14.鑑定士と過去
「……ボス」
王都の隠れ家の一つに戻ると、ベルマンはクリスに向き直った。
今の今まで黙り込んでいたのは、考えをまとめていたからだろう。
保安部の追っ手から逃げてから、彼が徐々にいらだっていることにクリスも気づいていた。
「ベルマン、傷の手当てをしよう」
話しかけても、黙り込んだままのベルマンに、声をかけると、彼は絞り出すように言った。
「ボス、俺はあいつらを傷つけていません。あなたの言うがままに。でも……もう、後手後手は性に合わないんですよ。国家保安部に追い回され続けるのはうんざりですよ!これじゃ仕事になりません。こんなことが続くようなら、俺たちもあっちに何か仕掛けた方がいい。そうは思いませんか!」
「……それは」
「ボスが慎重なのはわかっています。でも、なんで、いつだって、あいつらをかばうんですか!さっきだって。あんな、自分の姿で英雄の意識をそらす必要なんてなかったはずだ。俺に一言、噛め、爪で切り裂けといえばよかった。俺たちから奪ったのはあいつらなのに。俺たちの、旧貴族や王家のやり方が気に食わなかったってのは、わかる。でも、あいつらが俺たちにしたこと、し続けていることは、俺の父や母があいつらにしたことよりもひどい。そう貴方だって思っているからこそ、こんなこそこそした復讐を続けている」
ベルマンは傷を布で押さえながら、小さな声で言った。
「ときどき、しんどいです。この状況が」
そういって、彼はドアを蹴破るように出て行った。
その後ろ姿を見えなくなるまで見つめてから、クリスはジュベールを見た。
「お前はいいたいことはないのか。という顔ですね」
ジュベールはクリスの視線を受け止めていった。
「あなたが噛めと言わないのは、ベルマンが人を殺さないように、そして彼が本格的に討伐されないように。あいつだって、いつもは言われなくてもわかってるはずです。でも、怪我をして、頭に血が上がるとわからなくなるんでしょうね、馬鹿だから」
「……そうだろうな。言えばよかったのか」
「今のあいつには言わないほうがいいでしょう。正論は時に人を傷つける。休んで、傷を治して。それから伝えるべきだ。でも、私が言いたいのは、ベルマンとは全く違うものです」
そう前置きして、ジュベールは言った。
「そろそろ、秘匿技能の伝承を考えるべきではないかと思います」
クリスはまっすぐにジュベールをみた。
「――継承をするにしても、そのための対象はどうするつもりだ。継承はそうやすやすとできることじゃない。物心ついてすぐならともかく、大人に覚えさせるのは時間がかかるし、九分九厘うまくいかないだろう。それなら、秘匿技能にこだわらず、魔法自体を学んだ方が効率的だ。だから、もう秘匿技能に関してはアカデミアのようなところでほそぼそ研究し続けるくらいで僕はいいと思っている。なんだ、それとも君は生まれたての赤子でも攫ってくるつもりか」
「そうですね、この国ではありませんが、南のほうには奴隷売買はまだ行われています。東でも奴隷とは語っていませんが、それ相当の金さえ払えば子どもを”預かる”ことができる。でも、ソレでは時間がかかりすぎるし、博打過ぎる。でも、違う選択肢だってあることをあなたは知っているはずです」
「強制、か。今はその手の古代遺物は失われているはずだ。革命のときに行方知れずか、壊れていたから」
どちらも以前、ジュベールから提案され、拒否した方法だった。
「そうですね、だからこそ、古代遺物の規制は緩い。貴方がその鑑定スキルを用いて、古代遺物を鑑定し、危険な物は国家よりも先に闇に葬ってきたから、ですが」
「――気づいていたのか」
「そうですね。古代遺物には様々な用途がある。おかしいと思ったんですよ。確かに壊れている古代遺物はあってもおかしくないし、効果がいまいちなものもよくあります、でも、私が本で読んだ危険な効果をもつ古代遺物が貴方の鑑定するものに何一つ含まれていないのは、貴方が闇に葬ったからではないかと。あなたが鑑定を間違えるわけがないですしね」
「もしそれが本当だとして、それの何が問題だ?もし、国家に渡ってしまえば、僕たちの身も危ないし、犯罪に使われて肩身狭くなるのも、望むところではないだろう」
