ。……守るのは俺じゃない。ほかの人だ)


 ――そう、ならよんでもいいよ。


 悪魔に気づかれぬよう、いつも握っている槍を握った。――つもりだった。


「ふぅん、よく調教しているようだ。さすが英雄と呼ばれるだけあるな」


 悪魔は言った。

 ローグは彼女を見下ろす。

 どこまで悪魔はわかるのだろう。ただの予想の範囲なのか。すべてをわかっているのか。ローグには皆目見当もつかなかった。

 二人は王城の門を通り、内側の階段を上る。

 無言で歩くローグに悪魔も何も言わずについてくる。

 そして、二人は塀の上に立った。風が強い。


「ここは高いだけある。町がよく見えるな」


 悪魔は城下を見下ろし言った。


「あなたは、何者だ」


「クリスと契約しているもの、というのは知っているでしょう?今は色々あって宙ぶらりんの関係だけど、別にすべてが外れたわけじゃない」


「その娘……、その体の持ち主は」


「安心して。この子はクリスの次に大事な子だから。なんていうか、今は守るために中に入っているの。ワタシ体ないし。悪魔だから」


「契約者は数が少ない。一体幾人の魂をすすってきた」


「そんなに多くない。捧げられたものをもらっただけ。ちゃんと契約したのはクリスが初めて」


「やはり、クリスが契約者なのか」


「そうよ」


 悪魔は肩をすくめた


「あの子とっても生真面目でね。裏でこそこそやってるくせに、隠し事が嫌いでね、まぁ、こんな状況のこの国に残っているくらいだから、おして知るべしってか。ともかく、同族のよしみで貴方に頼みがあるの」


「……なんで俺が貴方の頼みを聞くと思う」


「巡り巡って、クリスのコトを助けるコトになるとしたらどうする?」


「……」


「やっぱり」


 悪魔は笑った。


「あの子、おいしそうだもんね。感受性豊かでお人好し。もう少しましな世の中なら、もっと輝けていた。あの子ならどんな未来も得ることができる。そういう希望に満ちた存在。ワタシはその可能性を美味しく思ったんだけど……アナタも、でしょ?」


「俺は、悪魔じゃない」


「アナタがどういおうと、本質は悪魔」


「俺は悪魔の血を引くだけだ」


「えぇ、わかる。でも、ただ悪魔の血を引くだけじゃない。魂まで引きずっている。アナタの魂には覚えがある。ワタシの旧友の香りがある」


 悪魔は、つぶやいた。その声は聞こえなかった。でも、その名前は真実なのだろう。

 何故だろう。いら立ちが薄れる。好転の予感がした。

 曾祖父が生前、命をかけて悪魔を助けたことがあったらしい。

 そもそも悪魔を助けるために命をかけたわけではないのだが、結果的にはそうなった。

 だから、その血を引く俺たちは生きしぶといんだよ。と祖父は語っていた。


 ――ますたー、戦う?


 背に背負ったアンナマリアがささやく。

 いや、戦わない。


 ローグは大きく息を吸った。

 予感があった。

 それは過去にダレンに出会ったとき。

 この出会いは人生を変えると確信した。

 その予感は当たった。ローグは自分の力の生かしどころを知り、大きく人生が変わった。

 そして、今。新たな岐路に立っている。


 ローグは悪魔を見る。

 悪魔はこちらを試すように見ている。しかし、その実ローグを頼りたいのだ。


(でなければ俺の前に等出てくるはずがない)


 コレをどうやってつかむのか。


「俺にして欲しいことがあるなら、それなりの情報なりなんなり、よこして欲しい」


「真っ正直だなー。嫌いじゃあないよ」


 悪魔は笑う。


「協力が欲しいのはクリスのこと。だからそのことなら話しましょう。あの子はとってもいいごちそうだから」


「――ごちそう、とは」


「まぁそうね、人間として生きている以上、先輩悪魔なんていないから知りようがない。悪魔の主食は人間の魂その食べ方は色々だけど、おおまかには魅了し、契約、一度にかみ砕き、飲み込む。もしくは契約し、奪い取り、少しずつ味わう。クリスの場合、ワタシに感情を提供している」


「感情」


「そう。感情は魂の生産物。ソレを提供され続けるのは、一度にすべての魂を奪い取るよりもワタシ好みでね。感情全部――とはいかないけど、まぁ、ほぼほぼワタシがもらっている」


「感情を奪われ続ける場合はどうなる」

「まぁ、簡単にいって、無感動な人間になっちゃうね。よく言えば冷静な判断ができるようになる。しかし、欲もなくなってしまう。欲がなくなると生きている意味がなくなり、自死につながる。だからワタシはクリスにとって一番大事な感情だけは奪わないことにしている」


「その感情は」


「たった一人の家族を愛する気持ち、そして、それに付随する感情」


 クリスの愛するもの家族。

 瞬間、得体のしれない感情にローグは胸をつかむ。


(これは)


「嫉妬か。でも、安心して。家族であってお前の望むような愛ではないし。姪だよクリスの」


「……クリス、その第三王子に姪はいないはずだ。王子も、王女も、第三王子以外は全員もう処刑されている」


「ま、その前提が間違っているからね。王家の罠はいつまでも影響し続ける、さっすが」


 にやにやと悪魔は笑う。ローグに「何故なんだ」という言葉を言わせるためなのだろう。わかっていても苛立たしい。


「――それで」


「クリスは誰も愛さないし、執着もしない。姪以外は。契約さえしなければ、クリスはもっと良い人生を歩めたはず。まっとうな仕事。まっとうな生活。そして、恋に、友情、愛する人、結婚。でも感情を捨てたクリスにはそんな未来はない。おいしいでしょ?」


 クリスの何の感情も映さない冷え冷えとした瞳。その静謐さは。その意味は。

 ローグは唇を噛んだ。


「……悪趣味だ」


「でも、キミだってわかるでしょう。クリスがとても強靱な魂をしていることを、ソレを味わいたいから、キミはクリスに執着するんじゃないの?」


 悪魔の言葉にローグは視線を逸らす。

 そして、改めて、悪魔を見た。


「その子、その身体の娘がクリスの姪なのか」


「そのとおり!諸事情でね、彼女のそばにいたんだけど……、問題が発生してね。体を借りるのが一番簡単で確実に彼女を守れるからこうしてる。なにせクリスの元に戻ろうとしても戻れないんだ」


 クリスの身に何かが起こったのだ。ローグは槍を強く握りなおす。


「……貴方は俺にどうして欲しいんだ」


「ほんとは契約者の共有なんて悪趣味なことはしたくないんだけど……キミは、どうやらクリスの運命を変える相手のようだ。古馴染みの縁もある。せっかくだから、手を組んで、一緒にクリスをアッと言わせないかい?」


 悪魔はいたずらっ子のような笑顔を浮かべてていった。

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