「貴方の言いたいこともわかります。でも、本当に貴方が救いたいものは、救うべきものですか?人をできるだけ傷つけない。その方針の意味するところはわかりますが、私は猜疑的ですね。――貴方の勝手だろうと。ベルマンではありませんが、そろそろ私も私のやり方で」
ジュベールの視線に迷いがない。
「貴方も、そろそろ新国家の古代遺物とその複製品は完全に国が管理するという妄言に、いらだってきたのではないかと思いましてね。ただ、私の考えは甘かったようですね。貴方に期待していたからここまでついてきたのに」
「僕は、ただの秘匿技能を持っていて、悪魔と契約しただけの人間に過ぎない。そんなこと、君だって知っているはずだ」
「違う!」
クリスの言葉にジュベールは声を荒げた。
「貴方は、貴方は、――私の母は最後に言ったんです。王子を助けろと。第三王子は真に王たる資格のあるものだと。金髪に薄青の瞳!そして、悪魔と契約した。だから、貴方は第三王子なのでしょう」
クリスは手を強く握る。
十五年前、革命の日。
クリスは王城の中にいた。革命軍が押し寄せ、城内は逃げまとうものと追うものでざわめいていた。その中でクリスは侍女たちにまぎれ、脱出を図っていた。しかし、見つかった。
――王子以外は全員殺せ。
追い詰められた城壁で血が飛び散る。クリスを渡すまいと侍女達はクリスをかばう。もういい、もういいからお前たちは降伏しろ!クリスの声に侍女長が笑ったのだ。
――あなた様だけが最後の希望。生き延びてください。私にも息子がいます。彼の未来をあなたに託します。
その腕には優美な時計がはまっていた。
今、その腕時計は彼女の息子がはめている。
「……ちがうと今までずっと否定してきたはずだが」
「でも、彼は生き残っている。彼がいるから貴族たちは希望を捨てない!そう出なければ私たちはついてこなかった!貴方が、王権を主張するのです。そうすればソレを願う皆がソレを後押しする。貴方さえ決意すればいいんです」
「準備なんて不要だ」
ジュベールは笑う。
「女になってしまったのは想定外ですが、まぁ、やりようはあるはずです。実際に貴方が王族であるのであれば、いかようにも」
「僕は、王族じゃない」
「でも、貴方はあのとき、あの革命の時王宮にいた。そして、地下牢に閉じ込められたのは貴方のはずだ。だって」
ジュベールがクリスに近づく、一歩下がるも、彼に肩をつかまれる。そして、ボタンがはじけるように服を破かれる。
「――ここにあるじゃないですか。貴方を、王族の中の選ばれし王子、それを辱めるためにつけた、革命軍の焼き印が」
「……」
露出した右肩の後ろ、そこには、太陽を射貫く矢の焼き印がある。太陽は王家、太陽を射落とす革命の印。――新国家の旗印。
「かの王子は王宮から逃げようとして捕まり、その際この焼き印を捺されたが、一切悲鳴を漏らさなかったそうですね。こんな焼き印を捺されてまで侮辱にされ、屈辱を与えられ、おとしめられても、貴方は彼らを信じるのですか。生かすのですか。あのとき、貴方以外の王宮にいたものはすべて殺されたというのに。……王家に仕えていた私の父も、母も……皆、無残に殺されたのに、貴方はソレを見なかったことにするのですか!?貴方と、貴方の姪とする少女だけを救って、後は成り行き任せなのですか」
「……ジュベール」
クリスはただ、諍いをなくしたかった。
あのとき受けた辛さは、屈辱は、絶望は忘れることはできない。
覚悟はしていた。そのためにそこにいた。
ヤナと契約する前の、最後の鮮烈な感情だ。
拷問され、何も吐かずに地下牢に押し込められ、クリスにとっては運の良いことに戦闘がおき、見張りが減った。
肩の焼き印は満足な処置を受けることができず、ただじくじくと痛む。ソレを抱えながら、空腹にうめき、地下牢に閉じ込められ、それでも生き延びることができたのは、幸運だった。
そして、その地下牢の抜け穴を見つけたのも。
這いずりながらも、ここで死ぬのだけはいやだと逃げた先で、ヤナの封印された王家の宝を見つけたことも。
ヤナと契約して、欲望と感情を代償に生き延びたことも。
――でも、前提が違うのだ。
「貴方なら知っているでしょう。秘匿技能を持つ貴族たちを統べる、王家の持っている秘儀を」
「強制継承のことか」
「はい。この国の民、そして、今この国家を運営するものは知らないでしょう。誰も彼らに教えない。知らせない。子を成し、その子に伝える継承以外にも、秘匿技能の継承方法があることを」
「それは人格を破壊すると時代遅れとさげすまれた方法だ」
「そうですね、王家も貴族たちも、自力で秘匿技能を得ることが一番だと考えていましたからね」
「自ら有能さを見せることができるからな」
「でも、子女が誰一人一族の秘匿技能を継承できないときには使われたと言われています」
クリスは手を握りこむ。
魔力に優れたものにたいし、強制的に技能を継承させる方法。
秘匿技能と古代遺物を使用し、無理矢理そのものに技能を植え付ける。しかし、その方法には問題点があった。
「人格の破壊と、技能の定着の難しさ。定着しても使いこなせない、そういう問題は確かにありますね。しかし、それが何の問題があるのです?」
ジュベールは笑う。
「結局、この国は王家を潰し、貴族を逐い、秘匿技能を失った。これからのこの国は英雄や魔女だのみ。結局個の力に依存している。むかつきますが、確かに今の政権には天才が多い。革命家も、英雄もいる。なんなら人嫌いの魔女をも味方につけた。あの手腕は素晴らしい。でも、結局政権は彼らを国家保安部などと言って、政治の中枢から追い出している。
――ほかのものはともかく、革命家には何か考えはあるのでしょう、とはいえ。彼ら以外の政権の連中は貴族を馬鹿にしながら、貴族のまねごとをしている、秘匿技能がなんたるか知らずにその益だけを望む。このままでは、この国の国力を失ってしまいます。貴方はこのままをよしとするのですか。王家ではないと言い張って、この国を、我々を放置するのですか」
「それには王家の持つ秘匿技能が必要だが、僕は持っていない」
「そんなわけがない!あなたは第三王子なんですよ!そういって我々を謀るのですか」
彼には伝わらない。望む物しか見えていない。
何度もクリスは伝えていた。自分は第三王子ではない。王族ではない。
(僕の甘えのせいだな)
ある程度の誤解はクリスの目的にちょうど良かった。
それらを言いように使っていたのはクリスだった。
しかし。
「結局君も同じじゃないか」
「何を……」
「視野の狭い平民、力を持たぬが故に図々しい愚か者、そう言っていたのは君だ。――君の、王族頼みの、禁忌頼みの思想は、彼らと変わらないのではないか」
クリスの言葉にジュベールは戸惑うようだった、しかしすぐに顔色が赤黒く変わる。
「……いうにことかいて……!」
「君は、時代が見えていないのか。もう時代は変わったんだ。旧王家、旧貴族は読めていなかった。秘匿技能をプライドに変えて、傲慢に成り果てた。だから革命が起きた。僕らがすべきはその合間で変わる未来を少しでもましなものに変えることだ。根本から変わってしまったものを強引に元に戻すことができるわけないだろう」
「……」
「僕は何度だって言っているはずだ。才能だけで人を陥れるような、それだけで人を図るような社会はもう、変えるべきだ」
「そうですか」
ジュベールは荒げた呼吸を整えるように肩を上下させた。
「……失望しました。貴方を信じる必要はないと言われていましたが、その通りでした」
ジュベールの言葉に唇をかむ。
唐突に彼は大仰に両手をたたいた。同時に彼はクリスの眼帯を奪う。
「貴方の悪魔は左目にいますね。ソレを断ち切ります」
ジュベールの左腕が伸ばされ、クリスの目を覆う。
身をよじるクリスだったが、体の差は大きかった。ジュベールの手はクリスの目に触れる。
強引に開けられ、彼の指がクリスの左目に触れる。
「やめッ……!」
「さようなら、信用できない、貴方」
何かをかぶせられる。魔法か、古代遺物か。いつの間にこんなものを。ヤナとのつながりが再度たたれる。意識が遠のき、クリスの意識は闇に落ちる。
その視界の隅で泣きそうなほどに歪んだ顔が見えた気がした。




